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騎士の帰還

 インスタントのクリームシチューだったが、イケメンはずいぶん気に入ったようだった。

 青志の分まで飲み干すと、もっと欲しいような表情を見せる。

 どうやら内臓の具合も問題なさそうだと判断し、ウサギのサイコロステーキを手渡した。


 ウサギは、まさに青志の知ってるウサギそのものである。小鬼ゴーレムが狩ってきたものだ。

 さばくのも、小鬼ゴーレムがやった。

 小鬼ゴーレム様々である。

 腸の中身(要するに大便だ)が体内にこぼれると大惨事になる訳だが、そのあたりの処理も危なげない。

 小鬼たちは、思ったより文化的なのかも知れなかった。


 肉を細かく切り分けたのは、イケメンの内臓の回復具合が分からなかったせいだ。

 消化がし易いようにとの配慮である。

 イケメンの食いっぷりを見れば、いらない配慮だったようであるが。

 なんにせよ、死にかけの状態から完全に脱してくれたのは喜ばしい。


 ちなみに青志が釣り上げた魚は、水妖との一戦で踏みにじられて、食用に耐えなくなってしまっていた。釣り竿も同様。水妖、憎むべし。

 そして、その水妖であるが、イケメンが死体を川に蹴り込んだせいで、宝石は取れなかった。

 強力な戦力になった筈なのに、惜しい限りである。

 が、その死体に巨大な蛇だかウナギだかが巻きついて、水中に引っ張り込むのを見て、ああする必要があったのだろうと思うことにした。

 イケメンが友好的な間は守ってもらえると思うし、強い動物の宝石をゲットする機会もあるだろう。


 



 イケメンの回復のために、もう2日を費やした。

 と言っても、肉を食わせまくって、エネルギーを補充させただけだ。

 左腕の骨折は、自分で治してしまったらしい。

 水妖への石の投擲といい、土魔法の使い手なのだろうか。

 言葉さえ通じるなら、教えてもらいたいことは山ほどあるのだが。

 ただ、名前だけはクリムトと判明した。

 自分の方を指して、「アオシ」と言いまくった成果だ。

 同じように己の胸を指して、「クリムト」と教えてくれたのである。


 治療の際に切り裂いてしまったので、無事なクリムトの着衣は、防具じみたコートとブーツ、それにフンドシだけだ。

 そう。クリムトの着けていた下着は、細長い布を巻きつけただけのフンドシであった。

 血と糞便に汚れたフンドシを洗ったのは、青志である。

 物悲しかった。


 フンドシとブーツ、その上からコートだけをまとわせて人里を目指す訳にもいかず、予備のTシャツと防寒用に用意してたジャージの上下をクリムトに提供する。

 ジャージのファスナーにはかなり驚いたようで、しばらく興奮して何かをまくしたてていたが、意味が分からないので放置である。


 腰に剣帯を巻いて愛剣を吊るし、背嚢を背負うや、クリムトが何かを訴えかけてくる。

 一緒に行こうと言ってるのだ。

 それぐらいは、言葉が通じなくても理解できた。

 そしてその誘いは、この世界で頼る者がいない青志には、渡りに船なものだ。

 身振りでちょっと待ってもらうように伝えると、テントとタープを畳み、荷物を片付け始める。

 そんな青志を、クリムトはホッとしたような表情で見ていた。




 街までは、ひたすら歩きである。

 道なんてない所を、川沿いに5日間だ。

 途中、何度か狼や巨大なハサミムシに似た生き物の襲撃を受けた。

 その全てを、クリムトが退けた。

 青志の目が追いつかない速度で動き、魔法の石礫を飛ばし、片手剣で狼たちの首を断ち切る。

 

 狼たちは10匹近くいたのに、1匹も青志に襲いかかって来れなかった。

 青志は手槍を構えたまま、ぶるぶる震えていただけだ。

 自分の認識を超える速さの世界で生み出される“死”が、ただただ彼を脅えさせた。

 そして同時に、強烈な憧れを抱かせる。

 オレも、ああなりたいと。

 強くなりたいと。





 


 サムバニル市の城門が遠望し、クリムトは思わず胸を熱くした。

 仲間たちを逃すため1人で小鬼(ゴブリン)の群れに突撃をかけた時、彼は生きて帰ることを捨てていたのだ。

 騎乗していた二足トカゲ(ディノス)を失い、魔法で灼かれ、剣で斬られ、断崖から突き落とされた。

 それが今こうして、五体満足でサムバニルに帰って来れるとは、奇跡以外の何ものでもない。

 仲間たちも、無事に帰参しているだろうか?


 クリムトが城門を指差すと、アオシは緊張感を漂わせた表情で頷いてみせる。

 この7日の間に、アオシという不思議な人間を、クリムトは好きになってしまっていた。

 言葉も分からず、見たことのない服を着て、ほとんど魔力を発していない四十男。

 不審人物丸出しだが、およそ邪気を感じないのだ。

 

 そして、アオシは様々な先進的な道具を持っている。

 テントにしろタープにしろ、クリムトの知る物よりはるかに薄く、軽く、丈夫なのだ。

 魔力も炎も使わず暗闇を照らす道具や、やはり魔力を使わずに炎を出す道具は、彼の想像を絶していた。

 

 最初は、アオシの正体をどこかの貴族の訳ありの落とし胤だろうなんて思っていたが、今では“落ちてきた者”だと考えている。

 空の大渦から落ちてきた者――――。 

 クリムト自身が会ったのは初めてだが、毎年数人ずつの人間が落ちてくるという。


 “落ちてきた者”は、不思議な道具を用い、異界の知識を持ち、地水火風の枠に捕らわれない魔法を使う。

 子供以下の魔力しか持たないアオシが瀕死のクリムトを救えたのは、そんな特殊な魔法のせいに違いないのだ。





 城門が見え始めてから到着するまでに、また半日かかった。

 高さ3リット(メートル)の城壁で囲まれたサムバニル市は、真っ直ぐ突っ切るだけで半日以上かかるという巨大都市である。

 クリムトたちが着いたのは、八大門のうちの北門だった。

 ゴブリンが支配する北方から訪れる旅人は、ごく希だ。

 普通なら面倒な詮議を受けるところだが――――


「ク、クリムト様!?」

 運良く、門番の1人が顔見知りの男だった。

 彼自身は衛兵に過ぎないが、何度か王立騎士団の作戦に参加したことがあったのだ。

「ミレーか」

「ご無事だったのですね!

 ゴブリンどもの追撃をかわすために1人で殿(しんがり)を務めたとお聞きして――――!!」


 言葉を詰まらせるミレーを見て、無理もないと苦笑した。

 自分自身、ここに戻って来れたことが奇跡だと思っているのだから。

「ミレー。すまないが、クリムトが無事に帰参したことと、後で出頭するという伝言を、騎士団の本部に頼む」

「はっ、それは構いませんが、このまま本部に向かわれませんので?」

「どうしても、先に行かねばならない場所があるのだ」

 そう言ってクリムトは、不安そうに待っているアオシに視線を向けた。

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