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夜の街の決闘

 せっかく、街を挙げての大宴会が行われるのだ。

 その夜、青志はシューマンと一緒に娼館に行く気満々だったのである。

 が、美しく着飾ったウィンダの姿を見た途端に、その思いは消し飛んでしまった。

「ごめん、シューマン。今晩は付き合えそうにない」

 シューマンに詫びると、階上から降りてくるウィンダを待つ。


「アオシさん、ここから見ておりました。大活躍だったようですね」

「いえ。私1人では何もできません。街中みんなの力ですよ」

「あいかわらず、(おご)らない方なのですね」

 社交辞令とは分かっていても、ウィンダのほめ言葉に、青志はのぼせそうになる。

 酔いに任せてとはいえ、一度は肌を合わせた相手なのだ。だのに青志は、ウィンダに一目惚れしたような胸の高鳴りを覚えていた。

 自分で自分のことを面食いだとは分かっていたが、目の前のウィンダは美しすぎたのだ。


「本来なら、前回にお会いしたときに言うべきことだったのですが、私は貴方に謝らねばなりません」

 青志の心中など知らずに、ウィンダが言葉を続ける。が、いつも自信あり気な彼女が、申し訳なさそうに目を伏せていた。

 右腕にマナがしがみついてきた感覚があったが、オロチが鮮やかに引き剥がして、連れ去って行く。

 シューマンやリュウカたちも、空気を読んで、自室に引き上げて行ったようだ。


「その・・・、アオシさんは、もしかして他の冒険者に襲われたりしませんでしたか?」

「あ・・・」

 苦い記憶が、青志の胸中をざわつかせる。

 直接手を下したのはゴーレムとはいえ、初めて人間の生命を奪ったときのことだからだ。


「やっぱり、そういうことがあったのですね。

 ・・・ごめんなさい。私が人前で貴方の話をしてしまったせいで、一部の志の低い者たちが、貴方を狙って動くことになってしまいました」

「そういうことでしたか」

 仕掛けてきた男の1人が最期に言った「黒幕はウィンダ」という言葉を、青志は無視しようとしながら、秘かにずっと気にしていたのだ。ウィンダの言うことを鵜呑みにすべきではないのかも知れないが、やっと成り行きが分かって、青志は少し心が軽くなるのを感じていた。

 元々、オークを倒すために、青志がホワイトガソリンを使ったのが原因だ。ウィンダがその件を知ってる訳はないから、実際に人前で喋ってしまったのは、グレコたちだろう。

 どちらにしろ、青志にはウィンダやグレコたちを責めるつもりはない。


「それより、王都まで行くことになっている人って、ウィンダさんだったんですね?」

「はい。ルベウス様のお口添えで、王都にいる縁者の元へ身を寄せることになりました」

 モウゴスタ市がゴブリンに占領されたとき、側近に連れられて脱出したウィンダは、サムバニル市には向かわず、市外に点在する村の1つに保護を求めた。ゴブリンを操っていたのが、当時サムバニル市の領主であったドラクロワ――――ルベウスの父――――であるという疑いがあったためだ。


 その後、側近たちとの死別を機会にサムバニル市に移り住んだウィンダであったが、ドラクロワたちには接触せず、一介の冒険者である道を選択した。

 それが、急にルベウスの保護下に入ったのは、ゴブリンとの戦争のときのウィンダとオロチの会話を、密偵たちに聞かれていたためだ。そして、ドラクロワがすでに亡くなっていたことも、ウィンダの背中を押すことになった。


「では、王都に完全に移り住むのですか?」

「そうなりますね。モウゴスタ市の件が動けば別ですが、10年や20年のうちに何とかなるとも思えません。ですから、どこかの貴族の後添いにでもなって、一生を終わることになるかも知れませんね」

 寂しげに言うウィンダの言葉に、青志は息を呑む。

「それは・・・寂しいですね」

 青志は、真実そう思った。





 アコーの歴史は、サムバニル市、モウゴスタ市より古い。

 大陸の沿岸航路の中継点として生まれ、発展したアコーは、数百年の歴史を持つ。

 そんなアコーで頭角を現したのが、サムバニル家の祖先だ。

 交易により富と実権を得たサムバニルは、アコーに流れ込むアコー川を遡った地に城塞都市を築いた。耕作と牧畜に必要な土地を確保するためだ。

 それから100年以上をかけて、巨大な都市へと成長したサムバニル市は、大きな岐路に立たされる。

 ハイマーヌ王国を盟主とするハイマーヌ連盟への編入だ。


 サムバニル市と同じ城塞都市でしかなかったハイマーヌ王国は、超大型のケモノ、ベヒーモスの討伐をきっかけに、一躍注目を浴びることになった勢力である。

 ベヒーモスを倒したことにより、ハイマーヌ王を含む500名を越える兵士は、超人級の力と超強力な武器と防具を手に入れることになった。

 それを機に、ハイマーヌ王国は各地に超人兵団を派遣し始める。

 そうして、ベヒーモスに匹敵する超大型のケモノを狩り続け、超人的な兵士の数を加速度的に増やしていったのだ。


 圧倒的な戦力を有するようになったハイマーヌ王国は、その武力を他の都市に貸与することを引き換えに、緩い支配体制を確立する道を選ぶ。

 そうして成立したのが、ハイマーヌ連盟である。

 大陸の沿岸部を中心に勢力を拡大するハイマーヌ連盟に、サムバニル市が参画するのは当然の流れであった。

 ハイマーヌ連盟の庇護の下、サムバニル市は順調に生産活動を行い、ますます発展していく。もちろん、その生産物の一部は、ハイマーヌ王国に献上される訳だ。


 やがてサムバニルの肥沃な土地に着目したハイマーヌ王国は、家臣のモウゴスタを派遣し、サムバニル市からわずか数日の距離に新たな城塞都市を築かせる。

 その後、サムバニル市とモウゴスタ市は、表面上は協力体制を敷きながら、時を過ごしていく。

 両市の間にわだかまりが存在したのかどうかは、分からない。

 よって、ウィンダを連れて逃げた家臣の懸念が、真実だったかどうかも分からない。

 ただ、そのためにウィンダは冒険者として生きる道を選ぶことになったのだ。





 夜のアコーは、昼間とはまるで別の街となる。

 酒場や娼館が集まる一画にはいくつも篝火が焚かれ、店の中から洩れる灯りと相まって、驚くほどの明るさだ。

 そんな中を船乗りや港湾作業員、着飾った女たちが、陽気な表情で練り歩いている。

 そんな様子が一晩中見られるのが常なのだが、この夜は、とびきりの賑わいを見せていた。

 巨大クラゲを沈めた祝いで、お祭り騒ぎになっていたせいだ。


 青志たちも、その騒ぎの中にいた。

 寝ていた方がいいと言うオロチだけを館に残し、残りの全てのメンバーで出てきたのだ。少し意外なことに、ウィンダまでがリュウカたちに連れられて来ている。

 まずは、食事である。

 いくつもの酒場を覗いては、なんとかテーブルの開いている店を見つけ出し、全員でなだれ込む。

 

「親父、美味い物を適当に頼む!」

 シューマンの雑な注文を受け、次々と料理が運び込まれてくる。

 魚介系満載だ。焼き魚にマリネに海鮮スープ。肉より魚好きな青志には、夢のような献立である。

 リュウカも無言で焼き魚にがっつく。

 ちなみに、焼き魚やマリネは素手で食べる。スープにだけは、木製のスプーンが付く。

「幸せ・・・」

 口の回りを脂で汚しながら、うっとりとつぶやくリュウカ。どうやら、彼女も魚好きであったらしい。


 ユカとトワも、やはり嬉しそうだ。

 ダイエットの悩みもないのか、出てくる料理を躊躇なく貪っている。

 マナは青志にくっついて満足そうに目を細め、キョウは物珍しそうに店内を見回している。シューマンとナナンも鎧を脱いだ軽装で、酒杯を傾けていた。

 そして、ウィンダも。

 彼女も、いつになく柔らかい表情で、酒を楽しみ、魚料理に舌鼓を打っている。


 ウィンダとキョウ、リュウカたちの美しさに、絡んで来ようとする酔客もいたが、昼間の青志の行いを知っている男たちが、引き止めてくれた。それどころか、次から次へとその男たちが青志の肩を叩き、乾杯を求めてくる。

 ゴブリンマスクが目立つせいで、人違いだと(とぼ)けることもできず、青志は酒杯をあおり続けていた。


「大丈夫ですか? 以前ご一緒したときは、そんなにお酒が強くないと仰っていたと思いましたが」

「うー、けっこうやばいかも・・・」

 体調を案じてくれるウィンダに、青志は唸る。

 青志とウィンダのやり取りを、キョウが興味津々に見ているのにも、青志は気づかない。それだけ、酔いが回っているのだ。

 

 




「決闘だ、決闘だ~!!」

 青志が限界間近のせいで、食事を切り上げて店を出た途端、その前を数人の男が叫びながら走り抜けて行った。

「ヒョウタさんと獅子人の決闘だ~!!」

「うぇっ!?」

 驚く青志。

 外見はヒグマでも、ヒョウタという女性は、とても穏やかな人だったのだ。ヒョウタと決闘なんて血生臭い話が、青志の中では結びつかない。

「ヒョウタさん? 見に行かなきゃ!」

 ユカとトワが駆けて行ってしまう。

「こ、こら、待て!」

 仕方なく、青志たちもその後を追って走り出す。


「でも、獅子人なんているんですね」

 青志の左隣を走りながら、キョウが言う。

「ヒョウタさんも熊人だしな、オレたちの想像もつかないような獣人もいるかも知れん」

 そもそも、猫や熊とか、地球の動物以外の獣人がいたって不思議ではないのだ。そのうち、見たこともない獣人が現れるかも知れない。

 が、それより、ずいぶん酔っていたのに急に走り出したせいで、眩暈と吐き気に襲われる青志。ちょっと、やばい。


「で、獅子と熊って、どっちが強いの?」

「ヒョウタさんは、かなり大きな魔力の持ち主だし、そう簡単に負けるとは思えないけど・・・」と、青志。

「いえ、獅子人を侮ってはいけません。獅子人は生まれながらの戦士です。例え頑丈な熊人でも、分が悪いと思われます」

 右隣を走るウィンダが、聞きたくない情報を教えてくれる。

「ヒョウタさん、大丈夫か」

 そして、本当に倒れそうな青志も、大丈夫か。


 色々と心配しながら、なんとか決闘の行われている広場にたどり着く。

 そこには、すでに大勢の男女が詰めかけ、歓声を上げている。

 どうも、どちらが勝つかの賭けが、当たり前のように行われているようだ。

 その人垣の向こうに、大柄な2つの影が見えていた。

 直立したヒグマと獅子。その肩から上が、にょっきりと突き出している。

 どうやら獅子人は、身体の大きさでも熊人に匹敵するらしい。


 獅子人の男は、頭にバンダナを巻き、灰色の半袖シャツにゆったりした茶色のズボンを身に着けていた。腰には、刃が大きく曲がった短剣が見える。船乗りのようだ。

 片やヒョウタは、買い物カゴこそ持っていないが、昼間と同じワンピース姿である。武器を持ってる様子はない。とてもではないが、決闘の真っ最中の姿とは思えない。

「ヒョウタさーーーん!」

 ユカの声に気づいたヒョウタが、軽く右手を上げてみせる。表情までは判別できないが、青志にはヒョウタが笑ったように見えた。なんにしろ、余裕しゃくしゃくの素振りだ。


「お前! なに余裕こいてやがる!?」

 落ち着きはらったヒョウタの態度に、獅子人があっさりキレる。やたらと沸点が低い男のようだ。チンピラ感丸出しである。

「貴方、名前ぐらい聞いておこうかしら? 私は、ヒョウタよ」

「ガウンだ!!」

 叫ぶと、ガウンが飛び出した。

 一瞬でヒョウタに肉迫する。

 凄まじいスピードだ。

 爪が閃き、ヒョウタの右腕から鮮血が飛び散る。


「どうだ!? 俺のスピードに付いてこれねぇだろう!」

 ヒョウタの右の二の腕には、深い爪痕が三条刻まれていた。

 しかし。

「こんなもの?」

 そう言って、ヒョウタが左手で右腕を一撫ですると、その爪痕があっさりと消え失せてしまう。

「な!?」


 ヒョウタの異常なまでの効力の治癒魔法に、ガウンが目を瞠るのが分かったが、青志だって同じ気分だ。青志にだって、あんな大きな傷を一息で治してしまうほどの魔力はない。

「さあ、休んでないで、かかって来なさい」

「な、なめるなっ!」

 簡単に逆上したガウンが、ヒョウタの正面に立ち、左右の爪を何度も振るう。

 ヒョウタは、自分の胸を抱くように両腕を組んだまま、全く動こうとしない。

 ガウンの爪は、肉を斬るのではなく肉を抉る爪だ。

 たちまち、ヒョウタの両腕がズタズタになり、その毛皮が真っ赤な血に(まみ)れる。

 

「ど、どうだ!? 死にたくなかったら、降参するんだな!」

 息を荒げながら、ガウンが吠える。

 が、ヒョウタは動じない。

「ワンピースが汚れちゃったじゃないの」

 ヒョウタの両腕に、ギュイン!と水流が絡みつき、血のりが洗い流されたと思ったら、ズタズタになっていたはずの傷口までが、綺麗にふさがっていた。

 でも、ワンピースについた血は、そう簡単に落ちはしない。

 何度も水魔法で洗い落とそうとするが、やはり落ちない。

 だんだんと、ヒョウタの機嫌が悪くなっていくのが分かる。


「どうしてくれるのっ!?」

 ヒョウタがどす黒いオーラを撒き散らしながら、ガウンに近づいた。

「・・・!」

 青ざめながら後退るガウン。

 高く両腕を掲げるヒョウタ。その手の先で、ガウンのものより数倍ごつい爪が鈍い光を放つ。


「いや、・・・ちょっ・・・ま、待っ・・・!」

「天誅」

 ヒョウタの胸の辺りからバスケットボール大の水の球が飛び出し、ガウンの顔面に命中。その一発で、ガウンの意識が刈り取られる。白目を剥き、その巨体がゆっくりと倒れていった。

 爆発するような歓声を上げる見物人たち。大声でヒョウタの名を呼ぶ。

 それを聞きながら、ヒョウタは照れくさそうに頭をかいていた。

 この街でのヒョウタの人気は、絶大のようである。


「やった! ヒョウタさん、強~い!!」

 ユカも大はしゃぎ。

 ウィンダとリュウカは、自分が対決することを想像してか、難しい表情でヒョウタを見つめている。

「まるで不死身ですね。一撃で仕留めることができなければ、勝てない訳ですね」

 恐らくは、全身がボロボロになろうと、次の瞬間には無傷の身体となって、戦い続けるのだろう。自分より強い相手にだって、意識を失わない限り、ゾンビのように立ち上がってきて、最後には勝ってしまうのだろう。ヒョウタ、恐るべし。


「それより、単純に水の球をぶつけて、獅子人みたいにタフそうなヤツを失神させられるのか。勝てないなー、これは・・・」

 ヒョウタの凄まじさを痛感しながら、青志はその場にうずくまった。

「てか、目が回る・・・」

 青志は、ダウンした。



 

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