巨大クラゲの最期と美神の降臨
久しぶりにあった友だちに『冒険者デビューには遅すぎる?』の本を渡したら、なんと、まだ小さな子供(美幼女)が、この話にハマってくれたそうです。
それも、びっくりするぐらいのハマり振りのようで、嬉しいやら照れくさいやら(笑)
これからも、頑張って続きを書くね~!(完全に私信)
「ヒ、ヒグ・・・マ!?」
突然に現れた肉の量に圧倒され、青志は口をパクパクさせた。
大型のケモノとも少なからず渡り合ってきた青志だが、目前の後ろ足で立ち上がったヒグマからは、別格の存在感を感じたのだ。陰嚢が縮み上がってしまったのである。
真っ黒な体毛。頭の上の丸い耳。つぶらな黒い瞳。
太い首。首からつながる逞しい肩。そこからニョッキリ生えた丸太のような腕。指先には鉈のような爪。
そんな肉体を包むのは、品のいい若奥様風のワンピース。
左腕には、買い物カゴがぶら下げられ、大根ぽい野菜が顔をのぞかせている。
突っこみたい部分も、いっぱいだ。
「あ、アオシさん、この方が先ほど話した、最強の水魔法使いとして名高いヒョウタ様です!」
嬉しそうに教えてくれるシューマンの言葉を聞きながら、青志は「これは反則だろ!」と内心でぼやいていた。
「はじめまして。見たところ、水魔法を使ってるみたいだけど、何をしてるか教えてもらっていいかしら?」
ヒグマ――――ヒョウタが、やけに可愛らしい声で、優しげに問いかけてきた。
青志は、軽く目眩を覚える。
オロチに助けを求める視線を送るが、無言で「お前が相手しろ」と返してきた。言葉がなくとも、なぜか気持ちがストレートに伝わってきた。
いつも口の立つユカに目を向けると、いつの間にかヒョウタの腰の辺りに抱きついて、「可愛い~!」と歓喜している。どこかの県のゆるキャラと混同しているようだ。
やはり、青志が相手をしないといけないらしかった。
「はじめまして。今、水魔法でレンズを作って、クラゲを焼いているところです」
「レンズ?」
オロチにした説明をもう一度繰り返すと、ヒョウタが前に出てくる。
「なるほど。試しに、やってみようか・・・」
その言葉とともに、クラゲの上に一際巨大な凸レンズが出現した。
青志やオロチが作ったものより、倍以上は大きな凸レンズである。直径にして、5メートル近いだろう。
「うわっ、すごっ!」
驚くトワ。
実際、トワとリュウカが作り出した凸レンズは、1メートルを少し超える程度なのだ。ヒョウタの魔力の大きさがケタ外れなのである。
「くっ、これが最強水魔法使いの魔力の大きさか」
オロチも悔しそうな声を上げる。
「わあ、これは面白いわね。本当に、太陽の光と熱が集まっていくわ」
ヒョウタの作ったレンズは、たちまち効果を表し始める。
巨大クラゲの表面を灼き、その身体に穴を穿っていく。
しかし、それは野球場に匹敵する面積の、ほんの一画のことでしかない。言わば、ホームベースの周りだけを穴だらけにしてるようなものだ。
「ねえ、貴方。この街のありったけの水魔法使いを集めて来てもらえませんか?」
ヒョウタが、近くにいた男に声をかけた。
いくら、青志やオロチが水魔法使いとして傑出していたとしても、ヒョウタがケタ外れの水魔法使いだとしても、巨大クラゲは、たった数人でどうにかできるような代物ではない。
そういう意味では、ヒョウタが水魔法使いを集めようとしてくれるのは、ありがたい。
「これは、やっぱり太陽が出ている間しか使えないのよね?」
「はい。それも、太陽が高い位置にある間だけです。夕方になると、ほとんど効果もありません」
「だったら、今のうちに一気にやってしまわないとね」
青志とヒョウタがそんな話をしていると、少しずつ人が集まってきた。
どうやら、巨大クラゲが港をふさいでいるせいで、開店休業中の人たちが多かったらしい。明らかに酔っ払ってる者も見受けられる。
「ちょっと、抜けるわよ」
ヒョウタが集まった人たちの所に向かうと、凸レンズの説明を始めた。空中に小さな凸レンズをいくつも形作り、集まった全員が理解できるように仕向けている。
やがて、集まった者たちも、それぞれ、頭の上に凸レンズを形作り始める。
理屈は分からなくとも、凸レンズのような単純な形を模するぐらいなら、簡単なはずだ。
「じゃあ、散らばって! どこでもいいから、クラゲを灼くのよ! 他の水魔法使いが来たら、ちゃんと教えてあげてね!」
ヒョウタの号令に従って、集まっていた者たちが、港のあちこちに散って行った。
たちまち、巨大クラゲの上空に、水で作られた無数の凸レンズが現れる。
その1つ1つは直径50センチ前後のものが大半だったが、中には青志が作るのに匹敵する大きさのものもあった。
無数の凸レンズが収束させた光が、巨大クラゲの表面を眩しく照らし出す。
強烈な光だ。
陽炎が空気を歪ませる。
クラゲの傘のあちこちからは、炎さえ上がり始めていた。
「これは、凄いわね。まさか、水魔法にこんな使い方があるだなんて思わなかった」
ヒョウタが感嘆の声を上げる。
確かに、凄まじい威力だ。
発案した青志でさえ、ここまでの破壊力を発揮するとは予想していなかった。
アコーの街に、想像以上の強さの水魔法使いが、数多く集まっていたせいだ。
が。
それでも、足りない。
野球場並みの大きさのケモノを灼き尽くすには、まだまだ光が足りない。熱が足りない。
確かに、巨大クラゲは穴だらけになっている。
しかし、それだけだ。
その偉容は、揺らぐ気配もない。
恐らく、レンズで灼く場所を一直線に並べることができれば、クラゲの巨体を真っ二つにすることも可能であろう。
が、港から沖合にいるクラゲを狙って、それをするのは難しい。
全員が、上方から俯瞰して見る目を持っていない限り、不可能な話だ。
ただ、青志とオロチには、その目がある。
2人はそれぞれ、鷹ゴーレムとフウロウゴーレムの目を通し、より効果の大きい場所を狙って、凸レンズの光を向けていた。
点の集合体でしかない個別の穴を繋げて、点を線に変えようとしていたのだ。
気が付くと、リュウカとトワも青志たちと同じ行動を取っていた。
「どうして、上空からの視界が確保できるんだ?」と青志は訝しんだが、すぐに、彼女たちが自分と能力を共有していることを思い出す。つまり、鷹ゴーレムの視ているものを、リュウカたちも見ているのだ。
と、いうことは・・・。
青志は、自分が一時的に火魔法と風魔法を使えるようになってることに、今更ながら気が付いた。
火魔法はリュウカの、風魔法はトワの持っているものだ。
でも、それだけではない。
青志と同じように、リュウカとトワも固有魔法を持っている。
リュウカは、共有魔法だ。今、そのおかげで、リュウカたちは水魔法が使えるようになってる。
では、トワの固有魔法は?
そう思った瞬間、青志の足元に青色のキツネが出現した。
いや、正確にはキツネではない。キツネに似た何かだ。半透明の青い身体が、まるで水でできているかのような煌めきを帯びている。
「うわっ」
青志が思わず声を洩らしてしまったせいで、リュウカとトワもそれに気が付いた。
「ちょっ、アオシさん、ダメですよ!」
「ごめん、ごめん!」
アコーの住人に固有魔法を見られたら、面倒な展開が待っているかも知れない。青志は、慌ててキツネを消した。
近くにいたヒョウタに目をやるが、彼女は、凸レンズを操りながら、他の者に指示を飛ばすのが忙しかったらしく、キツネに気が付いた様子はない。他の者たちも、巨大クラゲにばかり意識が向いているようだ。
ホッとする青志。
「良かった。誰にも見られなかったみたいだ」
「もう! 気を付けて下さいよ!」
「分かったよ」
可愛らしく頬を膨らませるトワに心臓を撃ち抜かれながら、青志は頭をかいた。
が、その手の中に、何かがある。
「?」
不思議に思いながら手のひらを開くと、なぜか透明な青い魔ヶ珠が1つ乗っていた。
巨大クラゲへのソーラー攻撃が始まって、すでに3~4時間が経過した。
魔法的な持久力に優れる水魔法使いたちにとっては、それぐらいの時間、水のレンズを維持するのは大したことではない。
そして、逃げ出す訳でもなく、反撃してくることもなく、巨大クラゲはその身を灼かれ続けている。
「それはそうと、ごめんな、オロチ。美味しいものが食べられるからってアコーに入ったのに、何も食べないまま、こんなことになってしまって・・・」
「それは気にしないでくれ。水のこんな使い方を知ることができたんだ。その方が、何倍もいいに決まっている」
「なんでしたら、簡単に食べられるようなものを、お持ちしましょうか?」
シューマンが気を利かせてくれたが、青志は首を横に振った。
「オロチには申し訳ないけど、それはやめておこう。他のみんなも、 腹を減らしたまま頑張ってくれてるんだし」
「だったら、この後、私がたらふく食べさせてあげるわよ」
それを聞いたヒョウタが、横から嬉しいことを言ってくれる。
「俺らだって、一杯奢らせてもらうぜ! クラゲには、夏になる度に困らされてたんだ。こんな方法を教えてもらって、感謝してるぜ!」
更に、他の男たちからも、そんな声が飛んできた。
凸レンズを使った戦法が青志の発案と知って、そう言ってくれたらしい。
とりあえず片手を上げ、青志は曖昧に笑ってみせた。
「でも、そろそろケリを付けた方がいいですね。もうしばらくだけ、頑張っていてもらえますか?」
シューマンが足早に立ち去っていく。
「何かやってくれる気かな?」
「だといいね。正直、ちょっと飽きてきたよ」
珍しく、オロチがぼやく。
少し、眠そうでもある。1人きりでの野営で、少しばかり消耗しているのであろう。
「ねーねー、アオシさん、私たちも飽きてきたよー」
いつの間にか堤防に腰を下ろしていたトワが、足をブラブラさせながら言う。
「私たちって言うな」
ぼそりと突っこむリュウカ。
ユカはと見れば、まだヒョウタに抱きついたまま、幸せそうな表情を浮かべている。暑くはないのだろうか?
しかし、確かに疲れてきた。青志も少しばかりウンザリ気分だ。
すっかり夏となった日射しは、否応なしに肌を灼いてくる。
ゴブリンの仮面なぞ被っているせいで、特に顔が暑い。いや、熱い。鉄の仮面が、猛烈に熱せられているのだ。
トワが頬を膨らませるのも、無理からぬところだろう。
「あ、あの船・・・」
そんな中、リュウカが何かに気が付いたらしい。
港の奥に停泊している1隻の船を、注視している。
青志もつられて見てみると、それは思いのほか大きく、しかも鉄で造られた船だった。
全長100メートル前後。黒光りした船体。しかし、蒸気機関等はないらしく煙突は見られず、帆を張るための3本のマストが立っている。
が、何より特徴的なのは、鉄の船体を覆うツタだ。
甲板から伸びたツタが、滝のように船体下部に向かって流れている。水面には、長いツタが漂っている状態である。
「あれは、ケモノ除けのツタ?」
「そうよ。海には、とんでもない大きさのケモノが棲んでいるから、ツタを茂らせて、近づけないようにしてるのよ」
「へえ。あのツタ、海の中でまで効果があるんだね」
外見が100%ヒグマなのに反して、とても親切にヒョウタが教えてくれる。
見れば、港にいる船の全てが、多かれ少なかれツタを生やしているのだった。
よく周りの船のツタと絡まらないものだと、青志は変なところに感心してしまう。
そして、その船の横っ腹から、にょきにょきと金属の筒が突き出される。
大砲だ。
その数、ざっと10門以上。
「おおっ!?」
ドゥッ!!
ドゥッ!!
腹に響く爆発音とともに、全ての大砲の筒先から真っ赤な炎と黒い煙が噴き出した。
間髪を入れず、巨大クラゲに着弾。
穴だらけになっていたクラゲの巨体を、激しく波打たせる。
傘のあちこちに、深い裂け目ができていく。
ドゥッ!!
ドゥッ!!
数秒を置いて、第2射が放たれた。
再び激しい衝撃に襲われる巨大クラゲ。
そして、その巨体が、力を失ったように海中に沈んで行く。
「やっ・・・た・・・?」
ゴリゴリ・・・。
胸の中で魔ヶ珠が育っていく。
痛みは大きくない。野球場ほどのケモノを倒したにしては、ささやかなものだ。百人以上の人間で、魔ヶ珠の成長を分け合っているせいだ。
見渡すと、レンズを作っていた者全員が、胸元を押さえている。
「やったぞ!」
凸レンズを作っていた者はもちろん、それを見ていた者までが一斉に歓声を上げた。地鳴りのような響きが、街全体を埋め尽くす。
アコーの街そのものが歓喜に満たされたようだ。
数日間とはいえ、港が塞がれてしまったことにより、この街の人々は鬱屈を溜め込んでいたのである。
ヒョウタも、ユカをぶら下げたまま、周りの男たちと嬉しそうに肩を叩き合う。
クラゲが沈んだせいで起こった大波が、港に押し寄せる。
堤防に腰かけたままだったトワがずぶ濡れになったのは、ちょっとした笑い話だ。
その夜は、アコーを挙げて大宴会が行われることになった。
宴会の資金は、アコーの港湾組合が持ってくれるらしい。
巨大クラゲの魔ヶ珠を引き揚げて、その資金に充てるという話だ。
後でミゴーに魔ヶ珠を回収させようと思っていた青志だが、人間が生身で潜って引き揚げると聞いたら、さすがに邪魔しようという気にはなれない。
サメみたいな凶悪なケモノがいるだろうと考えれば、生身で海に入るのは、自殺行為としか思えないからだ。
どうせ野球場並みの大きさのゴーレムなんて、青志にもオロチにも使えないだろうし、素直にあきらめることにする。
宴会に参加する前に一休みしようと、ルベウスの別邸に戻ると、屋敷の前に、お金のかかってそうな竜車が駐まっていた。
見覚えのある竜車だ。温泉地で見たルベウスの一行が乗っていたものである。ただし、ルベウス本人が乗っていたものではない。侍女たちが乗っていた竜車だ。
「あ、お姉様が着いたのね!」
それを見たユカとトワが、はしゃぎながら駆け出した。
そう言えば、王都まで誰かを護衛することになっていたと、今更ながら思い出す青志。
どうやら、その護衛対象が到着したらしい。
ユカとトワに続いて屋敷内に入ると、入り口のホールに、見知った少女が立っていた。
キョウだ。
あいかわらずの黒いワンピース姿で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「おかえりなさい、アオシさん」
「あれ? 護衛対象って、キョウのことだったの?」
「いえ。私は、ここまでの付き添い。護衛対象は、あちらよ」
ホールの階段を上がった廊下に、その人はいた。
吹き抜けになっているせいで、ホールから2階の廊下も見ることができる。
そこには、ユカたちに纏わりつかれながら、真っ白なワンピースを着た女性が立っていた。
恐ろしく美しい女である。
すらりとした長身。形良く突き出した胸。細くくびれたお腹。滑らかな曲線を描く腰。すらりと長い手足。スタイルは、完璧だ。
ゴクッと青志の咽が鳴る。
それが聞こえた訳でもないだろうが、女の視線が青志に向けられた。
肩までの長さのエメラルド色の髪は、手入れが行き届き、美しい光沢を放っている。
同じ色の瞳は、まさに宝石のようだ。
血色のいい桜色の唇は、下唇側が少しぽってりしていて、程良い色気がある。
美しかった。
こんな美しい女は見たことがないと、青志が思うほどに。
アイアン・メイデンやキョウたちも美しいが、残念ながら格が違う。
青志が知っている人間で、目の前の女に対抗できるとしたら、ウィンダぐらいであろう。ウィンダが、21世紀の日本式の手入れをすれば・・・。
あれ?
美女の美しい瞳が自分を睨みつけているのを見たと同時に、青志は美女の正体に気が付いた。
ウィンダ=デル=モウゴスタ。
それはまさに、キョウたちによって、更に美しく生まれ変わったウィンダであった。