アコーの街とクラゲとヒグマ
湿地帯では、2泊した。
デンキウナギは、5匹確保。何に合成するか考えなければならない。青志にとっては、嬉しい悩みである。オロチに1~2個あげたっていいだろう。
「あ・・・!」
しかし、そこで青志は気が付いたのだ。
電撃を使うなら、素材を金属にしなければいけないと。
スライムゴーレムだって、金属製なのである。鎧竜の装甲板では、うまくゲル化できなかったのだ。
おかげで、急遽アンモナイト狩りが追加された。
幸い、陸棲アンモナイトは温泉地だけでなく、湿地帯にも少数だが生息していたので、アイアン・メイデンの3人が張り切って、狩ってきてくれた。
「ありがとう。オレのワガママに付き合ってもらって、悪いな」
「気にしないで。さあ、新しいゴーレムを作っちゃって」
そう言って、ユカたちが陸棲アンモナイトの甲殻を2つ、青志の前に置く。
「了解。じゃあ、新型ミゴーの披露と行こうか」
すでに合成の完了している魔ヶ珠を、青志は陸棲アンモナイトの甲殻の上に落とした。
バキン――――!
バキバキバキッ、ベキッ、ボキッ!
鉄だけで構成されている甲殻が、派手な音を立てて、その形をねじ曲げていく。
アイアン・メイデンの3人だけでなく、シューマンとナナンも興味深そうにその過程を見つめている。
やがて一同の前に立ち上がったミゴーは、その身を大きく変化させていた。
「えー、なんか強そうになったー!」
トワが大袈裟に驚くだけあって、ミゴーの体型は精悍になり、その両手首からは鎌状の突起まで生えている。
青志はミゴーの魔ヶ珠に、デンキウナギだけでなく、樹海でゲットした大カマキリの魔ヶ珠までをも合成したのだ。
「では、試しに・・・」
鷹ゴーレムが前もって見つけていた大トンボ目がけて、カマキリミゴーを飛翔させる。
「と、飛んだ!?」
大カマキリを合成したため、背中には翅があるのである。
薄い翅を高速で上下させながら、カマキリミゴーが飛行中の大トンボに迫る。速度も、なかなかのものだ。
寸前で危険を察知した大トンボが逃走に移ろうとするが、一瞬早く振り下ろされた鎌が、その胴体を両断してしまう。
大カマキリを合成したことにより、ミゴーは飛翔能力を得ただけではなく、驚異的な速度も身につけたようだ。
そのまま墜落していく大トンボには目もくれず、カマキリミゴーは一直線に湿地に降下した。
そこにいたのは、小山のように大きなヒキガエル。体色は、毒々しいオレンジ色。全身を大小無数のイボが覆っている。
カマキリミゴーは、その背中に両手の爪を突き立て、間髪入れずに電撃を発した。
「ゲヒャッ!」
巨大ヒキガエルは全身を痙攣させると、その場に横倒しになる。
傷口からは肉の焼ける匂いが漂った。
実は、デンキウナギを2体分合成したのだ。少なくとも、デンキゴブリンよりは発電量が多いはずである。
カマキリミゴーは、その鎌で巨大ヒキガエルをバラバラに切り刻むと、魔ヶ珠だけを取り出して戻ってきた。
「よくやった!」
上機嫌でカマキリミゴーを迎える青志。
しかし、アイアン・メイデンの3人とシューマンとナナンは、血の気の引いた表情で、それを見つめている。
「あれだけの攻撃力があって、空も飛べて、全身が鉄でできている? そんなの、どうやって倒すのよ?」
何か物騒な感想が聞こえてきたが、青志は気づかない振りをする。
湿地帯からサムバニル市まで、5日をかけた。
やはり、のんびりと狩りを行っていたのだ。
幾本かの川が湿地帯から流れ出しており、そのうちの1本がサムバニル市の南東門付近を経由して、目的地であるアコーまで流れている。
その川から分岐された運河がサムバニル市内に引き込まれており、アコーとの物資の輸送に役立てられていた。
青志たちは、その川の流れに沿って、サムバニル市近くまで移動したのである。
ここで、シャガルとはお別れだ。
「じゃあな」
少なくとも半年は確実に会えなくなるというのに、名残惜しそうな様子も見せずに、シャガルは片手を上げてみせただけだった。
「シャガル!」
さすがに湿っぽい気分になった青志が、思わず大きな声を出してしまう。
そんな青志に、シャガルは布の包みを手渡したのだった。
「嬢ちゃんたちに渡しな」
「え?」
包みを開くと、そこにあったのは、角の生えた仮面が3つ。
オロチと青志が持っているのと、同じ仮面だ。
「ちゃんと帰って来いよ」
それだけ言うと、無愛想なドワーフは、サムバニル市へと去って行った。
そこからアコーまでは、またもや、ウロウロのんびりと5日間。
青志はもちろんだが、アイアン・メイデンの3人もサムバニル市の南方は初めてだったので、見知らぬケモノとの遭遇を楽しんでいたのだ。
サムバニル市とアコーの間は、陸上・水上ともに物資の輸送が盛んで、ケモノも大々的に狩られており、あまり強力なものはいなかったのではあるが。
「こっちは、動物系のケモノが多いのね」
それでも、ユカがそう言うだけあって、オオカミ、タヌキ、ヤギ系の新たなケモノに出会うことができた。
その中には、騎乗用の二足トカゲもおり、早速ゲット。鞍をどこかで仕入れないといけないが、青志は、やっと念願だった騎乗用ゴーレムを所有できた訳だ。
後は、騎乗して空が飛べる大型の鳥系ゴーレムが欲しいと思うところである。
アコーのすぐ手前では、オロチが待ち構えていた。
青志たちがのんびりし過ぎたせいで、2~3日、1人で野営していたらしい。ゴブリンながらボンボン育ちのオロチは、単独での野営は初めてだったらしく、ちょっと情けない表情になっていた。
ゴーレムがいるせいで身の危険は感じなかったようだが、食事がどうにもならなかったらしい。要するに、調理などしたことがなかったため、ひどく不味いものしか食べられなかったのだ。
「イケメンの弱点見たり!」
そう言ってトワが喜んでいたが、アイアン・メイデンの料理の腕も、実は大したことがないと青志は知っている。
アコーにあるルベウスの別邸まで行くと、美味しい食事にありつけるというシューマンの言葉に、青志たちはとりあえずアコーに入ることにした。
ゴーレムたちは、アコーの近くに潜ませておき、夜間にでも海の中に移動させる予定である。
「オロチは、やっぱり大蛇をメインで行く?」
「そうだね。大蛇なら、海中を泳いで、船に付いてこれそうだしね。せっかく手に入れた大猿やリッパーは、船旅の間は使えないなぁ」
「できたら出航までに、もっと海中用の手駒を増やしたいな」
「うん。大型のサメとか手に入るなら、心強いんだけど」
「そもそも、海にどんなケモノがいるのかも知らないし、楽しみだ」
「そう言えば、アコーには、最強の水魔法使いがいるそうですよ?」
「え?」
「それは、興味深い話だな」
シューマンが思い出したように言ったことに、驚く青志とオロチ。
あまり自分に自信の持てない青志だが、秘かに、この世界の水魔法使いでは一番強いのではないかと思い始めていたのだ。その想像が、あっさり打ち砕かれてしまった。ちょっとショックである。
オロチも、似たような気持ちなのだろう。
「アコーは港町だけあって船乗りや漁師が多いんですが、水の上で働く必要から、水魔法使いが多く従事しているんです」
「つまり、水魔法使いが当たり前にケモノと戦っていると?」
「そういうことです。ですから、他の水魔法使いもなかなかの強さらしいです」
「それは、楽しみなような楽しみでないような・・・」
青志はオロチと顔を見合わせて、複雑な表情になった。
アコーに入るときは、シャガルが作ってくれたゴブリンの仮面を着けた。アイアン・メイデンの3人も、やけに楽しそうに仮面姿になってくれた。
そんな一行に、アコーの住人たちはギョッとした表情になったが、兵士らしいシューマンたちを見て、警戒を解く。
シューマンたち、領主直轄の兵士たちの鎧姿は、アコーの住人たちによく知られており、また信頼されているようだ。
木柵だけで囲われた街に入ると、真っ白な石造りの建物がびっしりと並んでいた。
建物は平屋がほとんどで、ごく少数が2階建てである。
夏らしい日射しの下、露出の多い服装の人々が通りにあふれ、華やかな雰囲気を醸し出している。
街の東側では、青志たちが辿ってきた川が海に流れ込んでおり、大小様々な船が行き交っていた。
「ここは、にぎやかな街ですよ。色々な場所から船と人がやって来ます。珍しい物も手に入りますし、悪い遊びにも不自由しません」
「そうみたいだね。すごい活気を感じるよ」
シューマンの「悪い遊び」という言葉に、胸が高鳴ってしまった青志である。
港町に娼館は付き物だ。シューマンがわざわざ口にしたのも、青志を誘ってのことだろうし、船旅に出発する前に一度ぐらい遊びに行ってみたいと思ってしまう。
なにせ、この世界に落ちてきてから、ウィンダと間違いを犯した以外、まるで色っぽい話がないのだ。
青志がピンク色の妄想を膨らませている間に、ルベウスの別邸に到着。
別邸は、アコーの中の唯一の高台に建てられており、他の建物と同じように真っ白だが、珍しい3階建てであった。
ナナンが木製の扉に付けられたノッカーを鳴らすと、昔話のアラブの商人のような服装の男が出て来る。
「これは、お待ちしておりました。私、この館の管理を任されておりますベグナと申します。どうぞ、皆さま、中にお入り下さい」
中に入ると、今度はアラブの踊り子のような格好の女が数人現れる。この館で働く者たちのようだ。年齢は、20~30代。踊り子のような服は、アコーの女性たちの標準的なものらしい。
ユカとトワにはコスプレっぽく感じられるのか、「可愛い~」とか言いながら、目を輝かせている。
しかし、青志にしてみれば、怪しいサービスをしてくれるお店に迷い込んでしまったような気分だ。
「ところで、シューマン様――――」
青志たちが部屋に案内されかけている横で、ベグナがシューマンに深刻そうに語りかけた。
「どうした?」
「少々困った事態になっておりまして――――」
「うん?」
「巨大クラゲのせいで、数日前から港が塞がれてしまっておりまして、船の出入りができなくなっております」
「何とかならないのか?」
「今のところは、なんとも・・・」
部屋に荷物だけを置くと、青志とマナはすぐにシューマンのところに戻ってきた。声をかけた訳ではないが、オロチとアイアン・メイデンも同じように戻ってきている。
「良かったら、その巨大クラゲを見に行きたいんだけど」
「それは、構いませんが」
「いや、私が案内しよう」
ちょっと渋ってみせるベグナを制し、シューマンが案内を買って出た。
港に着いてみると、そこは大変なことになっていた。
巨大クラゲが港の入り口に居座ってしまい、船の出入りに大きな支障が出ていたのだ。
「これは、想像以上に大きいものだね」
オロチがそう言うほどに、そのクラゲは大きかった。港からでも、海面が広範囲に渡って盛り上がっているのが分かる。
野球場ぐらいの面積は、あるんじゃないだろうか。青志も呆然とするばかりである。
「おい、あれに軍艦の大砲とかは使ってみたのか?」
近くにいた船乗りだか作業員だかに、シューマンが問いかける。
「大砲も撃ちましたが、鉛弾がめり込んじまうばかりで、全然こたえないんでさぁ。他にも、火をつけてみようともしたんですが、あれだけの大きさになると・・・」
火魔法使いたちが火炎攻撃をかけたらしいが、ごく一部だけを焼いただけで、大した効果を出せなかったらしい。
そもそも火魔法使いは、瞬間的に大きな攻撃を行うのは得意だが、持続的に攻撃し続けるのは苦手なのだ。持続的にクラゲを燃やし続けられたら、また話は変わっていたのかも知れないが。
「燃やしても、しばらく時間がたつと再生してしまうんだろうな。
さて。アオシなら、どうする? 氷漬けなら、なんとかなりそうじやないか?」
どこかウキウキしたように、オロチが訊いてくる。
「うーん。氷は、使うんなら夜中にこっそりだなぁ」
「じゃあ、今は?」
「1つ、試してみたいことがある」
青志はオロチを近寄らせると、水魔法を使って、空中にある形を作ってみせた。
直径10センチほどの水の円盤である。ただし、中央に向かって、なだらかに厚くなっている。
「これは・・・?」
「あ、凸レンズですね」
それを見て不思議そうにするオロチに対し、リュウカが得心したように声を上げた。
「凸レンズ?」
「見ろ」
青志が地面を指し示すと、凸レンズを通して収束された太陽の光が、そこにあった古い縄の表面を焼き始めている。
炎を上げるほどではないが、薄く煙が上がり出していたのだ。
「え? どういうことだ?」
知識の魔ヶ珠で得られた情報の中には、レンズに関するものはなかったらしい。オロチは、チンプンカンプンの様子だ。
「凸レンズを通すと、太陽からの光と熱を集中させられるんだ。できるだけ大きな凸レンズを作って、大人数で長時間焼き続けたら、クラゲだってタダでは済まないだろう?」
青志は巨大クラゲに視線を向けると、その上空に凸レンズを形作った。直径2メートル近い、巨大な凸レンズだ。
角度や距離、レンズの厚みを変え、クラゲの表面で光が収束するように調節する。
すると――――
水面より上に出た半透明の身体の一点が、白く色を濁し始める。
クラゲの身体を構成する成分が、熱によって変質しているのだ。
更に熱し続けると、薄紫の煙が立ち上り出す。その時には表面の一部が焦げ、黒くなっている。焦げ目の周囲はグツグツと泡立ち、沸騰しているようである。
「よし! 僕もやろう!」
オロチも、見よう見まねで凸レンズを形作る。
「じゃあ、私たちも――――。ごめん、ユカ、ちょっと外すわね」
リュウカがそう言った途端、青志の精神に何かが接続されてきた感覚があった。
「お?」
「アオシさん、失礼します。私たちにも水魔法を使わせて下さい」
「いいけど、これは変な気持ちだな」
リュウカとトワの感覚が、微妙に流れ込んでくるのだ。
青志が戸惑うのをよそに、リュウカとトワが水魔法で凸レンズを作り出す。
「何か、面白そうなことをしてるわね」
ふいに背後から聞こえた声に、青志は何気なしに振り向いた。
そして、ヒッと息を呑む。
そこには、ワンピースを着た身長2メートルを超えるヒグマが立っていたのだった。