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ギブミー チョコレート!

 翌日早くに、オロチは出立。

 青志が1人でそれを見送った。

 背筋をピンと伸ばしたまま二足トカゲ(ディノス)ゴーレムにまたがり、颯爽と去って行くオロチ。

 騎乗姿が様になっており、なんだか悔しい。

 この後、オロチはモウゴスタ市にて知識の魔ヶ珠をゴブリンに使用した上で、港町のアコーで青志たちと再合流することになっている。

 その間、青志たちはのんびりとアコーを目指す。

 そしてシャガルは、サムバニル市の近くで離脱することになっている。元々、ミスリルを掘りに来ただけのはずだったのだ。ずいぶん長く付き合わせてしまった。


 オロチを見送った後、青志は散策中のユウコと行き合った。

 侍女を3人従えている。その3人も、“落ちてきた者”らしい。

「おはようございます」

 ユウコはずいぶん年下であるが、領主の第二夫人であるので、青志は、きちっと頭を下げて挨拶をする。

 貴族に対する儀礼は知らなくても、身体と精神に刻み込まれたサラリーマン・スキルが自動発動するのだ。


「オロチ殿が出発されたのですか?」

「ええ。知識の魔ヶ珠を持って、喜び勇んで帰って行きました。ユウコ様のご配慮には、大いに感謝しているようでしたよ」

「私は、何もしていませんわ」

 怜悧な瞳が、青志の心を射抜いてくる。

 青志とオロチにとっては、ユウコがルベウスの黒幕であることが確定なのだが、ユウコにはそれを認めるつもりはないらしい。


「ルベウス様の具合は、いかがですか?」

「まだ時々うなされてましたが、大丈夫と思います。湯当たりするまで温泉に浸かってるなんて、よほど楽しかったのでしょうね」

 湯ではなくシンユーの存在に当てられて、目を回してしまったルベウスだったが、どうやら温泉での出来事は内緒にしているようだ。

 迂闊に喋って、シンユーの不興を買うのを恐れているのだろう。賢明な判断といえる。


「少し質問と言うか、確認をさせていただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「答えられることであれば――――」

「ユウコ様は、オレ・・・私を、どう扱おうとなさっておられますか?」

 青志の問いに、ユウコはびっくりしたような表情を浮かべ、そしてすぐに面白そうに笑い出した。

「ふふふ。ずいぶん漠然としたことを、真っ直ぐに訊いてくるのですね」

「正直、私としては、同郷の人間と無駄に腹の探り合いをしたくもなければ、対立もしたくないのですよ」

 青志は腹の内を包み隠すことなく、正直に説明をする。

 オロチを脳筋と評している青志だが、青志自身もしっかり脳筋に近づいているようである。


「私だって、意味なくアオシ殿と対立するつもりは、ありません。ただ、私が第一に考えているのは、いつだって、一緒に落ちてきた仲間たちの幸せです。

 アオシ殿の存在が、私の仲間たちを幸せにするのであれば、私はアオシ殿を全力でお守りします。逆に、アオシ殿が仲間たちの幸せを脅かすなら、全力で排除させていただきます」

「なるほど。分かりやすいと言えば、分かりやすいですね」

「もちろん、コーヒーや砂糖、カレー等をご提供していただいたことは承知しておりますし、感謝もしております。しかし、同郷意識とか、そういう感情に私が流されることを期待するのは、お止め下さい」

 この世界に来てから何があったのかは知らないが、ユウコという少女は、己の感情を捨て、仲間たちの幸せを掴み取るためのマシーンとなろうとしているようだ。


「ところで、荷物の整理をしていたら、リュックからこんな物が出てきたんですが・・・」

 そう言いながら、青志はポケットから銀紙に包まれた小さな物体を取り出す。

 それを見た途端、ユウコ、そしてその後ろにいる3人の雰囲気が明らかに変化した。

「そ、それは・・・!?」

「そうです。これは、チョコレー・・・」

「はぅっ!!」

 青志が答えを言い切る前に、悲鳴に似た声を上げるユウコたち。


「そ、それを、ど、ど、ど・・・!」

 クールな顔を一変させ、ユウコが激しくどもり始める。

「ちょっ、いきなりキャラが崩壊しましたよ?」

「ど、ど、ど・・・どうする、それを、どうする気ですか!?」

「どうするって、普通は食べると思いますが」

「ひぃっ!!」

「逆にユウコ様は、これをどうしたらいいと思います?」

 自分でも分かるぐらいに、青志は悪い笑みを浮かべた。


「そ、そ、それは、もちろん、アオシ殿のものなのですから・・・、わ、私には、どうこうしろという、け、権利など・・・痛いっ!」

 突然、痛みを訴えるユウコ。

 後ろに控える3人の侍女たちが、ユウコの背中を小突いたのだ。

 慌てて振り向くユウコに、3人が懸命に何かを訴える。その表情が、ちょっと怖い。

「わ、分かりました! 分かりましたから!」

 その勢いに、ユウコがあっさり屈服する。


「し、失礼しました。その・・・あの・・・」

 改めて青志に向き直ったユウコだが、自分が口にしようとしていることに抵抗があるのか、激しく言い澱む。

 その背中を、また侍女たちが鋭く小突く。

 侍女といいながら、ユウコに容赦がない3人である。

 実は、黒幕は侍女3人の方だったかもと、青志が疑いたくなるぐらいだ。


「あー、分かったわよ! ・・・私が悪かったから、どうか、そのチョコレートを下さい!!」

 ユウコはヤケクソになって、青志に頭を下げた。

 口調までが変わって、女子高生らしいものになっている。

「ふふーん!」

 勝ち誇る青志。

 その青志を、恨みがましい目で睨むユウコ。


「まあ、ごめん、ごめん。大人げなくて、悪かった」

 やり過ぎてユウコたちに嫌われたら元も子もないので、青志は素直に謝ってみせ、ユウコにチョコレートを手渡す。

「はい。またコピーできたら、食べさせてくれな」

「あ、ありがとう! やったー!!」

 ユウコも、素直に喜んでみせる。領主の第二夫人の表情ではなく、完全に女子高生のそれになっていた。


「まさか、チョコレートが手に入るなんて!」

「あーん、今すぐ食べちゃいたい!」

「駄目よ! ヒメカの所に持って行くのが先よ!」

 3人の侍女たちも、同様に女子高生に戻ってしまっている。

「じゃあ、オレはたっぷりポイントを稼げたと思って、いいのかな?」

「もちろん!!」

 3人の侍女たちは、そろって親指と人差し指で輪っかを作り、OKだと伝えてきた。

「ルベウス様やユウコが悪いことしようとしたら、あたしたちが邪魔しちゃうから!」

「ちょっと、あんたたち! 私だって、チョコレートをくれた人にイジワルできるはずないじゃない!」

 どうやら、チョコレートの効果は、青志の予想以上に大きかったようだ。





 そろって朝餉(あさげ)を済ませると、ルベウスたちは慌ただしくサムバニル市に帰って行った。

 最後までルベウスは、気の抜けた様子のまま。

 対して、ユウコはご機嫌な笑みを浮かべて。

 そして、それを見送る青志たちの傍らには、新たにアイアン・メイデンと2人の兵士が残されていた。

 

 ユカとトワは、ユウコたちの乗る竜車に向かって、「チョコ~!」と涙を流している。

 青志がユウコにチョコレートを手渡したことを知った2人は、王都行きを取り止めてでも、ユウコに付いて行きたがったのだ。

 このまま王都に向かえば、チョコレートが食べられるのは、順調にいっても半年後になってしまう。ユカとトワの気持ちを思うと、もっと早く、リュックの中からチョコレートを見つけ出すのだったと、青志は申し訳ない気持ちになってしまった。

 

 そして、兵士は案内役である。

 王都までのあらゆる雑事を、2人で処理してくれるのだ。もちろん、腕だって確からしい。

 1人は、シューマンというイケメン。年齢は20代半ば。赤髪、細マッチョの火魔法使い。

 もう1人はシューマンの2才下の妹で、名をナナン。緑色の髪をショートにまとめたボーイッシュな美人だ。風魔法使い。

 よく似た兄妹だ。


「では、我々も出発しますか?」

 シューマンの声に従って、青志たちも動き出す。

「通常のルートではなく、湿地帯を抜けて行くのでしたね?」

「うん。遠回りになって申し訳ないけど、手に入れておきたい魔ヶ珠があってね」

「いえ。時間の余裕なら、たっぷりありますから」

 金属鎧を着込んだまま、馬鹿デカい背嚢を背負い、歩き始めるシューマン。この暑い中、信じられない姿だ。青志など、見ているだけで、汗が噴き出しそうになる。


「それより、そんな鎧姿で大丈夫?暑くない?」

「それは、問題ありません。慣れておりますし、いざとなれば火魔法で温度調節もできますから」

「あ。火魔法って、そんなこともできるんだ。じゃあ、ナナンさんは風魔法で鎧の中の空気を動かして、温度調節してるとか?」

 ナナンも、シューマンと同じように金属鎧をまとっていたのだ。

「そうです。ですから、お気遣いしていただく必要はありません」

 生真面目な兄妹のようである。





「うわーん、虫がいっぱいいぃぃ~!」

 トワの泣き言が、辺りに響き渡る。

 夏場の湿地帯は、想像以上に虫の数が多かった。

 蚊柱のようなものがあちこちに乱立し、ブンブンと不気味な羽音を立てている。しかも、その虫の1匹1匹が、蚊どころではなくトンボ並みに大きな謎の虫なのである。一度に襲いかかって来られたら、人間なんて簡単に骨だけにされてしまいそうな怖さがある。


「あんまり、湿地帯に踏み込まない方が良さそうだなぁ」

「狙いは、何なのですか? 良ければ、私が狩ってきますが」

「それが、デンキウナギなんだ」

「え? そ、それはちょっと・・・」

 さすがに金属鎧のまま水の中に入っていく訳にはいかない。

「ああ、心配しないでいいよ。ゴーレムにやらせるから」

 青志がゴーレム魔法を使うことは、当然ルベウスには知られていて、シューマンたちもそれを承知している。


 水妖(ミゴー)と手槍を持たせた超音波ゴブリンを狩りに向かわせると、青志たちは野営の準備を始めた。

 虫の少なそうな場所を選び、まずは焚き火を作り、ケモノの嫌うツタを放り込む。

 いつもケモノ除けに使っているツタだが、シューマンによると虫除けにもなるらしい。使い勝手もいい上に、割とどこにでも生えている便利グッズなのである。


「ディナーのメニューは、どうするのー?」

「ゴーレムに魚を捕まえさせてもいいけど、この辺って水牛もいるんだよな」

「え? 牛肉が食べられるってこと?」

「うん。前にも食べたけど、まさに牛肉の味だったよ」

 どうやらユカとトワは食欲旺盛らしく、水牛情報を教えてやると、リュウカを引っぱって、すごい勢いで飛び出して行った。

 

 シューマンとナナンが天幕を張ったりしている間、青志は久しぶりにゴーレムの合成に取りかかる。

 シャガルは例によって何かを作っているようなので、放っておいて構わないだろう。

 マナは、興味深そうに青志のやることを見ている。


「問題は、船での旅があるってことだよな」

「船の上じゃ、新しいゴーレムが召喚できない?」

「それも、あるな。新しくゴーレムを作ろうとしたら、船体しか材料がないもんな」

「船に穴を開けちゃうのは、マズいわね」

「うむ。マズい。だから、途中で新たなゴーレムが作れない以上、最初から厳選したゴーレムを連れて行く必要がある」


「あ、あたしは・・・?」

「馬鹿。お前を外すはずがないだろ。一番頼りになるんだから」

「ほっ」

「いや。逆に、お前がそんな心配をしていたのが意外だよ」

 あからさまにホッとしているマナの様子に、青志が驚く。

 戦闘力もずば抜けている上、自ら判断して青志のために動いてくれるゴーレムなんて、他に存在しないからだ。


「あと問題なのは、水中戦の強いゴーレムが少ないこと。船員の目に触れないようにしなければならないこと、だな」

「ゴブリンたちも使えないのね」

「そうだ。怪しまれてしまうからな」

「しつこいけど、あたしは大丈夫?」

「マナは、ゴーレムとは思われないだろ。船員たちには、特殊な種族の獣人だと勝手に思ってもらおう」

「うん、分かった。あたしも、そう思われるように振る舞う」

「頼むぞ」


「それで、合成はどうするの?」

「水中戦がやれるのは、ミゴーしかいないからな。ミゴーの強化は必須だよな」

「もしかしてデンキウナギは、ミゴーと?」

「その予定だ。電撃が使えれば、多少の体格差は乗り越えられるだろう」

「そうね。でも、他には?」

「今考えてるのは、これだ」

 青志は、1つの魔ヶ珠を取り出した。


「ちょっと小さいけど、もしかしてスライムの?」

「正解。スライムに、この――――」

 もう1つ取り出した魔ヶ珠を、躊躇なく合成する。

「おー?」

 合成した魔ヶ珠を地面に落とすと、ゴボリと土の表面が盛り上がり、スライムが形作られた。そして、スッと色を消し、透明化していく。

「あ! 鬼猿を混ぜたの!?」

「そうだ。姿を消せるスライムなら、船の中でも自由に動き回れそうだろ?」

「確かに・・・」

 マナは頷く。


「そして、こんなこともできる」

 透明化を解いた後、スライムの身体が速やかに変形し、小型の鬼猿の姿を形作った。マナと同じぐらいの大きさだ。しかし、ちゃんと鋭い牙と爪が生えている。

「う。なんか、可愛い」

「隠密モードと戦闘モードの使い分けだ」

「一応確認するけど、鬼猿の方を基にして、スライム化できる鬼猿じゃダメだったの?」

「それもいいけど、スライムを本体にした方が、色々なモードを使えるだろ? 鳥とか魚とか」

「あ。もっと色々混ぜるのね」

「そうだ。だから、使えそうなケモノも適当に狩っていかなきゃな」





 その夜、青志たちは、大量の水牛の焼き肉と魚と香草のスープを、お腹いっぱいに堪能した。

 驚いたのは、アイアン・メイデンの3人が、とてつもない食欲を発揮したことだ。

 しかも、シューマンとナナンの兄妹も遠慮がなかった。

 そして、当然シャガルは、鬼のように食べる。

 丸々1頭の水牛がどんどん形をなくしていくのを見て、青志は感心するばかりである。

「だって、長い船旅に備えて、エネルギーを貯めとかなきゃいけないでしょ?」

 もっともなことを言うユカは、口の回りを脂でベトベトにしている。死ぬほど満足そうな表情だ。

「アオシさんも、ちゃんと食べなきゃダメよー」

 トワがそう言いながら、大量の肉を青志の皿に放り込んでくる。


 あー、やっぱり女の子がいると楽しいな。

 そう実感する青志の太ももを、マナがキュッとつねった。

 

 

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