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大いなる旅の予感

 青志は、まじまじとルベウスを見つめた。

 そうすると、ただのボンボンにしか見えなかった目の前の少年が、段々と得体の知れない怪物に思えてくる。

 当のルベウスは、青志の視線を受けながらも、まるで気にした様子がない。リラックスしたまま、陶器のコップに入った果実酒を味わっている。

「そう警戒しなくても良い。アオシ殿もオロチ殿も、困らせる気はないのだ」


「いや・・・そうは言われますが、正直なところ、大変驚かされました。こんなにも、我々の行動が筒抜けになっているとは思いませんでした」

 この世界に落ちてきて以来、青志が最も重視してきたのは、索敵であった。

 どれだけの戦力があろうとも、それを上回る強さのケモノがゴロゴロいるのだ。不意をつかれることは、死に直結してしまう。

 その為、高空には鷹ゴーレム、低空にはコウモリ、身近には超音波を使える超音波ゴブリンと赤外線視ができるゴブリン・ウィザードを配置してきたのである。

 それなのに、青志は全く監視されていることに気づいていなかった。そんな存在を、疑ってさえいなかった。

 背筋に、イヤな汗が流れてくる。


「アオシ殿のゴーレムたちの探知能力は、優秀であるからな。情報収集も大変だったと聞く」

 しれっと聞き捨てならないことを漏らすルベウス。

 その言葉がどこまで真実なのかは分からないが、そのまま信用するならば、青志のゴーレムの探知能力を上回る情報収集チームがあるように受け取れる。少なくとも、何がしかの固有魔法で、遠方から情報収集したようには聞こえなかった。

「忍者でも雇ってるのかよ・・・」

 青志が独り言(ひとりご)ちる。


「それで、オロチ殿も呼んでいただけるかな?」

 ルベウスが、重ねて問いかけてくる。

「オロチは、もうそこまで来ているようです。表の兵士たちに手を出さないように言っていただけますか?」

 オロチはフクロウゴーレムを使って、ルベウスの言葉を聞いていたのだろう。すでにこちらに向かって来ていた。青志は、鷹ゴーレムの目を通して、それに気づいていたのだ。

「じゃあ、私たちが迎えに行ってきます」

 青志の言葉を受け、ユカとトワが身軽に天幕を飛び出していく。


 それにしても、オロチの決断と行動は速い。

 自分自身が人間と敵対する種族の長であることが、分かっているのだろうか? ここでルベウスがオロチの抹殺に踏み切る可能性だって、十分にあるだろうに。

 もしかしたら、ルベウスが兵士をけしかけて来ても、ゴーレムを使って撃退できると踏んでいるのかも知れない。が、ルベウスという男と接してみて、オロチや青志のゴーレムについても調べ上げられているのだろうという確信が、青志にはあった。

 つまり、ゴーレムが暴れる前に、ルベウスは、オロチや青志を仕留めることができるはずなのだ。


 青志の心配をよそに、ユカとトワの案内で、堂々とオロチが天幕に入ってきた。

「これはこれはオロチ殿、よくぞおいで下された!」

 さっそく、偉い人同士の挨拶を始めるルベウス。

 当たり前だが、オロチの方が青志よりも重くもてなされているようだ。天幕の奥から現れた侍女風の少女たちが、素早くクッションを敷き、オロチを座らせ、その前に果実酒の入ったコップを置いていく。

 青志は、一気に蚊帳の外だ。


「まずは、ゆるりと寛いでいただきたい。難しい話は、その後にいたしましょう」

 青志に対しては前置きもなく直球を放り込んで来たのに、オロチとは時間をかける気でいるらしい。再び現れた少女たちが、ブドウっぽい果物の乗った器を、オロチの前に並べていった。

「これらは、領主館の庭で採れた果実と、それらで作られた酒でしてな。味も絶品ゆえ、どうかご賞味下さい!」


「申し訳ありませんが、人間のような面倒な交渉のやり方は、我々ゴブリンには向いていません。さっさと用件に入っていただけると嬉しいのですが」

 しかし、オロチはルベウスのペースに乗る気はないようだ。

 そもそも、ルベウスと長々と交渉戦を行うつもりなら、まず簡単に姿を現しはしないだろう。

 父親のキングのことを脳筋と評していたオロチだが、ルベウスと比べれば、彼自身も脳筋以外の何者でもなかった。


「そう急がれることもないでしょうに」

 そう言いかけるルベウスの前に、オロチは青い葉に包まれたクモガニのチーズを置いた。クモガニ1体分の量だ。

「これを知識の魔ヶ珠と交換していただけるというのは、本当ですか? そうであるなら、残りのチーズもすぐに持って来させますが」

 チーズのほとんどは、今は大蛇ゴーレムの体内にあるのだ。


「ふ・・・む。せっかくゴブリンの次期王と出会えたのに、腹の探り合いもさせてもらえないのですか」

 よく分からない部分で、残念がるルベウス。そんなに陰謀とかが好きなのだろうか。青志には理解できない感覚だ。

「分かりました。いいでしょう、腹を割って話すことにしましょう」

 唇を尖らせながらそう言うルベウスの左手に、隣の少女がそっと手を添える。

「ああ、うん。すまない、ユウコ」

 隣の少女に宥められて謝るルベウスを見て、青志は、少女の方がルベウスをコントロールしているのだと気づく。


「失礼ですが、そちらの女性もご紹介願えませんか?」

 青志と同じことを思ったのか、オロチがルベウスの隣の少女に目を向けた。

 それを聞いて、意外そうな表情を浮かべるルベウス。

 この世界の偉い人は、自分の配偶者を他人に紹介する習慣はないのだろうか? それとも、正夫人ではなければ、他人に紹介する必要がないのだろうか? 青志は、なんとなく腑に落ちない気分になる。

 そう言えばルベウスは、シャガルとマナには欠片(かけら)ほども関心を示さないのだ。すごく、いけ好かない。


「彼女はユウコ。私の妻の1人だ」

 ルベウスの素っ気ない紹介に、ユウコは控えめな笑みを浮かべ、そっと頭を下げた。青志と同じ日本人のはずだが、それを口にするどころか、言葉1つ発しようとしない。あくまで、ルベウスを立てるつもりなのかも知れない。





「それで、本当の用件は何でしょうか?」

 そう問うオロチの手には、知識の魔ヶ珠が1つ握られている。ルベウスから渡された物である。

 代償は、ありったけのチーズ。が、どれだけチーズが高級食材とはいえ、知識の魔ヶ珠はそんな程度で購える物ではない。

 明らかにルベウスには、別の狙いがあるはずなのだ。

「オロチ殿には、特に他意はない。強いて言えば、貸しを作っておくことと、新しい街を築く後押しができればいい」

「ほお? 新しい街を作って、僕がモウゴスタ市を明け渡すことを信じていらっしゃる?」

「・・・そういうことだ」


 返事をする一瞬、ルベウスがユウコの顔色をうかがい、ユウコが小さく頷いてみせた。青志は、それをはっきり目撃した。やはり、ルベウスの行動は、ユウコのコントロールを受けているらしい。

「ではサムバニル市は、現在のところゴブリンと戦争をするつもりはないと受け取ってよろしいのですね?」

「サムバニル市に限っては、そうである。が、先日ゴブリンと戦ったのは、王の軍だ。残念だが、私には奴らを御する権限はない」

 そう。クリムトたちはサムバニル市に所属しているのではなく、サムバニル市を支配する王が派遣してきた兵士なのである。

 ルベウスは、王の代理でサムバニル市を治めているわけだ。

 クリムトたちは、サムバニル市を守護すると同時に、ルベウスの監視役をも担っている。


「いえ。ルベウス殿のお考えが確認できただけでも十分です。我らは、1日も早く新しい街を建設し、モウゴスタ市を解放することを目指しましょう」

 オロチは、ルベウスの真意が何であれ、利用できるものは最大限に利用する気らしい。青志にとっても分かりやすい割り切り方だ。

 ルベウスという人間に好い印象はないが、今のところ青志やオロチに対する悪意は感じられない。ならば、その言に乗ってみても悪くはないだろう。

 ややこしい話になるようなら、とっとと逃げ出してしまえばいい。





「そして、アオシ殿」

 しばらくオロチと談笑していたルベウスが、いきなり青志に向き直る。

 用がないなら、マナたちとともに退出させてもらいたいなと思っていたところへの不意打ちであった。

「実は、アオシ殿にもお願いがある」

「はあ、なんでしょう?」

「一度、王都を訪ねてもらいたいのだ」

「・・・よく、意味が分かりませんが?」


 青志にしてみれば、領主とはいえ初対面のルベウスに命令される謂われはないと思っている。

 元々、日本において、理不尽な上司からの命令に散々苦しめられてきたのだ。異世界に来てまで、同じ思いはしたくないのである。

「アオシ殿は、あまり目立ちたくはないのであろう?」

「はあ。それは、そうですが・・・」

「今、サムバニル市に戻れば、アオシ殿は英雄に祭り上げられる公算が大きい」

 意外なことを言い始めるルベウス。


「は?」

 青志は、鳩が豆鉄砲を食らった思いである。

「先日のゴブリンとの戦争において、アオシ殿がやってくれたことは、思いの外多くの人間に目撃されていたのだ」

 ルベウスが言うには、あの時、戦闘には参加していないが、戦闘を見ていた者が多数いたらしい。

 サムバニル市の住民からしてみれば、ゴブリンが攻め込んで来たとなれば死活問題だ。

 冒険者たちへ参戦が呼びかけられた時点で、独自に情報収集に走った人間が、かなりの数存在したのである。

 つまり、戦場の外縁部で行われた青志とゴブリン・キングの戦闘は、少なくない人間にはっきりと見られていたのだ。


「実際、私の部下もアオシ殿の戦いを見ていた訳だしな」

 青志の背中を冷や汗が流れる。

 考えてみれば、シムだって戦争を見ている側の人間だった。あの時、シムと同じように青志を見ていた人間が、他にも何人もいたのであろう。

「当然、アオシ殿がゴーレムを使っていたのも見られている」

「ああ、それはマズいな・・・」

「そこでだ。ほとぼりを冷ますためにも、しばらくサムバニル市を離れて欲しいのだ」


「まあ、サムバニル市を離れるのは構いませんが、王都に行って何をしろと?」

「ある人間が王都に向かうことになっているので、その護衛を頼みたい」

「護衛ですか? 正直、私はそこまで腕も立ちませんし、護衛としてのノウハウも持っていませんよ?」

「それは問題ない。こちらから数人の人間を出す上、アイアン・メイデンの3人も同行するからな」

「え?」

 青志が驚いてユカたちを見ると、そのことをすでに承知しているらしい笑顔が返ってきた。


「その3人も、先日の戦闘では目立ち過ぎた。やはり、ほとぼりを冷ます目的で、サムバニル市を離れてもらう」

「ということは、我々をサムバニル市から引き離すのが、真の目的ですか?」

「そうだ。つまらない政治上の問題でな、ゴブリン戦での功労者はカリエガたち、王立軍のものであらねばならんのだ」

 ルベウスが不本意そうに言う。

 王都との力関係が影響して、そういうことになったのだろう。

「つまり、護衛はただの名目?」

「そう思ってくれていい。旅費だの必要な許可だのは私が面倒を見るから、のんびりと王都見物でもしてくるが良い。ついでに、王都の近くにあるアスカも回ってくれば、良かろう」

「アスカ、ですか?」

「落ちてきた者たちが築いた街だ。アオシ殿と同じニホン人が主に住んでいると聞くぞ」





 旅行期間は最短でも半年。

 サムバニル市から南に5日ほど行った港町アコーから船に乗り、大陸の沿岸を2~3ヶ月進み、シャクシという港町に上陸。そこから陸路3日で王都に到達するという。

 アスカには、王都から更に2日かかるらしい。

 ルベウスの提案にそのまま乗るのは不安もあったが、単純にこの世界を見て回ることが楽しみでもあり、青志はこれを受けた。

 予想外だったのは、オロチまでがそこに乗っかってきたことだ。

 王都やアスカ、それに途中で通過する街々に興味があるらしい。新しい街を作る参考にしたいのだろうが、勉強熱心なことである。


 アコーから船が出るまでに、まだ20日近くあるということで、その間にオロチはモウゴスタ市に一度帰るそうだ。

 せっかく手に入れた知識の魔ヶ珠を、使用してくるのである。人間の知識や価値観を持ったゴブリンが、また1体生まれる訳だ。

 だからといって、オロチが半年以上も旅に出たままでいいのかと心配にもなる。オロチがトップにいるからこそ、ゴブリンとの友好的な未来が夢想できるのであり、オロチがトップでいられなくなれば、またゴブリンと人間は血で血を洗う関係に逆戻りだ。


 会談後、青志はルベウスを温泉に誘った。

 いけ好かない相手ではあるが、裸の付き合いをして損はないと思ったのだ。

 青志たちが先に湯に浸かって待っていると、ルベウスが素っ裸でやって来る。服を着ているときと印象の変わらぬぽっちゃり体型だ。

 しかし、全く身体を隠そうともしない。あまり美しいとも言えぬ裸をさらしたまま、余裕の笑みを浮かべている。

 羞恥心などないのかも知れない。


 ルベウスが湯に入ろうとしたタイミングで、オロチに目配せする青志。すると、オロチが湯の中で立ち上がり、ルベウスを歓迎する旨を告げる。

 が、その瞬間、微笑んでいたルベウスの表情が凍りついた。

 立ち上がったせいで、オロチの股間の凶器が目に飛び込んで来たのだ。ルベウスにとっては、初めて味わう衝撃のはずだ。

 青志とシャガルは必死に笑いを噛み殺し、そんな2人を呆れたようにマナが見る。


「実は、量は少ないですが、樹海から持ち帰った珍しい酒があるんですよ」

 そう言いながら、青志はステンレスの水筒を取り出した。

「おい、お前、まさか・・・!」

 途端に食いついてくるシャガル。

「そう。猿酒だよ。この分だけ飲まずにいたんだ」

 残りの猿酒は、猫人の里での宴会で、当然のごとく飲み干されてしまっている。


「猿酒とは珍しいな」

 青志は、用意していたコップに猿酒を注ぎ、ルベウスに手渡す。

「なかなか気が利くではないか」

 続いて、ハスキーで色っぽい声とともに、美しいガラスのコップが差し出された。

「お褒めにあずかり、光栄ですよ」

 自然な態度で、青志もそのコップに猿酒を注ぐ。

 オロチもシャガルも、平然としている。

 マナに至っては、ひどく嬉しそうだ。

 が、ルベウスは飛び上がった。

 余裕のポーズをかなぐり捨てて飛び上がった。

 肩から腕にかけて真っ赤に輝くウロコをまとった裸の女が、突然隣に現れたのだ。それは、飛び上がるだろう。


「見ない顔だが、騒がしいな。おとなしくできないようなら、二度と騒げないようにしてやっても良いぞ?」

 湯から飛び出し、岩肌に貼りついたまま、ルベウスが必死に首を左右に振った。そうしながら、青志に疑問の視線を投げかけて来る。

「こちら、火竜山の(あるじ)です」

「な、な、な・・・! ドラゴンと申すか!?」

 ルベウスの顔色は蒼白でおる。

 おまけに、ルベウスが悲鳴を上げまくっているのに、誰も様子を見に来ない。

 恐らく、結界が張られているのだ。そしてそのせいで、シンユーの存在はルベウスに知られていなかったようだ。


 シンユーにビビりまくるルベウスの姿に、青志は少しだけ溜飲を下げたのだった。

 

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