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弟子の侮りと師匠の矜持

このままペースアップしていく所存。

「後輩が、コスプレしゃぶしゃぶの女の子を口説いてた・・・」

 死の淵から生還したアオシの第一声が、それであった。

 自分が死にかけていたことを知るや、「死ぬと、魂は元の世界に帰るのか?」と、頭を抱えてしまう始末。

 気を失っている間に、何かを見たようだ。

 

 宴会は、まだ続いている。

 いや、クモガニの肉とチーズが投下されたせいで、更に盛り上がってしまっている。

 大半の猫人たちは服を脱いでしまい、謎の踊りに興じていた。

 バンザイするように両手を上げ、変な節回しの歌に乗って、身体を水草のように揺らすというものだ。当然のように、シャガルもそこに参加している。

 シムには、何が楽しいのか理解できない。

 そして、猫人が全裸になっても、なんのエロスも感じられない。

 全裸のシャガルは、醜悪なばかりであった。


 そんな中、アオシは居酒屋の隅のベンチに寝かされている。

 マナが膝枕中だが、かなり立腹している様子だ。

 2人の前には、木の床に正座させられたタンタン。

 その背後には、腕を組んだマオが仁王立ちしている。

 タンタンを吊し上げている最中なのだ。

 先ほどまではアオシがタンタンをかばおうとしていたのだが、マナとマオによって黙らされてしまったらしい。


「マオさん、やけに怒ってますね」

 シム、オロチ、キサク、ゴディは、すぐ近くのテーブルで焼きガニを食べながら、タンタンたちを眺めていた。

「タンタンさんはいい人なんだけど、技のことになるとやり過ぎるんだよ。俺たちも、散々やられたからなぁ」

 ゴディの言葉に、キサクが深く頷く。

「まあ、タンタンさんに鍛えられたことは感謝してるんだけどな、その分、何回も半殺しにされたことを抜きにすれば・・・」

「それは、マオさんも怒りますね」

「うむ。ここで怒っとかなきゃ、また同じ目に合わされるからな」


 そんな危険人物の相手をうちの師匠にやらせるなよと、シムは心の中で毒づく。

 しかし、世の中にはまだまだ化け物みたいに強い人間がいっぱいいることに、シムは驚きを隠せない。

 ゴブリン・キングを倒したアオシに憧れて弟子入りはしたものの、早まったかと思ってしまう。むろん、アオシに弟子入りしなければ、そんな人たちと出会うこともなかった訳だが、心の中に芽生えてしまった気持ちは、簡単に消せそうになかった。

 マナに膝枕されたままグロッキーになっているアオシに、そっと視線を向ける。





 青志たちは、2日後に猫人の里を出ることにした。

 せっかく手に入れたチーズだが、傷みにくいとは言え、早めに取り引きした方がいいと考えたのだ。

 青志にしても、シャガルを迎えに出ただけのはずが、そのまま樹海まで来てしまったので、キョウたちに心配をかけてしまっているかも知れないのが気がかりである。


 翌日はゆっくりと身体を休め、体力の回復に努めた。

 タンタンとの稽古での負傷は治っていたが、大量の血液を失っていたのである。治癒魔法では、傷を塞ぐことはできても、失われた血液は補充できない。

 その分は、栄養を摂って、ゆっくり休むしかないのだ。


 その間、シムとオロチは問題のタンタンから稽古を付けてもらっていた。

 もちろん、マオの監視付きである。マオは、この機会にタンタンを躾ようとしていたようだ。

 その甲斐もあってか、シムとオロチに怪我をさせることもなく、タンタンの稽古は無事に終わる。

 シムとオロチの攻撃は、まるでタンタンに触れることがなく、なんだか分からないうちに倒されることを繰り返した数時間だった。

 この体験は、ますますシムの心をざわつかせることになる。






 そして、出立の日。

 青志の体調は、まだ不完全ながら、空手の型をこなせる程度には復活していた。回復力だけで見れば、人間の領域を超え始めているようだ。

 樹海の外までは、マオとキサク、トルサが同行してくれることになった。

 ゴディはまだ本調子ではないので、お留守番。タンタンは、猫人の里を守る役割である。


「また、いつでも訪ねて来てよ。今度は、もうちょっと優しく相手をするからさ」

 ニコニコ顔のタンタンに送り出され、一行は里を後にした。

「ずいぶん、気に入られたみたいじゃない?」

「気に入られると、寿命が縮むんだけどねー」

 マオの指摘に、ぼやきを返しながらも、青志は次の稽古を楽しみに思っている。青志の世代は、有名なカンフー映画の影響で、中国武術の達人に憧れる気持ちが非常に強いのだ。

 まるで映画やマンガから抜け出てきたような達人。青志から見て、タンタンはそんな存在であった。ひどい目に合わされたとは思っているが、それもご褒美みたいなものである。


 樹海に出ると、たちまち青志が遅れ始めた。すぐに息が上がってしまうのだ。やはり、大量の血を失った影響は大きいようである。

「気にしなくていい。ゆっくり着実に移動しよう」

 そんな青志の様子を察して、オロチが相変わらずのイケメンな言葉をかけてくれる。

 マオ、キサク、そしてトルサも、「その通りだ」って表情。

 シャガルは、いつもと同じく我関せずという感じ。マナは、必要以上に心配している様子だ。

 そんな中、シムの態度が冷たいように見えて、気にする青志。


 樹海から出るまでは、丸一日以上かかる予定だ。

 途中、やはり猫人たちが作ったシェルターで一泊する必要がある。

 青志の足に合わせても、夕方までには余裕で目当てのシェルターに到着できるそうで、慌てる必要はない。むしろ、急いだからといって、本日中にそのシェルターの先には進めないのだ。


 それでも、ケモノと遭遇する危険性を考慮すれば、一刻も早くシェルターにたどり着くべきではあるだろう。

 シムが先を急ぎたがっているように見えるのは、そういうことを考えてのことなのかも知れない。青志たちの中で一番戦闘力が低いことを思えば、樹海をちんたら歩いている状況に、大きな恐怖を感じていたとしても不思議はない。

 が、青志には、シムが青志を侮って、冷たい視線を送って来ているように感じられるのだ。


 元々、青志はシムの弟子入りを歓迎していた訳ではない。

 自分の身だって守り切れるかどうか自信がないのに、更に実力の低い存在を抱えたくなかったのも事実であるし、自分が他人に教えられることなんてほとんど無いとも思っている。

 青志の唯一の技である衝撃波もマスターしてしまった以上、シムには速やかに弟子を卒業してもらいたいとさえ考えているのだ。

 今の実力ならば、グレコたちと合流しても、足を引っ張るようなことはないだろう。

 そういう意味では、シムの気持ちが青志から離れていったって、何の問題もないのだ。

 問題もないのだが、侮られたままというのはなぁ・・・。青志は、心の中で嘆息する。





 そしてこの時も、ゴーレムたちには、マオとキサクに気づかれない距離を保たたせていた。

 トルサに確認したところ、やはりゴーレム魔法は2人ともに内緒にした方がいいと助言されたのだ。ゴーレムへの忌避感は、青志の思う以上に強いらしい。

 ただ、マオは土魔法、キサクは火魔法の持ち主なので、ゴディの風魔法ほど索敵能力が高くはなく、助かっている。あまり、ゴーレムを遠くに配置せずに済むという訳だ。


 しかし、この先もこの世界の住人の目を気にしなければならないことを思えば、ゴーレムの編成も考え直した方が良さそうだ。青志は、そう思い始めていた。

 もちろん、大型で強力なゴーレムは持っておきたい。

 が、大型のゴーレムは、当然人目に付きやすい。ならば、小型で強力なゴーレムを育てた方が賢いだろう。

 

 まずは、樹海を出てシャガルをサムバニル市に送り届ける。オロチとは、その前後に別れることになるだろう。そして、恐らくはシムも。

 そうしたら、マナだけを連れ、新たなゴーレムの獲得と強化に専念しよう。

 樹海では強力なゴーレムが手に入りはしたが、もっと小型で目立たないゴーレムが、自分には必要そうだ。

 温泉辺りに腰を据え、しばらくケモノ狩りを続けることにしよう。





 青志が今後の方針について考えていると、先行させているコウモリゴーレムが、ケモノの群れが高速で接近するのを察知した。

 ほぼ同時にオロチも同じものを察知したらしく、鋭い視線を送ってくる。

「何か、接近してくるぞ!」

 青志の声に、マオとキサクが一瞬で雰囲気を変えた。戦闘モードに入ったのだ。

「どんなケモノか分かる!?」

「二本足の恐竜――――トカゲみたいなヤツだ。大きさはシムぐらい。数が多いな。少なくとも10体以上いるぞ」

 コウモリゴーレムが察知した内容を、青志は隠さずに披露する。ここで下手な隠しごとをして、犠牲者が出るようなことがあってはならない。

 恐らくマオとキサクは、青志の固有魔法を索敵関係だと思ってくれるはずだ。


「リッパーかしらね?」

「可能性は高いな」

 マオが、羽織っていたマントを地面に落とした。続いて、胸と腰に巻いた布をも、ためらいなく脱ぎ捨てる。

「ええっ!?」

 シムが驚きの声を上げるが、次の瞬間には、マオの裸体は無骨な甲冑に隠されてしまっていた。


「生体・・・装甲?」

 甲冑は、ひどく有機的な外観と質感を持っていた。

 はっきり言うと、巨大なフナムシかダンゴムシが二本足で立ち上がったような姿だ。元の女性的なラインは、完全に消えてしまっている。間違っても、カッコいいとは言えそうにない。

「そう。これが、あたしの固有魔法。この姿になる度に服が破けちゃうのが欠点だけど、強いわよ?」

 マオは“落ちてきた者”ではないが、固有魔法持ちらしい。シャガルと同じパターンだ。


 その隣では、キサクが腰のホルスターから大型拳銃を抜き放ち、弾込めをし始めた。

 拳銃は回転弾倉式で、装弾数は5発。弾丸は薬莢に入っており、ある程度の工業力の存在を匂わせる。

 しかし問題は、弾丸の大きさだ。

 銃器に詳しくない青志から見ても、その大きさが非常識なのが分かる。リップクリームなんかより大きいのである。

 その分、拳銃本体もデカく、ゴツい。どれほどの威力を秘めているのか、想像するだけで恐ろしい代物だ。

 

 一行の攻撃態勢が整ったタイミングで、木々の陰から小型の恐竜――――リッパーが、ぞろぞろと姿を現した。

 全身が青いウロコに覆われた獰猛そうな連中だ。

 足の親指から大きく鋭い爪が生えているのが見える。

「こいつら、動きが速くて、厄介なんだよな」

 キサクがボヤきながら、左手から巨大な火球を生み出し、群れの真ん中辺りに射出。

 リッパーたちは、敏捷にその火球を避ける。

 しかし、避ける動きを予測していたように、キサクが右手の拳銃をぶっ放した。


 耳を聾する轟音とともに、1体のリッパーの頭部が消し飛ぶ。

 やはり、とんでもない威力だ。拳銃というよりは、小型の大砲と言いたくなる。

 が、続く2発目3発目は、リッパーにかわされてしまう。

 拳銃の脅威に気づき、高速で変則的な動きを始めたのだ。

「ちっ! 相変わらず、一筋縄でいかない連中だな」


「ならば、任せてもらう!」

 銃弾をかわした個体に、オロチの水の蛇が強襲。腹部で衝撃波が炸裂し、血反吐を撒き散らしながら、1体のリッパーが地に転がる。

「よし。こいつ相手なら、いける!」

 続けてオロチが水の蛇を走らせ、シムも水の鞭を振るった。負けじと青志も、衝撃波を込めた水の円盤を飛ばす。イメージしたのは、水のヨーヨーだ。


 しかし、リッパーの動きは速い。

 青志たちの攻撃を、あっさりとかわしてしまう。

 かわして、その足の爪で青志たちを引き裂こうとする。それを、シャガルとマオが迎え打つ。シャガルは2丁の斧で。マオは生体装甲で。

 それに対して、リッパーたちに慌てる様子はない。

 シャガルとマオが武器を振るったときには、すでに後方に跳び下がっている。

 スピードで青志たちを翻弄しながら、少しずつダメージを与えてくるつもりの様だ。ひどくクレバーなものを感じさせられる。

 

「こういうスピード重視のヤツには、タンタンさんが向くんだけどな!」

 弾数の問題なのか、キサクは拳銃を連射できない様子だ。火魔法で牽制しながら、狙撃できるタイミングを待っているように見える。

 牽制に使っている火魔法も十分に殺傷力があるのだが、リッパーは軽々とそれをかわしてしまうのである。


「まずは、こいつらの足を止めるべきだな」

 青志は30センチ大の水の球を5つ作り出すと、接近してくるリッパーに向けて、適当に撃ち出した。衝撃波の込められていない、ただの水の球だ。

 しかし、衝撃波が込められているかどうか分からないリッパーたちは、大袈裟によけまくる。

「オロチ、シム! 当たらなくていい! 今の攻撃を続けてくれ!!」

 青志は、ちょっといいところを見せることにした。





「オロチ、シム! 当たらなくていい! 今の攻撃を続けてくれ!!」

 アオシがそう叫ぶのを聞いて、シムは舌打ちしそうになった。

 言われなくても、そうするしかないのは分かっているではないか。

 マオとシャガルは速度的にリッパーに付いていけない。リッパーにダメージを与えられるとしたら、シムとオロチ、それにキサクしかないのだ。

 

 アオシは衝撃波を考えついたところまではいいが、それを使った遠隔攻撃は大したことがない。

 マナなら速度的にも威力的にもリッパーに圧倒できるはずだが、一度も熱線を発さないのは、マスターであるアオシの魔力が足りないせいだ。普段、マナが寝てばかりいるのも、そのせいに違いない。

 だから、アオシを当てにしてはいけない。


 そんなシムの気持ちも知らず、アオシはただの水の球を撃ちまくっている。もちろんリッパーにはかわされまくっているし、たまに命中したとしても、何の効果も及ぼせていない。

 ただ、辺りを濡らして回っているだけだ。

 もしかしたら、地面を濡らしてリッパーの動きを阻害しようとしているのかも知れないが、リッパーの動きが鈍る様子はない。

 やはり、アオシには任せていられない。


「そろそろか・・・」

 アオシが呟くと、また性懲りもなく水の球をいくつも生み出した。30センチ大のものを10個近く。今度は、リッパーたちを狙うでもなく、スイッとリッパーの群れの中に移動させる。

 当然、リッパーたちには触れもしない。

 ただ、今度は水の糸がアオシに繋がったままだ。

「何やってん――――」

 そうシムが叫ぼうとした瞬間。


「気化」

 アオシが生み出した水の球が弾け飛び。

 辺りが白一色に染め変えられた。

 地面も。

 木の幹も。

 そして、リッパーたちまで。

 真っ白に染まって、その動きを止めている。

 息を呑むシムに、経験したことのない冷気が襲いかかった。

「寒っ! 何だ、これ? 氷!?」


 シムは、ぞくりと身を震わせた。

 




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