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鬼猿と猿酒と

 マナとゴディが、それぞれ1体ずつの鬼猿と戦闘に入ったのを背で感じながら、青志は隻腕の鬼猿に向き直った。

「仕方ない。こいつは、オレたちだけで倒すぞ」

 戦力は、青志とオロチ、そしてシャガルである。

 トルサには高い戦闘力があるようには見えないし、シムはまだまだ役に立たない。


 シャガルが斧を構えると、鬼猿の前に出た。

 鬼猿は余裕の表情で、シャガルを眺めている。

 片腕を失っていながら、青志たちに全く脅威を感じていない様子だ。完全に舐めているのが分かる。

 腹の立つ話だが、青志には鬼猿に勝てるイメージが全く持てないのも事実である。

 衝撃波を入れることができれば、鬼猿が相手でもそれなりのダメージが与えられるのだろうが、鬼猿に近づいた瞬間に、青志の首と胴は泣き別れすることが目に見えている。


「アオシ。衝撃波を教えてもらったお返しだ。ここは、僕に任せてくれ」

「え?」

 ビビっている青志を尻目に、オロチが前に出た。

 強気な発言を口にしながら、しかしオロチの表情は極度の緊張に強張っている。

「シャガル。少しだけ盾役を頼むよ!」

「おう!」

 斧を構えたままのシャガルの背中は、小揺るぎもしない。人格には難があるが、その胆力は賞賛すべきものだ。

 オロチとシャガルの勇気に、青志は恥入りたくなる。


「行くぞ」

 オロチが静かにそう言うと、その足元から1匹の蛇が立ち上がった。

 ゴーレムではない。

 水魔法で作り出された水の蛇だ。

 1メートルぐらいの高さに鎌首をもたげたまま、水の蛇がスルスルと前進する。

 それを不思議そうに見つめる鬼猿。

 まるで、攻撃的な魔法には見えないのだろう。そしてそれは、青志も同じだ。オロチの意図が掴めない。


 水の蛇は、鬼猿の目の前でその動きを止めた。

 その鎌首の位置は、ちょうど鬼猿の股間ぐらいの高さである。

 何をする気か?

 鬼猿を含め、それを見つめる者たち全てが同じ疑問を抱いているはずだ。

「これが、衝撃波を遠距離攻撃に使う答えの1つだ!」

 オロチの声とともに、水の蛇がフワリと鬼猿に向けて倒れ込んだ。

 反射的に後方に飛んで、それをかわそうとする鬼猿。

 しかし、水の蛇の頭の部分が、辛うじて鬼猿の右足の膝の辺りに届く。


 ぱしん――――!!


 その瞬間、鬼猿の右膝から血煙が舞い上がった。

 苦痛に表情を歪めながら、鬼猿は大きくバランスを崩す。右足が使えなくなったのだ。

「え?」

 それは正に、右膝に衝撃波を叩き込まれたせいだ。そのため、周囲の毛細血管が弾け飛んだのである。

 しかし、どうやって、水の蛇に衝撃波を撃たせた?

 青志が水の球に衝撃波を込めると、どうしても放ったと同時に爆散してしまうというのに。


 驚く青志に笑みを見せると、オロチは更に3体の水の蛇を作り出した。

 その3体を、膝を傷めて動きの止まった鬼猿に、次々とぶつけていく。

 右腕、脇腹、そして胸と、水の蛇が命中するごとに、血しぶく鬼猿の身体。オロチは、完全に衝撃波による遠隔攻撃をマスターしたようだ。

 倒すところまではいかないが、確実に鬼猿にダメージを与えていく。


「そ、そうか! 蛇の形にしたのは、衝撃波を込めた水を、自分の身体とつないだままにするためか!」

 水で作られた蛇の尾は、オロチの身体から伸びていたのだ。

 青志も、ようやく解答にたどり着いた。

 衝撃波を込めた水の球が、放った途端に爆散してしまうのなら、自分の身体につないだままコントロールすれば良かったのである。

「そんな、簡単な話だったのか・・・」


「そういうことさ!」

 クールに笑いながら、オロチがまたもや3体の水の蛇を生み出す。

 が、今度は青志の背後から細い水の鞭が飛んできて、鬼猿の顔面を打ち据えた。

 その一撃は決して強いものではなかったが、鬼猿の左目がまともに衝撃波を喰らい、破裂する。絶叫する鬼猿。

「えぇっ!?」

 慌てて背後を見れば、シムがびっくりした表情で固まっていた。オロチの真似をしてみたら、予想外のダメージを鬼猿に与えることができて、びっくりしたらしい。

「お、お前、もう弟子卒業でいいんじゃない?」


 ぼやきながら、ミスリル棒を構える青志。

 オロチとシムばかりに、いい格好をさせてはいられない。

 トドメの衝撃波を叩き込もうとするが、その前に伏兵シャガルが立ち塞がる。雄叫びを上げながら突進し、鬼猿の左太股に斧を打ち込んだのだ。

 無骨な斧の刃が深々と身体に食い込み、鬼猿が激しく苦悶する。

 そこに殺到する、オロチが操る3体の水の蛇。

 動きの止まった鬼猿の頭部に、3方向から衝撃波が炸裂。


 ぱぁん――――っ!!


 血飛沫とともに、鬼猿が沈む。

 途端に苦しみ出すオロチ、シャガル、そしてシム。

 シャガルは立ったまま胸を押さえて呻いているだけだが、鬼猿に大ダメージを与えたオロチの苦しみ様はひどい。胸を押さえたまま、地面を転げ回っている。

 シムもまた、ひどい痛みに襲われているようだ。

 鬼猿の片目を潰しただけとは言え、これまでで最大級の魔ヶ珠の成長を感じているのだろう。

 青志は、そんな3人を呆然と見ているだけだ。

「出番がなかった・・・」






 アオシが頭上を見上げて何か叫んだ瞬間、マナは自分の失敗を悟った。

 ゴディに持ち上げられて気を好くした挙げ句、周辺への警戒が雑になっていたのである。

 アオシ自身が敵の接近に気づいたからいいようなものの、気づかないまま倒されてしまっていたら、その時点でマナの存在も消えてしまっていたところだ。


 マナは、頭上を振り仰ぐ。

 ケモノの姿は見えないが、何か違和感があった。もしやと思ったが、敵は1体でなかったようだ。

 すかさず、視界を赤外線感知モードに切り替える。火属性を操るマナは、温度を“視る”ことができる。サーモグラフィの目を持っているのだ。

 その目に、明らかに高い温度を持つ存在が感知された。樹上に身を潜めている影が2つ。


 マナは、躊躇することなく、両方の影に熱線を放った。

 攻撃を予測していたのか、2つの影は枝から大きくジャンプして、熱線を避ける。が、ジャンプと同時に擬態が解け、巨大な鬼猿の姿がはっきり見えるようになった。

 フワリと地面に降り立った2体に、マナとゴディが対峙する。

 先にアオシが気づいた1体は、アオシたちで相手してもらうしかない。

 ゴーレムたちが使えないのが不安材料だが、アオシとオロチ、それにシャガルがいれば、そう簡単に敗れはしないだろう。しばらく時間を保たせてくれれば、自分が応援に行ける。

 そのためにも、目の前の鬼猿は、できるだけ早く始末しなければならない。


 ゴディが大剣を片手に飛び出すのに合わせて、マナも鬼猿に向けて跳躍。

 マナの両手の爪は、かつてリュウカと戦ったときと同様に、短剣のような鋭い形状に変化している。が、今回は両腕のウロコとともに赤い淡い燐光を発し、更に凶暴な様相を見せていた。

 高熱を帯びた爪が空気を灼き、陽炎を立ち上らせる。

 さすがに身の危険を感じたのか、鬼猿が慌てて後方に飛ぶ。が、一瞬早く炎の爪が、その胸に4条の溝を穿っていた。


 鬼猿が絶叫する。

 傷口が瞬間的に炭化したために出血はほとんどないが、胸の肉を高温の爪で抉り取られたのである。とんでもない苦痛を味わっているはずだ。

 そこに、浴びせられる熱線の赤い光。

 全く防御もできない状態で、その光は鬼猿の額に命中し、後頭部から抜けていく。

 致命傷である。

 絶叫がぷつりと途切れた。




 

 ゴディは、大剣を嵐のように振り回す。

 常人なら、両手でやっと持ち上げられるという程の重量を持つ剣。それを右手1本で、軽々と扱っているのだ。

 ウロコに覆われた左腕は、鬼猿の攻撃に対する盾代わりになっている。

 マナがワイバーンと同等と評したその腕は、それほどの防御力を有しているのである。

 実のところ、この戦闘スタイルは魔獣化した左腕を手に入れる前から、変化はしていない。以前は、アダマンタイト製の大盾を左腕に装備していたのだ。


「おらおらおらっ!」

 無尽蔵とも思える体力で、ゴディは攻撃を繰り出し続ける。

 元々、わずか5人でドラゴンに挑もうとするぐらいのレベルに、ゴディはいたのである。

 それが、左腕が巨大な魔ヶ珠の役目を果たすようになり、今ではその行使できる魔力は、目の前の鬼猿をはるかに凌ぐ。

 

 しかし、それだけの魔力を、ゴディは有効に使い切れていない。

 ゴディは、風魔法の使い手である。そして、風属性の肉体強化は、神経系の強化のみだ。

 むろん神経系が強化されれば、五感も鋭敏となり、反応速度も上がり、戦闘には大いに役立つことになる。

 が、ゴディの戦闘スタイルからすれば、火属性の筋肉強化が欲しかったところだ。


 確かに風属性の肉体強化が強まったおかげで、ゴディの攻撃は精度を増し、今も鬼猿を1対1で圧倒している。

「でも、こんなもんじゃないだろっ!」

 ゴディは左腕に魔法を発動させる。

 マナに教えられたことを実行するのだ。

 左腕で魔法を発動し、左腕で制御する――――。

 簡単なことではない。

 簡単なことではないが。


 どん――――!!


 ゴディの左腕から、高密度に圧縮された空気の塊が撃ち出された。

 近距離から鬼猿の胸に直撃。その巨体を吹き飛ばす。


「う・・・お・・・? うまくいった・・・か?」

 予想外の威力に驚くゴディ。

 風をぶつけただけで、3メートルもの巨体を吹き飛ばせるなんて、想像もしなかったのだ。

 マナ様の助言に従った途端に、新たな境地に届いてしまった。

 ゴディの背を、ゾワゾワと震えが走り抜ける。

 己がまだまだ強くなれることを実感し、感動したのである。


 ゴディは、10メートルも吹き飛ばされた鬼猿が、必死に立ち上がろうとしているのを見やった。

 鬼猿は身体に力が入らないのか、なかなか立ち上がることができない。

 その胸は大きく陥没し、口からは大量に血を吐いている。

 ただ風をぶつけた結果がこれとは、改めて己の左腕の出鱈目さに戦慄を覚えてしまう。

 鬼猿に悠然と近寄ると、ゴディは容赦なく大剣を振り下ろした。





 青志が何もできないうちに、3体の鬼猿は倒されてしまった。

 しかも、マナが独力で鬼猿1体を屠ってしまったせいで、青志のゴーレムを維持する魔力が足りなくなったようだ。遠い場所で、デンキゴブリンが形を失うのが分かった。

 魔ヶ珠は他のゴーレムに回収させるが、デンキゴブリンのボディを作っていた鉄は、そこに残していくしかない。もったいない話である。

 ゴーレムに高価な素材を使えば戦闘力も高くなるが、使い捨てに出来にくくなるというデメリットが発生することも、これからはよく考慮しなければならないと思う青志であった。


 そして、マナに向かって左腕がどうのと嬉しそうに話していたゴディが、不意に押し黙る。

 しばらく後方を伺うような様子を見せると、「ちょっと急ごう」と言い出した。

「何か感じるのか?」

 青志が問うと、遠くからこちらの様子を見ているケモノの集団があるという返事だった。

 左腕での魔法の制御をマスターし、今までより遠くまで索敵できるようになったおかげで、気がつけたらしい。つまりその集団は、もっと前から青志たちを付けてきていたということだ。


「分かった。ゴディが危険と感じるようなケモノたちと戦う気は、さすがにないからな。でも、鬼猿の素材は、どうする?」

「もったいないが、解体なんかしてる余裕はない。さっさと行くぞ」

「了解した」

 ゴディの指示に従い、歩き始めるアオシたち。

 ゴディの言うケモノの集団の正体が、アオシたちのゴーレムのことだとは分かっていたが、敢えてそれを口にはしない。

 鬼猿の死体を放置していってくれるのなら、好都合だ。後続のゴーレムたちに、鬼猿たちの魔ヶ珠を回収させられるからである。





 しかし、足早に猫人の里を目指していたはずなのに、不意にトルサが足を止めた。

 そして、しきりに鼻をひくつかせる。

 何かの接近を感じているのだろうか。少なくとも、青志の操るコウモリゴーレムは、何の兆候も捉えてはいない。

「トルサ?」

「アッチデス」

 言葉少なに答えると、進行方向を変えるトルサ。

 シャガルも何かを悟ったようにニヤリと笑うと、その後に続く。


「なんだ?」

「いや、分からない」

 オロチに問うてみるが、オロチも何も察知できていない様子だ。

 仕方なく、トルサに追従する。

 倒木を乗り越え。

 藪をくぐり。

 陽光が微かにしか届かない緑の中を、黙って進むこと5分。


「この匂いは・・・」

「・・・酒だな」

 青志の呟きを、オロチが引き継いだ。

「ソウデス。猿酒ノ匂イデス。3体モ鬼猿ガ出タノデス。近クニ巣ガアルト思ッテイマシタ」

 立ち止まったトルサが、樹上を見上げながら、真相を明かす。

 巣には、鬼猿が作った酒があるという訳だ。


「え・・・。酒のために、危険を冒して遠回りしたの?」

「不思議な話じゃないだろ。めったに手には入らない美味い酒だ。生命をはる価値もあるってもんだ」

 ゴディまでもが、当たり前のように、そう言う。

「そ、そういうものか・・・」


 付き合い程度にしか酒を飲まない青志には理解しにくい話なのだが、酒飲みたちにとって、美味い酒は生命より大事なものなのである。

 ましてこの世界には、21世紀の日本のように、多様な娯楽がある訳ではない。酒が唯一に近い娯楽なのだ。それは、生命の1つや2つ賭けるというものなのだろう。

 思えば、ドラゴンがわざわざ酒を飲むために姿を現すぐらいなのだ。

 酒を甘く見てはいけない。

 酒を軽んじてはいけない。


 木のウロに溜まっていた猿酒を、ありったけの容れ物に移すと、今度こそ一行は猫人の里に向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

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