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クリムト

 クリムト=ダン=マルバートは、唐突に目を覚ました。

 どことも知れない河原だ。

 おまけに素っ裸である。

 刺されたり、斬られたり、灼かれたりしたような記憶があるのに、傷痕さえ残っていない。

 どういうことだろう?

 ただ、左腕が折れてるぐらいか。

 しかし、それぐらいなら土魔法ですぐにでも治せてしまう筈だ。

 記憶が断絶してて状況がつかめないが、とりあえず目の前で暴れている水妖(ミゴー)を片付けるところから始めようか。

 やけに痩せた男が、喰われそうになっているのだ。


 河原にゴロゴロしている石を拾うと、地魔法を込めてミゴーに投擲する。

「くっ、魔力が足りない!」

 どうやら、自分の身体を修復するために魔力の大半が割かれている様だ。

 それでもグンッと加速する石。

 ミゴーの肩口に炸裂すると砕け散った。

 続いて、もう1個!

 今度は、もろに側頭部に命中。

 ミゴーの身体が、ぐらりと揺らめいた。


 しかし、石をぶつけるだけじゃ、この水棲の怪物は倒せない。

 水魔法を常に体内に循環させてるせいで、少々の怪我はすぐに再生してしまうからだ。

 そう思いながらの3投目は顔面に――――


 そこで、ミゴーに襲われていた男が何かを叫んでいるのに気づいた。

 指差す方を見れば、己の背嚢とともに置かれた1本の剣が目に入る。

 間違いなく、彼――――クリムトの愛剣だ。

 

 考える間もなく剣に飛びつき、鞘から抜き放つ。急激な動きに全身の細胞が悲鳴を上げるのが分かったが、構ってはいられない。

 地を蹴ると、身体ごとミゴーの胸にぶつかっていった。

 左腕が動かないため右腕でだけ固定した剣が、ぞっぷりと怪物の胸に潜り込む。

 確かな手応え。

 即死だ。

 

 ミゴーの生命を奪った対価として、クリムトの胸の中で“マガタマ”がミリリと大きくなる。

 そんなもの、王立騎士団の精鋭として名を馳せたクリムトにとっては、誤差に等しい成長だ。が、地道な成長こそが強くなる一番の近道であることを彼は知っていた。

 ミゴーの死体を川に蹴り込むと、その陰にいたジルメト(オオトカゲ)の首を跳ねる。

 岩のような肌だと思ったが、手応えまで岩のようだ。

 おまけに、殺しても“マガタマ”に力が流れて来ない上に、ばらばらに崩れて無数の小石に変じてしまった。


 正体が気になったが、ミゴーに襲われていた男が近づいてくるのに気づいて、剣を向ける。

 ヒッ――――と息を呑んで、身を竦ませる男。

 どうしようもないぐらいに素人だ。

 年齢はそれなりにいってそうだが、同時にやけに若く見える。

 身長こそ高いが、ひょろひょろな肢体はある意味異常だ。

 戦士であろうと農民であろうと、魔力の恩恵を受けながら生きてくれば、もっと筋肉が育ってなければならない。


 目の前の男は、魔力を持たないか、今までロクに身体を動かしたことがないかのどちらかだろう。

 よく見れば、貴族たるクリムトが見たことがないような意匠の服を着ている。仕立ても見事だ。

 やけに若く見えるのは苦労知らずのせいなのかも知れない。

 だとしたら、どこかの貴族の隠し子って線か。それも、訳ありの。

 

 そこまで考えたところで、クリムトの視界が真っ暗になった。

 限界らしい。

 力が抜ける。

 やはり、自分は死にかけていたのだろう。

 それを、なけなしの魔力を振り絞って身体を動かしたもんだから――――





 今度は、いい匂いに誘われて目が覚めた。

 辺りは、薄暗くなっている。

 クリムトは、相変わらず素っ裸のまま、不思議な素材のマットの上に寝かされていた。

 身体には、薄い毛布がかかっている。薄く軽いのに、温かくて、ひどく肌触りのいい毛布だ。

 こんな高級な毛布を野営に使うとは、やはりどこかの貴族か。

  

 当の痩せ男は、料理の真っ最中だった。

 焚き火の上で、フライパンを操っている。

 たどたどしい手付きだ。料理も不慣れらしい。

 ちなみにクリムトは任務のため野営が多いので、料理も無難にこなせる。少なくとも、目の前の男よりは、手際がいい。


 クリムトの視線に気がつき、男が笑いながら言葉をかけてきた。

「◎~☆☆▼◇?」

 聞いたことのない言葉だ。近隣諸国の言葉ではない。

「何を言っている?」そう言おうとしたが、かすれて、まともな声が出なかった。


 男がコップに入った水を差し出す。

 警戒心が頭を過ぎるが、ままよとばかりに飲み干した。

 途端、咽の奥で小さくて緩やかな力が蠢き始める。

 傷ついた細胞たちが癒されていく優しい力だ。

 しかし、その力はわずかな細胞を修復しただけで、すぐに霧散してしまう。


 水魔法のようだ。

 男は水に治癒の力を宿して、クリムトに飲ませたのだ。

 同じような水を飲んだことが何度もあるので、彼にはそれが分かった。治癒魔法を宿した水は、ポーションという名前で流通しているのだから。

 そして、今飲んだものは、とうてい売り物にはならない程度の効果しかなかった。

 せいぜい、喉荒れが治るぐらいだ。

 

 それも当然で、攻撃には向いてない水魔法では動物や亜人を倒すのは難しい。

 獲物を倒し、その魔法力を奪うことにより人間も動物も亜人も強くなるのだ。

 つまり、水魔法の使い手は強くなれない。

 水魔法の使い手は、戦士になれない。

 よって、水魔法=農民魔法と呼ばれている。

 特に、目の前の男の痩せ具合を見れば、ロクに魔法を使ったことがないのが歴然としている。

 そんな男の作ったポーションが、高性能な訳がない。


 水魔法の使い手は強くなれないのは真理だが、もちろん例外もある。

 貴族や豪商であれば、家臣や傭兵たちが弱らせた獲物にトドメだけを刺す作業を繰り返し、水魔法を強化させる者もいる。

 水魔法とて強化すれば、それなりの攻撃力を持つようにもなるのだ。

 しかし、水魔法の強化を行う狙いは、やはり治癒の力である。

 強力な水魔法の使い手は、重傷者を一瞬で全快させ、あまつさえ老人を若返らせることさえ出来るという。


「何か食わせてくれないか」

 通じないのを承知で頼んでみると、なんとなく察してくれたみたいで、スープの入ったカップを渡された。

 シチューだ。

 肉も何も入ってないが、甘く、美味い。

 シチューの熱が内臓に染み入っていくようだ。


 あっと言う間に飲み干すと、おかわりをせがむ。

 男は優しげに笑いながら、2杯目を手渡してくれた。

 なんだ、この美味いシチューは?

 こんな美味いシチュー、実家でも食べたことがないぞ。

 それが、こんな屋外で?

 この男、料理の天才か??


 言葉も通じない正体不明の男に、クリムトは胃袋をつかまれてしまったのだった。


 

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