伝授
『冒険者デビューには遅すぎる?』2巻、発売中です。
でも、いまだに本屋で見かけていません。ちゃんと売ってますよね?(汗)
「キングを倒した技を教えてくれるなんて、ありがたい話だけど、本当にいいのかい?」
オロチが、ちょっとびっくりしたように言う。
「ああ。とりあえずは、生き残る方が大事だ。1人でここのケモノの相手をさせられちゃ、かなわないしね」
「だったら、ゴディと行動をともにしなきゃいいだろ? 僕たちだけなら、ゴーレムも使えるのだし」
「まあ、そうなんだけど、猫人の里にも興味が・・・ね」
「パパ、実は猫好きだったのね」
マナが冷めた目で、青志を見た。
「いや、ほら、だからさ・・・」
「師匠って、気が弱そうに見えて、どこか壊れてますよね」
シムがいきなりの爆弾発言をかます。
「普通、そんなことで生命をかけたりしませんよ?」
「お、おい、シム!」
「アオシがおかしいって話には、俺も賛成だな」
シャガルまでが、ニヤニヤしながら参戦してくる。
「あんたにだけは、おかしいって言われたくねーよ!」
「僕も、アオシは普通じゃないと思うよ。で、技を教えてもらえるんなら、さっさと頼む。いつ、ここから移動することになるか分からないからね」
「くっ。オロチまで・・・。
じゃあ、説明するぞ。シムもよく聞いとけよ」
まず青志は、オロチに直径30センチほどの水の球を作らせた。
「オレがその水を操ろうとするから、抵抗してくれよ?」
胸の高さに浮かんだ水の球に、青志が右手をかざし、魔力を送り込み始める。
「むっ・・・!」
抵抗するオロチ。
「そう。オレの魔力を、水の表面で跳ね返すぐらいの感覚で・・・そうそう。そんな感じ」
青志が魔力を送り込もうとするが、オロチの作った水はオロチ自身の魔力で満たされており、全く干渉することができなかった。
「こんな感じで、元々オロチが作り出した水なんだから、オレが操ろうとするのは簡単じゃないと分かるだろ?」
神妙に頷くオロチとシム。
「しかし、魔力を一点に集中させれば――――」
青志が右手の人差し指だけを伸ばし、水の球に触れた瞬間、その一点から波紋が広がり、水の球が大きく波打つ。。
「おおっ!?」
そして、爆散。
オロチの身体を、弾け飛んだ水がぐっしょりと濡らした。
「なるほど。いつかの朝、アオシが1人で水浴びしていた謎が、解けた気がするよ・・・」
「あー・・・」
水の球に衝撃波を込めて、遠隔攻撃ができないかを試しているときのことを言っているのだ。
ちなみに、いまだにその試みは成功していない。
もっと使える魔力量を増やす必要があるのか、魔法を扱う熟練度を上げればいいのか、それとも根本的に違う方法を見つけなければならないのか、努力すべき方向さえ分からないのだ。
衝撃波の技を教えるのは、オロチが何かヒントをもたらしてくれるのではないか、という期待があるのも事実である。
結局、衝撃波の講習は、昼近くで終わりになった。
ゴディが意識を取り戻したのだ。
「目ガ覚メマシタカ?」
「うー、天国にまで付いてきたのか、トルサ・・・?」
「ごでぃガ天国ニ行ケル訳ナイデショウ?」
「じゃあ、地獄か。残念だな」
「ソレモ違イマス。マダごでぃハ死ンデマセン」
「馬鹿な。あれだけの傷を負わされて、生きてる筈が・・・」
上体を起こし、裸の己の身体をペタペタ触るゴディ。衣服は、治療の際に剥ぎ取ってしまったので、完全に素っ裸である。
「てか、傷が治っちまってるじゃねーか。訳が分からんぞ」
「彼等ガ治シテクレマシタ」
トルサが、青志たちの方を指して言う。
にこやかに手のひらを降ってみせる青志。静かに目礼するオロチ。バカ丁寧にお辞儀をするシム。シャガルとマナは、居眠りの最中。
十数分後。
予備の服を着込んだゴディは、青志たちの座る前に、どっかりと腰を下ろした。そして、深々と頭を下げる。
「まずは、礼を言わせてもらう。あんたらがいなければ、俺は生きちゃいなかった」
「ああ、いや、そんなに頭を下げなくていいから」
慌てる青志。あいかわらず、他人から持ち上げられるのが苦手なのである。
「頭ぐらい下げさせてくれ。こんな危険極まりない場所で、これだけの水魔法の使い手に出会えるなんて、俺にとっては奇跡でしかないんだからな」
実際、青志やオロチ並みの水魔法の使い手は、この世界全体でも数えるほどしかいないかも知れないのだ。それは、ゴディにとっては奇跡以外のなにものでもないだろう。
「それはそうとして――――」
ゆったりと頭を上げると、ゴディがオロチに鋭い視線を向ける。
「あんた、ゴブリンか?」
「そうです。ゴブリンのオロチといいます。お見知りおき下さい」
答えるオロチは平静を装いながらも、その声音は堅い。
「・・・」
ゴディは、しばらく難しい表情でオロチを睨んでいたが、やがてフッと肩から力を抜いた。
「ずいぶんと変化しちまったゴブリンだな。しかしまあ、ゴブリンだろうと人間だろうと、生命の恩人には違いない。あんたのことは信用しよう。
・・・けど、そっちで気持ち良さそうに寝こけてる子供は、何なんだ? 話にしか聞いたことがないが、竜人ってヤツか?」
マナを見るゴディの目は、わずかに畏れに似た色を浮かべている。
竜の腕を持つと言われているだけあって、半人半竜のマナの外見は、気になるのだろう。
「彼女は・・・正確なことは話せないけど、火竜山の主と関わりがある者だ。それ以上は聞かないでおいてくれると、ありがたい」
「生命の恩人にそう言われると、無理強いもできないな」
青志の説明に、ゴディは渋々納得してみせる。
と、当のマナが、ぽやぽやした表情で身体を起こした。寝ていながらも、自分のことが話題になっていると分かったようだ。
「マナ。おいで」
青志が呼ぶと、マナは寝惚けたままフワフワ歩いてきて、胡座をかいた青志の足の間に、ストンと腰を下ろした。
「マナだ。仲良くやってほしい」
青志に紹介されるや、マナはゴディにニッと笑ってみせた。
可愛い笑い方ではない。ちょっと悪そうな笑い方だ。
「竜腕かー。ふんふん。確かに、ワイバーンのウロコ程度の硬さはあるみたいね。魔力の増幅率も同じぐらいかな」
「・・・」
マナの言葉を、唖然としたまま聞くゴディ。野性的な風貌の巨漢が、ゴスロリ姿の幼女にエラそうな口を叩かれて、神妙な表情で聞き入っている様子が笑いを誘う。
「お嬢ちゃん、俺の左腕のことなんだが、実はまだ、能力を使い切れてるとは思えん。どう使えばいいか、教えてくれたりするか?」
「へー、ずいぶん殊勝なのね」
「まあ、その姿と、放たれる魔力の質を見れば、お嬢ちゃんがドラゴンの眷族だって話も、ウソには聞こえないからな」
ゴディの返事に、マナの機嫌が明らかに好くなる。
「今は、その腕は馬鹿力を出せるぐらい?」
「そうだな。デカい剣を振り回すのに役立ってるぐらいだな」
「いくら左腕が馬鹿力を出せても、身体の他の部分がそれに追いついてないから、超人的な真似ができる訳じゃないということね?」
「うむ。まさに、そうだ」
「だったら、その腕は魔法攻撃に使うべきよ」
青志の胡座に腰を下ろしながらという、締まらない格好ながら、マナが鋭いアドバイスを飛ばすのに、青志もオロチも目を白黒させる。
半竜の外見は、まるで上位存在からの託宣そのものだ。
おそらくはシンユーの知識や考察を引っ張ってきているのだろうが、そんなことは知らないゴディは、感動と面持ちでマナの話に聞き入っている。
「左腕で撃つ魔法は、確かに強くなるんだが、全然コントロールが効かないんだ。それに、よけいに魔獣化が進みやしないかと思って・・・」
「その左腕は、ある意味、1つの大きな魔ヶ珠よ。あんたは、その大きな魔ヶ珠から出る巨大な魔力を、元々ある心臓の魔ヶ珠でコントロールしようとしてるんだわ。そんなこと、無理に決まってるじゃない」
「え? だったら、どうしたら・・・」
「コントロールも、その左腕でするのよ」
「そんなことが・・・」
「できるわよ。それに、その腕でいくら魔法を使っても、魔獣化は進まない。よほど大物食いをすれば別だけど、少々の相手なら、その左腕が成長するだけで終わるわ」
「そ、そうなのか? じゃあ、ばんばん狩りをしても、大丈夫なんだな?」
「安心なさい。あたしが保証してあげるから」
ゴディは、いきなりマナの前に両手をついた。
「感動した! 俺に、お嬢ちゃんの眷族を名乗らせてくれ!! 頼む!!」
「それぐらいはいいけど、パパにも忠誠を誓うんならね」
「えーっ・・・」
露骨にイヤそうな表情になるゴディ。
生命の恩人に対して失礼な態度ではあるが、他人から忠誠を誓われるなんて、想像するだけで逃げ出したくなるのが青志という男だ。
「いやいやいや、オレへの忠誠なんていらないから、どうかマナと仲良くしてやってくれよ!」
大慌てで、マナの言葉を否定する。
「そう言えば・・・」
そんな青志に、ゴディが言う。
「まだ、あんたの名前を聞いていなかった」
「あれ? そうだった? 申し訳ない。私は、青志といいます」
ちょっと気取って、自分を「私」と呼ぶ青志。いつもなら「オレ」である。
「アオシさんか。そちらのゴブ・・・オロチさんもそうだが、あんたほどの水魔法使いは見たことがない。良かったら、このまま猫人の里まで一緒に来てくれないか? お礼がしたいんだ」
猫人の里でのお礼と聞き、モフモフなイメージが頭に湧いてきて、青志は思わずニヤけそうになる。
「し、しかし、オレたちが押しかけて、迷惑にならないのか?」
「それは大丈夫だ。猫人の里は、ちょっとした街みたいなものなんだ。俺たち、樹海専門の冒険者を相手に商売をしてるぐらいだ。宿もあれば居酒屋もある。外から新しい客が来るのは、大歓迎さ。な? トルサ?」
「ソウデス。我々ノ里ハ、貴方タチヲ歓迎シマス」
「そ、そう? じゃあ、お邪魔させていただこうかなー」
自然とニヤけてくるのを隠せない青志を、マナたちが冷めた目で見つめるのであった。
その日はシェルターでゆっくりと過ごし、翌日の早朝に、一行は猫人の里に向けて出発した。
予定では、暗くなる前に余裕をもって到着できるそうだ。
先頭は、トルサ。
その後に青志が続き、コウモリや鷹ゴーレムからの情報を、こっそりとトルサに伝える。
ゴディは、マナと一緒に最後尾だ。
なお、ゴブリンや大蛇のゴーレムは、ゴディに見つからないように更に後方から付いてきている。
トルサの背中に付いて行きながら、青志は極度の緊張状態にあった。
いつも周囲を固めてくれていたゴブリンゴーレムたちが、そばにいないのだ。ケモノに出会したときに、ちゃんと生き残れるのか、急に不安になってきたのである。
もちろん、樹海での狩りを本業とするゴディを頼りにはしている。が、その彼を瀕死状態に追い込んだケモノが存在することも事実なのだ。
「なあ、トルサ。鬼猿っていうのは、そんなに身を隠すのが上手いのか?」
トルサの気配感知能力に加えてコウモリゴーレムの索敵で、青志たちはケモノをかわしながら、距離を稼いでいく。
そんな中で青志が危惧するのは、鬼猿がゴディたちに不意打ちを浴びせたという一点である。
少なくとも、鬼猿が身を潜める能力は、トルサたちの感知能力を上回っている訳だ。その身を潜める能力が、コウモリゴーレムたちの超音波による索敵をも凌駕するとしたら、どうだろう? 青志たちは、いつ鬼猿の不意打ちを喰らっても、不思議ではない状況にあるということではないか?
「鬼猿ハ、身ヲ隠ス天才デス。正直、ドウヤッテ隠レテイルノカ、誰ニモ分カリマセン」
トルサの答えに、青志はますます不安感を募らせる。
ゴディを襲い、反撃を喰らって手負いになった鬼猿は、ずっとゴディを狙い続けているのではないか?
そのとき、樹上からポタリと落ちてきた液体が、青志の頬を濡らした。
反射的に手の甲で拭うと、そのガントレットの甲の部分が赤く染まっている。
「血!?」
慌てて頭上を見上げると、重なり合う太い枝の一ヶ所に、何かがいるのが分かった。
「何かいるぞ!」
そう叫んだ青志だが、その「何か」が見えている訳ではない。
風景の一部だけが歪んでいるのに気づいて、とっさに叫んだだけだ。
オロチたちも視線を頭上に向けるが、その「何か」を捕捉できないでいる。
牽制に水魔法を打つかどうか青志が迷っていると、風景の歪みが、フワリと枝から離れるのが見えた。
次の瞬間、まとっていたベールを脱いだかのように、巨大な猿が姿を現す。
光学迷彩。その言葉が、青志の脳裏に閃く。
この巨大な猿は、何らかの方法で、周囲の風景にその身をとけ込ませることができるのだ。
「鬼猿ダ!!」
トルサの声に、青志たちは慌てて散開した。全員が固まったまま、まとめて倒される訳にはいかない。
鬼猿は、狼狽える一行を気にする様子もなく、音もなく地上に降り立った。
漆黒の毛並みに、不釣り合いに大きな爪。大きく黄色い瞳で、ゆっくりと青志たちに視線を向ける。
ワイヤーのような筋肉が浮き上がった、3メートルにも及ぶ巨体は、意外に細身である。
しかし、その左腕が肘のあたりから失われていることに、青志は気づく。しかもまだ、傷口が塞がり切っていない。
ゴディを襲い、反撃を喰らったという鬼猿が、まさに目の前のケモノらしい。
「ゴディ!」
不意打ちを失敗した手負いの個体なら、ゴディの勝算の方が高い筈だ。
そこに青志やオロチ、そしてシャガルが援護をすれば、ゴディの勝ちは動かないだろう。
青志は希望を込めて、背後のゴディに目を向ける。
が、その目に写ったのは、左右の手のひらから頭上に向けて熱線を放つマナの姿だ。
別々の方向に2条の熱線が走り抜けると、苦鳴を上げながら2つの影が落下してきた。2体とも、バランスを崩しながらも、危なげなく足から着地する。
鬼猿だ。
新たな2体の鬼猿。
つまり。
「パパ! こっちは手が離せないから、その片腕のはお願い!!」
「そういうことよね・・・」
諦めの表情で、青志は前方に向き直った。
きっと、青志には危機に巻き込まれる才能があるのだろう。