いつもの展開
翌日は、朝から樹海に挑戦である。
青志のゴーレムの編成は、ゴブリン・ウィザード、デンキゴブリン、超音波ゴブリン、ノーマル・ゴブリン2体、ミゴー、鷹3体、コウモリ3体、猫。
これまでは同時に5体ほどしか動かした事がなかったが、キングを倒したせいで大幅に魔力の量が増え、使役できるゴーレムの数が増えたのだ。
オロチが操るのは、大蛇4体、オーク、梟である。梟は、まだ何体かストックがあるらしい。
青志に比べてオロチのゴーレムに索敵役が少ないのは、これまで1人では狩りをした事がなかった為だ。キングの息子だけあって、常に護衛役のゴブリンが付いていたのである。索敵なんぞ、凄腕の付き人たちがやってくれていた訳だ。
まずは、鷹3体とコウモリ3体、猫を先行して樹海に放つ。
コウモリは宙空から超音波で、猫は視覚と、火魔法の熱感知にて索敵を行う。むろん、ウサギと猫は臭覚だってアテにできるだろう。
なお鷹に関しては、保険のようなものだ。樹海の深い緑のせいで、上空から地上を見通す事などできないからだ。
ただ、上空からでも察知できるような超大型のケモノの接近が分かれば、それでいいと思っている。
樹海に足を踏み入れると、思った以上に光量が少なかった。
「これは、暗いな・・・」
一言ぼやくと、青志は水を視る魔法を発動させた。
たちまち、樹木や苔に含まれた水分が白く発光した光景が、青志の網膜に映し出される。
「シム。水を視る魔法は使えるか?」
「え? そんな魔法、使った事ないけど・・・」
珍しく、シムの口調がタメ口になっている。よほど緊張しているのだろう。
青志が魔法の内容を説明すると、シムはすぐに意図を理解したようだ。
「あ、これだったら、灯りなしでもちゃんと見えますね!」
「ほぉ、なるほど。こんな使い方もあるのか」
横で聞いていて、オロチも試してみた様だ。やけに感心した声を上げる。
「オロチは夜目が利くだろう?」
「まあ、そうなんだけど、この先もっと暗くなるかも知れないだろ?」
「でもこれは、水分を持たない物は見えないからな。頼り過ぎると危険だぞ」
「了解した」
「シャガルは、見えてるのか?」
「ドワーフも夜目は利く。それに、俺は火魔法で熱の変化が見えるからな」
「なるほど。マナは、どうだ?」
「あたしは大丈夫。少しぐらい暗くても、全然問題ないから」
シャガルは獲物を求めて樹海の奥を睨みつけ、マナは何が楽しいのか、目をキラキラさせている。
「じゃあ、奥に進もうか」
一行は、慎重な足取りで樹海を進み始めた。
青志の索敵用ゴーレムたちは別として、先頭はオロチの梟。大蛇4体は 前後左右を囲むように配置。青志たちのすぐ前に、ゴブリン・ウィザードとデンキゴブリン、そしてオーク。
デンキゴブリンは、隠れたケモノがいても電位変化で察知ができる生命線だ。ゴブリン・ウィザードも火魔法使いなので、シャガルと同じく熱の変化が見える。オークは、ケモノの動きを食い止める壁役である。
青志たちの後ろにはミゴーとノーマル・ゴブリンが2体。最後尾には、背後を警戒させる為に超音波ゴブリン。これが、当面の布陣になる。
なお、ゴブリンのゴーレムたちとオークゴーレムには、昨日シャガルが作った剣を持たせてある。
ロクな道具もなしに作ったせいで、シャガルにしたら不満足なデキなのだろうが、十分に実用に堪える作りだ。
もちろんデンキゴブリンは、青志のお下がりの鉄の手槍をそのまま使っている。
そのうち、ゴブリンたち用にちゃんとした装備を用意してやらないといけない。
しばらく行くと、先行するコウモリが巨大なカマキリを発見した。実に、2メートルほどの大きさだ。
「オロチ、デカいカマキリがいるぞ。試しにやってみるか?」
「おう。行ってみよう」
樹海には陽の光がほとんど差さない為、下生えは成長しない。おかげで、移動には思ったより支障がない。一行は、速やかに巨大カマキリのいる場所にたどり着く。
青志たちは、距離を置いてカマキリを観察しようとしたが、あっさり気づかれた。
トラバサミのような口を激しく開閉させ、威嚇してくるカマキリ。
かなり、怖い。
「これは、襲われる前に仕掛けた方が賢そうかな?」
「うむ。まずは、僕の戦力で試させてくれ!」
青志が了承すると、オロチはすかさずオークを前に出した。
身長はカマキリと同等。体格では、はるかにオークが勝っている。おまけに、その身は鎧竜の装甲から作られているのだ。武器は急造の剣だけだが、オークが負けるとは思えなかった。
オークが鈍重な足取りで迫ると、カマキリが両の大鎌を振り上げ――――。
振り下ろす。
ギィン――――!!
金属音とともに、オークの両肩で火花が散った。
片やオークは、カマキリの攻撃を完全に無視し、隙だらけの腹部に斬撃を叩き込む。
キンッ!
が、カマキリの副腕に、あっさりとオークの剣が弾かれる。
「なっ!? ヤツの身体も金属並みの硬さなのか!?」
驚くオロチ。
が、オロチの手駒は、オークだけではない。四方から、大蛇が襲いかかる。
必殺のタイミングだ。
しかし次の瞬間、カマキリの巨体は、大蛇たちの上空にあった。予備動作をほとんど見せずに、軽々と跳躍したのだ。
そこで、背中の翅が展開。
「やばい!」
叫んだのは、青志だ。
上空から、カマキリが青志たち目掛けて飛んで来たのである。
轟――――!!
ゴブリン・ウィザードの生み出した炎の壁が、カマキリの進路を阻む。
が、カマキリは一瞬で、それを突破。
薄い翅が燃え上がるが、ものともせず、青志たちの目前に着地してのけた。
振り上げられる両の大鎌。
狙いは、オロチだ。そして、オロチはピクリとも反応できない。
バヂィ――――ッ!!
大鎌を振り上げたまま、巨大カマキリの身体が痙攣した。
翅を広げたままの背中にデンキゴブリンが鉄槍を突き込み、放電したのだ。斬撃が通用しなかった身体も、電気には耐えられなかったらしい。
カマキリの巨体は、ゆっくりと崩れ落ちた。
「助かったよ、アオシ。恩に着る」
オロチは、神妙に頭を下げた。
「今のは、運が良かった。飛んだまま襲われてたら、何もできなかったよ」
青志も、つい難しい表情になってしまう。危うくオロチの生命が失われるところだったのだ。無理もないだろう。
「さすが樹海だな。あの速度は侮れん」
シャガルの頭も、一気に冷えた様だ。
シムなど、完全に怯えてしまっている。
「パパ、あたしも参加した方がいい?」
「マナだと、さっきのカマキリなんて楽勝なのか?」
「そんな事ないよ。負ける気はしないけど、楽勝ってほどじゃない」
「じゃあ、手駒がそろうまでは頑張ってもらおうか」
「うん。分かった!」
張り切り始めるマナ。
カマキリの魔ヶ珠は、青志がもらえる事になった。
ノーマル・ゴブリン2体を素材に戻すと、それを使ってカマキリの召喚を行う。現れる、青黒くメタリックに輝いた巨体。もともと剣も通さない身体だったが、更に堅牢になった筈だ。これからは、メインアタッカーとして頑張ってもらわないといけない。
ノーマル・ゴブリン2体も、土を素材に召喚し直す。盾役は無理としても、荷物持ちと攻撃には役立てるだろう。
「しばらくは、手駒を増やす事に専念しよう。ゴーレムの強化は、後回しだ」
「了解した」
オロチのテンションが明らかに下がっているのを感じながらも、青志は次の獲物を見つけ出していた。
「デカい猿発見。行くぞ」
結局その後は、外見はゴリラなのに、やたらと身の軽い大猿を1体仕留められただけだった。
パワーではオークを上回り、スピードは巨大カマキリ並みという化け物だ。
大猿はオークを殴って吹っ飛ばし、巨大カマキリの鎌攻撃をかわしまくり、大蛇の身体を簡単に引き裂いてくれた。マナが熱線で手足を撃ち抜いて動きを止め、やっと倒せたが、とんでもない化け物だった。
疲れ果てたので、その日は撤収。昼過ぎには、もう拠点に戻ってきてしまった。
一歩間違ったら生命に関わる状況は、やはり精神的にも肉体的にも疲労感が半端ない。
荷物を置くと座り込んでしまい、青志たちはしばらく口を開く気にもなれなかった。
そんな中、一番最初に動き始めたのは、シムである。
焚き火を起こすと、遅い昼食の準備に取りかかった。
「あ。シム、悪いな」
「いえ、僕は何もしてませんから、これぐらいしか」
「そんな事言うなよ。感謝してるんだ」
「あ・・・ありがとうございます」
なぜか、顔を赤くするシム。
その反応に、ちょっと女の子を口説く時みたいだったなと思って、青志も照れくさくなる。
昼食は、豆とトカゲ肉のスープだった。
トカゲは、樹海を出てからゴーレムたちが狩った小型のものだ。ついでに木の実や野草も集めたので、量的には申し分ない。
準備をしたのは、ほぼシム1人である。もともと家事が苦手だった青志は、シムが想像する以上に、その存在をありがたく感じている。オロチにしろシャガルにしろ、やはり家事はできないので、シムには一目置いている事を本人は知らない。もちろん、マナも家事はできない。すでに青志にもたれて、夢の世界に旅立っている。
「シムの作るメシは、美味いなぁ」
スープを飲みながら、シャガルも元気を取り戻してきた様だ
シャガルがいつもの調子になると、場が明るくなる。気が滅入ったまま、難しい狩りなんて続けていられない。雰囲気が軽くなるのは、青志にとっても望ましい話だ。
「これで、酒があれば・・・」
酒は樹海に着くまでに切れてしまっている。そこは、我慢してもらうしかない。
「大猿は、オロチが使うだろ?」
「いいのか? カマキリより猿の方が強いかも知れないぞ?」
「構わないよ。まだまだ新しいゴーレムが手に入る筈だし」
「そうだな。じゃあ、使わせてもらうよ」
オロチはオークのゴーレム化を解くと、そこに残った材料を使って大猿を召喚した。
どうやら、大蛇4体に加えて、オークと大猿を同時には召喚できないらしい。
大蛇に比べると、ゴブリンを召喚する魔力コストは小さいので、青志にはまだ魔力的余裕がある。索敵チームとゴブリンたちに巨大カマキリに加えて、あと大猿クラスを1体ぐらいなら召喚できそうだ。
そこから、青志とオロチは作戦会議に没入した。
巨大カマキリと大猿という、パワーとスピードを兼ね備えた駒が増えたので、戦術の幅が大きく広がったからだ。明日は、もっと効率良く狩りが行えるだろう。そして駒が増えれば、更に狩りのペースが上がっていく筈だ。
その為には、協力が重要である。
個々のゴーレムの強化は後回しとし、それぞれの特性を生かした戦術を構築していかねばならない。
そんな話をしている時だ。
樹海から転び出た影があった。
もちろん、すぐにゴーレムたちは、その動きを察知する。
「何だ?」
青志とオロチは、ゴーレムの目を通し、その影に注目した。
あまり大きくはない。身長はノーマル・ゴブリンと同じぐらい。青志の胸のあたりまでだ。
二足歩行。長い尻尾。全身を覆う体毛。
注目すべきは、ちゃんとした服を着ているところだ。
上半身は、前を開いたチョッキのような物。下半身は、だぼっとしたズボン。裸足。腰には帯状の布を巻き、鞘に入った短剣を吊っている。
その見かけは、二足歩行する大きな猫だ。
「猫人だな」
オロチが呟く。
「猫人?」
「温和しい種族だ。あちこちの森に住み、小さな集落を作っている。好き好んで、人間と暮らす個体もいるそうだ」
言われてみれば、青志がサムバニル市に初めてやって来た時に、裕福そうな人たちと一緒にいる猫人を見た事があった。
「樹海なんて危険な場所にまで住んでるのか?」
「さあ、そこまでは知らないが」
猫人は背後を気にしながらも、真っ直ぐに青志たちの拠点に向かって走って来るようだ。焚き火もしているし、その煙はいい目印になっているに違いない。
「とりあえず、お出迎えしよう」
青志が立ち上がった時には、もう猫人は拠点の目の前にたどり着いていた。とんでもない俊足だ。
立ち塞がるノーマル・ゴブリン2体の前で足を止め、何か唸っている。
「ごぶりん? イヤ、生者ノ匂イガシナイ」
「気にしないでくれ。それは、そういう存在だ」
突っ込まれるのが面倒なので、強引に話を流す青志。
「それより、何か用があるように見えるけど?」
「ソ、ソウダ。助ケガ欲シイ」
「助け? 悪いけど、オレたちはそんなに強くないぞ?」
「仲間ガ大怪我ヲシテ、動ケナクナッテル。手ヲ貸シテクレナイカ?」
怪我なら、青志とオロチがそろっていれば、多少ひどいものでも短期間で治してしまえるだろう。2人の水魔法は、すでにそれぐらいのレベルにある。
しかし問題は、無事に怪我人の元にたどり着けるかという事だ。
これが1週間も後なら、強力なゴーレムも増えており、樹海の奥に入るのも無理ではなかったであろう。が、現状でそれをするのは、博打以外のなにものでもない。
「酒は出せるか?」
突然、後ろから出てくるシャガル。
「ど、どわーふ?」
「酒を出せるなら、オレが手伝ってやろう」
「酒ナラ、怪我人ヲ集落マデ運ンデクレタラ、ソコデ出セル」
「よしっ!」
「ちょっ、シャガル、そんな簡単な話じゃないだろう!?」
慌てる青志。ここは、簡単にシャガルに引きずられる訳にはいかない。
「そうだ。樹海で狩りをしてみて、貴方も恐怖していた筈だ」
さすがに黙っていられなくなったのか、オロチもシャガルを引き止めにかかる。
「今度ハ、本物ノごぶりん?」
「酒がもらえるなら、俺は何も怖くはない。お前たちの手は借りん!さ、怪我人はどこだ?」
斧を担ぐや、スタスタと猫人に近寄って行くシャガル。1人でも行く気らしい。
「そういう訳にいかないだろ・・・」
どうやら、どうしても樹海の奥に行かないといけない様だ。
こんな展開ばっかりだなと思いながら、青志は天を仰ぐのであった。