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宴の夜

 ついに、書籍の発売日が過ぎました。

 昨日は、開店と同時に入った本屋に、同じ発売日の本が並んでいるのに、自分のだけ置いていないという現実に直面して、かなり大きな精神的ダメージを受けました。

 その後に入った店にはちゃんと置いてあったので、なんとか立ち直れましたが、危うく再起不能になるところでした(汗)

 突然現れたオロチに、マナとシムは明らかに警戒しているようだ。

「パパは、ゴブリン王子がここに来るのが分かってたの?」

 青志の腰のあたりに抱きつきながら、マナが問いかけてくる。 

「戦場から、ずっとフクロウのゴーレムが付いて来てたからなぁ。オレたちが街を出たら、接触して来るんだろうとは思ってたよ」

「え? 付けて来てたの?」

「付けて来たと言うか、ずっと、オレの鷹ゴーレムと並んで飛んでたよ」

「何それ・・・」


 問題は、オロチがキングの遺体を埋葬する為に、恐らくはゴブリンの本拠地に戻ったというのに、彼が操るゴーレムがサムバニル市まで飛んで来れた事だ。

 キングの埋葬地がサムバニル市のすぐ近くである可能性は、ゼロと言っていいだろう。

 だとしたら、オロチのゴーレムは、オロチからかなり離れても行動ができるという事になる。

 青志が大まかに1キロメートル以内でしかゴーレムを操れない事を考えれば、穏やかではいられない話だ。


「でもアオシたちが、街に戻った翌日に、また街を出るとは思わなかったよ。おかげで、あまり土産を用意できなかった」

 そう言って、二足トカゲ(ディノス)に積んでいた荷物を下ろすオロチ。

 酒樽とケモノの肉のようだ。


「それは、もしかして猿酒か!?」

 オロチの持ってきた酒に何かを感じたのか、シャガルがすっ飛んで来た。

 その目が、異様に輝いている。

「猿酒? 美味いの?」

「鬼猿どもが作るという酒だ。とんでもなく美味いと評判だ!」

 シャガルは、今にもオロチの手から酒樽を奪い取りそうな勢いだ。


「猿酒のことを知ってるんだね。これはキングが秘蔵してた、極上ものだよ。温泉に浸かりながら、一杯やろうと思ってね」

「おお、気が利くゴブリンじゃねぇか。盛大にやろうぜ!」

 今回の件に何も関係のないシャガルが、一番張り切っている。

 でも、オロチをゴブリンと知りながらまるで態度を変えないのは、ある意味尊敬に値するかも知れない。


 そうと決まればと、速攻で服を脱ぎ散らかし、温泉に向かうシャガル。

 苦笑しながら、青志も後に続く。

 オロチも当然のように付いてくる。

「シムとマナも一緒に入ろうぜ」

「う、うん・・・」

 釈然としない表情のマナだが、青志にくっついたままで温泉には入るようだ。


「ほおっ、これは落ち着いた感じの良い温泉だね」

 岩に囲まれた温泉を見て、オロチは感心した声を上げた。

 先に青志たちが湯に入ると、オロチも警戒する様子もなく服を脱ぐ。

 モウゴスタ市にあった物なのか、ダブレットと呼ばれる人間用の服だ。ビロードのような光沢のある生地が使われており、オロチが着ているとどこかの貴族様にしか見えない。


 ゴブリンの王子がどんな物を着ているのかが気になって、青志やシャガルの視線も、湯の中から自然にオロチに向いている。

 ダブレットの下に着ていたシルクのようなシャツには、螺鈿(らでん)細工の施されたボタンが並んでいた。虹色の美しい光を放っている。

 この世界では、ボタンそのものが希少品であるというのに、どれだけ手間と金がかかっていることだろう。

 下半身に巻かれた下帯も、鮮やかな彩色が施されていた。

 バブルの頃に付き合っていた女の子に青志がプレゼントした、有名なブランドのスカーフを思わせる色合いだ。

 ゴブリンに占領されて20年たつ街に残っていた物だとしたら、驚くべき保存の良さである。


 オロチが下帯を解いた瞬間、青志とシャガル、そしてシムの口から「ひっ!」という声が漏れた。

 マナも目を丸くしている。

 青志には、ボロンッ!という効果音がはっきり聞こえた気がした。

 さすが、その部分が強精剤の材料として売れるだけの事はある。

 見てしまった事を、青志はひどく後悔してしまった。

 オロチ、侮るべからずである。




 

「これが、人間の冒険者の生活かい? 楽しいもんだねえ」

 湯の中で酒杯を傾けながら、オロチはご機嫌な様子である。

「誰でもが、こんな生活してるわけじゃないですよ!」

 珍しく、シムが声を荒げて言う。

 冒険者の底辺で苦労していた彼からしてみれば、色々と意見もあるのだろう。その痩せた身体には、ケモノの爪痕がいくつも付いている。


「それより、キングが亡くなったばかりなのに、その息子までが姿を消しちゃって大丈夫なのか?」

 キングを倒したのが自分自身である事を棚に上げて、青志が問いかける。

 普通に考えるならば、今こそ後継者たるオロチが、ゴブリンたちの心を掌握すべき時である筈だ。


「ゴブリンと人間は違うからね。ゴブリンのリーダーに必要とされるのは、強さだけなんだ。強い個体がいれば、問答無用で他のゴブリンは従ってくれるのさ」

「だからってリーダーがその場にいなけりゃ、残った連中だけで力比べが始まったりしないの?」

「これは人間は知らない事だろうけど、ゴブリンていうのは、全ての個体の心が緩く繋がっているんだ」

「えっ!?」

「だから普段は、各々が好き勝手やってるけど、リーダーが何か決断すれば、全個体が一斉にそれに従うんだよ」


「ほう。それで戦争の時は、あんなに統率がとれておる訳か」

 話が興味深かったのか、珍しくシャガルが口をはさんできた。

「そうだね。これまでのリーダーは戦う事しか考えていなかったから、その特性が発揮されるのは戦争の時だけだった。おまけに頭が良くなかったから、それを活かし切る事もできなかった」

「ゴブリンどもは、突撃して来るしか能がなかったからなぁ」

 おかしそうに笑うシャガル。

 過去には、ゴブリンとの戦争に参加していた経験があるのだろう。


「でも、オロチが指揮を執れば、もっと緻密な戦術が使えると?」

「戦術に詳しい訳ではないけど、少なくとも一斉突撃ばかりに頼る事はないと思うよ」

 そう言うオロチの表情は、ちょっと自信あり気だ。

 キングとともに戦場に立ちながら、色々と考察する事もあったのだろう。


「ますます、オロチは敵に回せないね」

 話の内容がかなり重大であるのに関わらず、そう言う青志の口調はのほほんとしたままだ。温泉に浸かりながら酒を飲んで、気持ちよくなってしまっているだけかも知れないが。

 そんな青志を見て、オロチがクスリと笑う。

「まあ、物騒な事を言ったけど、僕が指揮を執るなら、戦争以外の事もできるしね」

「ほお?」

「例えば、新しい街づくりとかさ」


 ポロッと、とんでもない事を言い出すオロチ。

「それはつまり、モウゴスタ市を明け渡すっていう意味か?」

「あくまで、いずれはって話だよ。新しい街を作る場所も決まってなければ、街を作るノウハウも持ってないからね」

「どうせ新しい街を作るなら、満足のいくものを作りたいものな」

「その通り。できれば、街作りのノウハウを持った人間を仲間に引き入れたいところなんだけど・・・」

「それだけの知識人で、ゴブリンに偏見を持たない人間か・・・。なかなか、見つけるのが大変そうな話だなぁ」

「僕は、簡単に人間と接触できないからね。そこのところをアオシに協力して欲しいんだ」

「うわっ、聞くんじゃなかった」

 青志とて、この世界に落ちてきたばかりなのだ。そんな人材に心当たりがある筈がないし、探すにしても人脈を持っていない。


「まあ、急いでも仕方がない。時間がかかる事は覚悟してるから、協力を頼むよ」

「ああ。知らんぷりもできないし、やれる範囲で協力するよ」

 成り行きとは言え、自分の両肩に少しずつ責任がのしかかって来るのを感じながら、青志はオロチと握手を交わす。


「ややこしい話が終わったんなら、飲め飲め!」

 シャガルが、抱えた小樽から酒を注いでくる。いつもと違い、自分だけ飲めれば良いって訳ではないらしい。やはり、大人数で楽しく飲んだ方が酒を美味く感じるのは、ドワーフも同じなのだろう。


 青志は、日本から持ち込んだチタン製のマグカップを差し出し、たっぷりと酒を注いでもらった。

 オロチも、何かの骨で作られたカップを差し出す。

 マナとシムは、おとなしく大人たちを眺めている。

 マナは食事をする必要がないし、シムはまだ強い酒を飲めないようだ。

 シャガルがオロチの杯を満たすと、続いて、オロチの隣から美しい硝子の杯が突き出された。


 その杯を持っているのが、真っ赤なウロコを持った女性の手である事に気づき、オロチが悲鳴を上げて飛び上がった。

 登場してから全く崩さずにいた爽やかなイケメンの顔が、初めて崩れた瞬間だった。

「騒がしいな。ゴブリン」

 緑色の肌を青ざめさせたまま固まっているオロチに向かい、火竜山の主は辛辣に吐き捨てた。

 自分が心臓に悪い登場の仕方をしたせいだとは、露ほどにも考えていないらしい。


「これはシンユー様、こんなに早く再びお出でいただけるとは――――」

 また厄介な訪問者がやって来たと困惑しながら、青志がご機嫌を取ろうとした瞬間、小さな影がシンユーに飛びついた。

「ママ~っ!」

 マナだ。

 しかし、シンユーは杯を持っていない方の腕を上げると、その掌でマナの顔面を掴み止めた。


「何じゃ、お前は?」

 マナにアイアンクローをかましたまま、シンユーが冷徹に問う。

「マ・・・マ・・・!」

 宙ぶらりんのまま、裸の四肢をばたつかせるマナ。

「いや。それ、アンタのウロコから生まれた子だから」

「む? そうなのか」

 シンユーが手を離すと、マナはボチャンと湯の中に落ちブクブクと沈んでいった。


「哀れな・・・」

「それより、酒を注がんか」

 瞑目するシャガルに、酒を催促するシンユー。マナの事など毛ほども気にしていないようだ。

 マナはひっそりと青志の横に浮上すると、キュッと貧弱な身体にしがみついた。


「相変わらず、怖いおヒトよのぉ」

 マナに視線をやりながら、シャガルがシンユーの杯に酒を注ごうとする。

「舐めておるのか、ドワーフ?」

「む?」

「妾が欲しいのは、おヌシが背中に隠しておる猿酒じゃ。安い酒で誤魔化そうとするでない」


 見れば、シャガルの背後の岩棚に、オロチの持ってきた猿酒の樽が置かれている。

「珍しくシャガルが他人に酒を振る舞おうとすると思ったら、美味い酒を独り占めする気だったのか・・・」

「こ、この酒は俺の――――」

 シンユーの瞳が光ったと思った途端、シャガルが吹っ飛んだ。

 素っ裸のまま、温泉の外に消える。


「またか・・・」

 げんなりしながら青志は、ゴブリンゴーレムに白眼を剥いたシャガルを回収させる。焚き火の近くに置いておけば、風邪をひく事もないだろう。

「で、誰が酒を注いでくれるのじゃ?」

「は、はいっ、僕が――――!」

 シンユーの登場で金縛りになっていたオロチが、慌てて動き出す。

 緑色の肌からは血の気が退いたままで、気のせいではなく股間の凶器が縮こまっている。


 酒を注ごうとするオロチの手は、面白いぐらいにブルブル震えていた。ゴブリンである彼には、人間以上に他者の強さが敏感に感じられるのかも知れない。

 そんなオロチを、シンユーも悪い笑顔を浮かべながら見つめている。

「ゴブリンがそこまで変化するのも珍しいのぉ。おまけに人間の言葉を操るだけでなく、人間と行動を共にしておるとはな」

「はっ。変わり者である事は、重々承知しています。しかし、人間と争うばかりがゴブリンの道ではないと愚考いたしまして」

 いつもの爽やかな笑みを浮かべる事もできず、ぎこちなく答えるオロチ。


「ほほう。これから、おヌシらが楽しませてくれるという事かのぉ?」

 そう言って、シンユーは猿酒を飲み干す。

「うむ。やはり美味い酒じゃな」

 安堵の表情で頭を垂れるオロチ。

 ビビりまくるオロチを見て、青志の緊張は逆に緩んできた。

「シンユー様、宜しければマナ――――この子の頭を撫でてやってもらえませんか?」


「頭をな?」

「それが、人間の親が、子に示す親愛の表し方です。できれば、この子にも・・・」

 青志にしがみついたまま、マナは怯えた様子でシンユーを見ている。

「ふむ。そういうものか。妾はまだ子を成した事がない故、親子の事は分からんのじゃ」

 そもそも、ドラゴンに親子の情が存在するのかも怪しいと、青志は思う。


「マナというたか。良かろう。こちらへ来るがよい」

 シンユーが右手を差し出すのへ、マナが恐る恐る近づいていく。

「マ・・・マ・・・?」

 マナは無事にシンユーの元にたどり着くと、その豊かな胸に顔を埋めた。

 甲に赤いウロコを光らせた白い手が、ぎこちなくマナの赤い髪を撫でる。

「これで、良いのか?」

「ママ・・・」


 静かな宴は続く。


 




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