穏やかな日常
シムの身長は、12才としては平均的である。
しかし、筋肉は少し物足りない。
それは、シムが水魔法使いであるせいだ。
ケモノを簡単に倒せない水魔法使いは、身体の発達でも遅れをとる事になる。
グレコやマハたちとは、子供のころから一緒だった。
直情的なグレコや気難しいマハ、その他何人もの同年代の子供たちをまとめていたのが、シムだったのである。
いつか、グレコたちを従え、冒険者として活躍する事を目指していた。
グレコたちも、シムを慕ってくれていた。
9才のあの日――――。
シムとグレコは、短剣と手製の弓を使い、初めて兎を狩った。
胸の中で魔ヶ珠が育つ痛みとともに、2人は魔法を手に入れた。
グレコは、火魔法。
そして、シムに宿ったのは、水魔法であった。
その日から、シムは1人になった。
グレコたちに疎まれたのではない。
仲間でい続ける事は、簡単だったろう。
でも、戦力にならない自分が、いつか疎まれるようになるのは分かり切っていた。
だから、最初から1人でいる事を選んだ。
周りの者たちには1人でもやれると笑ってみせながら、奥歯を噛み締めつつ兎と格闘する毎日。
まるで強くはなれなかった。
グレコたちがウルフを狩れるようになったと聞くと、1人でウルフに挑戦し、あっさり返り討ちに遭った。危うく死ぬところだった。
もう、冒険者になる事をあきらめかけていた。
しかし。
そこで、見たのだ。
とても冒険者に見えない中年男が、不格好ながらゴブリン・キングを倒すのを。
そして、気づいたのだ。
その中年男が使ったのが、水魔法である事に。
シムの目の前に光が射した。
「シム。家族は?」
「いません。俺は孤児ですから」
シムの返事に、ちょっと悲しそうな表情を浮かべる青志。
「じゃあ、このまま東門まで行っちゃっても、問題ないか?」
「はい! 師匠の行く所なら、どこへでも付いて行きます!」
「東門に家を借りてるんだ。とりあえず、そこに帰るぞ」
「はい!」
こそばゆい。
とても、こそばゆい。
青志は、シムの素直過ぎる反応をぶつけられて、こそばゆさの余り悲鳴を上げそうになっていた。
自分は、そんな信頼を向けられるような人間じゃないんだと、叫び出したくて仕方がないのである。
そんな青志の困惑を、ユカとトワ、それにドラゴン幼女が後方からニヤニヤ眺めていたりする。
信頼を寄せてくれる仲間と一緒にいるのは心地いいと同時に、とてもこそばゆいものであると青志は知った。
今は、ぼーっとした表情で最後尾を歩いているリュウカみたいな存在が、一番ありがたい。
「ねーねー、アオシさん!」
シムとの会話が終わったとみるや、すかさずトワが切り込んで来る。
「この子の名前はないの~?」
「あ・・・」
ドラゴン幼女が頬を染め、ピクッと身を震わせた。
その臆病な素振りと、リュウカと戦っていた時の勇ましい姿とのギャップが大き過ぎる。
青志が見つめると、不安そうな瞳で見つめ返してくる。
勝ち気な性格かと思っていたら、ナイーブなところもあるらしい。誰に似たのだろうか。少なくとも、あの火竜ではないだろう。
「実は、もう考えてるんだ」
「おぉっ!?」
盛り上がるユカとトワ。
なぜか、ドラゴン幼女は泣きそうに表情を歪める。
青志はドラゴン幼女の前に跪くと、目線の高さを合わせた。
「マナ。・・・マナって名前は、どうかな?」
「マナ・・・?」
「そう。マナ」
「マナ・・・」
しばらくその名前を噛み締めた後、ドラゴン幼女――――マナは、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「うん。ありがとう!」
そう言って、青志の首に細い両腕を巻きつけ、しがみつく。
「ありがとう、パパ!」
母親が、親友をもじってシンユーと名付けられたから、娘は愛娘をもじってマナにしたっていう事は、打ち明けても大丈夫だろうか?
マナに抱きつかれながら、青志は思い悩むのであった。
翌日の正午前に、一行は東門に到着した。
青志はシムを連れて、借りてからまだ数泊しかしていない自宅に帰還。
マナは、アイアン・メイデンに連行されて行った。服を作るために採寸やら何やらあるらしい。要するに、マナをオモチャにして愛でようというわけだ。
マナも楽しそうにしているし、問題はないだろう。
青志宅と『なでしこ』の距離なら、十分にゴーレム魔法の届く範囲内だ。
正確な事は分からないが、その限界は1キロメートル弱というところみたいである。
青志は疲れ切っていたので、とりあえず仮眠をとって、夕食時に『なでしこ』を訪ねる約束をした。
「北門に家はあるのか?」
「家と呼べるような物は、ありません」
「じゃあ、ここに住めばいいよ。ベッドはないけど、部屋はあるから自由に使ってくれ」
「え? いいんですか!?」
「その代わり、掃除、洗濯、炊事は頼む」
「はい! 任せて下さい!」
相変わらずテンションの高いシムを微笑ましく思いながら、青志はベッドに倒れ込む。
そして、シムに起こされると、もう陽が傾きかけていた。
放っておかれたら、夕食の約束を忘れたまま夜中まで寝入ってた事だろう。
「おー、ありがとう。てか、休まなかったのか?」
見ると、家の中がやけに綺麗になっている。ずっと雑巾掛けでもしていたのかも知れない。
シムはと見れば、それが当然ですという表情だ。
家事が壊滅状態な青志にとっては救世主降臨な話だが、もうちょっと気楽にやってくれればと思う。
『なでしこ』に着くと、いつものようにキョウが出迎えてくれた。
店はもう閉まっており、そのまま奥の居住スペースに案内される。
「あ、パパー!」
走り寄ってきたマナは、すでに彼女のために作られた服に着替えていた。
アイアン・メイデン3人の衣装と共通したゴスロリなデザインだ。黒を基調としたノースリーブで、超ミニのパニエスカートからは真っ赤なリボンを巻いた尻尾が突き出している。
「おお、可愛いのを作ってもらったなぁ」
「製作者のアイリよ」
キョウに連れられて来たのは、初見の女の子だ。
以前にここに来た時には不在だったメンバーの1人のようである。小動物ぽい子で、人付き合いが苦手なのか、目を合わせずにやたらと照れている。オタク臭がぷんぷんとする事は、指摘しない方がいいのだろうか。
「マナちゃんが可愛い過ぎるから、一気に作り上げちゃいましたー」
シャガルが言っていた、素材を加工する能力の持ち主が彼女なのだろう。
「予想以上に可愛いのを作ってくれたね。代価は、どうしたらいいかな?」
「いえいえいえ。アオシさんにはいっぱいお世話になってますから、こんなのはサービスですよぅ。むしろ、こんな可愛い子の服を作れるなんて、ご褒美なくらいですからー」
身体をクネクネさせ、照れながらもやけに饒舌なアイリ。
悪い子では、なさそうだ・・・。
「じゃあ、服の素材になりそうな物とか手に入れたら、持ってくるよ」
「わー、ホントですかぁ?」
「そうそう。最近、ミスリルを糸にする事に成功して・・・あぁっ!!」
「それは、すご・・・えっ!? えっ!? 何っ!?」
シャガルを温泉に放置したままなのを、すっかり忘れていた青志であった。
結局、その夜は『なでしこ』でもてなしてもらい、深夜に帰宅。翌朝ちょっと寝坊気味に起きるや、最低限の買い物だけを済ませて、また温泉地へと出発した。
同行者は、マナにシムに、ゴブリンゴーレム5体。
ゴブリンゴーレムは、みんなフード付きの外套で顔を隠している。
ウィザード、超音波、デンキの3体は、護衛。ノーマル2体は、シャガルのご機嫌を回復させる為の酒樽と食材を背負っている。
もちろん、上空には鷹ゴーレムを3体飛ばしており、安心安全の布陣だ。
温泉に置いてある鉄や装甲板でゴーレムたちを作り直したら、少々の相手には負けないだろう。
なんだかんだあったけど、自分も成長したもんだなぁと悦に入る青志である。
そして、温泉までの道中で、シムの意外な才能が、更に青志を喜ばせた。
料理が上手いのである。
ゴブリンよりはるかに巧みに兎を捌いてみせるや、絶妙な焼き加減のステーキを作ってくれたのだ。
これに塩やコショウが加われば、言う事なしだ。
シャガルを迎えに行く事ばかりに気を取られてて、『なでしこ』で補充を怠ったのを悔やむばかりである。
温泉に残してきたリュックの中に、わずかながら塩やコショウが残っているのが、せめてもの救いだ。
で――――。
温泉に着くと、シャガルがふてくされていた。
放置されていたからではない。
鉄、装甲板、それにミスリルと、いじりたい材料に囲まれながら何も出来なかったせいだ。とことん、鍛冶馬鹿である。
素材を加工する能力を持っているとはいえ、ある程度の道具がないと鍛冶は出来ないのだ。
しかし、ケモノに襲われる可能性のある場所に1人で放置されながら、全く消耗した様子がないのは大したものである。
青志がゴーレム抜きで同じように放置されたら、一晩で神経が参ってしまうだろう。
これがドワーフ特有の図太さなのか、シャガルが特別なのか。
シャガルには、途中で狩ってきた小型の二足トカゲの肉を、酒樽とともに与えておいた。これで、ほぼ機嫌は直る筈だ。
ここが狩りの時の拠点だと知ると、シムはまた1人で掃除をし始めた。
青志にしてみれば、半屋外なのだから掃除なんかしても無駄だろうと思うのだが、シムには別の意見があるらしい。
青志に慣れてきたら、口喧しい母親のようなキャラになってしまうのかも知れない。
ちょっとブルーになってきた。
「パパ、何を勝手に落ち込んでるの?」
「いや。なんでもないよ。
それより、今のうちにボディを作り替えておこうか」
材料は、鉄か鎧竜の装甲板のどちらかだ。ミスリルは、マナ1人を形作れるだけの量はない。
「じゃあ、装甲板の方でお願い」
服を脱いで青志に手渡すと、自ら土塊に還るマナ。
土の山の上に落ちたドラゴンのウロコを、今度は、保管していた装甲板の上に置く。
ばきん――――! ばき。ばき。ばき・・・!!
青志がどうやっても傷つけられなかった装甲板が、激しい破断音とともに変形していく。
「よいしょっ!」
装甲板の山から幼女の形をしたモノが立ち上がるや、光沢のある青黒いボディが、たちまちヒトの肌の色へと変化していった。
「見た目だけじゃなく、感触まで人肌っぽくなるんだな」
服を返しながら、青志が感心して言う。
「変身能力よ。ママだって、ヒトの姿に変身してたでしょ?」
「ああ、そうか。マナにしてみたら、それも本来の姿じゃないのか」
「うーん、あたしはハーフだから、どちらが本当の姿って決められないかも」
「ドラゴンの姿には、なれるのか?」
「それは、まだパパの魔力が足りないからー」
「了解。分かりました」
続いて、常時召喚組のゴーレムたちも、装甲板のボディに作り替えていく。デンキゴブリンだけは、陸棲アンモナイトの甲殻――――鉄製である。
「それにしても、翼竜をなくしたのは痛かったなぁ」
ボヤく青志。
「ワイバーンでも狙っちゃう?」
「翼竜とワイバーンのグレードの違いが分からんが」
「ワイバーンは、ブレス吐くよ?」
「そりゃ、スゴいなぁ。でも、簡単に勝てる気がしないよ」
「まだ、パパに勝ち目はないかなぁ」
「そんなのに、けしかけようとするなよ・・・」
げんなりする青志を見て、ニヤニヤするマナ。可愛いところもあるが、ちょっとSである。
そこに、ケモノが走る音が近づいてきた。
そこに青志たちがいるのが分かっているのか、接近を隠す様子もなく、真っ直ぐに走り寄って来るようだ。
「師匠・・・」
シムが不安そうに青志を見やる。
マナも警戒を強める。
「大丈夫だ」
青志は立ち上がると、ゴブリンゴーレムたちを従え、訪問者を迎える姿勢になる。
やがて、規則的な土を蹴る音とともに現れたのは、騎乗用の大型の二足トカゲ。
その背に跨がっていたのは――――。
「本日は、お招きにあずかりまして」
「どこで、そんな言い回しを憶えたんだか。
まあ、でも、いらっしゃい。思ったより早かったね」
「キングを埋葬してから、すぐに出発したからね」
そう言って、ゴブリン・キングの息子、オロチは爽やかに微笑んだ。