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その名は――――

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。

大反省中です。


それと、12月8日に上げた活動報告で、書籍のイラストについて触れていますので、良かったら、読んでやって下さい。

「キングの息子ってことは、王子様ね。つまり、ゴブリン王子」

 ゴブリン・キングの息子を目の前にしながら、女の子にまるで怯む様子はない。

 少年は、恐怖のあまり金縛り状態になっていた。

 なにせ、アオシとゴブリン・キングが戦うのをずっと見ていたのだ。

 死ぬ間際のキングが、自分以上だと言った言葉が、耳に残っている。怖くないはずがない。


「あはは。ゴブリン王子ね。安っぽくて、いい響きだ」

 揶揄(やゆ)するような女の子の言葉にも、美形ゴブリンは鷹揚に笑ってみせる。

「それで、キングはどこかな?」

「教えてもいいんだけど、キングの遺体をどうする気?」

 少年にすれば、ゴブリンの死体なんかさっさと渡して、美形ゴブリンに立ち去ってもらいたいのに、女の子はあまり素直に渡したくない様だ。


「ただ1人の父親なんだ。(とむら)うに決まってるだろう?」

「ゴーレムとして使うんじゃなく?」

 女の子の指摘に、美形ゴブリンはニヤリと笑った。

「もちろん、それは考えたさ。でもね、やっぱり死んだ父親をコキ使うのは、どうにも抵抗があってね」

「なんか、ゴブリンらしくないこと言ってるわ」

「ああ、これは人間の・・・それも21世紀の日本人の倫理観だと思うよ」


「そう言われると、納得するしかないけど」

「それに、君のマスターがキングの魔ヶ珠を手に入れたら、確実にゴーレムとして使うだろ? 最悪、それだけは止めて欲しいんだ」

「他のゴブリンを使うのは、いいの?」

「正直、キング以外なら構わない。僕にとって同族は、キングだけと言ってもいい」

「その割には、あまり悲しんでるように見えないし、パパを恨んでもいないのね?」

「それを言われると、辛いね。もしかしたら僕は、キングでさえ、本当は同族と思ってなかったのかもなぁ。なんせ、賢くなった割には、筋肉バカは治らなかったし」


 まるで人間のように話し、考え込んでみせるゴブリンに、少年は驚くばかりである。

 女の子も、あきれたような表情になっている。

 その時だ。

 突然、布のような物が、風にばたつく音が聞こえた。

「え――――?」

 白っぽい革鎧を着た女冒険者が、夜空を滑空して来る。


 女冒険者は勢いよく降り立つと、盛大に砂煙を上げて、少年のそばまで地面を滑ってきた。

 続いて流れるような動作で細剣(レイピア)を抜き放ち、美形ゴブリンに向かって立つ。

「アオシさんは、大丈夫?」

「え? あ、はい。気絶してるだけです」

 視線をゴブリンに固定したまま、女冒険者が問いかけてきた。

 どうやら、彼女も、少年が治癒魔法をかけ続けている男を助けに来たらしい。


 が、やって来たのは、彼女だけではなかった。

 更に布がばたつく音が聞こえたと思うと、3人の少女が次々と飛んで来たのだ。

 最初の女冒険者と同じように、着地すると少年のそばまで滑走してくる。

 3人は、戦場に似つかわしくない、美しい赤と黒の衣装をまとっていた。そして、スカートが恐ろしく短い。

 真っ白な太ももが視界に飛び込んできて、少年の息が止まりそうになった。


「ウィンダお姉さま、速すぎます!」

 なぜかむくれながら、武器を構える3人。

 背の低い2人が巨大なハルバートを手に、女冒険者に並び立つ。

 そして、背の高い少女1人だけが、両手に1振りずつ細剣を持って、裸の女の子の前に立ちはだかった。

 少年には、誰と誰が味方同士で、誰と誰が敵同士なのかが、さっぱり分からない。

  




「ほほぉ。見事に美しい女性ばかりが揃ったものだね」

 ウィンダやユカたちを見て、感心したように言う美形ゴブリン。

「そうか、やっと分かったよ。あの『リア充、爆ぜろ!』ってセリフは、こういう時に使うんだね」

 美形ゴブリンの掌から、鞭か触手のように3本の水流が(ほとばし)った。それは掌に繋がった状態でグネグネ動くと、地面に転がったままだった大蛇の魔ヶ珠に接触する。


 水流を通じて美形ゴブリンの魔力が魔ヶ珠に流し込まれるや、たちまち3体の大蛇ゴーレムが再び姿を取り戻した。

 もたげた鎌首だけで2リット(メートル)を超える大きさの大蛇にウィンダたちが顔色を変える。

「人間の言葉を使う上に、見慣れない魔法を使うなんて! 貴方がゴブリン・キングなのですか?」

 氷のような声音で、ウィンダが問う。

「残念ながら、キングは討ち取られてしまったんだよ。今は、キングの死体を渡してもらえるように、交渉してるところさ」

 

 軽い調子の美形ゴブリンの返答に対し、ウィンダは何かに耐えるような表情で、なおも言葉を発し続ける。

「もう一つだけ、訊ねてよろしいですか?」

「僕に答えられることなら、いくつでも答えるよ?」

 大蛇ゴーレムを召喚しながら、美形ゴブリンに殺意は見られない。あくまで、自分の身を守ろうとしているだけなのかも知れない。


「20年ぐらい前に、ここより北にある街をゴブリンが占領した時、貴方はそこにいましたか?」

「それは、貴女たちの言うモウゴスタ市のことだね。今は、我々の拠点になっている――――」

「その通りです。そして、そのモウゴスタを落とした軍勢の中に、貴方はいたの?」

 口調は冷静なのに、ウィンダの中で魔力の圧力がどんどん高まっていく。

 ユカたちもそれに気づき、大蛇ゴーレムに対するのと同じぐらいにウィンダにも警戒の目を向け始める。


「もしかして、あの街に住んでいた人に(ゆかり)があったのかい? 残念ながら、僕がこの土地に来たのは、5年前なんだ。モウゴスタ市の攻略には関わっていない」

「そ、そうですか・・・」

「ちなみに、キングも僕と一緒に5年前にやって来た。モウゴスタ市を攻めた時からのリーダーを倒したのは、キングだよ。この話が、貴女の心の慰めになるかどうかは分からないけどね」


「モウゴスタを私たちに返す気は、ありませんか?」

「うーん、それは難しいな。貴女みたいな人に出会ってしまうと、返してあげたくなるけど、そうすると我々の居場所がなくなってしまうからね」

「では、やはり戦って奪い返すしかないのですね!」

 一瞬にして戦闘モードに切り替わると、ウィンダが正面の大蛇ゴーレムに襲いかかった。





「むこうは、始まったみたいよ?」

 四肢を真っ赤なウロコで覆われた女の子が、挑発的な笑みをリュウカに向ける。

 真っ赤なウロコ。妖しく金色に光る瞳。トカゲのような尻尾。女の子を見てリュウカが連想したものは、ドラゴンだ。

 ヒトの形をしたドラゴン――――。

 それが、強敵でない筈がない。


「アオシさんには、手を出させない!」

 心の中に生まれようとする恐怖心を抑えつけ、リュウカはドラゴン幼女に対峙する。

「アンタみたいな小娘が、あたしの邪魔を出来ると思ってるの?」

 幼女の剥き出された歯が、剣のごとき鋭さを帯びていく。そして、両手の爪もまた、鎌のように形を変える。

「その男を、守れるものなら守ってみなさい!」






 少年の見ている前で、突如として4つの戦闘が始まってしまった。

 恐ろしいほどにレベルの高い戦闘だ。速く、力強く、頭脳的な。

 そこに、少年が介入できる余地はない。

 気を失ったままのアオシをかばいながら、身を震わせているだけだ。


 3体の大蛇は、その巨大さからは考えられないぐらいに素早い。

 大きな口を開け、鋭い動きで少女たちに噛みつきにかかる。

 しかし、それを凌駕する速度で、攻撃をかわす少女たち。

 少女たちの残像を噛み砕くように、ガツンと音を立てて大顎が閉じられる。

 人間の頭ぐらい簡単に持って行ける一撃だ。


「ひっ!!」

 少年の口から、我知らず悲鳴が漏れる。

 だのに、少女たちは恐れる様子もなく、大蛇に距離を詰めて行く。

 重さを感じさせない速さで繰り出されるハルバート。

 その分厚い刃が大蛇の胴に食い込もうとした瞬間、大蛇の巨体が跳ねるように後方に移動し、致命的な攻撃は空を切る。


 更に閃くハルバートの刃。

 迎え撃つ大蛇が口から強烈な水流を放つ。

 身をひねって、水流から逃れる少女たち。

 水流が着弾し、激しく土砂が飛び散る。少女たちは、その土砂さえも鮮やかにかわしていく。

 それでも、大蛇たちは断続的に水流を放ちまくる。

 少女たちは風魔法で水をそらし、土魔法で土砂を弾き飛ばす。

 周囲は水浸しだ。

 もう、何が起こっているのか、少年の知覚能力では捕らえることが出来ない。


「冷たい・・・」

「え? あ、気がついたんですか!?」

 盛大に水飛沫が飛んで来たせいか、アオシが目を覚ました。呻きながら、弱々しく身を起こす。

「うぅっ、史上最大の痛さだった・・・」

「だ、大丈夫ですか!?」

「お、おう。大丈夫だ。助けてくれて、ありがとうな」


 少年に目をやり、優しく笑いかけるアオシ。

「え? 分かってたんですか?」

「ああ、気絶してても、あいつの目を通して見えてたからな」

 そう言うアオシの視線の先では、双剣の少女と赤いウロコの女の子が戦っている真っ最中だ。


 踊るような美しさで、跳び、回り、双剣を振るう少女。

 それを、少女よりはるかに小柄な裸の幼女が、両手の爪で受け、弾き、対等に渡り合っている。

 表情だけを比べれば、むしろ幼女の方が余裕があるように見える。ずっと牙を剥き出したまま、好戦的に笑っているのだ。

 片や、双剣の少女に笑みはない。頑なまでに真っ直ぐな視線を、幼女に向けている。


「あれは、止めなくていいんですか?」

「ん?」

「どちらも、貴方の味方みたいでしたけど・・・」

「まあ、そうなんだけど、あっちは放っておいて問題ないだろう。何か考えがあって、やってるみたいだし・・・。

 早急に止めるべきなのは、こっちの方だな」


 アオシが目を向けたのは、大蛇ゴーレムと戦うユカとトワ、それにウィンダだ。

 戦局は、いつしかユカたちが一方的に優勢になっていた。

 ちょうど今も、ユカのハルバートが大蛇ゴーレムの首を叩き斬ったところだ。一瞬にして大蛇の身体が土塊に還り、地面に崩れ落ちる。

 その横をすり抜けて、美形ゴブリンに迫ろうとするユカ。

 が、大蛇の魔ヶ珠が地面に落下すると同時に、間髪を入れず再び大蛇ゴーレムの身体が再生され、背後からユカに襲いかかる。


「なっ!?」

 ユカは大蛇ゴーレムの攻撃をからくもかわし、大慌てで美形ゴブリンから距離をとった。大蛇ゴーレムと美形ゴブリンから挟撃を喰らうことだけは避けようというのだろう。

 が、美形ゴブリンは4体目の大蛇ゴーレムの頭の上に立ったまま、悠然と微笑んでいるだけだ。


「ほぇ~。魔力を込めた水を地面に撒いておいて、その上に魔ヶ珠が落ちてきたら、手を触れなくともゴーレム化出来るようにしてるのか。頭、いいなぁ」

 やけに辺りを水浸しにしてると思ったら、ゴーレムを無限に再生させる装置を構築していた訳だ。

「いや、ゴブリンのこと、頭がいいって褒める人、初めて見ましたけど」

「実際、頭いいんだからしょうがないさ。色々、レクチャーして欲しいぐらいだよ。

 ・・・でも、そんなことも言ってられないね」

 アオシは腰のポーチから魔ヶ珠を取り出すと、少女と大蛇たちが入り乱れる真ん中に、それを投げた。


 突如、地面が大きく盛り上がる。

 それに驚いたユカたちは素早く飛び退くと、美形ゴブリンから距離を取った。

 両者の間で盛り上がった土の山は、たちまちのうちに細かな形を整え、体長3メートルを超える鎧竜へと変貌。ぎょろりと周囲を睨め回す。


「おぉ、すごいね。大物のゴーレムだ」

 理解が追いつかずに緊張感を漂わせるユカたちに対し、その鎧竜の正体を瞬間的に見抜いた美形ゴブリンが、賞賛の声を上げた。

「悪かったね、ずっと寝たままで」

 そんな美形ゴブリンを恐れる様子もなく、アオシが近づいていく。

 首をコキコキいわせながら、いかにも寝起きのような素振りだ。


「やあ、はじめまして。

 あのキングを倒したんだ。魔ヶ珠が大きくなる痛みで、気絶するぐらい当然だと思うよ。魔獣化したとしても、不思議じゃないんじゃないかな」

「うわ、それは勘弁してほしいな」

 

 鎧竜ゴーレムのそばまで歩み寄ると、アオシは真っ直ぐに美形ゴブリンに目を向けた。

「はじめまして。アオシだ」

「僕は、キングの息子だ」

「名前は?」

「ゴブリンには、個体ごとに名前をつける習慣はないんだ。でも、人間と交渉を持つなら、それも必要だね。何かいい名前はないかな?」

「それは、オレが名前を付けてもいいってことか?」

「僕には、名前の付け方がよく分からないしね。キングを倒したほどの戦士が付けてくれるなら、文句はないよ」

「そっか。う~~ん・・・」


 ついさっきまで戦闘がかわされていた場所で、いきなりゴブリンの名前を考え始めるアオシ。

 大蛇の頭の上に立ったままとはいえ、それをニコニコと見つめる美形ゴブリン。

 少年はもちろん、少女たちも武器を構えたままで目を白黒させている。


「じゃあ、オロチってのはどう?」

「オロチ?」

「大蛇って意味だけど、気に入らないかな?」

「いや。大蛇は、ゴブリンにとって神聖な生き物なんだ。いいね。オロチか。いいと思うよ」

「そう? 良かった。じゃあ、これからオロチと呼ばせてもらうね」

「僕は、オロチだ。よろしく、アオシ」

 そう言うと、美形ゴブリン――――オロチは、さわやかに笑ってみせた。


 


 

 

 


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