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水魔法使いのゴブリン

 ゴブリンたちが撤退し始めたことに、騎士たちは気がついた。

 火炎鳥らしき巨大な鳥の乱入で混乱の極みにあったゴブリンたちだが、今は整然と戦場から退いていく。

 数多くのウォリアーやウィザードを失った筈だが、まだ統率力を発揮する個体が残っているらしい。

 火炎鳥が倒されたように見えたのも、大いに気にかかるところだ。

 噂されたキング級が、事態の陰にいるのかも知れない。


「深追いはしなくていい! 適当に大砲を撃ち込んでおけ! 今は、戦力の再編が先だ!!」

 カリエガの指示に、騎士たちは追撃をやめ、砦の防備を固め始めた。

 到着したばかりで、戦意だけは有り余っている冒険者の一団がゴブリンを追って行くが、それは好きにやらせておく。

 手痛い反撃を喰う可能性も高いが、そこは各人の責任の問題だ。

 戦果を上げてくれるのなら、それに越したことはない。

「頑張ってくれよ、冒険者諸君!」





 青志が水中に沈むと同時、青志が最初に立っていた高台に、小柄な影が姿を現した。

 ひっきりなしに周りを見回しながら、オドオドと動く様子からは、必死に恐怖と戦っている気配が伝わってくる。

 まだ10代前半の少年のようだ。

 粗末な衣服をまとい、腰に短剣を吊っているだけの軽装である。

 他にもゴブリンがいないか、恐ろしくて仕方がないのだろう。


 それでも少年は、高台の縁から水面を覗き込むと、意を決して斜面を滑り降りた。

 水に入ると、一直線に、青志が沈んだ場所に向かう。

「あれ? どこだ? ここいらだと思ったのに」

 そして、首まで水に浸かりながら、両手で水底を探り始める。

 あっと言う間に、小さな身体は泥水に汚れていった。

「くそっ、早く引き上げないと・・・!」

 少年の表情は、恐怖ではなく焦りに染まっている。


 ざばっ――――!


 不意に、水音とともに何者かが立ち上がり、少年の身体がびくりと震えた。

 見れば、2リット(メートル)も離れていない場所に、自分より小さな女の子の姿がある。

 腰まで水に浸かり、肩から腕にかけての真っ赤な鱗のような物が、天の渦からの光をキラキラと反射していた。

 ひどく現実離れした光景だ。


「あたしだけじゃ運べないから、手伝って欲しいの」

 少年を見てそう言う女の子の腕の中には、ぐったりと目を閉じた青志が抱えられている。

 なんとか、上半身だけを水の上に持ち上げているらしい。

「わ、分かった。その人は、俺が運ぶよ」

 そう言って、混乱しながらも、女の子から青志を受け取る。


 青志は、痩せてはいるが長身だ。おまけに、身に着けた装備が水を吸って、ひどく重くなっている。

 それでも少年は、懸命に青志の身体を引きずり、なんとか水のない場所まで移動させた。


「ありがとう!助かったわ」

 乾いた地面に寝かされた青志の胸に、女の子が耳を当てる。

「良かった。生きてる。思ったよりタフなのね」

 青志の息があることにホッとする女の子。

 

 しかし、少年は女の子が素っ裸なのに気づき、目を白黒させていた。

 細く小さな身体。真っ白な肌に赤い髪。それは、10才にも満たない幼い女の子のものだ。

 が、その肩から腕の上面にかけて、また、腰の辺りにも真っ赤で小さな鱗が輝いている。

 そして中でも目を引くのは、可愛いお尻から生えたトカゲの物の様な尻尾だ。やはり赤い鱗に覆われ、角状の突起が並んでいた。

 どう考えても、人間ではない。


「何見てるのー?」

「え?いや、な、なんにも・・・!」

 気づくと、金色に光る大きな瞳が、少年を見つめている。

 力強く、美しい瞳だ。

「あなた、水魔法使いでしょ?」

「あ、うん、そうだけど・・・」

「気休めでいいから、パパに治癒魔法かけてくれない?」

「わ、分かった」


 どうして自分が水魔法使いだと分かったのか、不思議に思いながらも、少年は青志に治癒魔法をかけ始めた。

 もともと、名前も知らないまま、青志のことを助けようとしていたのだ。

 そんな少年にフフンと笑ってみせると、女の子は立ち上がり、その辺りを歩き始めた。地面に落ちてある何かを探している様である。






「リュウカちゃん、さっきの大きな鳥って、もしかしてアオシさんが・・・」

 ゴブリンの攻撃が止んだ砦。地面に座り込んで休息をとるリュウカに、トワが囁く。

「え?どうして、そう思うの?」

「索敵魔法でずっと確認してたんだけど、最後はバラバラになっちゃったから」

 トワの持つ魔法属性は、風である。

「バラバラ?」

「うん。まるで土とか砂が固まってたみたいに、バラバラになっちゃったの」

 つまり、巨大な鳥はケモノではなく、土や砂が固まって鳥の姿になっていたと言うのだろう。

 だとしたら、確かにアオシの能力によって作り出された物かも知れない。


 が、巨大な鳥が頭上を通過した時、リュウカははっきりと恐怖を感じたのだ。

 自分では勝てないという恐怖だ。

 アオシは、もうそんな強さを手に入れてしまったのだろうか。

 リュウカは、唇を噛む。


「それで、あの鳥をやっつけたゴブリンが、真っ直ぐ向こうの方に飛んで行ったから、気になるの」

 トワは、思い詰めた表情で、東の方を指差した。

「あっちにアオシさんがいて、ゴブリンが何かしに行ったってこと?」

 ユカが、トワの言葉に食いつく。

 どうやら、悔しさに身悶えていられる状況ではない様だ。

 

「トワの索敵魔法で、アオシさんは感じられないの?」

「私の魔法レベルじゃ、そこまでは・・・」

 リュウカの問いに、泣きべそをかきそうになるトワ。

「じゃ、ウィンダお姉さまに見てもらおうよ」

 名案とばかりに、ユカが提案する。

「あ、そうね。ウィンダお姉さまレベルなら、ずいぶん遠くまで感じられそうね」


 3人がウィンダの姿を探すと、彼女は疲労困憊の様子で、騎士らしくない痩せた男に脈を取られていた。

 その周りを、10代前半の少年と少女4人が囲んでいる。

 痩せた男は治療士で、少年たちは護衛らしい。

「疲れがひどいが、身体を休めておけば5~6日で回復するだろう」

 治療士が、そうウィンダに話す声が聞こえた。


「だいぶ調子が悪そうね。これは、お願いするのは無理かな・・・」

「仕方ないですね。私たちだけで探してみるしかないですね」

 3人は頷き合って、その場を離れようとする。

「待って!あなたたち、何か私に用があるのではありませんか?」

 その背に、ウィンダの声がかけられた。


「その・・・用と言うか・・・」

「アオシさんのいる場所を、探して欲しいんです」

 トワが言い淀んでいると、リュウカが前に出て、きっぱりと言い切った。

「リュウカちゃん、アオシさんて言っても、みんな分からないから」

 ユカがリュウカの言葉を補足しようとするが、アオシという名前に、ウィンダはひどく驚いた表情を見せる。

 いや、ウィンダだけではない。

 ウィンダを診ていた治療士と、その護衛の少年たちまでが、アオシという名前に激しく反応していた。

「あれ? もしかして、皆さん、アオシさんとお知り合い・・・?」





 まさか、アオシがアイアン・メイデンと親しくなっているとは思わなかった。

 おまけに、生活の拠点を東門に移していたなんて。

 ウィンダは、ホッとすると同時に、何かモヤモヤしたものを感じてしまっていた。

 しかし、今はそんな感情に構ってはいられない。

 ゴブリンの強力な個体が、アオシがいるかも知れない方向に向かったというのだ。


 索敵魔法を東の方向に向けると、確かにアオシらしい魔力を感じることが出来た。

「でも、アオシ・・・さんにしては、魔力が大き過ぎる」

 実際、それは一般の騎士たちを上回る大きさだった。カリエガやクリムトに匹敵するだろう。

 つい最近まで、幼児ほどの魔力しか持たなかった男のものとは、とうてい信じられない。ウィンダが直接彼のことを知っているのでなければ、アオシのものとは分からなかっただろう。


「アオシさん、無事なんですね?」

「無事よ。でも、すぐそばに火属性のとても強い何かがいるわ。それと、水属性の人間」

「風属性のゴブリンは、いませんか?」

「ゴブリンは、いない・・・あ、水属性のゴブリンが、すごいスピードで近づいてるわ。それと、ケモノが何体か」

「水属性?」

「水属性だけど、とても強い魔力を持ってる。アオシさんと同じぐらいに」

「アオシさんのいる方向は?」

 ウィンダがその方向を教えると、アイアン・メイデンの3人は水に満たされた戦場に向かって、何の躊躇もなく走り出した。





 大きな水音が聞こえたと思ったら、近くの水面から巨大な蛇が身をもたげていた。

 アオシに治癒をかけるのに夢中になっていた少年は、自分を簡単に丸呑みしそうな蛇の巨躯に、思わず悲鳴を漏らす。

「ひっ――――!」

「頭を下げて!」

 女の子の声と同時に、真っ赤な光が大蛇の頭部を貫いた。

 一瞬にして全身が燃え上がったと思ったら、その身体はバラバラに(ほど)けて、水に沈んでいく。


「まさか、ゴーレムなの?」

 いつの間にか少年の隣に立っていた女の子が、驚いた様子で言葉を漏らす。

「さっきの大蛇は!?」

「大丈夫。あなたは、パパを診てて」

 女の子がそう口にした途端、更に2匹の大蛇が水中から躍り出た。


「うわっ!」

 再び悲鳴を上げる少年を尻目に、女の子が2匹の大蛇に向かって両手を突き出す。

 その両の掌から赤熱した光線が迸り、2匹の大蛇の身体を貫いた。

 また、一瞬にして燃え上がる2つの蛇体。

 そして、1匹目と同じように、その2匹も元から土や砂で作られていたかのようにバラバラとなり、水中に没していく。


「やっぱり、ゴーレムなのね」

「そう。ゴーレムだよ。驚かせたのは謝るから、その光線を撃つのは待ってもらえるかな?」

 女の子の独り言に、予想外にも返答する者があった。

 柔らかく澄んだ、理知的な声であった。


「誰!?」

「その説明も含めて、今から姿を見せるから、攻撃しないでくれるかい?」

「いいわ。でも、あなたが怪しい真似をしなければね」

「ああ、それでいい。では、出ていくよ」

 そう言うと、三度(みたび)、水中から大蛇が身を起こした。

 が、先の2回とは違うことに、その大蛇の頭の上に2本の足で立っている人影がある。


 すらりとした長身の若い男だ。

 質の良さそうな衣服をまとい、腰には長剣を吊っている。

 癖のない髪は銀色。瞳の色は青。恐ろしいほどの美形だ。

 ただ、その肌は緑色で、額には立派な角が2本生えていた。

 ついでに、水の中から現れた筈なのに、全く濡れていない。


「ずいぶん美形なゴブリンね」

「そうかい? ゴブリンの女の子たちは、もっとたくましい男が好きみたいで、モテなくて困ってるんだけどね」

「あなたが普通のゴブリンにモテたいと思ってるなんて、ちょっと信じにくいけど?」

「これでも、ゴブリンには違いないんだよ。同族にモテたいのは、当たり前だろ?」


 どこか的の外れた会話をかわす2人を、少年がオロオロしながら見ている。

 美形のゴブリンは、そんな少年の様子をも楽しんでいる様だ。

「それはそうと、何か用があるんでしょ?」

「ああ、君と話すのは楽しいのに、そうもしてられなくて残念だよ」

「まるで、口説いてるみたいに聞こえるわよ?」

「口説いてるのさ。僕のゴーレムになる気はないかい?」

「残念ね。私はパパ一筋なの」

 

 平らな胸を張って、ドヤ顔でそう言い切った女の子を見て、なぜか美形のゴブリンは嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、仕方ないな。用件を済ませて、とっとと引き上げることにするよ。

 実は、父親の遺体を持って帰りたいんだ。どこにあるか教えてもらえるかな?」

「お父さんの?」

「そう。僕の父親、ゴブリン・キングのね」


 キングが死にぎわに口にした息子が、早くも登場したのであった。


皆さんに、ご報告があります。

このほど、今作『冒険者デビューには遅すぎる?』の書籍化が決まりました。

詳しい内容は、活動報告に上げたいと思いますが、大切なことだけ、ここで言わせていただきます。

これまで『小説家になろう』にアップしてきた内容は、削除もされませんし、ダイジェスト化されることもありません。

今まで同様、ご愛顧下されば、嬉しいです。

これも、皆さんの応援があってのものです。

本当に、ありがとうございます。

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