異世界人の力
その日から、イケメン異世界人を救うための毎日が始まった。
鷹、ネコ、蟻のゴーレムが見張りを行い、小鬼ゴーレムが食料の調達を行うという役回りだ。
小鬼には木の枝で槍も何本か作らせた。
竹のように真っ直ぐな木の枝の先を削っただけの簡素なものだ。
そして青志は、ひたすらイケメンの治療を行う。
太い血管の次には、筋肉を少しずつ再生させていった。
水魔法は骨には作用しないようで、こればかりは自然に治るのを待つしかない。骨には、土魔法あたりが効くのかも知れない。
合間には、「治れ!」と念を込めた水を飲ませ、イケメンの体力が保つ様に努めるのも忘れない。
とにかく、治療には時間がかかった。
毎日、ミリ単位でしか筋肉が再生出来ないのだ。
もっとレベルが上がれば使える魔力も多くなって、治癒魔法も強化されるのだろう。
しかし青志には、小鬼さえ1人で倒せる自信がない。
最初の小鬼の火魔法使いを倒せたのが、奇跡なのだ。
それでもレベル上げはやる気でいるが、じっくり気長にやる予定である。
だから、今は地道に治療を行うしかない。
5日目にして、目に見える傷は塞ぎ終わった。
千切れかかってた腕にも、炭化していた脇腹にも、赤ちゃんみたいなピンクな肌が張って、綺麗になっている。
骨折だけは治せなかったので、左腕には添え木を当てた。
よほど身体を鍛えていたようで、水しか飲ませていない割に、顔色も悪くない。
そろそろ、意識が戻って欲しいところだ。
イケメンをタープの下に寝かせておいて、青志は異世界に来て初めてのんびりとした時間を過ごしていた。
大きな岩の上に陣取り、魚を釣っていたのだ。
小鬼ゴーレムに任せておけば、自作の手槍で大物をバンバン獲ってくれるのだが、効率は無視して精神のリフレッシュが目的である。ただ単に、釣りがしてみたかったと言い換えてもいい。
ミミズを模したルアーの成果で、すでにイワナっぽい魚が2匹釣れている。
人ズレしていないのか、難易度はかなり低いようだ。
調子に乗って竿をふるっていると、目の前の川面がバシャリと波立った。
「大物!?」
いきり立つ青志の目に映ったのは、水中を泳ぎ来る異形の存在だ。
全身を黒い毛に覆われ、アンバランスに長い四肢で水を掻いている。
真ん丸に見開かれた目は、ひたと彼に据えられたままで――――
怪物だ。
「のわっ!」
大慌てで岩から飛び降り、逃げ出す青志。
入れ替わりに手槍を持って立ちはだかった小鬼ゴーレムの前に、その姿を現す水妖。
そう。それは、まさに水の妖怪とでも言うべき生き物だった。
クモを思わせる細く長い腕が一閃し、小鬼ゴーレムを弾き飛ばす。
小柄な小鬼ゴーレムに対し、水妖の身長は2メートル近い。手槍を持っていても、水妖の攻撃範囲の方が広いようだ。
新たにオオトカゲのゴーレムを召喚するや、リュックから熊除けスプレーを取り出す。
ついでに小鬼ゴーレムが作った手槍をひっつかむ。
小鬼とオオトカゲの攻撃で水妖を弱らせ、青志がトドメを刺す気なのだ。これだけのデカブツなら、経験値も少なくないだろう。
が、振り向いた青志の目に飛び込んできたのは、宙を舞う小鬼ゴーレムの頭だった。
水妖の腕同様に細長い指先には、これまた長く鋭い爪が備わっていて、それがあっさりと小鬼ゴーレムの首を断ち切ったのだ。
その脇腹に刺さっている手槍が、小鬼ゴーレムの戦果なのだろう。
水妖の真ん丸で表情のない目が、青志に向けられる。
「――――!!」
恐怖に竦む彼の身体。
水妖は迷いなく、そんな彼に襲いかかった。
その鼻先を鷹ゴーレムがかすめて飛ぶ。
不意の闖入者に水妖の勢いが殺される。
立ち止まった足に噛みつくオオトカゲゴーレム。
青志は慌てながらも、水妖の顔面に熊除けスプレーを吹きかけた。
真ん丸に見開かれた巨大な目玉に、真っ赤な液体が直撃する。
「ぎぃえええぇぇぇ~~~~~~~~っ!!」
水妖が絶叫した。
顔面を押さえて、のたうち回る。
その足には、オオトカゲゴーレムがかじりついたままだ。
チャンス――――!
腰だめに構えた手槍を、水妖の首もとを狙って突き込む。
体重もきちんと乗った一撃。
が、水妖の長い体毛に滑ったのか、槍の穂先はその身体を傷つけられなかった。
その黒い体毛をテラテラと光らせている脂のせいだ。穂先が滑ったのだ。
「くそっ!」
もう一度、今度は真上から串刺しにしてやろうと手槍を振りかぶる。
しかし、頭に血が上ってしまっていたようだ。完全に水妖の攻撃範囲内に入ってしまっていた。
次の瞬間、水妖が闇雲に振り回した腕が、青志の足を薙ぎ払う。
「――――!!」
浮遊感を覚えたと思ったら、肩口から激しく地面に叩きつけられていた。
息が詰まる。
爪でやられなかったのは幸いだ。小鬼の首と同じく、青志の足など簡単に切り飛ばす威力が、奴の爪にはある。
身体を転がして水妖から距離をとり、必死に立ち上がった。
水妖も立ち上がって、青志を見ていた。
顔面を押さえた指の間から覗く目が、真っ赤に充血している。
オオトカゲゴーレムはまだ足に噛みついたままだが、その目は青志1人に向けられていた。
背筋が凍る。
手槍を持つ手が、ブルブルと震える。
別の小鬼ゴーレムを呼び出したいのに、身体が固まってしまっていた。
「ぐるぁっ!!」
水妖が駆け出す。
死を覚悟する青志。
が。
ヒュオッ―――!
鋭い風切り音とともに飛んできた石が、水妖の肩口の肉を抉り飛ばした。
続いてもう1つ!
激しい破砕音。
ソフトボール大の石が水妖の側頭部に命中し、その長身をよろめかせる。
誰が――――?
視線を巡らすと、イケメンが3個目の石を投擲したところだった。
手首の動きのみで放たれた石が不自然に速度を増し、水妖の顔面に突き刺さる。
「剣がそこに!」
青志の声が聞こえたのか、枕元にあった剣を手にするイケメン。
次の瞬間、凄まじいスピードで動いたイケメンが、右手の剣を水妖の胸にぶっ刺した。
びくりと身体を震わせると、膝から崩れ落ちる水妖。
イケメンの剣が一撃で心臓を貫いたのだ。即死である。
棒のように倒れる水妖の身体から、イケメンは危なげなく退いた。
もちろん、剣も抜いてある。手慣れた動きだ。
地に臥した水妖の身体の下から赤い血だまりが広がるが、イケメンにはほとんど血がかかっていない。
素っ裸のまま剣だけを持ってすっくと立つ姿が、彫像のように美しい。
水妖の死体を川に蹴込むと、イケメンの剣が翻ってオオトカゲゴーレムの首がざっくりと斬れる。
「――――!?」
無数の小石に帰るオオトカゲに眉をひそめたのも一瞬で、次にイケメンが剣を向けたのは青志だ。
目覚めたばかりで、敵味方の区別がつかないらしい。
大慌てでホールドアップする青志。
「待て!オレは、味方だ!!」
その言葉が理解できたのかどうか、イケメンは剣を手落として、ばたりと倒れた。