青志、立つ!
その日の早朝にサムバニル市の東門を出たリュウカ、ユカ、トワの3人は、さほど街から離れないうちにノゾミからの“声”を聞いた。
北門から1日半ほどの位置にある北の砦に、ゴブリンの大軍が接近しているというのだ。
「注意して」で終わった“声”を聞いて、リュウカは迷わず北の砦に行き先を変更。ユカとトワも苦笑しながら、それに従った。
風魔法で加速された3人は、まさに風のように街道を駆け抜ける。
レナ川にかかった石橋を越えたのは、昼過ぎのことだ。
その時、何か大きな物を破壊する音が聞こえたのである。
迷うことなく、音源を確かめに向かうリュウカ。
分かってますよという表情で、それに続くユカとトワ。
そんな3人の前に現れたのは、川沿いの施設を破壊するゴブリンとオークだった。
オークは2体おり、巨大な岩を動かして、レナ川から分岐した水路を塞ごうとしているように見える。
水路と言っても、水は流れていない。緊急用の放水路のようだ。
どうしてそんな真似をしているのかは分からないが、黙って見てていいとも思えなかった。
「それで、オークどもは?」
「倒しました」
カリエガの問いに、さらりと答えるユカ。
「そ、そうか・・・」
カリエガやクリムトにとって、オークぐらい単独で倒すのは難しい話ではないが、年端もいかない少女たちがオークを倒したと聞けば、さすがに驚いてしまう。
「それはそうと、放水路を塞いだ岩は、簡単に取り除けそうなものだったか?」
「簡単にはいかないと思います。
岩がかなり大きいというのもありますが、試しに土魔法で砕いてみようとしたんですが、不思議と魔力が通りにくくて・・・」
「アダマンタイトか!?」
アダマンタイトとは、ミスリル以上に硬いと言われている金属だ。
ただし、ミスリルが魔力を増幅するのに対し、魔力を遮断する性質があるとされている。
魔法で破壊するのは、ほぼ不可能な代物である。
ゴブリンたちは、レナ川からの放水を妨害する為だけに、そんな希少な金属を多量に含む岩を用意してきたのだ。
「ゴブリン・キングというのは、そこまで知恵が回る存在なのか」
「それより、早急に岩を取り除きに行きませんと・・・」
「そうだな。しかし、魔法が効かないとなると、それなりの人数が必要となるが、今、人数を割くのは自殺行為だ」
「自分が行きます。岩に魔法が効かないなら、その周りを掘って、新しい水路を作ってみせますよ」
クリムトの申し出にしばらく黙考すると、カリエガは静かに頷いた。
「よし。ならば、土魔法の使い手を3名連れて行け」
「分かりました。それまで、砦の防衛をよろしくお願いします」
「案ずるな。援軍も直に来よう。それまでは保たせてみせるわ!」
「では!」
結局、休憩をとることもせず、クリムトは砦を出立した。
ゴブリン軍はまだ混乱から脱け出せておらず、追撃を受けることもなく戦場を離脱し、レナ川に向かう。
カリエガは隊員たちを叱咤し、籠城戦の準備に入った。
ゴブリンたちも、援軍が来るまでに砦を落とすつもりの筈だ。部隊の再編が完了次第、攻撃に転ずると目される。
青志とシャガルにノゾミの声が届いた時、2人はまだ拠点でのんびりと過ごしていた。
『ゴブリンの大軍が北の砦に迫っています。サムバニル市に戻って来る時は注意して下さい!』
突然、頭の中に響いた声に驚いて、辺りを見回す青志。
が、シャガルは経験済みだったせいで、ゆったりと構えている。
「お嬢ちゃんたちの1人の能力だな。一方通行で声を届けられるらしいぞ」
「へぇ、そんな能力が・・・。
でも、返事が届かないから、会話は出来ないのか」
「ことが済むまで、ここで待ってた方がいいかも知れんのぉ」
そう言って、ミスリルの塊をいじくり続けるシャガル。
しかし、すでに青志は防具を身に着け始めていた。
「シャガルは、ここで待っていてくれ」
「ん?まさか、お前さん・・・」
「オレは、北の砦に行ってみるよ」
「お前さんのゴーレムぐらいで、なんとか出来る話じゃねぇぞ?」
シャガルも、さすがにシリアスな口調で青志を諭す。
「う~ん、さすがに、それぐらい分かってはいるんだけどね。
オレの後見人が、確実にそこにいるんだ。出来れば、力になりたい」
「へっ!普段は、やる気があるんだか無いんだか分からない面してるクセに、たまに男の表情になりやがるなぁ」
「褒めてんだか、けなしてんだか・・・」
ぼやきながら、青志はゴブリンのゴーレムたちを集合させた。
「今回、こいつたちは連れて行けない」
そう言いながら、ゴーレム化を解除する。
その場に残される鎧竜の装甲と鉄の塊。
「相手がゴブリンの軍勢だからか?」
「それもある。でも一番の理由は、こいつらと一緒だと移動に時間がかかり過ぎるんだ」
「あん?お前さんより、ゴブリンたちの方が足が速いだろ?」
「自分の足を使うんならね・・・」
青志が取り出したのは、くすんだ緑色の大ぶりな魔ヶ珠。
それに、色がはっきりとした緑の魔ヶ珠を融合させる。
大ぶりな魔ヶ珠が、一瞬にして鮮やかな緑に染まった。
「ウサギゴーレムよ、今までありがとうな」
そう。融合させた緑色の魔ヶ珠は、ウサギゴーレムの物だ。
そして、新たに風魔法を得た大ぶりな魔ヶ珠は――――。
魔ヶ珠を落とした地面が、かなり広い範囲で大きく盛り上がる。
「おおっ!!」
それを目にしたシャガルが、驚愕の表情を浮かべた。
「か、火炎鳥じゃねぇか・・・!」
盛り上がった土が形作ったそれは、翼長5メートルに及ぶ翼竜――――火炎鳥であった。
大量の骸骨たちを屠ったせいで、青志は翼竜を召喚できるようになっていたのだ。
ただ、魔力量に余裕がなく、同時に鷹ゴーレム3体を使役するのがギリギリだった。
それも、常時召喚していたゴブリンたちを魔ヶ珠に戻した理由の1つだ。
ちなみに、ドラゴン幼女のゴーレムは、すぐにウロコに戻してしまっている。
裸のままの幼女を連れて回る訳には、いかなかったのである。
「確かにこのゴーレムなら、ちょっとした戦果を上げられるかも知れんが・・・」
翼竜の威容に呆然とするシャガルを残し、青志はその背に這い上がった。
「じゃあ、行ってくる!」
青志が叫ぶと、翼竜の巨体がフワリと浮かび上がる。
巨大な翼を広げてはいるが、羽ばたかせてはいない。
風魔法を使って、浮いているのだ。
本来、翼竜が離陸する時は、ドタドタと助走した上に高い場所から身を投げるように飛び立つものだ。
それを、人間を背に乗せられるように、翼竜に風魔法を使えるようにしたのである。
「死ぬんじゃねぇぞ!!」
シャガルの声に片手で挨拶を返し、翼竜の高度を上げた。
たちまち地面が遠ざかる。
風魔法で作った空気の層に包まれている為、青志は風圧を感じずにいる。
が、翼竜の背中にしがみついてるだけなので、いつ振り落とされるか分からないという恐怖感が半端ない。
せっかくの景色を見る余裕さえない。
それでも、青志は翼竜に速度を上げさせた。
「こ、・・・怖すぎるぞ~~~~~~っ!!」
数時間後。
先行させていた鷹ゴーレムが、偶然にもクリムトの姿を捉えた。
なぜか北の砦ではなく、それよりずっと東の川沿いで、何か作業をしているようだ。
同じ意匠の革鎧にマントを着けた男が3人、その作業を手伝っている。
もともと、クリムトが気がかりで戦場を目指していたのだ。
超低空飛行で接近するや、クリムトたちに気づかれない距離で翼竜を着地させた。
翼竜のゴーレム化を解くと、クリムトのいる場所に向かう。
護衛は鷹ゴーレム3体だけだが、心細さはない。
日本で暮らしていた頃からは考えられない速さで、木立の間を駆け抜けて行く。
「クリムト!」
青志が声をかけた時には、さすがにクリムトたちは彼の接近に気づいていた。
徒労感を浮かべて青志を見た顔が、驚きの色に染まる。
「アオシ?どうして?」
「たまたま近くにいて、何かあったみたいだから確かめに来たんだけど」
青志の適当な物言いを、クリムトは疑問に思わないようだ。いや、疑問に思う余裕もないのか。
「それで、今は何を?」
「この岩を退かせて川の水を流したいんだけどな」
クリムトの視線の先にあったのは、水路を塞ぐ巨大な岩。2階建ての建物ほどの大きさがある。
そして、その前で疲れ切っている兵士が3人。
「土魔法で壊せないの?」
「壊せない。アダマンタイトの含有量が多すぎて、魔力が通らないんだ」
「岩の周りには?」
「それが、水路までアダマンタイトで固められていて、やはり壊せない」
「は?どこから、そんなに大量のアダマンタイトを?」
アダマンタイトと言えば、ミスリルより希少な金属なのだ。
ゴブリン1体分ほどのミスリルを掘るのに、どれだけの労力を要したと思っているんだ。青志は、内心でボヤく。
「この水路に水を流せなければ、砦が危ないというのに・・・!」
苛立ちを隠そうともしないクリムト。
青志は問題の岩に近づくと、その表面に手を触れてみた。ただし、その手には翼竜の魔ヶ珠を握り込んでいる。
その岩を使って翼竜ゴーレムを作れれば、一気に問題が解決すると考えたのだ。
クリムトたちにゴーレム魔法を見られても仕方ない気分である。
が、岩に魔力が通って行かない。
土魔法が作用しないのと同じで、ゴーレム魔法も効かないようだ。
だったら、ゴーレムに岩を退かせれば良いのだが、適当なゴーレムがいない。
オークあたりが使えれば良かったのだが、まだオークの魔ヶ珠は入手できていないのだ。
だとしたら、青志が使える方法は、1つしか残っていない。
「水魔法を使ってみる!」
「え?」
「川の水を操作して、その圧力で岩が動かせないか、試してみるよ!」
「おいおい・・・」
クリムトとは別の兵士が呆れたような声を出すのが聞こえたが、気にせず川べりに向かう。
改めて見ると、巨岩は、川の本流から分岐した水路を塞ぐように置かれていた。
分岐部分には堰が築かれていた様だが、現在は崩されて、巨岩のある場所まで水が流れ込んでいる。
青志は、巨岩に行く手を遮られている川の水に、自分の魔力をなじませていった。
最初は、テッポウウオが噴くほどの量しか生み出せなかった水魔法も、今は直径1メートルを超える水球を生み出せるほどに成長している。
もともと存在する水を操るのなら、それに数倍する量を動かせる筈だ。
巨岩の手前に溜まっている水に魔力が浸透すると、ゆっくりと動かし始める。
渦を巻くように。
速く。
速く。
そして、強く――――。
渦巻く水が、ゴウゴウと唸りを上げる。
青志の後ろまで来ていたクリムトが、声を失っていた。
激しい飛沫にその身が濡れるのにも、気がつかない様子だ。
「そろそろ、行くぞ!」
青志は渾身の魔力を込めると、渦巻く水を一気に巨岩に叩きつける。
落雷のような轟音が、辺りに響き渡った。