北の砦の戦い
ペースを上げたいと言いながら、結局、よけいに時間がかかってしまいました。
申し訳ありません(汗)
青志は、難しい表情で唸っていた。
シンユー=ドラゴンの来訪をなんとか乗り切り、シャガルが筋肉の塊のような尻を突き出したまま気絶していたのを目覚めさせ、やっと落ち着けたのが10分ぐらい前。
そこで、ようやくドラゴンのウロコのゴーレム化を試す気になったのだ。
シャガルは、まだ温泉に浸かっている。
さすがに冷えたらしい。
ドラゴンのウロコは、鮮やかに紅く、金属質の光沢をたたえている。
大きさは、長い部分で7~8センチぐらい。
厚さは2~3ミリというところだ。
重さは、ほとんど感じられない。
これでミスリルより丈夫で、魔法増幅率も高いというのだから、加工さえ出来るのなら、最高の素材と言えよう。
しかし、青志の目的は加工ではない。
シンユーの言う通りにこれが魔ヶ珠と同じ働きをするのなら、ドラゴンのゴーレムが作れる筈だ。
鼓動が早くなる。
まさか、ドラゴンをゴーレム化することが出来るようになるとは思わなかった。
ドラゴンのウロコに魔力を巡らせると、そっと地面の上に。
水に沈み込むように、ウロコが土の中に潜り込んでいく。
一拍おいて、ボコリと土が盛り上がる。
盛り上がった土は、滑らかな変化で瞬く間に形を変えていった。
「――――!!」
頭。
肩。
腕。
胴。
・・・・・・。
地面から抜け出たそれは、ドラゴンではなかった。
いや、ドラゴンの姿ではなかった。
真っ赤な髪に金色の瞳。
肌は抜けるように白く、肩から手の甲にかけて、赤いウロコに覆われている。
お尻からは膝裏に届く長さの尻尾が生えていた。
異形ではあるが、疑いなく美しい。
その姿は、温泉にいたシンユーにそっくりだ。
そっくりではあるが、明らかに違うことがある。
胸がない。
色気もない。
凄みもない。
そして、身長もない。
要するに、それはシンユーの幼体であったのだ。
「思ってたのと違う・・・」
唸る青志。
そんな青志に視線を向けると、ミニ・シンユーはニパッと笑った。
大きなアーモンド型の目が、糸のように細くなる。
「よろしく!」
「しかも、しゃべったぁ・・・!?」
「生きてるんだから、しゃべるもん」
驚く青志に、むくれるミニ・シンユー。
あきらかに、普通のゴーレムと違う。違いすぎる。
しゃべる上に、自律的な思考をしているのだ。
おまけに、普通のゴーレムが素材の色そのままなのに比べ、ミニ・シンユーは肌や髪の色を持っていた。
何もかも規格外だ。
「えーと、ドラゴンだから?」青志が問う。
「それもあるけど、本体が生きてるせいだと思う」
「ああ、なるほど。シンユーさんの影響があるのかもな」
「うん。ママとのつながりは感じるよ」
「ママって・・・。え?じゃあ、もしかしてオレが・・・?」
「パパ!」
満面の笑みを浮かべるドラゴン幼女を前に、青志は猛烈なめまいを覚えていた。
幸い、風姫ことウィンダの怪我は、大したものではなかった。
全身を染めた鮮血のほとんどは、ゴブリンのものであったらしい。
しかし極限まで体力と魔力を振り絞ったものか、ベッドに横たえられたまま、彼女が目を覚ます気配はなかった。
「どうだ?」
「今は、休ませておくしかないね。
定期的に僕が治癒魔法をかけておくから、心配はないよ」
クリムトの問いに、ルネは静かに答えた。
その衣裳は、戦闘用のものではない。すでに薄汚れてはいるが、白衣である。
アオシに生命を救われて治癒魔法の効果を思い知ったクリムトが、強引にルネを騎士団付きの治癒士として引き込んだのだ。
研究者を志していたルネだったが、なぜか抵抗もせずクリムトの誘いに応じてくれた。
アオシと出会うことにより研究者志向に拍車がかかるかと思いきや、なぜか逆に、外の世界に目を向け始めたようだ。
ルネの真意は分からないが、彼の変化は、クリムトには好ましいものだった。
少なくとも、彼以上に水魔法を鍛えた人間は、クリムトの周囲にいなかったからだ。
それに、友人としても、彼ほどの男が引きこもったまま朽ちていくのは見てられなかったのである。
「それで、ゴブリンの様子はどうなの?」
「良くはないな。斥候の報告では、ゴブリンの数は確認できてるだけでも2000。間違いなく、それに倍する後続があるだろう」
「そんなに・・・」
「まあ、ヤツらの場合、全体の数はあまり関係ない。ウォリアー級やウィザード級がどれだけいるかが問題だ」
「全体の数が増えれば、自然とウォリアー級とウィザード級も多くなるだろうけどね」
ルネに指摘されたことは、クリムトにだって分かっている。
しかし、北の砦がそう簡単に落ちないことも知っている。
北の砦は、周囲を木製の柵だけで囲った、決して大きくはない砦だ。
そこに詰めるのは、全員が二足トカゲを駆る騎士50名である。
これは、ひどく変則的な編成だ。
本来なら、1人の騎兵には数人の従者がつき従う。騎兵の数倍の歩兵だって必要だ。
それを北の砦では、騎兵のみの部隊を編成することにより、ひたすら機動力に特化した戦力を手に入れていた。
砦の周囲はロクに遮蔽物もない平原であり、そこに存在する唯一の高台に北の砦が築かれている。
この砦に接近するケモノは、ほぼ最高速で駆ける騎兵の一撃を喰らう羽目になる訳だ。
その上、この砦にはもっと大きな防衛装置がある。
騎兵の手に余る敵が現れた際には、平原の東を流れるレナ川の堰を切ることにより、平原に水を流し込むことが出来るのだ。
そうすれば、唯一の高台にある砦を残し、平原は湖と化す。
むろん水深は人間の膝を超える程度のものであるが、砦を狙う者たちは著しく行動を阻害されることになる。
そうなってしまえば、後は砦内からの弓矢、魔法、それに火砲の攻撃の的になるだけである。
侵略者たちは、大きなダメージを受けることになる。
そして、1~2日待てば、サムバニル市からの援軍も到着するのだ。
北の砦は、落ちない。
――――が。
翌朝、砦を攻めるために布陣したゴブリンの軍勢を前に、クリムトは一気に危機感を募らせていた。
斥候の報告以上にゴブリンたちの数が多かったのである。
また、その練度が高い。
行動が整然としており、無駄に騒ぐこともない。
通常なら、敵を視認した途端に我先にと突っかかって来る筈のゴブリンたちが、陣形を作り、攻撃開始の合図をじっと待っているのだ。
「まるで人間の軍勢じゃないか・・・!」
誰かが呟く。
人間同士の大規模な戦闘など、クリムトも経験したことがないが、知識として知っているそのままの光景である事は確かだ。
だとすれば、ケモノを相手にすることを前提にしている我等の方が、すでに負けているのではないか?
が、今さら戦い方を変えることは出来ない。
いつもの必勝パターンが通じると信じて、二足トカゲを駆るだけだ。
砦の門を開くや、クリムトを先頭とする36騎の騎兵が、戦場に躍り出た。
右手には、2メートルを超える馬上槍。
全身を革鎧に覆われ、背には派手派手しい真っ赤なマント。
人間たちの中でも、最強の部類に位置するのが彼等だ。
が、真に恐ろしいのは彼等ではない。
彼等の騎獣こそが、騎士たちを最強たらしめている存在だ。
ケモノの中でも抜きん出た速度を持つ二足トカゲは、刃のような牙と鉤爪を用い、自分に数倍する大きさの竜種を狩ることが出来る。
おまけに、魔力的に鍛えられた個体は、竜に似たブレスさえ吐くのである。
そんな精強な騎獣を駆り、騎士たちは真っ正面からゴブリンの隊列に突撃をかけた。
馬上槍に突かれ、二足トカゲに蹴散らされ、たちまち数を減じていくノーマル級ゴブリンたち。
戦闘力の差は、圧倒的だ。
が、ゴブリンたちは崩れない。
仲間が簡単に倒されても、逃げようとはしない。
次から次へと、騎兵たちの前に立ち塞がる。
疾走してくる騎兵に粗末な槍を突き出す。
石を投げ、蔦で編んだ投網をかけようとする。
「これは、よほど強力なリーダーがいるらしいな!」
クリムトは獰猛に笑うと、リーダーの姿を探し求めた。
これだけの軍勢だ。ウィザード級を超えたコマンダー級、ジェネラル級がいるのは確実だが、文献でしか見たことがないキング級がいるのかも知れない。
キング級ともなれば、大量のゴブリンを従えられる能力も厄介だが、個の戦闘力も凄まじい筈だ。
飛来する矢や魔法を土魔法で空中に作った盾で防ぎながら、クリムトたちは更にゴブリン軍の奥に斬り込んで行く。
奥に進むに連れ、石飛礫や風を纏った矢といった魔法攻撃の圧力が高まってくる。
土魔法で盾を形成しても、数秒で打ち砕かれてしまう。
それだけの攻撃を行えるウォリアー級、ウィザード級が周囲にひしめいているのだ。
残念ながら、このまま勝負を決するのは無理らしい。
「転進!!」
クリムトは大声で部隊に命令を下すと、二足トカゲにブレスを吐かせた。
砂塵のブレスだ。
細かな大量の砂粒が高速で吐き出され、前方にいたゴブリンたちの装備と肉を一瞬にして削いでいく。
それは、ゴブリンたちの身体が爆散していくようにしか見えない。
クリムトほどの土魔法の使い手にも真似できない威力だ。
「転進!!転進~~~っ!!」
後続の部下たちも遅滞なくクリムトに続いてくる。
その際、ブレスを吐ける二足トカゲは、きっちりとブレスを置き土産にしていた。
砂塵に炎、旋風のブレスが一気に炸裂し、ゴブリンたちを混乱に陥れる。
クリムトが率いる部隊が砦に戻ると、司令のカリエガが出迎えてくれた。
60才を超えながら、衰える様子もない長身の美丈夫だ。
癖のない白髪を長く伸ばし、首の後ろで一つにまとめている。
部下たちに小休止を命じると、クリムトはカリエガに戦況報告を行った。
「やはり、このままでは無理か?」
「はっ!なんとかジェネラル級やキング級を狙いたかったのですが、ウィザード級の数が多すぎます。とても、本陣に近寄れませんでした」
「では予定を早めて、堰を切らせよう」
カリエガの指示で、すぐに赤い色の狼煙が上げられた。
これでレナ川の堰が切られ、数刻後には砦の周囲が水に満たされることになる。
しかし――――。
「司令!冒険者が到着しました!」
「なにっ!?ずいぶん早いな。狼煙は早まったか・・・。
で、何人だ!?」
「そ、それが、3人・・・」
「んぁ!?」
「し、司令は、ご存知ありませんか?アイアン・メイデンという3人組を」
そこに駆け込んでくる3人の少女たち。
上半身こそ金属の装甲に鎧われているが、下半身は真っ赤なスカート姿だ。
(どこの踊り子だよ?)
それを見て全く同じことを思ったのを、カリエガとクリムトは知らない。
「この砦の責任者の方ですか?」
小柄な身体に長大なハルバートを持った少女が、カリエガに向かってきた。
「そうだ」
「報告があります。ここより東にある川沿いの施設が破壊され、兵隊の方数人が亡くなられていました」
「なにっ!?」
カリエガとクリムトの表情から、一気に血の気が退いた。