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北方での異変

今後の展開を考えていたら、時間が空いてしまいました。

ごめんなさい。次からは、もうちょっとペースを上げますね(願望)。

「ところで、そなた、カシマ・マリエという人間を知らぬか?」

「・・・いえ、心当たりはありませんが、その方を探しておられるのですか?」

 不意に女が口にした名前は、青志には心当たりがないものだった。

 が、女子高生たち全員の名前を知っている訳ではないし、仮に彼女たちの仲間じゃなかったとしても、情報ぐらいは持っているかも知れない。


「おそらく、もう死んでる筈じゃ。最後に会ってから、100回以上、この惑星(ほし)が太陽のまわりを回ったからな。

 じゃから、無理にとは言わん。あの者がどうなったのか、それが分かれば、知りたいと思うてな」

 そう語る女が、妙に優しい笑みを浮かべる。


「お友だちだったのですか?」

 だから、自然と青志も、立ち入った質問を口にしてしまう。

「少なくとも、マリエは、妾に友だちになろうと言うた。

 じゃが、ちゃんと友だちになれたかどうかは、妾には分からん。妾たちの種族には、友だちなんぞという概念はないのでな」


 このドラゴンを相手に「友だちになろう」と言うとは、カシマ・マリエという女性は、とんでもない勇者だ。

 青志は、見ず知らずの女性に尊敬の念を抱いた。

「貴女が、彼女を思い出す度にそんな優しい表情をされるところを見れば、きっと、ちゃんとした友だちになっていたんだと思いますよ」


 女は、ほんの一瞬、きょとんとした目で青志を見た。

「そなた、名は何という?」

千種(ちぐさ)青志。青志といいます」

「アオシか。・・・人間というものは、ほとほと面白いな。

 マリエはな、いきなり1人で山を登ってきてな、ドラゴンの姿のままの妾に、友だちになろうと言うたのじゃ。意味が分からんかったわ。

 そなたはそなたで、もともと別の惑星(ほし)から落ちてきたドワーフと、一緒に湯に浸かっておるしな。

 妾が知る限り、他の惑星(ほし)や世界から落ちてきた者たちと友だちになろうとするのは、人間だけじゃな。

 その分、戦争を起こすのも人間じゃがな」


 牙を剥き出し、女はカカカと笑う。

 ずいぶん、ご機嫌のようだ。

 しかし、やはりドワーフはエイリアンだった事が判明してしまった。衝撃の事実だ。

「あの、1つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「貴女のお名前を、よろしければ――――」


 迂闊な質問は、己の寿命を縮めることになる。

 分かっていながら、青志は一歩踏み込んだ。

 出来れば、ここでドラゴンと友好的な関係を確立しておきたかったのだ。

「妾たちに、個体ごとの名前はない。

 が、マリエがくれた名前ならば、ある」


「それは?」

「シンユー。意味は、教えてくれなんだが、それが妾の唯一の名前じゃ」

 中国語っぽい響きだが、おそらくはシンユー=親友だろう。

 そのネーミングセンスについては、とやかく言うまい。


「シンユー・・・。きっと、マリエさんは、貴女のことが大好きだったのですね」

「どういうことじゃ?」

「シンユー(親友)とは、私たちの故郷の言葉で、とても仲のよい友だちという意味です」


「まことか?」

「はい。本当です」

「そうか・・・」

 女――――シンユーは、しばらく瞑目した。


「マリエのこと、何か分かれば、山まで知らせに来るのじゃ。良いな?」

 やがて目を開くと、シンユーは厳粛な雰囲気で、青志に告げる。

「分かりました。何か分かれば、必ず」

 青志の返答に満足したのか、残っていた酒を一気にあおり、小樽を放り捨てると、シンユーは一瞬にして姿を消した。

 あとに残ったのは、チャプンという小さな水音だけであった。






「ウィンダさん、あそこです」

 薄暮の中、声をひそめてグレコが指し示す。

 藪越しに見えるのは、無数の炎だ。

「まさか、あれが全部・・・?」

「ゴブリンたちの()いた篝火(かがりび)です」

「おそらく、2000を超える軍勢かと」

 グレコの言葉を、エマが補足する。


 ゴブリンは、もともと集団を形成する生き物だ。

 ケモノにしては高い知能を持ち、集団を形成することにより、人類にとって無視し切れない“軍事力”を有する。

 それにしても、この数は異常だった。


「よほど力の強いリーダーがいるのかも知れませんね」

「街に知らせに戻りますか?」

 エマの問いかけに、ウィンダは静かに頷いた。

「私たちだけで、何とか出来る数ではありません。衛兵とギルドが総力を上げる必要があるでしょう」


 グレコの合図に従い、エマたち残りの3人が後退を始める。

 ここにいるのは、ウィンダとグレコの仲間、総勢5人だけだ。

 自分たちの会話を盗み聞かれたせいでアオシが狙われていると知り、数日前から彼を捜しているところだった。


 まだ、アオシが襲われたという情報はない。

 が、アオシの足取りも掴めない。

 ウィンダにとっては、焦燥感が募るばかりの数日間だった。

 そして、見つかったのはアオシではなく、ゴブリンの大軍団だった訳である。


「こんな様子じゃ、アオシさんは・・・」

 エマのつぶやきが、ウィンダの胸に刺さる。

 冒険者としては駆け出しで、よりによって水魔法の使い手が、こんなゴブリンの群れと遭遇したら、無事である筈がなかった。

 アオシの気弱そうな、それでいて優しい笑みが、ウィンダの脳裏に浮かぶ。

 が、今は彼のことは忘れるしかない。

 彼がまるで違う方向に向かったことを、願うばかりである。


「しまった!囲まれてます・・・!!」

 先に撤退しようとしていたエマが足を止め、周囲に視線を走らせる。

 ウィンダも慌てて風を飛ばして索敵を行うが、確かに周囲をゴブリンの群れに囲まれていた。

 その数、ざっと100近く。

 目の前の大軍勢に意識を奪われて、周囲の警戒が(おろそ)かになっていたようだ。

 不覚である。


「私が援護します。貴方たちは、まっすぐ街を目指して下さい」

「そんな!俺たちも戦います!」

 ウィンダの言葉に、グレコが間髪を入れずに異を唱えた。

 エマたちの目も、それに賛意を示している。

 まだ新人とは言え、グレコたちも、冒険者ギルドの中でも一番の武闘派と言われる北門ギルドに所属する者だ。

 その戦意は高い。


「それは駄目です。私たちだけであの軍勢を殲滅出来ない以上、一刻も早く街に知らせる必要があります。それを、貴方たちにお願いしたいのです。

 今、周りを囲んでいるぐらいの数なら、私1人で相手をできますから」

 ウィンダの説得に、渋々同意するグレコたち。

 年を重ねたゴブリンは思いのほか強敵となるが、若いゴブリンは逆に雑魚そのものだ。

 グレコたちなら、その数に呑まれてしまうだろうが、ウィンダ1人なら問題ないのかも知れなかった。


 弓を構えると、前方に向かい、ウィンダは続けざまに矢を放った。

 夕闇の中、距離もあるせいで、ゴブリンを視界に捉えることは出来ない。

 しかし、彼女の風魔法による索敵能力は、完全にゴブリンたちの位置を把握している。

 そして、やはり風魔法により常識はずれな速度を得た矢が、正確にゴブリンたちを貫いていく。


「今です!」

 ウィンダの合図によって、グレコたちが走り出す。

 ゴブリンたちは、予想もせぬ距離からの攻撃に、パニックを起こしている。

 そこに、更にウィンダは矢を射ち込んでいった。





 4人の若い冒険者が砦に駆け込んできたのは、すでに夜半のことだ。

 グレコというリーダー格の少年は、返り血にまみれ、息も絶え絶えの中、ゴブリンの襲来という情報をもたらしてくれた。

 ゴブリンの侵攻に備えて建設された“北の砦”には、常時50名ほどの衛兵が詰めている。

 今回の侵攻には、その人数ではとても対抗出来そうにない。

 が、そんなことに怯んでなどいられないのだ。


 砦は、にわかに臨戦態勢に入った。

 サムバニル市の衛兵本部に増援を求めるとともに、ただ1人残ってゴブリンの追っ手を食い止めているという風姫の救助隊を編成する。

 北方を守護する衛兵たちの中でも、風姫ことウィンダの知名度は高い。

 その美しさはもちろんだが、彼女の卓越した戦闘力を失う訳にはいかない。全軍の意見の一致のもとに、夜間であるにも関わらず、クリムトをリーダーとする12名の猛者が二足トカゲ(ディノス)を駆り、砦を飛び出した。


 天の渦の淡い光だけを頼りに、クリムトたちは夜の草原を疾走していく。

 いくら二足トカゲ(ディノス)の夜目が利くとはいえ、それは尋常ではない速度だ。

 普段から巡回を欠かさず、周囲の地形を完全に把握しているからこそ為せる業である。

 それと同じ理由で、グレコたちの話を聞いて、問題の場所がどこなのかも正確に分かっている。

 あとは、ひたすらその場所を目指すだけだ。


 しかし、いくら風姫の腕が立つとは言え、100体近いゴブリンを相手に、1人で持ちこたえられる筈がない。

 うまく逃げてくれていればいいが・・・。

 クリムトの焦燥は募る。

 同行する仲間たちも同じ気分だろう。

 これまでも、何度も似たような思いを抱き、何度も悲惨な結末を見てきたのだ。


「前方に誰かいます!」

 不意に、先頭を行く風魔法使いが叫んだ。

 風魔法による索敵に反応があったのだ。十中八九ゴブリンに違いない。

「ゴブリンなら殲滅!風姫を巻き込むなよ!!」

「おう!!」

 クリムトの短い指示に、男たちが呼応する。

 

「数は・・・1人!」

「なにっ!?」

 しかし続く風魔法使いの言葉に、クリムトは耳を疑った。

 まさか、100体のゴブリンから逃げ(おお)せたとでもいうのか?


 ゴブリンには、雑魚同様のノーマル級、ノーマルとは段違いの戦闘力を持つソルジャー級、魔力による肉体強化を可能とするウォリアー級、そして殺傷力のある魔法を放てるウィザード級が存在する。

 このうち、ウォリアー級ともなれば、クリムトとて無傷で勝利するのは難しい相手だ。

 100体の部隊ともなれば、そんなウォリアー級が5体やそこらいてもおかしくない。

 その追撃から逃れてきたというなら、クリムトに匹敵する手練れと言える。


 近づいてみると、それは正に風姫その人であった。

 が、その全身は朱に染まり、自力で立つのも難しいほどに消耗しているのが見てとれる。衛兵たちが接近しても、反応らしい反応もせずに立ち尽くしたままだ。

「無事か!?」

 素早く二足トカゲ(ディノス)から飛び降りたクリムトは、ウィンダの身体を力強く支えた。


「周囲を警戒しろ!ゴブリンを近づけるな!」

 指示を出しながら、ウィンダを座らせ、ポーションを飲ませる。

 陶製の小さな小瓶に入ったポーションを口にし、やっと風姫は一息ついたようだ。クリムトに感謝の目を向ける。


「衛兵の・・・方ですか?」

「そうだ。よく頑張ったな。もう、心配ないぞ」

「グレコたちは?」

「ああ、全員無事だ」

「そうです・・・か・・・」

 そこまで聞いて安心したのか、風姫はクリムトの腕の中で意識を失った。


「た、隊長・・・!」

「な、何だ!?」

 風姫の思ったより華奢な感触に狼狽えていたクリムトは、近づいてきた部下に、慌てて反応する。


「ゴブリンが・・・」

「追いついてきたか!?」

「いえ・・・、ひ、100体全て、倒されてます・・・!」

「なんだと!?」

 

 見れば、部下たちが灯した松明の明かりに照らされ、累々と横たわるゴブリンたちの屍が目に入る。

「まさか、たった1人で?」

 腕の中の血にまみれても美しい女に目をやり、クリムトはゴクリと息を呑んだ。


 ゴブリン大侵攻、前夜のことである。

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