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恐ろしい訪問者

 シャガルが採掘し、砕かれた鉱石から、青志がミスリルだけを抜き出して小型のゴーレムを作る。

 そして、ゴーレム化を解けば、あとには混じり気のないミスリルの塊だけが残る。

 この行程を繰り返し、ついにはゴブリンのゴーレムが作れるぐらいのミスリルが確保できてしまった。


 この坑道内のミスリルの含有量は、けた外れに多いのかも知れない。

 しかし、岩肌から直接ミスリルゴーレムが作れるんじゃないかという実験は、失敗に終わった。

 岩肌の表層のミスリルしか抽出できなかったのだ。

 どうにも、採掘という行程は省けないのだった。

 ただ、採掘だけならミミズやアリを使えば可能なのだから、少なくともこの場所でなら、この先青志1人でミスリルをゲットできる筈だ。


「どうする?けっこうな量が採れたけど、そろそろ引き上げるか?」

「そうだな。これだけあったら、かなりの武器が作れるな。採掘も飽きたし、帰るとするか」

 採掘を始めて、10日以上が過ぎていた。

 昼夜の区別がない地中にいるせいで、時間の感覚もあやふやである。


 簡単な食事を済ませると、土の上にゴロリと横になる。

 適当に睡眠を取ってから、引き上げる予定だ。

 掘り出したミスリルは、すでにゴブリン1体とクモ1体のゴーレムになっている。ゴブリンは、何も融合させていないノーマルな分だ。

 寝起き後には、一緒に歩いて坑道の外に出ることになる。

 どれだけ大量に鉱石を掘り出しても、青志たちが汗水たらして運ぶ必要がないのだから、ゴーレム様々である。


 



「おい、起きろ!」

 シャガルが切迫した調子で、青志を揺り起こす。

「んー?」

 いつも度が外れて呑気なシャガルが慌てている様子に、青志は嫌々目を開いた。


「どうしたの?何かあった?」

 ゴーレムたちの反応から、危険なことが起こっている訳じゃない事は分かっている。

「あれを見ろ」

 シャガルが指差した先には、クモゴーレムの姿があった。


「ん?クモが何か?」

 クモゴーレムは、坑道内の壁を利用して、巣を作っている。

「あの糸を、よく見てみろ」

「糸?」

 本物のクモなら気持ち悪くて、そばに寄りたくはないが、ゴーレムなら生物感がなくて、平気で近寄れる。


「ほー?金属っぽい質感の糸だけど、これが?」

「ミスリルだ」

「ほえ?」

「その糸は、ミスリルでできてる」

「え!?」


 青志がよくよく注意して見ると、確かにその糸は、ミスリルだけで作られたクモゴーレムと同じ色、そして同じ質感をしていた。

「ホントだ。ミスリルだ・・・」

 考えてみれば、全身をミスリルで作られたクモが出す糸が、ミスリルでない方がおかしい訳だ。


「それで・・・?」

「それでじゃねぇっ!

そいつを使えば、ミスリル製の服が編めるかも知れねぇんだぞ!!」

 興奮しまくっているシャガルの様子に、青志は軽く引き気味になっている。


「ミスリルの・・・服?」

「ミスリルの鎧ってのは、ある。鋼よりも堅ぇし、魔法攻撃にも強い。

 だが、鎧は鎧だ。重いし、暑苦しいし、常に装備しとくのは無理だ。お前さんら、冒険者が使える物じゃない。

 でも、それが服並みに軽くなるなら、いつだって着てられる。冒険者にだって使えるだろう」


「つまり、今のところミスリルの服なんてのは、存在しない?」

「ああ、そうだ。ミスリルってのは、金属だ。金属を糸にするなんてことは、あり得ねぇ話だからな」

「だのに、ここにはミスリルの糸が存在する・・・」

「そうだ。あり得ねぇ物が、存在している」


 目の前にあるのがそんなに貴重な物だと知って、青志にもやっとシャガルの慌て振りが理解できた。

「え?え?どうするの、これ?どうするの?」

「お嬢ちゃんたちの仲間の1人に、俺と同じ能力持ちがいる」

「え?素材を加工する魔法?」

「俺は、この能力を鍛冶にしか生かせねぇが、そのお嬢ちゃんは、裁縫が得意だ。まずは、そのお嬢ちゃんに、この糸を渡してみるべきだな」


 同じ固有魔法を持っていても、シャガルに針仕事は出来ない。

 その“お嬢ちゃん”には、鍛冶仕事は出来ない。

 アイアン・メイデンの着ていた服も、彼女がケモノの素材を使用して作った物に、シャガルが加工した金属板を貼り付けて完成させたらしい。


「じゃあ、このクモは、どれだけの糸が取れるか分からないけど、糸用にしちゃっていいかな?

 ゴブリンの方は、丸々武器用ってことで」

「ああ、それでいい」

 話がまとまると、2人は足早に地上を目指すのだった。





 地上に出ると、野営地に置いていた荷物を回収し、青志の拠点に向かう。

 地下にこもっていたせいで、汗と土にまみれた身体を綺麗にしたかったのだ。

 一仕事を終えた後の骨休めという意味もある。

 ドワーフも、温泉は嫌いじゃないそうだ。


 拠点に到着するまでに、少し大きめのウズラに似た鳥を確保。

 日が暮れかけた中、拠点にたどり着くと、丸焼きにし、腹を満たした。

 食べるだけ食べると、後は温泉に浸かって、ゆっくりするだけである。

 背嚢から、酒の入った小樽を取り出すシャガル。

「でかい背嚢だとは思ったけど、どれだけ酒を持って来てるんだよ?」


 てっきり、鉱石を持ち帰る為の大きな背嚢だと思っていたが、どうも酒をいっぱい運ぶ方が、本当の目的であったらしい。

「これが最後だ。温泉の中で、ゆっくり味わわせてもらう」

 ドワーフの酒は強すぎて、青志には飲めない。

 シャガルが1人で酒を飲んで、1人で幸せになるのを邪魔する気はない。


 薄汚れた服を脱ぎ捨てると、酒の入った小樽を抱え、シャガルが温泉のある岩の向こうに消える。

 岩のような筋肉に鎧われた背中を見送りながら、青志も汗臭い服を脱ぎ捨てた。

 むろん、ゴーレムたちが周囲の警戒を務めているので、こうして安心して裸になれるのだ。

 

 LEDランタンを片手に、素っ裸のまま青志が岩陰に入ると、なぜかシャガルが立ち尽くしていた。

「――――シャガル?」

 背中に声をかけても、何の反応もない。

 完全に金縛りになっている。


 顔を見るために前に回り込もうとして――――。


 温泉に、誰かが浸かっているのに気がついた。

 その途端に猛烈なプレッシャーがのしかかり、青志は身動きが取れなくなる。

「――――!?」

 息をするのさえ、困難な圧力だ。

 指一本動かせない。

 イヤな汗が、頭のてっぺんから吹き出す。

 シャガルも、まるで同じ状態らしい。


 それでも必死に視線を移し、その者の姿を視界に入れる。

 温泉の一角が(おぼろ)に赤く光っている中に、その者はいた。

 人間の、それも女性に似た姿。

 真っ赤な髪が、湯の上に広がっている。

 顔は、美しいが、それよりも強烈な凄みが感じられた。

 胸が砲弾のように突き出し、肌は抜けるように白い。

 その肩から手の甲にかけてを、真っ赤なウロコが覆っている。


 優雅に湯に浸かりながら、女の金色の瞳が青志に向けられていた。

 女――――いや、これがただの女である筈がない。

 ドラゴンだ。

 これが、火竜山の主だ。

 理屈でなく、青志はそう思った。

 死の恐怖が全身に襲いかかる。


 これまで、けっこう絶望的な状況もゴーレムを使って乗り切ってきた青志だったが、目の前の存在は、人間ごときの知恵や能力でなんとか出来るものではなかった。

 ゴーレムをけしかけた瞬間に、ゴーレムともども青志もシャガルも消し飛ばされることになるだろう。

 理不尽なほどに圧倒的な魔力が、ドラゴンから漏れ出ている。

 今は、ドラゴンにとって青志たちが殺す価値もない存在であることを願うだけだ。


「いつまで、萎縮したものをぶら下げて、そこに立っている気じゃ?」

 女が、面白くもなさそうな声音で言葉を発した。

「湯に入りに来たのじゃろう?」

「は、はいぃ!失礼します!」

 青志とシャガルはそろって直立不動になってから、おそるおそる湯に入った。


「ほぉ?ドワーフの酒か?久しぶりじゃな」

 女が右手をシャガルに差し出す。

 明らかに、「寄越せ」という仕草。

 だのに、青志が見ると、シャガルは小樽を胸に抱いて、いやいやと首を振っている。


(ば、馬鹿か!死にたくなかったら、早く酒を渡せ!)

 青志が必死に背中を押すが、シャガルも必死に抵抗する。

(お前のせいで、オレまで死ねってのか!)

(さ、酒だけは、渡さん!)

 声を殺しながら、じたばたする2人。


「そうか。ドワーフにとって、酒は生命よりも大事なものであったな」

(ひっ!)

 女が差し出した手を一度引っ込めると、何かを指でつまんで、またシャガルに向けて突き出した。

 つまんでいるのは、真っ赤な1枚のウロコだ。


「これとなら、どうじゃ?」

(ドラゴンのウロコ!?)

 それを目にした途端、シャガルが瞬間移動したように女の右手に飛びついた。

 青志の背筋が凍る。

 酒の小樽とドラゴンのウロコを交換し、満足そうな表情で戻ってくるシャガルを見て、青志は本気で殺意を覚えた。


「相変わらず、ドワーフは欲望に正直よな」

 ニヤリと笑うと、女は小樽に口をつけ、グビグビと酒を飲む。

 笑った瞬間に唇の間から見えた牙に、青志の肝がますます冷えた。

 そもそも、このドラゴンがどうして2人の前に現れたのか、さっぱり分からないのだ。まだまだ油断は出来ない。

 ウロコ1枚で幸せになってしまっているシャガルのようには、いかないのである。


「ところで、人間――――」

 来た!

 青志の背筋が伸びる。

「今回、亡者どもを一掃したのは、いい仕事であったな」

「は?」

 予想外の話が出てきた。

 女の顔を見ると、かすかに柔らかい表情になっている。


「地中から伝わってくるあの者どもの“声”には、(わらわ)も辟易してたのじゃ。

 じゃが、地中では手も出せず、そなたのおかげで、ようやっとあの者どもも正しく死ぬことができた」

 そう言いながら、もう1枚、ドラゴンのウロコを取り出す。


「これは、褒美じ・・・」

(ドラゴンのウロコ~っ!)

 その手に、再びシャガルが飛び付こうとする。

 女の金色の瞳がシャガルを射抜くと、欲望に正直なドワーフは、鼻血を出しながら吹っ飛んだ。

 岩肌に身を打ちつけ、そのままブクブクと湯の中に沈んでいく。


(ばっ、馬鹿か、ホントに!)

 青志は大慌てでシャガルの身体を引き上げると、湯の外に転がした。

「し、失礼しました!こいつは、ただ馬鹿なだけで、貴女を害しようなんて思いは、決して持っておりませんので、ど、どうかご容赦を・・・」

 シャガルを適当に放り出し、女の許しを請う青志。

 暴力に屈服するのは面白い話ではないが、相手がドラゴンともなれば、驚くほどスムーズに頭も下げられる。


「構わん。ドワーフとは、そういう生き物じゃ。じゃが、いつでも手加減してやれるとは限らん。次は、ないと思え」

「はっ!重々言い聞かせます」

 部下の尻拭いで、嫌みな部長に頭を下げたことを思い出す。

 異世界に来て、そういうしがらみから解放されたと喜んでいたのに、やはり生ける者がいる限り、理不尽な力関係はなくならないようだ。


「では、あらためて、これをやろう」

 シャガルに渡したのと同じ、真っ赤な1枚のウロコである。

「ドワーフにとっては、武器などを作る素材。

 錬金術師にとっては、貴重な薬を作る素材。

 しかし、そなたにとっては、全く別の意味を持つものじゃ」


「と、言いますと?」

「我がウロコは、そなたたちの言う魔ヶ珠と同じ働きをする」

 女が、ニヤリと牙を剥き出して笑う。

「そなたなら、妾の力の一端を持った眷属を作り出せるという訳じゃ」

「こ、これでドラゴンのゴーレムが・・・!?」

「ただし、作れるのは、妾が赤子であった頃の力しか持たぬ眷属だがな」

「いえ、充分です!感謝します!」

 今度ばかりは、本気で頭を下げる青志であった。

 

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