採掘開始
坑道内の空気が入れ替わるまで、5日かかった。
ミミズゴーレムを2体使って換気用の穴を開けまくり、風魔法の使える超音波ゴブリンとウサギを内部まで送り込んで、空気を入れ換えさせたのだ。
まだ坑道内をうろついている骸骨もいたが、超音波ゴブリンがあっさり始末してくれた。
明日からは、いよいよ採掘開始である。
その間、青志は、なんだか割り切れない気分のまま、テントでゴロゴロしていた。
シャガルというドワーフのキャラクターを見切ったつもりでいたのに、全然そうでなかった事に気づかされてしまったのだ。
精神的に子供だとか、興味の向くこと以外はどうでもいいらしいとか、その程度に思っていたのだが、もうエイリアンと考えるぐらいが良いのかも知れない。
理解するのは不可能と割り切った方が、友好的に付き合えそうである。
かく言うシャガルは、元冒険者の骸骨が持っていた長剣と短剣を打ち直しているようだ。
普通なら、炉をはじめとして大がかりな設備を必要としそうなものだが、固有魔法のおかげで、簡単な道具数種類だけでやれてしまうらしい。
他人のことは言えないが、便利な能力である。
なお、骸骨たちからは、数え切れない量の魔ヶ珠がゲットできた。
ゴーレムたちに拾い集めさせたのだが、小山のような量で、一々数を数えてはいないが、数百個になるだろう。
ただ、それらは全て人間やドワーフの魔ヶ珠である。
中には、元冒険者のもののように、大きく育った魔ヶ珠もあったが、それでゴーレムを作る気にはなれなかった。
シャガルに訊ねると、人間のものだろうが関係なく、魔ヶ珠は全て等しく取り引きされるらしい。
ならば人間のゴーレムを作って使役しようと、倫理的に責められることはないのかも知れない。
が、青志の持つ倫理観が、それを許さなかった。
骸骨から得られた全ての魔ヶ珠は、ギルドに持ち込むつもりである。
何らかの理由でお金にならなかったとしても、それでもいいと思っている。
一応、人間やドワーフの魔ヶ珠であることは、見る人が見れば判別できるそうだ。
それだけ大量の人間の魔ヶ珠を持ち込めば、色々と詮索もされるだろうが、それに関しては、シャガルも口添えしてくれるという。
当てにしていいのか悪いのか不安ではあるが、今は思い悩んでいてもしょうがない。
「おい、できたぞ」
シャガルが打ち直した武器を持って、戻ってきた。
青志が気のない視線を向けると、ニヤッと上機嫌な笑みを返してくる。
「長剣の方は、なかなかの業物だったぞ。お前さんが使ってもいいし、ゴーレムに使わせてもいいんじゃねぇか」
「え?シャガルが売り物にするんじゃないの?」
「俺は、ここで採れたミスリルでもっと凄ぇのを作って売るから、それでいい」
そう言って渡されたのは、切っ先の鋭い美しい長剣である。
「え?これが、あの剣?」
骸骨剣士が使っていた時には、腐蝕してボロボロに見えたものだ。
それが、美しい光を放つ新品にしか見えない剣に生まれ変わっている。
言動はともかく、やはりシャガルの腕は相当なもののようである。
「いい鋼を使って、丁寧に打たれた物だったからな、斬れるぜ、そいつは」
普通、西洋式の両刃剣と言えば、刺すか打つことを主眼としていて、あまり斬ることは得意としていないイメージだが、この剣はよく斬れるらしい。
右手に感じる、ずっしりとした重さ。
優秀な武器であることが感じられる重さだ。
「オレには、まだ重すぎるかな」
棒を振るい始めて、やっとしっくりしてきたところだ。青志が持っても、宝の持ち腐れにしかならない。
風魔法を使い、スピードが身上の超音波ゴブリンに持たせるのがいいだろう。
「それと、これも綺麗にしといたぜ」
続いてシャガルが手渡してきたのは、30センチほどの杖だ。
銀色に鈍く輝く杖の先端には、大きくて真っ赤な魔ヶ珠が取り付けられている。
坑道の中から火魔法を撃ち続けていた骸骨が持っていた物だ。
これも金属部分が腐蝕していたのを、どうやったのか綺麗に直してくれたらしい。
「ゴブリンの中に火魔法使いがいたろう」
「いや、そうだけど・・・。これ売ったら、すごい値がつくんじゃないの?オレがもらっちゃっていいの?」
「何言ってやがる?みんな、お前が片付けたんだろうに」
シャガルには、金銭欲というものが無いのだろうか。
それがドワーフ共通の性格なのか、シャガル個人の性格なのか、考察の必要がありそうだ。
ゴブリンウィザードを呼ぶと、杖を持たせてみた。
このゴブリンウィザードが生きていた時に持っていた炎の杖に比べると、魔ヶ珠の大きさでは劣るだろう。
それでも、大幅な戦闘力アップになる筈だ。
ここは、素直にシャガルに感謝しておくことにした。
翌日は、早朝から採掘に出向いた。
念の為、ウサギと超音波ゴブリンによる換気作業は続けたままだ。
坑道内で合流し、超音波ゴブリンには長剣を装備させた。鞘がないので、剥き出しで右手に持たせたままだ。
街に帰るときには、布か何かで包んでおかないといけないだろう。
採掘場所を決めるのに、また1日かかった。
ミスリルが採れそうな所を見つけるたびに、シャガルがピッケルを振るい、満足のいく含有量の鉱石が出たのは、かなり深く潜ってのことだ。
途中で何度も枝分かれした坑道は、青志1人では地上に戻るのは難しいかも知れない。
松明の灯りだけの暗がりの中で、ピッケルを振るい始めるシャガル。
その背中には、何の迷いも感じられない。
ここで野営するのか、食事はどうするのか、相談したいことがあるのに、シャガルの頭にあるのは鉱石のことだけだ。
「松明だって、何日分もないぞ。そもそも、どれだけの間籠もるつもりで来たんだよ?」
シャガルには、もう青志の声は聞こえていない。
ピッケルが岩を打つ音だけが、狭い坑道内に響く。
「しょうがないオッサンだよ・・・」
独り言ちた青志は、ゴブリンウィザードと超音波ゴブリンを残し、一度地上に戻ることにした。
ゴブリンウィザードには予備の松明を渡し、灯りが消えたら新しいのを点けるように命令しておく。
超音波ゴブリンは、変わらず換気要員である。
「じゃあ、野営の準備を取りに行ってくるからね!」
シャガルの背中に声をかけるが、返事はやはりピッケルが岩を打つ音だけだ。
苦笑しながら、青志は地上に向かった。
お供は、ウサギとデンキゴブリンである。先導は、ウサギがやってくれる。
「あの調子だと、松明が切れたって、真っ暗闇の中で採掘を続けてそうだな」
冗談を言ったつもりだったが、冗談になってないことに気づき、青志は足を速める。
地上に出ると、もう深夜だ。
さらにゴブリン2体とミゴーを召喚すると、木の枝を集めさせる。
とりあえず真っ暗な坑道内での作業には、灯りが必要だ。
調理だってしなければならないし、薪はどれだけあっても足りないだろう。
ケモノの肉も欲しいところだが、それはまた明るい時間帯に獲ることにした。ちょっとした食材は、すでに坑道内に持ち込んでいる。
「てか、水を置いてきてないや!」
水は、青志とデンキゴブリンがいつでも作り出せるため、ごく小さな水袋しか用意していなかったのだ。
青志とデンキゴブリンがそろって地上に出て来てしまったのは、失敗だった。
また慌てて地中に向かう青志。
誰がどう見ても、段取りの悪すぎる話だ。
採掘地点まで戻ってくると、シャガルがぶっ倒れていた。
「み・・・水・・・」
「お、おう、ごめん、ごめん!」
完全に空になってる水袋に水を満たすと、シャガルに手渡してやる。
ゴキュゴキュとノドを鳴らし、水を飲み干すドワーフ。
地熱のせいで体温ぐらいの気温がある場所で、水もなしに岩を掘っていたのだ。脱水症状を起こしていても不思議ではない。
「シャガル、身体は大丈夫か?」
「ああん?こんな程度で壊れるような柔な身体はしてねぇぞ」
「まあ、焦る必要もないだろ?ずいぶん掘ってるじゃん」
その辺りには、シャガルに掘られた鉱石がゴロゴロと転がっていた。
その表面にキラキラと輝く光は、ミスリルなのだろう。
「それで、これからどうやってミスリルを取り出すんだ?やっぱりシャガルの魔法で?」
「いや、俺の魔法じゃ、ミスリルだけを抽出するようなことは出来ねぇ」
シャガルの言葉が、妙に歯切れ悪い。
その途端、青志の頭の中で警戒警報が鳴り響く。
このパターンは、いつものダメなやつだ!
「じゃあ、どうやって・・・?」
「そりゃ、精錬をしてだな・・・」
「その精錬は、どこでするんだ?」
青志の中の警戒警報が、どんどん音量を上げていく。
「む、昔は、坑道を出た辺りに立派な設備があったんだ」
「今は、何も無いよな?」
「お、おう、今は無ぇな」
「じゃあ、どうするんだよ?」
シャガルが相手のときにしか出て来ない黒い青志が顔を出す。
「街に持って帰る・・・」
「はぁ!?こんな重い石、ゴーレムを使ったって、大した量を持って帰られないだろ!」
「だから、何回かに分けて・・・」
「そんなもん、10往復したって、やっと剣1本作れるかどうかじゃないのかよっ!?」
「う、うむ・・・。そんなものかもな・・・」
ぷちっ――――。
青志の脳裏で、何かが切れる音が確かに聞こえた。
「もういいよ!このクソドワーフ!!」
「いや、お前、そんな性格だったか?」
「お・ま・え・の・せ・い・だ!」
ぷりぷり怒りながら、青志は小さな魔ヶ珠を取り出すと、ぽとりと鉱石の上に落とした。
「ミスリルだけを使って、身体を作れ」
魔ヶ珠の乗った鉱石が、ガサッと崩れて砂と化した。
魔ヶ珠には、少量の銀の粒がうっすらと貼り付いている。
周りの鉱石が次々と砂と化し、その度に魔ヶ珠を包む銀色の物質が増えていく。
「お、おい、それって?」
「自信があった訳じゃないけど、うまくいったかな?」
鎧竜の腹部のウロコだけを使ってゴーレムを作ったことがあったが、それを応用してみたのだ。
やがて完成したのは、体長20センチほどのクモだ。
脚まで含めると、全長40センチになる。
そして、その全身はミスリルの銀色に輝いている。
こんな事態を予想していた訳ではないが、前もって小さなケモノを狩って、魔ヶ珠を入手していたのだ。
「よし。何とかなったから、好きなだけ鉱石を掘っていいぞ」
「は、はいぃ!助かります!!」
なぜか直立不動になるシャガル。
気を静めるために、青志は食事の支度を始めるのであった。