本当の冒険者デビュー?
シャガルとの火竜山行きは、予定通り、約束をしてから2日目の朝となった。
青志がやって来るのを工房の前でワクワクしながら待っていたシャガルの姿は、まさに遠足に向かう小学生のようだ。
小さな身体に、背嚢がデカい。
目的地が火竜山と聞いてから、なんとか話を無いものにしたいと思っていた青志も、そんな姿を見せられては、文句も言いにくくなってしまう。
大急ぎで訪れたクリムトの方はと言えば、すでに現場復帰を果たしており、自宅にはいなかった。
自宅を守るのは妹のリーサが1人で、青志は室内に入れてもらうのを遠慮して、途中で買ったお土産を渡しただけで、辞去してきたのである。
お土産は、クリムトには酒を、リーサにはクッキーのようなお菓子を買っておいた。
もちろん、新居の住所も渡してある。
リーサにすれば、兄の恩人ということで、割と熱心に引き止めてくれたのだが、また近いうちに来ることを約束し、なんとか納得してもらった。
クリムトは、北方のゴブリンを警戒する任務に就いてるそうだ。
青志と出会った状況を思い出すと心配にもなるが、あの時はゴブリンの襲撃を受けて、孤立した要人を救出する為に、無理な作戦を行ったとのことだった。
リーサとしても心配だろうに、「もう、あんな事はありませんわ」と微笑んでみせる様子は、さすが騎士の妹と言えるものだ。
本当に、またすぐ再訪することを決心しながら、青志はクリムト邸を後にしてきたのである。
「で、本当にドラゴンは出ないんでしょうね?」
「くどい!もともと坑道が掘られて、大々的に採掘が行われておったんだぞ。ドラゴンなんぞ出てたまるか!」
怒鳴りながら、完成した防具を投げて寄越すシャガル。
「うわっ!おっとっと・・・!」
慌てて受け止める青志。
己の作った物を恐ろしく軽く扱う姿は、ドワーフの職人のイメージを大いに裏切ってくれる。
「さ、行くぞ!」
「ちょっ!装備する時間ぐらい、下さいよ!」
「ちっ!ちんたらしやがって」
シャガルに悪態を吐かれながら、青志は新しい防具を身に着ける。
新しい防具は、ブリガンダインと呼ばれるタイプの物で、革のベストの裏地に短冊状に分割した鎧竜の装甲板を貼り付けたものだ。
丈は、太腿にかかるぐらい。
大きな装甲板をそのまま使わず、細かく分けて使用しているので、身体の動きもスムーズで、意外なほどに軽い。
表地の革だけでも、それなりに防刃性が高いらしく、恐らく陸棲アンモナイトぐらいの攻撃なら耐えられるという話だ。
そして、籠手は鎧竜の装甲板を革でつなぐ形で作られており、指もきちんと5本に分かれていた。もちろん、指の関節もきちんと曲げられる。
これまで使っていたのは、剣道の籠手そのもののミトンタイプだったから、ずいぶん武器の取り回しが楽になりそうだ。
あと、ブーツも籠手と同様に、装甲板を革でつないだものである。
爪先ががっちり装甲されてるあたり、安全靴のような感覚だ。
「これは、いいですね。頑丈なだけじゃなく、とても動きやすい」
「当たり前だ!そういう風に作った」
そういう風に作ったで済ませてしまうあたり、目の前のドワーフは、予想以上の凄腕だったらしい。
ましてや、これの製作に費やした時間が丸3日なかったことを思えば、神業の領域だ。
さすが、キョウたちが懇意にしてるだけのことはある。
これで、他の鍛冶屋たちから睨まれて、割とヒマそうにしてると言うのだから、青志にとっては都合の良すぎる話だ。
新装備に身を包み、リュックを背負い直し、ミスリルの棒を左手に持ち、これで準備完了。
「おまたせしました。では、行きましょう」
「よし。大急ぎで行くからな!」
短い足を猛回転させながら火竜山に向かうシャガルを、ゴブリン3体を従えた青志は、苦笑しながら追いかけるのであった。
「で、質問があるんですが」
小走りに近いシャガルを大股で追いかけながら、青志が口を開く。
シャガルは、ぎろりと青志を睨みつけるも、言ってみろという風に、アゴをしゃくってみせる。
「火竜山には坑道まであったという話ですが、今はどうなってるんですか?」
「今は、何もない。坑道だけじゃなく、小さな村まであったが、それも残っていない」
日本でも、かつては炭鉱町があちこちにあった。
それと同じで、村が形成される程度の規模の人間が集まっていたということだ。
「それが、どうして今は無人なんです?
もうミスリルが採れなくなったから?」
ミスリルを掘り尽くしてしまったのなら、あまり行く意味がない。
「全滅したからだ」
「へ?」
「坑道の中で何かが起こった。それで、坑夫たちが全滅した。原因は分からない。調査のために坑道に入った者も、ほとんど帰って来なかった。冒険者が入っても同じだった。やはり、帰って来なかった。
おかげで、村にいた連中も、坑道の入り口を塞ぎ、そして村を出て行った。だから、今は誰も残っていない」
そこまで聞いたところで、青志の頭の中は真っ白になった。
思わず、足を止める。
「ん?」
不思議そうに、振り返るシャガル。
「あ、あんた!そんな物騒な所にオレを連れて行く気か!?」
「何十年も前の話だ。気にするな」
それだけ言うと、またスタスタ歩き出す。
「気にするだろ!危険じゃないんなら、なんで採掘が再開されてないんだよっ!?」
「知らん」
「知らんじゃないだろ!危険だからだろ!!」
日本でも長らく声を荒げた記憶のない青志だったが、さすがにキレた。
キレまくった。
ドワーフ全体がそうなのか、シャガルだからなのかは分からないが、明らかに思考回路の造りが違う。
欲望に素直な子供みたいな男というシャガルへの評価は、青志の中で大きく変貌を遂げていた。
欲望を満たす為なら何の躊躇もないエイリアンへと。
黙々と、歩を進めるシャガル。
鬱々と、その後を付いていく青志。
こんな自分勝手なドワーフとは付き合ってられないと思いながら、どうしても捨てて行く気になれない。
昔から、友だち関係では苦労してきたのだ。
青志自身は慎重派で、自ら危ない橋を渡る気はこれっぽっちもないのだが、なぜか行動力の塊のような友人たちに巻き込まれ、何度もひどい目に遭ってきた記憶がある。
ただ、それがイヤな記憶かと問われると、そうでもないのが不思議なところなのだが。
「失敗すると分かってるから何もしなければ、思い出なんて残らないからな・・・」
青志の心の中にある思い出は、友人たちと失敗して、笑ったり怒ったりしてるものばかりだ。
過去の回想に浸っていたせいで、シャガルの背に緊張感が走るまで、その存在に気づけなかった。
前方の岩場にある金属質の大きな岩――――。
陸棲アンモナイトだ。
相変わらず擬態がうまい。上空の鷹ゴーレムには見つけられなかった。
アンモナイトをかわして進むには、岩場の通行可能なルートが狭すぎる。
シャガルが、腰に吊っていたピッケルに手をかけた。
その肩に、青志がそっと手を置く。
「いいですよ。下がっててください。防具の性能試験にちょうどいい」
「む・・・。そうか。では、任せる」
シャガルの前に出ると、180センチあるミスリル棒を3等分するように両手で持ち、お腹の高さで水平に構える。
防具もそうだが、この武器も実戦初投入だ。
が、不安感はない。手槍や小剣と比べれば、明らかに使い方を分かっているからだ。
空手の稽古自体より、その後の飲み会の方が目当てだったとは言え、稽古だって真面目にやっていたのである。
青志が静かに近づいていくと、アンモナイトの触腕が風を切って襲いかかってきた。
不意打ちならば、かわせないスピードだ。
が、待ち構えていた青志は、余裕をもって、それを打ち落とす。
右。左。右。左。右・・・。
脚は10本以上あるが、触腕と呼ばれる「腕」は2本だけだ。それは、イカと同じである。2本の腕の攻撃だけなので、そのリズムも単調だ。
青志にだって、対処できる。
ちなみに、タコなら8本全てが腕なので、棒1本でさばくのは無理だろう。
青志の持つミスリル棒は、決められたパターンをなぞるように、アンモナイトの触腕攻撃を迎撃し続けた。
「ミスリル棒の強度は、問題なし。次は、防具を――――」
胴体目がけて飛んできた触腕。
鞭のようなその打撃を、青志は、あえて受けてみた。
ドシンという衝撃に、身体が横滑りしそうになる。
そして、痛い。
だが、それだけだ。
肉が抉られる事もなければ、骨が折れる事もない。
痛さだって、じゅうぶんに堪えられる。
期待通りの防御力だ。
青志はミスリル棒の先端をアンモナイトの甲殻に押し当てると、衝撃波を放った。
次の攻撃を繰り出そうとしていた触腕が、ばたりと地に墜ちる。
陸棲アンモナイトが相手なら、一撃で失神にまで持って行けるようだ。鎧竜を倒したせいで、衝撃波の威力もかなり上がっているのだろう。
触腕の付け根に見える頭部にミスリル棒を当て、もう一度衝撃波を放つ。
胸の中で、魔ヶ珠がコリリ・・・と、大きくなるのが分かった。
「思ったより、やるじゃねぇか。ほら、防具を見せてみろ」
シャガルが簡単にチェックするも、防具は全く問題ないようだ。
青志は、ぼーっとしながら、ドワーフにいいようにされている。
我がことながら、先ほどの戦闘は完璧だった。
ゴーレムたち総出で何とか倒せていた陸棲アンモナイトを、青志1人で、罠も使わず、正面から撃破してのけたのだ。
まるで、本物の冒険者みたいじゃないか!
「何をニヤニヤしてやがる?」
青志の表情に気づいたシャガルの腰が、引き気味になっている。
「いいんだよっ、気にしたら負けだ」
すっかり上機嫌になった青志は、アンモナイトの甲殻の上に、ミゴーの魔ヶ珠を落とす。
バキバキバキ・・・ッ!
たちまち鉄の甲殻が形を変え、ミゴーの二足歩行のひょろ長い姿が現れる。
「なっ!・・・こ、これは何だ!?」
「道々、ゆっくり話してやるよ。さあ、行こうぜ」
もう、このアホなオッサンに敬語を使うのは、やめだ。
そして、あるのかどうかも分からない危機を怖れるのも、もうやめだ。
なんせ、青志はもう冒険者なのだから。
調子に乗ってるのは分かってるけど、自分はそれぐらいでいいだろう。
シャガルの前に出ると、青志は軽快な足取りで歩き始めた。