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採掘の約束

 家探しにも、キョウが協力を申し出てくれた。

 とある貴族が営んでいる商会に、伝手(つて)があるらしい。

 どれだけ顔が広いんだと思ったら、彼女たちがこちらの世界に落ちて来た後、真っ先に“知識の魔ヶ珠”を持って現れた貴族の所だそうだ。

 青志にとってのルネ的な存在である。

 

 今更ながら、ルネやクリムトの中では、自分が行方不明扱いになってるのではないかと気づく。

 借りる家が決まったら、少なくともクリムトを訪ねることに決めた。

 ルネの所にも行きたいが、そちらは北門ギルドに近すぎる。

 まだ青志のことを狙っている人間がいるかも知れないので、クリムトを通じて連絡してもらった方が良さそうだ。


 また、商会に行く前に別の鍛冶屋に寄り、武器の製作を依頼した。

 頼んだのは、長さ180センチ程のただの棒だ。

 ただし、素材はミスリル。魔力を通し易いとされる素材である。

 ミスリルと聞いて、青志は思わずワクワクしてしまう。

 いかにもファンタジーな金属だからだ。

 とてつもなく堅いアダマンタイトという金属も存在するらしい。

 いつか、アダマンタイト製の剣も持ちたいと夢想する青志だった。


 なお、青志の武器に使われるミスリルは、一番安いランクの物である。

 高い物になると、魔力を通すだけでなく、増幅までしてくれるという。

 それは、金属中に含まれる魔胞体(マジック・セル)の量によって違ってくるそうだ。

 本来は生体内にしか存在しない筈の魔胞体(マジック・セル)だが、どんな方法でも破壊できないという特性上、長い年月の間に、地上や地中に膨大な量がぶちまけられている事になる。

 岩石や金属が生まれる際に、それらも自然に取り込まれる事になるのだが、その含有量の多い金属ほど魔力をより増幅する性質を持つようになる訳だ。


 ただでさえ魔力を通し易いミスリルに魔胞体(マジック・セル)が大量に含まれていたら、魔法使いにとって、その恩恵は計り知れない。

 当然、そんなスーパーなミスリルで作られた武具や防具は、とんでもなく高価な物になる。

 鎧竜の装甲板を売って儲けたとは言え、まだまだ青志の手が届くレベルではなかった。

 入手するなら、自分で採掘するしかないだろう。

 




 キョウが案内してくれた商会は、『なでしこ』のすぐ近くにあった。

 カウンター越しに接客する形の小さな事務所である。

 従業員の数は10人余りというところで、色々な商品の売買手続きから、その買い付け、輸送、保管を行っているようだ。

 ただ、そこは出張所で、本部は市の中心部にあるらしい。


 従業員は、青志が意外に思うぐらいに女性比率が高い。

 21世紀の日本に比べて文化的に進んでいるとは言えない世界だけに、女性の社会進出が遅れているイメージを勝手に持っていたのだが、実態はそうでなかった様だ。

 男たちの多くが兵士や冒険者に従事している現状、女性たちが通常の社会機能を支える役目を担っているのだろう。

 日本の戦国時代でも、同様なことがあった筈だ。


 青志の物件探しの担当も、20代半ばの女性だった。

 髪と瞳の色はブラウンだが、日本人に親しみ易い容貌をしている。白人系とアジア人系のハーフっぽい容貌だったのだ。

 こちらの世界で知っている面々は、完全に白人系ばかりの外見だったので、青志としてはホッと出来る相手だった。

 彼はいまだ、外国人には無条件に気圧されてしまう小心者のオッサンなのである。


 シメールと名乗った従業員に青志が提示した条件は、一軒家である事、頑丈な造りである事、東門に近い事の3点だった。

 食事は女子高生たちが面倒を見てくれるし、風呂に関しては、そもそも各家ごとに設置されてはいない。

 青志が必要とするのは、快適な睡眠スペースと、安全な荷物の保管場所だけだ。


「それだけの条件でしたら、お薦め出来る物件は、かなりありますが・・・」

「うちに近い方が、便利よね?」

「もちろん、それは考慮させていただきます」

 キョウのこともよく知ってるらしいシメールは、その辺りの事情を(わきま)えてくれている様だ。


「では、『なでしこ』から近い物件を、何軒か見せていただけますか?」

「承知いたしました」

 予想以上にてきぱきと動いてくれるシメールに引っ張られ、青志とキョウの物件巡りが始まった。

 サービスなどという概念があるかも怪しいこの世界において、彼女の仕事ぶりは、やけに日本的だ。


「当商会の実質的な責任者は、キョウ様のお友だちですから」

「え?」

 青志が驚いてキョウを見ると、いたずらっぽい笑顔が返ってくる。

「うちの生徒会長が、今や貴族様の第二夫人におさまってて・・・」

「え?」

「心配しないで下さいね。ちゃんと好き合って求婚された結果ですから」

「え?」





 女子高生が異世界で貴族夫人になってるという事実に、青志が理由も分からないショックを受けている間に、住む所は決まってしまっていた。

 『なでしこ』から目と鼻の先にある3階建ての住宅だ。

 敷地は狭く、石造りの同じ形の建物が幾棟も密着して並んでいる。

 緊急時には城壁代わりにもなるという頑丈さだけが、売り物のような物件である。

 有り体に言えば、ルネの家にそっくりだ。


「あそこなら、うちにも湯屋にも近いから、いいじゃないですか」

「そうだね。自分ちに風呂があれば最高だったけど、無いものは仕方ないしなぁ」

「うちには、ありますけどねー」

「え?」





 その日は『なでしこ』で夕食をごちそうになり、近くの宿屋で休息をとった。

 ゴブリンゴーレム3体と一緒に、大部屋で雑魚寝である。

 だだっ広い部屋に小さな寝台を並べただけの部屋だ。

 これが、こちらの世界で一般的な宿屋なのだから、イヤになってしまう。

 寝具は薄汚れて小さな虫が蠢いているし、トイレなんか無く、共同で使う箱型の便器が無造作に置かれているのみだ。

 つまり、用を足す姿が丸見えなのである。

 こちらに来てからずいぶん図太くなった筈だが、まだまだキツい。


 翌朝は早々に宿を出ると、青志はクリムト邸に向かった。

 東門への帰還は、明日以降になるだろう。

 帰ってきた頃には、入居の準備も済んでいる予定である。

 しかし、その前に寄り道をする場所がある。

 シャガルの工房だ。


「おはようございます」

 扉を開けると、もうシャガルはすでに作業中だった。

「お前さんか。気が早いな。防具は、まだまだだぞ」

 青志にちらっと視線を走らせてから、興味なさそうな表情に戻る。

「いえ。1つ、お聞きしたいことがあって」

「なんだ?」

魔胞体(マジック・セル)を多く含んだミスリルって、どの辺りで採れるか知ってませんか?」


 シャガルの眉が、ピクンと跳ねた。

「採りに行くのか?」

「いや、場所によりますが、採れるものなら採ってきたいな・・・と」

「ほほぉ~」

 作業の手を止めると、なぜかニヤニヤしながら、青志に近づいてくる。


「いやいや、採りに行くって決めた訳じゃないですよ?

 危ない場所だったら、やめときたいですし」

「魔獣化した鎧ネズミを単独で倒したんだろ?

 だったら、大抵のケモノをやれるだろうが」

「そうかなぁ?アレを倒すのだって、とんでもなく苦労したんですよ?」


「気の小さいこと言うなよ。質のいいミスリルを持ち込んでくれたら、なんでも好きな物作ってやるからよ!

 いや、俺が一緒に行ってやる!ミスリルを掘るのは俺がやってやる!

 お前さんは、護衛してくれてりゃいい!!」

 話が美味しくなる程に、どんどん胡散臭さが増していく。


「そんな話だったら、どんな冒険者だって乗ってきてくれるでしょ!?

 それこそ、オレに出来るぐらいなら、アイアン・メイデンの3人には楽勝でしょう?」

「えーい、つべこべうるさいな!

 ミスリルの武器が欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ!?」

「そりゃ、欲しいけど・・・」


 渋々答える青志。

「よし!ちょっと待っておれ!準備してくる!!」

「待て待て待て!!

 あんた、まだ仕事の途中だろ!!

 オレもまだ用事が残ってるから、それまで待てよ!」


 今すぐ荷作りを始めようとしていたシャガルを、なんとか引き止める。

「仕方ねぇなぁ。ちょっと我慢するか」

 そう言うと、世にも悲しそうな表情で、作業台に戻っていく。

 なんとも、お騒がせなドワーフである。


 一緒に採掘に行けば、青志の能力は確実にバレるだろう。

 でも、この愛すべきドワーフが相手なら、それもいいかという気がしてくる。

 永久に能力を隠し通すのも無理だろうし、シャガルを相手に能力を明かしてみて、その反応を見るのもいいかも知れない。


「じゃあ、明後日の今頃、また来ますよ」

「おう、待ってるぜ!」

「で、結局、ミスリルが採れるのは、どこなんですか?」

「火竜山さ!」

「え?」


 死亡確定である。

 

 

 


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