キョウとドワーフ
サムバニル市の東門が見えてきた。
実に20日ぶりである。
青志の後ろには、3体のゴブリンゴーレムが付き従っている。
3体ともフード付きの外套を着て、顔にはボロ布を巻き、ゴブリンとは分からないように擬装済みだ。
そして、3体の背には、長さ50センチ、幅30センチ、厚さ2センチぐらいの装甲板が5枚ずつ縛り付けられてあった。
結局、鎧竜の装甲板の大半は、拠点に置いてきている。
それなりの量をゴーレム用の材料として確保したせいもあるが、それでも全てを持ち帰るには、量が多すぎたのだ。
実際のところ、鎧竜の死体から剥ぎ取って、拠点に運ぶだけでも大仕事だったのである。
だから今回は、15枚だけギルドに持ち込んで、どれだけの値が付くか確認する気だ。
衛兵の誰何を受けることもなく門をくぐると、当然のように待ち構えていた人影があった。
馬渡京――――キョウである。
黒いワンピース姿が、ひどく目立っている。
ロクに染色もされてない上に、デザインもまるで考慮されてないような服が当たり前のこの街で、彼女だけが21世紀の日本の繊細で洒落た衣装をまとっているのだ。
目立つのを嫌った青志が、早々に現地の服に乗り換えたのとは、対極の姿勢と言えよう。
「お帰りなさい、アオシさん」
ちらりとゴブリンたちに視線を走らせたが、特につっこんでくる様子はない。
「ただいま・・・て言うか、そんなに都合よく現れると、どんな固有魔法を持ってるか見当つけられちゃうぞ?」
「かまいませんよ。なんだったら、自分の口からきちんと説明しましょうか?」
「いや、いいわ。それを聞いたら、オレも話さないといけなくなるし。
・・・まあ、もうバレてるみたいだけどな」
青志の言葉に、意外そうな表情を見せるキョウ。
「どうして、そんな風に思うんですか?」
「だって、オレの後ろの3人に気づいてながら、なんの疑問も見せない上に、挨拶しようともしないじゃないか」
つまり、人間じゃないと知ってるということだ。
「あー、これは迂闊でした」
そう言って、ペロリと舌を出す。
普段は神秘的な美少女然としてるだけに、ギャップの大きなアクションだ。
年相応な可愛い仕草に、思わず内心でニヤついてしまった青志であった。
「それはそうと、彼らが背負ってるのは?」
「ちょっと良さそうな素材が手に入ったんで、売ったり加工したり出来ないかと思ってね」
「見せてもらっていいですか?」
キョウは躊躇なくゴブリンに近づき、その背中の装甲板を調べ始める。
「金属ではないんですね。軽く・・・でも、堅そう」
「多分、鉄より堅いよ。でも金属じゃないから、加工なんて出来るものかな?」
「普通なら難しいですね。ただ、出来る所に心当たりはあります」
キョウが青志を案内したのは、鍛冶屋ばかりが密集したエリアにある小さな工房だった。
鍛冶業は大きな音を出す上に、火を使い、煤煙を出すので、許可された場所でしか営業できないのだ。
精肉業や皮革業も、匂いや衛生上の理由で、決まったエリアに押し込められている。
どの建物も広い入り口を開け放ち、半裸の逞しい男たちが汗だくで槌を打つ姿が見てとれる。
炉には轟々と火が熾っており、ひどく暑そうだ。
そんな中、その工房だけが入り口の扉を閉め切り、辺りの喧騒から切り離されている。
遠慮なく扉を開け、キョウが中に入っていく。
「シャガル、入るわよ~」
屋内では、やけに小柄で体格のいい男が作業台に向かっていた。
「ん、キョウか。よく来たな」
彼女に向けられた顔は、まだ若いが、見事なほどに長い顎髭を生やしている。
「こんにちは。シャガルに見てもらいたい素材があるんだけど」
「ほほう。で、そちらの人たちは?」
シャガルと呼ばれた男が、作業台を離れて近づいてきた。
上半身は裸で、革のエプロンだけを着けている。おかげで、木の瘤のような筋肉が、丸見えになっている。
パンチ1発喰らったら、青志なんぞ、骨がバラバラになってしまいそうだ。
「アオシさんよ。私たちとは、懇意にしてもらってるの。後ろの3人は、彼の従者みたいなものね」
シャガルの視線を受けて、青志は目礼をしてみせた。
「青志です。こんなトシだけど、まだ新人冒険者なので、よろしくお願いします」
明らかに自分より年下で、冒険者の先輩でもない相手に、言葉遣いのチョイスに困る青志。
「シャガルだ。一応、鍛冶屋と思ってくれて間違いない」
「相変わらず、ややこしい言い方をするのね」
「仕方ないだろう。お前さんと出会ってから、自分を鍛冶屋と呼んでいいのか、分からなくなっちまったんだからよ」
「ちなみに、この人はドワーフで、年齢は50才以上だそうよ」
「え?年上!?」
「俺たちの中じゃ、まだまだ若僧だけどな・・・」
「そ、そうですか・・・」
反応に困りながら、青志はデンキゴブリンの背中の装甲板を下ろす。
「これを見てもらいたいんですが」
「どれどれ・・・。ん?これは・・・!」
装甲板を手にしたシャガルが、ぴたりと動きを止める。
「うむむむむ・・・!」
そして、唸り出す。
「一見、大鎧ネズミの装甲板に似ているが、ずいぶん大きいし、堅いな」
「ネ、ネズミ!?」
「そうだ。大きいものだと体長2リット近くなるネズミだ」
2リットは、ほぼ2メートルのことである。
「火炎鳥の珠袋を取り込んだせいで巨大化してたみたいだけど、元がネズミには見えなかったなぁ・・・」
何か、ひどくショックを受けた気分になってしまう。
「でも、ネズミには違いないが、そう簡単に狩れる代物じゃないぞ?なんせ、刃物も魔法も、ほとんど役に立たない相手だからなぁ。
しかも、これは魔獣化した個体のものなんだろ?よく倒せたものだ」
「じゃあ、素材としては、かなりいい物なのね?」
「ああ、一級品だ」
ニヤリと笑うシャガル。
「買い取り金額も期待できる?」
「買い取りだけなら、ウチに期待するなよ?ウチには、そんな金はないぞ」
「心配しないで。シャガルに期待してるのは、加工の方だから」
「ああ、他の店に持ち込んでも、こんな物、簡単に加工できやしないからな」
得意そうに青志を振り向くと、キョウが説明を始める。
「この人はね、魔力を使って素材を加工出来るという固有魔法を持ってるの」
「そうだ。金属素材なら、加工するのに熱を加えればいいんだが、ケモノから取った素材だと、それが出来ないからなぁ。膨大な時間と手間をかけて、削っていくしかない訳だ」
「でも、金属の槍で全く傷がつかなかったけど、削れたりするものなの?」
「だから、もっと堅いもので削るんだよ。このクラスだと、ミスリルかアダマンぐらいが要るだろうがな」
「それを、シャガルさんだと、魔法だけで加工出来る?」
「そうだ。俺なら、曲げるも延ばすも自由自在だ」
台詞だけなら自慢してるみたいだが、シャガルの表情は自嘲気味である。
“落ちてきた者”でなくても、希に固有魔法を持つ者がいる。本来なら、大成功を収めていても不思議じゃない存在だ。
「すごい能力だと思うけど、あまり嬉しそうじゃないんですね。それに、繁盛してるようにも見えないし」
「便利過ぎるからな。他の鍛冶屋からは目の敵にされてるさ」
「なるほど・・・」
「ごめんね。私が見つけちゃったばっかりに」
なぜか、うなだれるキョウ。
「気にするな。お前さんが悪い訳じゃない。もともと俺の中にあった能力だ。お前さんが指摘しなくても、いつかは自分で気がついただろうさ」
要するに、シャガル本人が気づいてなかった能力を、キョウが何らかの能力で見抜き、本人に教えたらしい。
「もう面倒くさいから言っちゃうけど、私の固有魔法は、魔ヶ珠の情報を読み取る能力よ。
だから、アオシさんの能力も全部分かっちゃってます。ごめんなさい」
急に、キョウがぶっちゃけ始める。
「オレが帰って来たのが分かったのは?」
「魔ヶ珠の発する波動みたいなものが1つ1つ違うから、離れていても、アオシさんのいる方向や距離が大まかに分かるんです」
「初対面のときも、待ち構えてたけど?」
「あれはリュウカちゃんたちから話を聞いて、その方向に目を向けたらそれらしき波動が見えたから、それがアオシさんだろうと思って――――」
「なるほどなぁ。色んな能力があるもんだ」
素直に感心してしまう青志。
「勝手に固有魔法を見ちゃって、気を悪くされてないですか?」
「う~ん、キミたちに自分の能力を隠さなきゃいけない理由がある訳でもないしね。なんとなく黙ってただけだから、気は悪くしてないよ。
ただ、お仲間以外には話さないようにしてくれるかな?」
「分かりました。私たちだけの秘密にしておきます」
キョウがぺこりと頭を下げる。
「話は、もういいか?
で、これをどう加工すればいいんだ?」
話が一区切りしたと見て、シャガルが口を開く。
「ああ、防具を――――。
防具を作って欲しいんです」
結局、防具を作るのに装甲板3枚を使い、その代価として装甲板2枚を渡すことになった。
あと、女子高生たちの防具もそろえたいとの事で、残りの10枚をキョウが買い取るという。
青志からは想像もつかない資金を有しているらしい。
女子高生たちから大金を巻き上げるのに罪悪感も覚えるが、正当な取り引きだと割り切ることにした。
こちらの世界では、彼女たちの方が一人前なのだから。
おかげで、悪くない家が借りられそうである。