決着
鎧竜の巨体は、大きな岩がゴロゴロ転がっている荒れ地に落ちていった。
激しい地響きと土煙が巻き起こる。
「よっしゃ!」
それを見下ろしながら、渾身のガッツポーズを決める青志。
ここまで見事に作戦が決まるとは、さすがに楽観していなかったのである。
一晩中、ミミズゴーレムに頑張ってもらった甲斐があったというものだ。
「あとは、魔ヶ珠の回収だな」
また断崖からダイブする為に、鷹ゴーレムを呼び寄せる。
ミゴーとミミズゴーレムは、魔ヶ珠に戻し・・・。
「あれ?ミミズのコストが上がってないな」
これまで、魔力量の多いケモノを倒した後は、倒したゴーレムの魔力コストが大きく跳ね上がっていた。
ゴブリンウィザードなんかは、青志の使えるコストをオーバーしたせいで、何度か勝手に魔ヶ珠に戻ってしまった事がある。
なのに、今回、ミミズのコストがまるで上がっていないのだ。
「落とし穴なんて方法だと、間接的すぎて、ミミズが倒したことにならないのかな?」
そもそも、魔力を持ったものを倒すと、倒したものに、その魔力が受け継がれるという法則自体が謎なのだ。
まだまだ分からないことが多すぎる。
「それとも、この高さから落ちて、まだ生きてるなんてことは・・・」
土煙がおさまるのを待つと、荒れ地に横倒しになっている鎧竜が見えた。
あろうことか、頭や四肢が、苦しげに動いている。
まだ生きているのだ。
おまけに、断続的に魔法を使っている気配があり、身体から蒸気のようなものが立ち上っている。
「うげ、あいつ、治癒魔法使ってるのか!」
これは、一刻も早くトドメを刺さないとマズい。
青志は、迷うことなく断崖から身を躍らせた。
すかさず、3体の鷹ゴーレムが、その身体を支える。
「よし、先に牽制を頼む!」
召喚を解いたばかりのミミズとミゴーの魔ヶ珠を、青志は投げ落とした。
荒れ地の岩を使い、2体のゴーレムが形作られる。
遠間から飛礫攻撃を仕掛けるミミズ。
顔面に飛礫をぶつけられ、鎧竜が弱々しく顔を背ける。
そこに肉迫するミゴー。
狙いは、横倒しになったせいで剥き出しになった鎧竜の腹だ。
ガキッ!
しかし、ミゴーの爪攻撃は、堅い防御に阻まれた。
一見、装甲板もなく、柔らかい肉が露出していると思われた鎧竜の腹部は、強固なウロコにがっちりと保護されていたのだ。
ならば装甲の穴を探そうとするも、20メートルの高さから落下したのに、装甲板の1枚も剥がれた箇所が見つけられない。
恐ろしいことに、鎧竜は、表面的には全くの無傷だった。
内臓には損傷を受けているのだろうが、これでは追加ダメージを与えることが出来ない。
「だったら――――!!」
鷹ゴーレムの爪から解放されると、青志は鎧竜の身体の上に飛び降りた。
横たわったまま、鎧竜の目が彼を睨み付ける。
が、その目に力はなく、もう断崖上で感じたようなプレッシャーは感じられない。
チャンスは、今だけだ。
ツルツルした装甲の上から滑り落ちないように、慎重に、しかし出来るだけ素早く、その頭部に近づく。
そんな青志に攻撃を加えようとしてか、頭をもたげようとする鎧竜。
さすがに、こんな至近距離での水ビームは危険だ。
最後の一歩を飛び込むように詰めると、四つん這いのまま、右手の掌を鎧竜の側頭部に押し当てた。
魔法を発動――――!
水魔法によって、鎧竜の頭蓋骨の内側の血液に、そして脳漿に波紋を起こす。
脳全体を揺さぶろうとしても駄目だ。
鎧竜の体内には、鎧竜自身の魔力が満たされている。
青志程度の魔力など、簡単に打ち消されてしまう。
だから、一点にだけ魔力を集中する。
それも一瞬でいいのだ。
頭蓋骨の内側の一点に、一瞬だけ波紋を――――衝撃波を生み出せればいい。
後は、物理現象としての衝撃波が、勝手に脳を揺らしてくれる。
ぱしん――――!
青志の掌と鎧竜の頭部が接した部分から、場違いな乾いた音が響いた。
びくりと震え、頭をもたげようとする鎧竜の動きが止まる。
効いたか?
ここぞとばかりに、青志は、衝撃波を連続して撃ち込む。
鎧竜の魔力的抵抗が、一撃ごとに弱まっていく。
ついに、青志の魔力が、鎧竜の脳に届いた。
ぱしん――――!!
脳の真ん中で衝撃波が炸裂。
鎧竜の目から、鼻から、耳から、血しぶきが舞った。
目から完全に光が消え、装甲に覆われた頭が地面に落ちる。
同時に、青志の胸を、二の腕を、大腿部を、今までにない激烈な痛みが駆け巡った。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」
絶叫を発するが、それが声にならない。
のたうち、鎧竜の上から転げ落ちた青志を、ミゴーがしっかりと受け止めた。
「あー、死ぬかと思った」
魔ヶ珠が肥大化する痛みが収まるのに、5分以上かかった。
地面に横たわった状態で、青志は息を荒げている。
全身にのしかかる虚脱感。
しかしその裏で、魔ヶ珠を通して大きな魔力がコンコンと湧いてくるのが分かる。
のそりと身体を起こすと、巨大な骸と化した鎧竜を見上げた。
よくもまあ、こんな大きな生き物を倒せたものだと、嘆息する。
「なんにせよ、ゴブリン・トリオを救出しないとな」
腰の小剣を抜くと、鎧竜の腹に突き立て――――
ぎぃん!!
呆気なく、剣が弾かれる。
「ぐわぁ、手が・・・!」
痺れた。
どうやら、鎧竜を倒しはしたが、身体能力が大幅に上がったなんて事はなさそうだ。
「ちょっと期待したのになぁ」
ぼやきながら、ゴブリンの魔ヶ珠を鎧竜の腹部に押し当てる。
腹部のウロコだけを使ってゴーレム化を念じると、周囲のウロコが一斉に剥がれ、魔ヶ珠を中心にゴブリンを形作った。
ウロコがなくなり、今度こそ肉が剥き出しになる。
同時に、鉄とは違う質感の青黒いゴブリンが誕生だ。
コンコンと叩いてみると、明らかに金属ではない感触がした。
端的に言うと、軽いイメージである。
セラミックなのだろうか。
少なくとも、昆虫のようなキチン質ではないと思える。
鉄より堅く、さらに軽いなら、常時召喚組を全てこちらの素材に変えた方が良さそうだ。
まだ手が痺れたままなので、ゴブリンに小剣を渡し、解体を指示する。
その間に、鷹を断崖上の手槍の回収に向かわせた。
ゴブリンたちを構成していた鉄は、また後で回収に行くしかない。
もう元の形状が分からなくなっている鉄の塊は、出所の説明が出来ないので売る訳にはいかないが、拠点に置いておけば、使い道はあるだろう。
鎧竜の腹を掻っ捌き、胃や腸を裂いたため、辺りにはひどい悪臭が立ち込めている。
はっきり言うと、糞便の匂いである。
体長3メートルを超える大きさだけあって、腸の長さはとてつもなかった。
その中に詰まっていた内容物が全てぶちまけられているのだ。
青志は、鼻がもげそうになっていた。
鎧竜を倒しても筋力はあまり強くなっていなかったが、五感ははっきりと鋭くなっていたのだ。
「ごめん。ムリだ・・・」
最初は手槍を使って糞便をかき分けていた青志だが、早々に音を上げ、ゴブリンにバトンタッチして逃げ出した。
文句も言わずに汚物にまみれるゴブリンとミゴーに、最敬礼する青志である。
とか言いながら、糞便に汚れたゴブリンに使った新素材を洗って再利用するか、捨てちゃうか悩んでたりするのだが。
そして、ゴブリン・トリオの魔ヶ珠を全て発見した時には、夕暮れが迫っていた。
もう一晩、ここで過ごさなければならない。
汚れ切った3つの魔ヶ珠を、こればかりは青志自身が手ずから洗い、鎧竜の装甲を使って召喚し直した。
青黒いボディとなって現れるゴブリンたち。
青志はその姿を見て、やっと肩の力が抜けた思いである。
「じゃ、早速で悪いけど、魚を頼むよ」
新生デンキゴブリンに、最初の任務を与える。
青志は、昨夜のキャンプ地まで戻り、焚き火を作り始めた。
護衛は、超音波ゴブリンとノーマルゴブリン。
ノーマルゴブリンには汚れたボディを捨てさせ、装甲板でボディを作り直してある。
鎧竜の遺骸は、ゴブリンウィザードとミゴー、それにミミズが見張り中だ。
ミゴーもまた、土の身体から装甲板の身体に変わっている。
ついでに、ミミズも装甲板のボディに変更済みだ。
鎧竜を倒すのに大きな役割を負ったミミズは、ゴブリンウィザードに匹敵する強さになっていた。
今なら、その飛礫は、水牛の胴体ぐらいなら貫通してしまうだろう。
「そんな連中を、何体も同時に召喚できるようになるとはねー」
鎧竜にトドメを刺したせいで、青志の使える魔力量は大きく増えている。
水のボールを作ってみたら、1メートルを超える大きさになった。
ミゴーぐらいの体格なら、吹き飛ばすことも可能だろう。
衝撃波の威力も上がっている筈だ。
これで、青志の手でケモノを倒すのも、ずいぶん簡単になる。
「・・・と、デンキゴブリンの奴、どうした?手間取ってるな」
デンキゴブリンに意識を向けると、川に腰まで浸かって電撃を使っているのだが、まるで魚に効果が及ぼせてないようだ。
やがて、発電が追いつかなくなって、電撃が出せなくなってしまった。
「なんでだ?・・・あ!鉄じゃなくなったからか!?」
鎧竜の装甲は、電気を通さない。
そのせいで、電撃が外に出なくなってしまったのだ。
「あちゃ~、デンキゴブリンは鉄のボディに戻すしかないな」
結局、夕食の魚は、ミゴーが獲ってくれた。