死線
翌日からは、本格的な狩りである。
お目当ては、陸棲アンモナイト。
前回はゴブリンウィザードに蒸し焼きにさせて倒した相手だが、今回、青志は別の方法を考えていた。
鷹ゴーレムがそれらしきものを発見したので、革鎧を着込み、手槍を持って、拠点から飛び出す。
留守番は、魔力コストの小さな蟻ゴーレムが1体。
お供は、鷹とデンキゴブリン、超音波ゴブリン。
魔法が使えるゴーレムを増やしてしまったせいで、コスト的に同時召喚できる数が少なくなってしまった。
青志自身の魔力量を増やすか、低コストのゴーレムのアイアン化を進めるべきだろう。
陸棲アンモナイト、2~3匹じゃ済みそうにない。
鷹ゴーレムが見つけた場所に着くと、例によって、岩に擬態している陸棲アンモナイト。
そうと分かって見てみれば、甲殻の渦巻き模様で、普通の岩じゃないとすぐに分かる。
「では、デンキゴブリンくん、やってくれたまえ」
青志の言葉に従い、アイアン・デンキゴブリンがするするとアンモナイトに近づいていく。
距離が2~3メートルまで詰まったところで、アンモナイトの触手がデンキゴブリンを打ち据えた。
直撃だが、ゴブリンは姿勢を崩しもしない。
全身が鉄製になったおかげで手に入れた頑丈さと重さの賜物だ。
更に歩を進めると、アンモナイトの甲殻に、ぺたりと手をついた。
バヂッ・・・!!
その瞬間、陸棲アンモナイトの触手が激しく痙攣する。
「やったか!?」
さすが、鉄製の甲殻は、電気をよく通す。
してやったりと、駆けつける青志。
動きを止めた触手に手槍を突き刺すと、本体を引きずり出した。
「む~ぅ、これは・・・」
本体に手槍を突き刺すが、もう何の反応もない。
「死んでるじゃん」
予想以上にデンキゴブリンの電撃が強かったのか、それとも陸棲アンモナイトが電気に弱かったのか、青志はまたも経験値を得られなかった。
果たして、デンキゴブリンは電撃の強さを調節できるのだろうか。
調節が出来ないのなら、陸棲アンモナイト狩りに電撃が使えなくなってしまう。
デンキゴブリンばかりが強くなって、青志が扱えなくなってしまっては困るのだ。
とりあえず、新たに手に入った鉄の甲殻を使い、超音波ゴブリンをアイアン化させる。
鉄の素材が少し余ったので、鷹ゴーレムを呼び寄せて、アイアン・鷹ゴーレムを作製。
重くて飛べないかと思ったが、ちゃんと飛んでみせてくれた。
これで、青志を守る存在が、更に強化された訳である。
あとは、なんとか青志自身が強くなる手段を確立せねばならない。
鷹ゴーレムが次の陸棲アンモナイトを発見したので、そちらに向かう。
今度は、青志の手槍をデンキゴブリンに持たせてみた。
ゴブリンたちに持たせていた手槍は安物なので、穂先以外は木製だ。
しかし、青志の手槍は穂先はもちろん、柄まで金属で作られている。つまり、電気が通る。
手槍ごしに電撃を使えば、いい具合に気絶させるだけで済むんじゃないかという計算である。
結局、電気量を調節するのは難しいと分かったのだ。
2匹目の陸棲アンモナイトを発見。
先ほどと同じように、デンキゴブリンが近づく。
接近に気づいたアンモナイトが、鋭く触手を伸ばす。
バヂッ!!
その触手を手槍で払いながら、デンキゴブリンが電撃を放った。
見事にタイミングを掴んでいる。
触手が硬直し、バサリと地に落ちた。
青志が駆け寄って見ると、触手はビクビクと痙攣している。
己が感電したときのことを思い出して、肝が冷えた。
が、トドメを刺すには、理想的な状況だ。
「でかした!」
ゴブリンと交換した手槍を触手に突き刺し、本体を引きずり出すと、目と目の間を狙って、槍の穂先をねじり込む。
コリコリッと、胸の中で魔ヶ珠が育つ感覚。
ささやかだが、魔力量が増えたようだ。
ゴーレムたちにお膳立てしてもらってトドメを刺すだけでは、本当に強くなったと言えないかも知れないが、今は魔力量を増やすことに専念するしかない青志である。
陸棲アンモナイトの甲殻を超音波ゴブリンに運ばせ、拠点に保管すると、昼食を済ませ、青志は翼竜を倒した崖の上に向かった。
翼竜の死体をそこに埋めたのだが、翼竜が魔ヶ珠を貯め込んでおくという珠袋が残っていないか、確認しようと思ったのだ。
お供のメンツは変わっていない。鷹とデンキ&超音波ゴブリン。常時召喚チームである。
崖の上へと通ずる急な斜面を、息を荒げながら登っていく。
空からの偵察では、新たな翼竜の姿は見えない。
もちろん、狩りに出てるだけの可能性もあるので、油断は大敵だ。
が、もし翼竜が現れたとしても、鷹ゴーレムの石飛礫を翼にぶつけてやれば、撃墜できるんじゃないかという期待もある。
鉄の身体で体当たりという捨て身技も、効果があるだろう。
翼竜への対処方法を考えながら、崖の上に到達。
倒した翼竜を埋めた所を見て、ギョッとした。
動体視力重視の鷹の目からは分からなかったのだが、埋めた筈の翼竜が剥き出しになっていたのだ。
しかも、あれから10日ほどしか経っていないのに、翼長5メートルを超える巨体が、綺麗な白骨になっている。
「ケモノが掘り返して、食べたのか?」
骨のあちこちに、噛み砕かれた痕跡があった。
小さな蟲が群がって、肉を喰ったのではない。明らかに、犯人は大型のケモノだ。
魔ヶ珠が詰まっている筈の珠袋も残っていない。
青志の背筋を冷たいものが走る。
中身の魔ヶ珠ごと珠袋を喰らったとしたら、そのケモノは、急激に大量の魔力を取り込んだことになる。
翼竜の巨体を丸々食べたとしたら、その細胞内の魔胞体の総量も馬鹿に出来ないものだろう。
魔ヶ珠、魔胞体とも、どんな手段を用いようと、破壊することは不可能だ。傷一つつけることは出来ない。
食べることによって体内に取り込んでも、吸収はされない。やがて排泄されるだけだ。
が、体内にある間は、己の魔ヶ珠と同様に、高位次元から魔力を降ろす通路として使えるのである。
翼竜は、巨大な身体で空を飛ぶために、珠袋に他のケモノの魔ヶ珠を貯めて、その魔力を利用していたのだ。
そして、翼竜の膨大な魔力を一時的にとは言え、使えるようになったケモノは、どうなっている?
一時的に強くなって、魔ヶ珠を排泄して、また元に戻るだけなら良い。
が、青志の頭に刷り込まれた知識が教えてくれている。このようなケースでは、膨大な魔力がケモノの肉体を変質させる事があると。
分不相応な量の魔力は、ケモノを魔獣に変化せしめるのだと。
「こんな崖の上にいて、オレと同じ所から魔獣が登って来たら、やばいなー」
慌てて退散しようとする青志。
が、鷹ゴーレムの目が、まさに青志の登って来たルートを移動してくる凶々しい影を見つけてしまった。
「うわっ、どこかに隠れてやがったな」
鷹ゴーレムを出来る限り接近させ、偵察を行う。
自分の周囲を飛び回る鷹に目もくれず斜面を登って来るそれは、青志の知ってる生物の中では、サイに近かった。
ただし、全長は3メートルを超える上、全身を青黒くメタリックな装甲に覆われている。
四肢の先端は、蹄ではなく、鋭い爪を備えた指だ。尾も長い。
そして、鼻面から突き出す凶悪な角。
大きく裂けた口の中にも、サメのような歯がズラリと並んでいる。
「爬虫類っぽいな。サイじゃなくて、鎧竜かな。
んで、こいつが翼竜の魔力を取り込んだヤツで決定か?」
冷静を保とうとしながら、慌て始める青志。
穴を掘って隠れることも考えたが、翼竜の死体を掘り起こしていることから、効果は期待できないだろう。
鼻が利く相手と思える。
とりあえず、別の方向に誘導しようと、鷹ゴーレムに攻撃をかけさせた。
急降下からの石飛礫――――。
飛礫の形は、当然、弾丸状にしてある。
速度の乗った飛礫が、鎧竜の首もとに命中。
が、その装甲には、傷一つつかない。
「なら、顔面だ!」
デリケートな部分に攻撃を受ければ、傷をつけられなくても、イヤがって引き返してくれる可能性もある。
正面から突撃した鷹ゴーレムの飛礫が、鎧竜の顔面を直撃。
砕け散る石飛礫。
しかし、それだけだ。
鎧竜は、鷹ゴーレムに何の興味も示さず、着々と斜面を登って来る。
もう、戦って、なんとかするしかない。
青志は、渋々腹をくくった。
ゴブリン2体に戦闘態勢を取らせると、自分も後方で手槍を構える。
いい手槍は、デンキゴブリンに持たせたままだ。ここは、電撃に頑張ってもらうしかない。
陸棲アンモナイトの甲殻も貫けないのに、巨大な鎧竜の装甲を破れるとは思えないのだ。
そして――――
地響きとともに現れる鎧竜の巨体。
大きい。
生で見ると、予想以上に大きく、肉の圧力が凄い。
顔の位置も高い。
ちょうど、青志の頭に噛みつくのにいい高さだ。
「こ、これは、死ねる・・・!」
青志だけを見据えたまま、鎧竜が足を踏み出す。
そこに、風をまいて肉迫する超音波ゴブリン。
鎧竜の横っ腹を狙った手槍が、あっさりと装甲に弾かれる。
やはり、その装甲は簡単に破れるようなものではない。
次の瞬間には、ブンと振られた尻尾が超音波ゴブリンを直撃し、その鉄の身体をバラバラに吹き飛ばした。
が、その時には、逆側の横っ腹にデンキゴブリンが密着している。
バヂィッ!!
手槍ではなく、掌からの直接の電撃だ。
倒せはしないだろうが、怯ませるぐらいは出来る筈!
そう思う青志の目の前で、デンキゴブリンの身体に鎧竜が食らいついた。
鉄の身体を、鋭い牙が深々と貫く。
それでも電撃を発し続けるデンキゴブリン。
バキン!!
しかし、異様な音を立て、その上半身は食い千切られた。
「おいおい、電気を通さないのかよっ!?」
思わず後退る青志。
ただの鉄の塊と化したデンキゴブリンの上半身を吐き捨て、鎧竜が青志に迫る。
生臭い息が青志に迫る。
踏み出した鎧竜の右足が、突如地面に沈んだ。
体勢を崩す鎧竜。
ミミズに掘らせた落とし穴だ。
身体全体を落とすのは無理なので、足1本だけに仕掛けたのである。
「よっしゃ!」
快哉を叫びながら、青志は切り札を切った。
真っ赤な魔ヶ珠を地面に落とすと、現れるゴブリンウィザード。
電撃を通さないなら、蒸し焼きだ。
鎧竜を中心に、地面から炎が噴き上がる。
ぎゃあおおおうううぅぅぅぅ――――っ!!
初めて、鎧竜が鳴き声をあげた。
同時に、その口から迸る水流。
ビームのような水の一撃が、あっさりとゴブリンウィザードの胸を貫く。
たちまち土塊に還るゴブリンウィザード。
「嘘だろ!?」
もう、何も手が残っていなかった。
慌てて遁走する青志。
が、その先には断崖が待つのみだ。
逃げ場はない。
上空の鷹ゴーレムの目に、鎧竜が再び水ビームを放つのが見えた。
必死に身を捩る青志の肩を、激しい水流が打ち据える。
「がっ!」
革鎧の肩当てが吹っ飛ぶと同時に、青志の身体は断崖から投げ出されていた。




