1年前のこと
すいません。前日中にアップするつもりが、日付けをまたいでしまいました。
そして、なんだか、とても・・・なデキになってしまいました(汗)
次回からは、主人公がドタバタする話に戻りますので、ご容赦を!
1年前、馬渡京は、県内でも有名なお嬢様学校の高等部の2年に上がったばかりだった。
硬式テニス部に在籍し、ほどほどに練習も頑張り、友だちとも楽しく付き合っていた。
彼氏に進展しそうな男友だちもおり、次の土曜日には、初めて2人だけで映画を観に行く約束をしていたのである。
そんな当たり前の日常が崩れ去るのにかかった時間は、まさに一瞬だった。
通学用のバスがトンネルを抜けると、そこは日本でなくなっていたのだ。
辺りは、見慣れない樹木が生い茂る森の外れになっている。
地面はデコボコの草地だ。
たちまちバスはコントロールを失い、樹木に激突し、動きを止めた。
それでも誰一人転んだりしなかったのは、運転手がとっさに頑張ったのだろう。
衝撃が収まるや、運転手がすかさず振り向いて、怪我をした人がいないか呼びかけてきた。
が、その声に答える者はいない。みんな、窓の外の風景を目にして、呆然としていたのだ。
京とて、例外ではなかった。
さっきまであった見慣れた街並みが、どこにも見当たらなかったのだ。
「ここ、どこ・・・?」
「じ、事故なの?」
「スマホが繋がらないんだけどー?」
あちこちから、弱々しい声が上がる。
パニックにならなかったのは、直面した事態があまりに想像を絶していたせいだ。
「みんな、落ち着いて!座れる人は座って!
怪我した子は、いない?」
いち早く冷静さを取り戻したのは、生徒会長の渡辺優子だ。
「大丈夫!大丈夫だから、落ち着いて!」
「会長、どうなってるの?」
「心配しないで!すぐに助けが来るから、まずは落ち着いて!」
不安な表情を浮かべながらも、黙って会長の指示に従う生徒たち。
しかし、救援が来ないことにも薄々気がついていた。
それが、サバイバルの幕開けだったのである。
その日は、バスの運転手の佐久間を中心にして、周囲の探索を行った。
佐久間は、40才ぐらい。細身だが、鍛えられた感じの真面目そうな男だ。
京もラケットを持って、探索に加わっている。
バスから出て数十分で、生物や地理が得意でない京にも、自分たちがいるのが日本ではないと分かってしまった。
どこが変だとは説明できないが、あまりに日本らしくなかったのだ。
毒々しい紫の花を咲かせる樹木など、見たことがない。
佐久間に言わせれば、地球でさえないかも知れないそうだ。
森の外縁に沿って草原を歩いて行くと、茶色いウサギが2羽、ノソノソ動いていた。
京の知ってるウサギに比べると、はっきりと大きい。
気のせいか、目付きもやけに鋭く感じる。
「食料は確保しとかないとな」
佐久間が、物騒なことを口走る。
「え?まさか、ウサギを食べるの!?」
「そうだ。殺すのも料理も俺がするから、心配するな」
そう言うと、いつの間にか拾っていたらしい石を、ポケットから取り出した。
考えれば、通学途中だった学生たちが、ろくに食料を持っている訳はないのだ。
昼食用の弁当を持っていれば、いい方だろう。
確かに、食料を確保する必要がある。
が、中学生や高校生の女の子に、サバイバル経験のある者など皆無だ。
ここは、佐久間に頼るしかない。
佐久間が振りかぶり、石を投げつける。その姿が、とても様になっている。
野球をやっていたのかも知れない。
シューッという空気を切り裂く音とともに飛んで行った石は、吸い込まれるように、ウサギの身体に命中した。
石のぶつかった衝撃で横様に倒れ、動かなくなるウサギ。
「よしっ!」
小さくガッツポーズをして、ウサギの方へ向かおうとした彼の動きが、ふいに止まる。
すぐに逃げ出すと思ったもう1匹のウサギが、殺意剥き出しで突進してきたのだ。
お腹から左右に突き出しているのは、刃物か?
気が付いたときには、京は走り出していた。
佐久間の前に出ると、ウサギを相手にラケットを振り抜く。
ただ、ラケットの面は地面に向けている。
カーボンのフレームが、ウサギの鼻面に叩き込まれた。
フレームが砕け散り、吹っ飛ぶウサギ。
京の胸の中で、コリッと何かが音を立てた。
バスに戻ると、ウサギを調理し、みんなで分けて食べた。
が、全員で50人を越える人間がいるのだ。
ウサギ2羽ぐらいじゃ、みんなに行き渡る筈もない。
その日は、弁当を持っていた者もいたから何とかなったが、翌日からはもっと大きな規模で狩りを行わないといけないだろう。
しかし、佐久間や京、それに数人の女の子が明日からの方策を練ってる横で、ほとんどの子たちはメソメソと泣いてばかりだった。
何不自由なく育ってきた10代の女の子たちが、いきなり文明の手が届かない場所に放り出されたのだ。無理もない反応であったろう。
更にその夜、彼女たちを恐慌に陥れるものが現れた。
頭上を覆う巨大な渦巻星雲――――。
絶対に地球上では見られない筈の光景に、ある者たちは茫然自失となり、ある者たちはパニックを起こす。
京もまた、身体が自然に震え出し、涙があふれてくるのを止めることが出来なかった。
やはり、自分たちの平穏な日常は、完全に失われたのだ、と。
深夜になると、バスの外を徘徊する何者かの気配が、恐怖を増長する。
バスの中には入って来れないという佐久間の言葉だけが、唯一の救いだった。
それでも、バスの中に詰め込まれたまま、横になることも出来ず、トイレに出ることも出来ず、彼女たちの精神は急激に磨り減っていく。
「ヒトの住む町に行く」
佐久間がそう言い出したのは、翌朝のことだった。
「ここにいても、ジリ貧だ。少しでも体力があるうちに、安全な場所に移動する」
「移動って、バスは・・・?」
「バスは動かせない。歩いて行くしかない」
「そ、そうですよね・・・」
さすがに、道なんか無い起伏に富んだ場所では、バスは走れない。
「でも、この惑星に、人間なんて住んでるのかしら?」
「それが・・・おかしな話なんだが、昨日から、向こうの方向に町があるのが見えるんだ」
「え?なんですか、それ?」
返答に窮する佐久間。
しかし、京には、それが真実と分かっていた。
「佐久間さん、見えるようになったのって、ウサギを殺してからじゃないですか?」
「君もか?」
前日にウサギを殺したのは、佐久間と京だけだ。
「私が見えるようになったのは、遠くじゃありませんけど」
京に見えるようになったのは、他人の能力だ。
正確に言うと、他人の魔力パターンを読み取り、どんな魔法が使えるか知る能力である。
「じゃあ、信じてくれるんだな?」
「はい。私には、佐久間さんに遠くを見る能力と、火を操る能力があることが見えています」「火を?」
「はい。こんな風に――――」
京が指先にパチンコ球ほどの水の塊を浮かべてみせると、佐久間も見よう見まねで小さな炎を生み出してみせた。
「ほう。これは、魔法か」
佐久間が火魔法を使えることを見抜いてみせたせいで、京の能力が信用してもらえたのは僥倖だった。
おかげで、佐久間の千里眼とも言うべき能力も信用されることになる。
京、生徒会長の優子をはじめとして、何人かの生徒は、佐久間への同行を表明。
が、多くの者は、バスから離れることを拒んだ。
無理もない話だったが、恐ろしかったのだ。
そこにいれば救出隊が来てくれると、まだ信じようとしていたのである。
結局、佐久間を含めた21人が、町を目指して旅立った。
同行を拒みながらも、捨てられる子供のような目で自分たちを見ていた残りの33人の姿を、京は忘れることが出来ないだろう。
33人の中には、能力を発現している者はいない。
一応、ウサギでも何でも殺せば、能力が発現する筈だと説明はしておいたが、どれだけの者が、それを実行できるだろうか。
そして、城壁に囲まれた予想以上に巨大な都市が見えてくるまで、4日かかった。
その間、3人の生命が失われた。
その人数が多かったのか少なかったのか、京には判断がつかない。
ただ、自分が4人目になっていたとしても、なんの不思議もない状況だった。
中にはよく知った子もいたのに、おかげで涙一つ流せなかった。
「じゃあ、ここからなら、君たちだけで行けるな?」
佐久間がそう言い出したとき、京は意味が分からなかった。
「え?」
「確かに、町はあった。だから、残りのメンバーも連れてくる」
「何言ってるんですか?みんな、行きたくないって言ったのに、無理ですよ!」
「今なら、気が変わった子もいるだろう。1人でも2人でも、そんな子がいるなら、連れてくるさ」
そう言って、彼は引き返して行った。
京たちは、言葉が通じないままサムバニル市の衛兵に保護される。
そして、佐久間と残りの生徒たちが追いついてくることはなかった。