楽しい時間
後半のユカたち視点の部分に、大幅な修正を入れました。
作者の描き方が悪かったせいで、彼女たちのイメージが悪くなってしまったせいです。
これで、少しはイメージが変わるといいんですが。
キョウに案内されてたどり着いたのは、雑貨屋とカフェを兼ねた、広くはないが洒落た作りの店だった。
カフェスペースは、カウンターとテーブルが2つ。
テーブルでは、身なりのいいご婦人方が談笑しており、カウンターの内側では日本人らしい少女が1人働いている。
まさしく、ここが『なでしこ』らしい。
青志が店内に足を踏み入れると、カウンターの少女が「あっ」という表情をしてから、にこやかに微笑んでくれた。
「いらっしゃい。お待ちしてました」
バーテンダーのような服装をして、男装しているのだろうか。ショートカットの似合う美少年風の女の子だ。
「彼女はノゾミです。また、後で紹介します」
そう言って、キョウは、青志を更に奥の部屋に連れて行く。
青志もノゾミに会釈しただけで、キョウに従う。
扉をくぐると――――。
「あ、アオシさん!」
アイアン・メイデンのトワが、相変わらずの素晴らしい笑顔で迎えてくれた。
着ているのは、学校のものらしい赤いジャージだ。
青志の知ってるゴスロリ姿とは、落差が激し過ぎる。
ただ、こちらはこちらで、とても可愛い。
「お。ごぶさた」
「待ってましたよー」
トワに手を引かれ、椅子に座らされる。
そこは、リビング・ダイニングとでも言うべき部屋だった。
木製の大きなテーブルが置かれ、その周りに10脚の椅子が置かれている。
隣接して厨房があり、そこでも3人のジャージ少女が作業中だ。
「アオシさんが来たよー!」
トワの声に、作業の手を止める3人。リュウカ、ユカ、そして初対面の女の子。
「あ、いらっしゃい。来てくれたんですね」
ユカが相変わらずの如才なさで挨拶をしながら、近づいてくる。
後ろに従うリュウカも歓迎してくれてるらしく、笑顔を向けてくれた。
そして、もう1人の女の子。
「はじめまして。神代陽実花です。
リュウカたちがお世話になって、ありがとうございました」
落ち着いた雰囲気の女の子だが、どこかリュウカに似ている。
「いえ、こちらこそ、色々アドバイスしてもらいましたから。
で、えーと、名字も同じだし、リュウカちゃんのお姉さん?」
「そうです。1つ年上です」
マイペースな妹と違い、人当たりの良い姉である。
「あと4人いるんですが、今は狩りに出ています」
いつの間に用意したのか、飲み物の入ったカップをみんなの前に置きながら、キョウが言う。
その4人に、店にいるノゾミ、目の前の5人を合わせて、10人で暮らしているらしい。
それだけの人数でも、よく生き残ったと言うべきなのだろう。
「へー、にぎやかに暮らしてるんだね」
そう言いながら、カップに口をつけた。
なぜか、みんなが期待するようなキラキラした目で、青志を見ている。
飲み慣れた味と香りが、口の中に広がった。
「え!?これって・・・」
「えへへ」
嬉しそうに笑うトワ。
「コーヒーじゃん・・・」
そう。それは、まさしくコーヒーだった。
青志の好み通り、砂糖だけが入っている。
「まさか、この前持って帰った分を、オレに?」
少女たちが喜ぶだろうと思って渡したのに、それを青志がご馳走になったら、意味がなくなってしまう。
「そんな事ないですよ。ほら、私たちのもコーヒーです」
ドヤ顔で、自分のカップの中身を見せてくれるユカ。
確かに、コーヒーだ。
「え?どういうこと?コーヒー、持ってたの?」
さすがに、通学中に転移してしまった彼女たちが、コーヒーを持っていたなんて想像はしにくい。
「私たちがコーヒーを飲めたのは、本当に1年ぶりでした。コーヒーだけじゃなく、カレーやお米もそうです。
全部、アオシさんのおかげです。本当に感謝してます」
キョウが深々と頭を下げる。
他のメンツも、それぞれの仕草で感謝を表してくれた。
「いやいやいや、それより、なんでコーヒーが増えてるの?こんな人数分、なかった筈だよ?」
「それは、私の能力で増やしました」
静かに微笑みながら、ヒミカが答える。
「私は、物質をコピーして増やせるんです」
「あ、ごめん。立ち入ったことを聞いちゃって・・・」
ちょっと考えたら、そういうユニーク魔法によるものだと気づけたのに、ヒミカに自分の能力をバラすようなことをさせてしまった。
青志は同じ日本人とは言え、どこまで信用していいか分からないというのに。
「ああ、気にしないで下さい。私の能力のことは、みんなで相談して、アオシさんに話そうってことになってたんです」
「え?」
「アオシさんのおかげでカレーなんかを食べられるようになったのに、私の能力を明かさないと、アオシさんにも食べてもらえないじゃないですか!」
「あ・・・」
「カレーだけじゃないですよ。お米、砂糖、しょう油、どんどん増やしてますから、他の日本食っぽい料理も食べられるんです!」
「あ・・・」
「だから、いつでも、ここに食べに来て下さい!」
ヒミカの言葉に、思わず涙しそうになる青志。
まだ、そこまで日本食に飢えてる訳ではなかったが、彼女たちの思いが、ひどく嬉しかった。
「じゃあ、これも追加しといて」
リュックの中から取り出したのは、インスタントの味噌汁。
少女たちが、一斉に歓声を上げた。
「お味噌~~~!!」
その日は、夕食をいただくことになった。
メニューは、当然のようにカレーである。
青志がアイアン・メイデンの3人に食べさせてやった時は肉しか入ってなかったが、今回はきちんと野菜も入っている。
料理の中心戦力は、キョウのようだ。
ワンピースの上にエプロンを着け、張り切っている。
その間、青志はトワとユカ相手に、冒険者としてのアドバイスを受けていた。
温泉地帯での続きだ。
今回は、特に野営中の食事について、レクチャーしてもらった。
前もって用意してるといい野菜に香辛料、現地で手に入る野菜や果実、その探し方、見分け方。
15才の少女たちとは言え、この世界で1年を生き抜いてきた者の言葉は重い。
42才のオッサンは、姿勢を正して聞き入るばかりである。
カレーは、文句なく美味しかった。
店を閉めた後のノゾミも参加し、ワイワイ騒ぎながらの食事も楽しかった。
独身だった青志にしてみれば、こんなに賑やかな時間は、ずいぶん久しぶりだ。
これでアルコールが入ってたら、大失態を犯していたかも知れない。
異世界だから法律なんて関係ないが、彼女たちが酒にまみれてなくて安心した。
いい時間だった。
「それで、アオシさんの能力は分かった?」
アオシを見送るや、ヒミカがキョウに尋ねた。
「ええ。分かったわ。
あの人の能力は、魔ヶ珠の持つ情報に基づいて仮初めの肉体を作り、操ることね」
キョウは、様々なものを見ることが出来る。遠くのものも見えるし、他人の能力も見える。
「なにそれ?すごく便利なんじゃない?」
ユカが目を輝かせる。
「でも、自分の魔力に応じた強さのものしか操れないし、操ったものがケモノを倒しても、アオシさん自身は強くなれないみたい」
「じゃあ、自分でケモノを倒さないといけないってこと?」
「そうね。ただ、操ったものを利用すれば、色々とやり様があるでしょうけど」
「ノゾミは、アオシさんとパスを繋げられた?」
「大丈夫よ。いつでも、彼に“声”を届けられるわ」
ノゾミの能力は、パスを繋いだ相手なら、どこにいようと一方的に声を届けられるというものだ。
アオシには悪いが、緊急事態に備えてパスを繋げておいたのである。
この能力を使えば、彼に危険を知らせることも出来れば、助けを求めることも可能だ。
「とりあえず、アオシさんにやっておける事は、これぐらいかな。
勝手に能力を探るような真似も、本当ならしたくなかったけどね」
「仕方ないじゃない。女子高生が異世界で生きていくのは大変なんだから」
アオシに申し訳ないと思うヒミカに対し、ユカがドライなセリフを言い放つ。
「私は今でも、誰か色仕掛けするべきだと思ってるわよ」
ユカは軍師タイプだが、考え方は少し極端なのだ。
「彼は、そんなことしなくても信用出来る」
リュウカが、ボソリと言う。
「私もそう思ってるわよ。でも、事情なんてドンドン変わっていくじゃない?私は、間違っても、あの人と敵対したくないの。仲間でいて欲しいの」
「じゃ、自分でやったらいいじゃん。イメージ悪いわよ」
トワが口を尖らせる。
「アオシさんがロリコンなら、そうしてるわよ。
私とトワちゃんとリュウカちゃん相手に、全然そんな気を見せなかったんだから、キョウちゃんあたりに頑張ってもらうしかないじゃない」
「ちょっと勘弁してよ。私、アオシさんを騙すようなことしたくないわ」
「騙すんじゃなくて、普通に彼女になっちゃえばいいんだけど?」
「うーん、どうせなら、もっと若いイケメンと・・・」
「もうっ!残りのメンツに期待するわ!」
「ユカ。アオシさんに仲間でいて欲しいんなら、よけいな真似はしない方がいい。色仕掛けなんてしたら、逆に嫌われてしまうだけ」
「そうだよ。リュウカちゃんの言う通りだよ。私たちがアオシさんを仲間だと信じてたら、きっと上手くいくよ」
「うーん、でも・・・」
リュウカとトワに諫められても、ユカは意見を曲げられずにいた。
アオシが善人であることは、疑いがない。
自分たちに好意的なのも、間違いない。
しかし、そんな彼を利用しようとする人間が出てこないとは限らない。
それこそ、庇護欲をそそるような女性がアオシに近づいて、ユカたちを悪者に仕立て上げれば、彼は苦しみながらも敵に回ってしまうかも知れない。
だったら、先に自分たちが・・・。
「ユカちゃん。色仕掛けはダメ。それは、みんなで決めたことでしょう?
アオシさんの能力を見ることと、ノゾミちゃんがパスを繋ぐこと。内緒でやるのは、ここまでよ」
「分かったわよ・・・」
リーダーのヒミカに諭され、ユカは渋々うなずいた。
「日本食いっぱい作って、アオシさんに食べてもらお?」
「トワ。あなた、料理なんて出来ないじゃない」
「だから、料理も勉強しようよ」
「・・・。ふむ。そうね。それも悪くないかもね」
アオシに自分の手料理を食べてもらう。
その想像は、意外なほどユカの心を和ませるのであった。