オオトカゲ
鷹ゴーレムに上空から偵察させたところ、一方に川があるのが分かった。
昨日に渓流で汲んだ水が水筒に満杯あるし、スポーツ飲料の1リットルペットボトルまでリュックに入っているが、水の確保は重要事項だ。
青志は、迷いなく川に向かうことにした。
川にたどり着けば、水と同時に魚も手に入る可能性がある。
素人には、動物を捕まえて、さばいて食べるのは難易度が高すぎるので、魚が穫れるならありがたい。
もともと渓流で釣りをするつもりで、コンパクトに収納できる釣り竿やルアーを持ってきていたのだ。
しかし、異世界に迷い込むにあたって、山ごもりスタイルだったのは、神の助けと言えよう。
テントもあれば、水や食料も持ってるし、ナイフや熊除けスプレーまであるのだ。
これが通勤スタイルなら、何日も保たなかったことだろう。
ほとんど趣味だけで買ったシースナイフと剣鉈を腰のベルトに吊り、青志は歩を進めていく。
シースナイフとは、折りたたみ式ではない刃渡り14~15センチのナイフで、鞘に納められている。魚なんかをさばく為の包丁替わりという名目で買ったものだ。
剣鉈もシースナイフと同じようなものだが、もう少し大きい上にゴツくて、枝を打ち払う為に使う。
両方とも、山の素人の青志が買うには分不相応と言うか必要ないレベルのものだったが、見た目の格好良さに惹かれて、ついつい買ってしまったのだ。
これ以外にも、折りたたみ式のフォールディングナイフもリュックの中に入っている。
男は、いくつになっても厨二病をひきずっているものだ。
のんびりと1時間も歩いたところ、鷹ゴーレムの目に、動く動物の姿が映った。
機敏に、青志に近づいてくる様だ。
上空から獲物を探す猛禽類の目は、動体視力には優れるが、普通の意味での視力がいい訳ではない。
ネコなんかが危険に出くわすと金縛りになった様に動かなくなるのは、じっとしていると猛禽類の目から逃れられる為だ。
青志は足を止めて身を低くし、剣鉈を手にした。
更にネコゴーレムを先行させ、何が近づいているのかを探る。
剣鉈を右手に持ちながら、槍が欲しいと切実に思った。
相手がどんな生き物にしろ、刃渡り20センチにも満たない武器で戦うには、ほぼ密着する必要がある。人間のスピードが動物のそれに敵う筈はないから、青志がノロノロと接近しようとする間に、相手の牙や爪を受ける可能性が大だ。
そして、ネコゴーレムが視認したのは、体長2メートル近いトカゲだった。
全身は黄色味がかった緑色で、草原に溶け込んでいる。
背中にはスパイク状の突起が2列に並び、長い尻尾の先端には、一際大きくて鋭い物が2つ。
地球のコモドオオトカゲは尻尾を鞭のように使い、人間なんかだと簡単に骨折させてしまう。そこにあの突起がプラスされれば、破壊力は数段アップされるだろう。
鷹やネコに牽制させているうちに獲物に近づくことを考えていた青志だが、早々にその計画を破棄することにした。
まずは、槍を作ってからだ。
小鬼のゴーレムを1体作り出すと、剣鉈を手渡す。
「よろしくお願いします」
土から生まれた小鬼は、無表情のままオオトカゲに接近して行った。
ゴーレムたちは、大まかな指示だけで、自律的に行動してくれる。
小鬼の一挙手一投足まで青志がコントロールしないといけないのなら、逆に勝率は下がってしまうだろう。
なんせ彼には、どうやったらオオトカゲを倒せるのかさえ分からないのだ。
小鬼ゴーレムは、姿勢を低くしたまま、スルスルとオオトカゲに近づいた。
そこでネコゴーレムがトカゲの眼前に飛び出し、注意を逸らす。
が、次の瞬間にはコマ落としのように、オオトカゲの牙がネコゴーレムの首筋に突き刺さっていた。
あっさりと土塊に帰るネコゴーレム。
恐るべきスピードである。
青志が正面から挑んでいれば、1秒で勝負が決していたところだ。
でも、小鬼たちにとっては、オオトカゲもいつもの狩りの対象だったのだろう。
ネコゴーレムが咥え込まれた時には、小鬼ゴーレムが大きくジャンプしていた。
身体の構造上、地面に張りつくような四つ足のオオトカゲには、上空からの動きに対応しにくい。
その為に背中に突起があるのだろうが、小鬼ゴーレムはオオトカゲの背中に着地するや、突起をものともせず、その首筋に剣鉈を突き刺した。
延髄だかを破壊されたのだろう。
オオトカゲは、一度身体を波打たせただけで、あっさりと静かになった。
あわ良くば狩りに首を突っ込んで経験値を得たかったが、そんなチャンスは1ミリもなかったと言えよう。
「こんなんで、オレ、強くなれるのか?」
前途多難だ。
「ところで、こいつからも宝石は取れるのかな?」
小鬼ゴーレムに目を向けると、オオトカゲの死体をひっくり返し、その腹を裂き始めた。
普段からの慣れた作業なのだろう。非常に手際がいい。
背後から見ていると、心臓に半ば埋まるように、勾玉型の宝石が姿を現した。
それを剣鉈でこじり出す小鬼ゴーレム。
血にまみれたオオトカゲの宝石は、濁ってはいるが黄色かった。
これで、手数が増える。
血糊を落とすと、ありがたくポケットにしまい込む。
倒されたネコゴーレムだが、宝石が無傷で残っていたので試してみると、問題なく再召喚できた。
どうやら、ロストすることを心配せずに、使い潰すことが出来そうだ。
フワフワモコモコで愛想よくニャーと鳴くゴーレムだったら、とてもじゃないけど犠牲にしたくはないが、土でできた愛想の欠片もないゴーレムなおかげで、ミサイル的な扱いをしても罪悪感を覚えずに済む。
そして、オオトカゲを倒した小鬼ゴーレムは経験値の増加が気になったが、まだ無事に呼び出し直すことが出来た。
オオトカゲぐらいじゃ、経験値は大したことがないのだろう。
青志がもう一度炎使いの小鬼をゴーレム化しようとしたら、下っ端の小鬼を5体、自力で倒さねばならないのかも知れない。
夕方近くになって、ようやく川に到着。
幅が10メートルほどで、そこそこ流れの速い川だ。
大きな石もゴロゴロしてるし、けっこう上流なようだった。
周囲から見え辛そうな位置に、タープと呼ばれる防水性の布を張って屋根とする。
気温はじゅうぶんに高かったので、テントは使わずに、寝袋だけで寝ることにした。
何者かからの襲撃があった時にも、その方が対処し易いだろう。
もちろん、ゴーレムたちに周辺の警戒は行わせている。
一般に売られているものは、タープにしろテントにしろカラフルな色がついてるが、青志はタクティカル仕様の渋い色でそろえていた。
単に派手な色に精神が耐えられなかったのと、タクティカル仕様という言葉に惹かれたせいだったが、こんな事態に陥ってみれば、それが生きてくるというものだ。
ちなみに、身に着けているフィールドジャケットもリュックも、タクティカル仕様である。
焚き火をし、夕食はインスタントの袋ラーメンで済ます。
明日、魚釣りに挑戦してみる気だ。
うまくいけば、焼き魚が食べられるだろう。
どんな魚がいるんだろうと思いながら食後のコーヒーを口にしている時、それは現れた。
青志の背中を、激しい戦慄が走る。
日が暮れた夜空。
漆黒の闇の中に浮かび上がる――――
それは。
巨大な銀河の姿だった。