進化するゴブリン
拠点に戻ると、翌日はのんびりと過ごした。
水牛をさばき、牛肉三昧の食事を楽しむ。
さすがに牛1頭丸々のさばき方など、青志は知らなかったが、ゴブリンゴーレムに好きにさせると、見事にさばいてのけた。
生活力旺盛な連中である。
ゴブリン、侮るべからずだ。
「しかし、ここまで肉ばっかりだと、さすがに野菜が食べたくなるなー」
ゴッホに教えてもらった食べられる葉もあるが、もっとちゃんとした野菜が食べたいのだ。
次に遠征するときには、野菜も持って来なければと思う。
ジャガイモみたいな物があるだけで、ずいぶん違ってくるだろう。
アイアン・メイデンの3人に野営料理を教えてもらうのも、いいかも知れない。
42才のオッサンが女子高生を訪ねて行くには、それなりに理由が必要である。
まったりとお湯に浸かり、牛肉を食べまくり、すっかりリフレッシュした青志は、温泉地帯を後にした。
同行するゴーレムは、アイアン・ゴブリン、アイアン・ウサギ、鷹2体である。
アイアン・ゴブリンゴーレムには背嚢を負わせ、手槍を持たせている。
残りの2本の手槍は、拠点に置いてきた。
翼竜から得た素材に加えて、大量の牛肉を持っているのだ。手槍2本が減っただけでも、かなり楽になる。
拠点には少しずつ荷物を増やして、居心地を良くする予定だ。
荷物は、蟻ゴーレムの掘った穴に隠しておくので、偶然誰かに盗られる心配もない。
帰りは、少し道草をして、南の湿地帯を通ることにした。
翼竜が水牛を狩っていた場所だ。
ただし、目当ては水牛ではなく魚である。
牛肉が傷むので1日も早く帰還したいのだが、あっさりした魚が食べたくて、我慢できない気分なのだ。
出来たら、淡水魚より海の魚がいいのだが、それは我慢するしかない。
昼過ぎになって、湿地帯に到着。
あちこちに、大小様々な沼が点在しているようだ。
葦のような植物が繁茂し、どこまでが地面で、どこからが沼なのか、判別がつかない。
はっきり言って、気持ち悪い。
そんな中に、水牛や水鳥たちの群れが散見できる。
きっと、魚も多いのだろう。
実り豊かな土地には違いないが、青志は葦原に足を踏み入れる気にはなれなかった。
まず、足を濡らしたくない。
それに、虫がやたらと多い。ヒルだって、いるだろう。
泥濘に足を取られ、蚊や虻にたかられ、ヒルに食いつかれるような真似は、ご免こうむりたい。
「あと、ワニやヘビのいる気配がプンプンするよね」
そういう訳で、湿地帯の手前の乾いた地面の上に腰を下ろすと、水妖ゴーレムを呼び出す。
「ちょっと距離があって悪いけど、沼まで行って、魚を捕ってきてよ」
青志の勝手なお願いに、表情も変えず、沼に向かうミゴーゴーレム。
ミゴーが漁をしてるうちに、ゴブリンゴーレムをもう1体召喚。ナイフを持たせて、護衛とする。
翼竜を倒したせいで、ゴーレムを呼ぶのに、だいぶ魔力的な余裕が出てきたようだ。
これまでなら、風魔法の使えるウサギと水魔法の使えるミゴーは、同時に召喚できなかったのである。
焚き火ができあがった頃、早々にミゴーが戻って来た。
でっかい魚を抱えている。
1メートルを余裕で超えるナマズに似た細長い怪魚だ。
しかも生け捕りにしたらしく、ミゴーの腕の中でビチビチと暴れている。
魚とは言え、ここまで大きければ、殺せば、少しは魔力をもらえそうだ。
「ありがとう、ミゴーくん」
怪魚を地面に下ろさせると、ゴブリンゴーレムに押さえつけさせる。
ナイフを右手に、左手で怪魚の頭を押さえ・・・。
ばぢぃっ――――!!
左手に激しい衝撃。
真っ白になる視界・・・。
気が付くと、辺りは真っ暗になっていた。
地面に仰向けに倒れていたらしく、巨大な銀河が渦巻いているのが目に入る。
「くぅ・・・」
身体中が痛い。
中でも、左手が焼けるように痛い。
そして、股間が気持ち悪く濡れている。
失禁してしまったらしい。最悪だ。
ゴーレムたちに意識を向けると、倒れた青志を守るように、みんな近くに立っていた。
焚き火も、消えないようにしてくれてた様だ。
そして、青志のそばには、首を切り落とされた怪魚が横たわっている。
ゴーレムがやったのだろう。
「なるほど。デンキウナギだったんか」
倒れたままで、青志は独り言ちた。
感電しようが関係ないゴーレムにしてみれば、デンキウナギには何の脅威も感じなかったのだろう。
青志にとって危険な物と分かっていたら、殺してから持って帰って来たろうか?
「ミゴーくん、減点~」
即死しなかった上、気絶してる間に襲われなかったのは、ただ運が良かっただけだ。
正体不明の怪魚に素手で触ったのは、さすがに迂闊過ぎた。
致死性の毒を持っている可能性だって、あったんだから。
そして、電気と同じく、毒もゴーレムには効かない筈だ。
ゴーレムが平気だからって安心していると、またひどい目に合うことになるだろう。
注意しなければいけないのは、青志自身だ。
ゆっくりと身体を起こす。
左手を見ると、真っ赤に腫れ上がった上に、あちこち肉が裂けている。
かなり、重傷だ。
ミゴーゴーレムを呼び寄せる。
「お前さんの水魔法の方が、オレのより強いんだから、治癒してみてよ」
ミゴーが、なんとなく慣れない素振りで、青志の左手に治癒魔法をかける。
「お。いい心地」
自分でかけるのと違った心地よさが、青志の身体に浸透してきた。
痛みが薄らいでいく。
「さすがに、一瞬で傷が治るわけじゃないけど、明らかにオレがやるより治りがいいね」
とりあえず左手には包帯を巻き、自分の治癒魔法を循環させておくことにした。
クリムトのとき程ではないが、完治までに幾分かかりそうだ。
ミゴーゴーレムには、また似たようなケースになったら、指示なしでも治癒を使うように言っておく。
こうなると、水魔法の使えるゴーレムを常備したくなる。
どこかで青い魔ヶ珠を手に入れたいものだ。
「そう言えば、デンキウナギも水棲のケモノなんだから、もしかして・・・」
期待してゴブリンに腹を裂かせたが、残念ながら、出てきたのは、青みがかってはいるが灰色の魔ヶ珠だった。
「そう都合よくはいかないか。でも、あの電撃は使えるよなぁ。これで陸上でも活動できたら最高なのに」
そう思って魔ヶ珠を触っていると、頭の中に天啓が閃く。
「融合?属性だけじゃなく、生体機能まで?」
アイアン・ゴブリンを魔ヶ珠に戻すと、デンキウナギの魔ヶ珠をそっと近づける。
青志の身体から流れ出した魔力が、2つの魔ヶ珠を同期させ、更に融合させてしまう。
ゴブリンがベースで、吸い込まれたのがデンキウナギだ。
「お?お?」
興奮し過ぎて、青志自身、心臓がバクバクだ。
今度は、融合が成った魔ヶ珠を、再びアンモナイトの攻殻の残骸の上に置いた。
ゴブリン召喚――――。
アイアン・ゴブリンゴーレムが姿を取り戻す。
その輪郭は、多少マッチョになったように見える。
しかし、問題は、ちゃんと放電機能が受け継がれたかどうかだ。
見回すと、鷺に似た2メートルぐらいの大きさの鳥を発見。
夜というのに、水辺で魚をついばんでいる。
「手槍禁止、ナイフ禁止、打撃禁止、締め技禁止。放電のみで倒して下さい」
青志の無茶振りに従って、静かに鳥に近づいていくアイアン・ゴブリン。
巨大鷺は一瞬警戒の色を見せるも、近づいてきたのがゴブリンと分かると、舐めた様子で魚捕りを再開した。
自分より小さなヤツが寄ってきたからと言って、焦る必要もないと言わんばかりだ。
これ幸いと、接近するゴブリンゴーレム。
「くわっ!!」
ゴブリンゴーレムが手を伸ばした瞬間、巨大鷺が嘴を振り回した。
猛烈な勢い。
普通のゴブリンなら、それで吹っ飛ばされていただろう。
しかし、アイアン・ゴブリンは重い。
嘴を打ちつけられながらも、なんとか転倒せずに耐える。
そして、鷺の長大な嘴を両腕で抱え込んだ。
ばぢぃっ・・・!!
次の瞬間、鷺が翼を大きく広げ、脚を突っ張ったまま硬直した。
全身が、ビクリビクリと痙攣する。
完全に失神している。
成功だ。
「うわぁ、あれが、さっきのオレの姿なのか・・・」
濡れたままの股間が、よけいにヒンヤリ感じられる。
デンキゴブリンの誕生を、素直に喜べない青志であった。