翼竜狩り
アイアン・メイデンの3人が唐突に立ち去ってしまい、ちょっと寂しい気分の青志である。
「可愛い女の子のゴーレムが欲しいなぁ・・・」
そう呟いてから、その製造過程の残酷さに気づき、慌てて頭の中から消し去った。
さすがに、人間のゴーレムはヤバ過ぎる。
で、気を取り直して、修行にとりかかることにした。
1週間程度はこの地に留まり、狩りをする予定である。
気分としては、ゲームでいうところのレベル上げとか経験値稼ぎなのだが、普通、この世界の人間は、そんなことをしない。
狩りは必要に応じてするもので、殺すためだけにケモノを狩る者は、冒険者たちから排斥されることになる。
青志にしても、自分が必死にウサギ狩りをしている横で、明らかに格上な冒険者がウサギを乱獲し始めたら、穏やかな気分ではいられないだろう。
ケモノ=モンスターではないのだ。
一度殺してしまえば、確実にその数は減っていくのである。
でも、青志は強くなりたい。
それも、早急にだ。
だから、人気のない、こんな場所までやって来た。
ここでなら、狩りのための狩りをしても、誰かの目に止まることはないだろう。
もちろん、弱いケモノを乱獲するような真似はしない。
ごっそり魔力をもらえそうな相手を、ゴーレムと罠を駆使して、倒すつもりだ。
まずは、偵察。
付近に、どんなケモノが生息しているのかを探る。
鷹ゴーレム3体で、辺りを隈無く調べた。
そして見つけたのが、翼長5メートルを超える翼竜。
真っ赤な羽毛に覆われてはいるが、その姿は、空飛ぶトカゲ。いや、ワニ。
翼は、コウモリのような薄い皮膜だ。
大物ではあるが、翼は弱い筈。
空を飛ぶ生物の特徴として、軽量化のために骨の中身もスカスカになっていて、モロいと予想できる。
最大の狙い目は、着陸直後だ。
青志の持つ知識では、翼竜は、離陸と着陸が苦手である。
その身体の大きさのせいで、フワリと舞い降りるような着陸は出来ない。不時着としか言い様のない不格好さで着地するのだ。
むろん、学説は新しい証拠が見つかれば変わってしまうし、異世界の生物に地球の理屈が通じるかも分からない。
という訳で、観察である。
鷹ゴーレムの尾行で、翼竜の巣を発見。高さ20メートルほどの断崖の中腹だ。
その断崖の上が、樹木も疎らにしか生えてない平坦な地形になっていた。広さは、テニスコートほど。
翼竜は、そこを滑走路代わりに使い、離陸と着陸をしているのだった。
飛び立つときは、翼を広げたまま、2本の脚でヨタヨタとそこを走り、断崖から飛び降りるようにして上昇気流を捕まえる。
着陸のときは、翼を広げたまま着地し、その勢いを殺そうとして転倒し、全身で地面を滑っていくのが常のようだ。
狙うのは、ここしかない。
幸い、断崖の上までは大した苦労もなく登ることが出来た。断崖の背後は、ちょっと急な程度の丘陵だったのだ。
翼竜の滑走路にたどり着くと、まずは蟻ゴーレムに穴を掘らせる。深さは30センチぐらいで、長さは2メートル弱。青志が横になって、隠れられる穴だ。
翼竜が着地前に青志に気づいてしまったら、彼など単なる獲物になってしまう。
空を飛んでる翼竜は、地上の生物からすると、天敵以外の何者でもない。
青志の分が出来ると、次はゴブリンゴーレム3体分だ。
位置をずらして、3つ掘る。
ダメージは、出来るだけ青志1人で与えたいので、その為にゴブリンたちに牽制をしてもらうのだ。
もちろん、青志1人の手に余るようなら、攻撃にも転じてもらう。
強くはなりたいが、死んだり、大怪我を負ったりしては元も子もないのである。
穴の中に身を横たえ、毛布をかぶり、その上からゴブリンたちに土をかけさせた。
外は見えないが、鷹ゴーレム2体の監視の目があるから、問題はない。
ゴブリンゴーレムたちも、それぞれ穴の中に入り、自ら土を被って身を隠す。
これで、準備完了。
後は、翼竜の帰還を待つだけだ。
翼竜の観察は、前日の1日しかやってないが、その時の帰還は日没前だった。
現在は、まだ正午前と思われる。
長ければ、夕方まで待ち続けなければならない。
が、獲物が手に入れば、その時点で翼竜は戻って来ると、青志は考えていた。
空を飛ぶ生物は、太る訳にはいかない。だから、必要以上の大食いをしない。
必要なだけの食事を摂れれば、それで満足して帰ってくる可能性が高いのだ。
その為に、まだ早いうちから待機しているのである。
やっていることは、完全に猟師だ。
が、猟師と違うところは・・・
鷹ゴーレムが翼竜が帰ってくるのを見つけた時、青志は見事に熟睡していた。
真っ暗な穴の中でうつ伏せになったまま、スヤスヤと眠っていたのである。
目を覚まし、己の緊張感のなさに、さすがに凹みそうになる。
が、反省している場合ではない。
翼竜が急速に接近してくるのだ。
翼竜は、脚にケモノをぶら下げていた。
水牛のように見える。
すでに死んでいる様で、肩口に鋭い爪を打ち込まれたまま、動く気配がない。
滑走路の上に差しかかると、低空飛行で水牛を落とす翼竜。
水牛は四肢をピンと伸ばしたまま、地面に打ちつけられ、バウンドし、転がった。
息があったとしても、今のがトドメになったろう。
水牛を落とし、翼竜が大きく旋回する。
着陸だ。
穴の中で手槍を握り締める青志。
ヤツが不格好に着地した時が、勝負!
けっこうな速度で、翼竜が突っ込んでくる。
ごつい鍵爪の生えた脚が地面に着き――――
脚の回転が速度に追いつかず、胴体から地面に激突。
そのまま滑って行く。
立ち込める土煙。
今だ!
意を決して、青志は飛び出す。
土煙の向こうには、倒れたままジタバタしている翼竜の後ろ姿。
翼竜が立ち上がるまでが勝負だ。
手槍を腰だめに構えたまま、翼竜の大腿部に突撃。
鋭い穂先が、ぐっさりと突き刺さる。
ぎぃやあああああ~~~~~~~~~っ!!
激しく啼いて、翼竜が振り返ろうとする。
そこにゴブリンゴーレムたちが参戦。
手槍で翼竜の顔面を殴打する。
あくまで、牽制の為だ。
翼竜の注意がゴブリンたちに向いたところで、手槍を引き抜き、もう一度突き立てる。
ぎしゃああああぁぁぁ~~~~~~~っ!!
のたうち回る翼竜。
立ち上がれずに、もがいている。
右足は殺せたようだ。
「ゴブリン!もうちょっと、押さえといてくれよ~!」
翼竜の頭をゴブリンたちが押さえつけるようにしてるのを横目に、青志は手槍で突きまくる。
「ぐぅっ!!」
突然、青志の胸に激痛が走った。
翼竜が息絶えていることに気づかないまま、手槍を振るい続けていたらしい。
「ぎぎぎぎぎ・・・!!」
胸が、二の腕が、太ももが、裂けるように痛い。
手槍を取り落とし、四つん這いになって、必死に痛みに耐える。
これは、ゴブリンウィザードの時に匹敵する痛みだ。
苦痛に呻きながら、青志は考える。
胸だけじゃなく、二の腕や太ももまで痛むのも、その時以来のことである。
青志の場合、胸だけでなく両の二の腕、太ももでまで魔ヶ珠が成長している様だ。
「大物狙いだと、毎回この痛みを味わわなきゃいけないのか・・・。ちょっと、勘弁だなぁ」
地面に突っ伏したまま、青志はボヤいた。
「でも、小物をチマチマ狩ってても、なかなか強くなれそうにないしなぁ」
今回の翼竜のように、青志が魔力を独占できるケースならば、積極的に狙うべきなのは分かっている。
「でも、痛いんだよぅ」
翼竜からは、緑がかった大きな魔ヶ珠が穫れた。
肉は、破棄だ。肉食丸出しのケモノの肉は、食べられない。
後は、真っ赤な尾羽と全身の羽毛。鋭く巨大な鉤爪を回収しておいた。
街に戻ったら、ケモノごとの売れる部位を確認しておかねばならない。
ゴブリン3体を駆使して解体を終え、拠点に戻ろうとした時に、それが目に入った。
「水牛・・・」
そう。翼竜がゲットしてきた水牛の死体が、そこには転がっていた。
「牛肉、いただきました~」