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新しい絆

 朝である。

 見張り番をするなどと言いながら、もちろん青志は眠っていた。

 2体のコウモリゴーレムの索敵能力が、かなり優秀なのだ。起きている必要がない。

 テントの中にいる3人がゴソゴソし始めたのまで感知し、青志に信号を送ってくれる。

 毛布にくるまったまま横になっていた青志は、慌てて飛び起きた。

 

 焚き火がだいぶ小さくなっていたので、薪を放り込む。

 朝食の準備もしなければならない。

 3人に、もっと日本ぽいものを食べさせてやりたいが、ご飯がもうない。

 いや、正確に言うと、米がまだ5合ばかりあるのだが、鍋できちんと炊ける自信がないのだ。

 お湯で温めたらいいだけのインスタントご飯は、昨夜で食べ尽くした。


 あとは、クリムトを夢中にさせたインスタントのスープ類ぐらいだ。

 クリームシチューに二足トカゲの肉を入れて、パンと一緒に食べることにする。

 パンは、こちらの世界のものだ。

 はっきり言って堅いし、不味いが、こればかりはどうしようもない。


 お湯を沸かせていると、3人がテントから出てきた。

「おはようございます」

「おはよう」

 遅くまで話し込んでいたせいで、さすがに眠そうである。

 そんな様子が、なぜか微笑ましい。見ていて、軽く幸せな気分になる。


「この辺りに水場はありますか?」

 そう聞いてきたのは、笑顔が武器のトワだ。

「水場と言うか、温泉なら、そこの岩の向こうにあるよ」

「ええっ!?」

 眠そうにしてた3人が、いきなり元気になる。


 争うように岩の向こうを覗き込むと、「わぁーっ!」という歓声。

「こ、これ、入っちゃって、いいですか?」

 年齢の割りにはずいぶん落ち着いて見えたユカが、目を輝かせながら、問いかけてくる。

「いいよ。オレの温泉て訳じゃないし、時間を気にする訳でもないし」

「やったー!」

 すごい勢いで、岩の向こうに消えるユカ。

 昨日も青志と会うまで温泉に入ってた筈なのに、よほど温泉が好きらしい。


「それにしても、ずいぶん無防備だなぁ。もしかして、試されてるのかな?

 誘われてるんじゃないよな?

 つか、よく考えたら、オレまだ温泉入ってないじゃん・・・」

 ゴブリンに掃除を任せたきりで、綺麗になってるのかも確かめてはいない。

 入り心地は、大丈夫なんだろうか。

「3人の感想を聞いて、ミミズと蟻に改装させよう」





 3人が出てくるまで、たっぷり1時間はかかった。

 青志にしてみれば、じっと我慢の1時間だった。

 彼だって、男なのである。

 こちらに落ちてくる直前には、すっかり性欲も減退していたのだが、今は違う。

 狩りをすることによって本能が目覚めたのか、下半身がやたら元気なのだ。まるで、中学生の頃のように。

 岩の上のゴブリンゴーレムを振り向かせたい欲求と戦うのに、ひどく消耗した気分だ。


 そんな事はおくびにも出さず、朝食の準備を再開する。

「すいません。のんびりしちゃって」 

「そんなに気を使わなくていいよ。のんびり出来る時には、のんびりしたらいい」

「はい!」

 それでも気を使って、お行儀よく返事するユカとトワ。

 年上のリュウカだけが、マイペースにポワ~ッとしている。


「これは、クリームシチュー・・・」

「うん。インスタントだけどね」

「もう、カレーは残ってませんか?」

 珍しく、リュウカが話しかけてきた。

 ユカがハッとして、たしなめる。催促するような真似をするなという事だろう。


「残念ながら、もう1人分も残ってないんだ」

「少しでも残っているなら、いただけませんか?」

「ちょっと!リュウカちゃん!」

「ルーのブロックが2つだけしかないけど、それでもいいかい?」

 味付け用になるだろうと思って残していたのだが、彼女たちが喜ぶなら、あげてしまっても問題ない。


「はい。それだけあったら、ヒミカちゃんが・・・」

「リュウカちゃん!!」

 ユカが焦って止めるが、もう遅い。まだ他に仲間がいるようだ。

 青志が相手なら、仲間がいることがバレたからと言って支障はない。しかし、相手によっては、弱みになりかねないところである。

 

 しかし、どれだけの数の女子高生が、この世界に流れて来ているのだろう。

「・・・・・・!!」

 そこで、思い出した。

 1年ぐらい前に、大騒ぎになった事件。

 とある女子校の中等部と高等部の生徒を満載した路線バスが、忽然と行方不明になった事件。

 確か、運転手を含めて54人の人間が、バスごと消えてしまい、その痕跡さえ発見されなかったというものだ。


 彼女たちがその当事者だとしたら、今は何人の生存者が残っているのだろう?

 落ちてきたのが街の近くならいいが、そうでなければ、その多くがケモノの犠牲になった可能性もある。

 こんな女の子たちが地獄を見たかも知れないと考えると、青志の目に、ジワッと涙が浮かんできた。


 涙を見られないように、リュックの中をのぞき込む。

 カレーのルーだけじゃなく、インスタントのスープにコーヒー、砂糖、しょう油、米を取り出す。

 どうせ、遠からず使い切ってしまうものだ。

 1年もの間、日本から離れて生きてきた彼女たちに、気前よくあげてしまおう。


 ビニールポーチに一切合財を詰め込み、リュウカに手渡す。

「どれも中途半端な量だけど、持って行っていいよ」

「ホント?」

 遠慮なく受け取ったリュウカが、心から嬉しそうな表情を浮かべる。

 それだけで、青志の心がほんのりと温かくなった。


「リュウカちゃん、ダメだから!」

「ああ、いいから。オレが1人で使い切るより、他に喜んでくれる子がいるなら、その子にあげてよ」

「厚かましくて、すいません!」

 恐縮しまくるユカとトワ。


「じゃあ、行こう」

 そんな2人を尻目に、唐突に立ち上がるリュウカ。

「え?」

「ヒミカちゃんに、早く届けてあげないと」

 そう言って、青志に一礼だけして、立ち去って行く。


「ちょっ、ちょっと、リュウカちゃん!!」

 ユカとトワが、悲鳴を上げながら引き止めようとするが、リュウカは止まらない。

 気持ちいいぐらいのマイペースぶりだ。

「オレはいいから、追いかけてあげな」

「ホンっトに、すみません!!」

 青志に最敬礼するや、スズカを追おうとする2人。


「あ。サムバニル市に帰ってきたら、東門の公園近くで『なでしこ』って店を探して下さい!」

「きっとですよ!」

 そう言って、にっこりと笑みを浮かべる。

「分かった。行くよ」

 青志が答えると、安心したように踵を返した。

 風のようにリュウカを追って行く。




 

 いつものことながら、リュウカには驚かされる。

 ユカとともに疾走しながら、トワは苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 あれだけお世話になっておいて、更にカレーをちょうだいなんて、普通は言い出せやしない。

 それを何の躊躇もなく言ってのけて、相手を怒らせないのだから、恐れ入る。

 相手がアオシだから、良かったのかも知れないが。


 でも、これでカレーが手に入った。

 それに、コーヒー、砂糖、インスタントスープ、しょう油に米もだ。

 この1年間、恋い焦がれた味である。

 それが、こんな所でゲット出来るなんて。


 早く、ヒミカに届けなくては。

 そうしたら、彼女が魔法を使ってコピーしてくれる。

 米とカレーを人数分作り出すのは大変だろうけど、彼女は頑張ってくれるだろう。

 リュウカの能力共有化の魔法を使って、自分も手伝わせてもらおう。


 アオシには、本当に感謝しなければならない。

 ちゃんと、『なでしこ』に来てくれるかな。

 それまでに、カレーや米を増やしておかないと。

 アオシは、きっと驚くだろう。


 人の好さそうなアオシが驚き、嬉しがる姿を想像し、トワはにっこりと微笑むのであった。

 

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