焚き火の前で
「あ・・・!」
青志に声をかけられて、3人の女の子は、やっと我に返ったようだった。
カレー鍋に縫い止められてた視線を引っ剥がし、慌てて彼に向き直る。
「こ、こんばんは。いきなり、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして、頭を下げてきた。
「いや、気にしなくていいよ。
良かったら、一緒に食べる?」
青志がカレーを指して言うと、3人がゴキュッと唾を飲んだ。
視線が、再びカレーに釘付けになる。
「こ、この・・・この料理は、カレーですよね?」
ハーフツインの1人の問いに、青志は穏やかに「そうだよ」と答えた。
その途端、3人を包む空気がザワリと音を立てる。
殺気かと思ったが、そうではないらしい。食い気のようだ。
正直、ビビった。
「食器は、持ってる?」
「持ってます!・・・あ、荷物取ってきます!」
大慌てで引き返していく3人。
見ていると、ハーフツインの小柄な2人が先に動き、ポニーテールがオロオロしながら、付いて回っているように見える。
戦闘中は、ポニーテールの子が大人っぽく見えていたのだが。
「まあ、いいや。友好的にいけるんなら、なんだって」
あれだけの戦闘力を持った少女たちなのだ。
自分の頭がハルバートでかち割られるような出会い方だけは、避けたかったのである。
それを思えば、ほぼ理想的な展開と言えよう。
3人は、アッという間に、荷物を抱えて戻ってきた。
さっきは着ていなかった黒い金属の胴当てと武器、それにアンモナイトの甲殻。どれも重そうなのに、軽々と運んできた。
キツネたちの姿はない。
青志だってゴーレムたちを隠してるから、お互い様だ。
ちなみに今は、鷹が近くの木の上。コウモリ2匹が周囲を飛んでいて、アイアン・ゴブリンが青志の背後の岩の上に隠れている。
カレーを与えると、3人は無言でがっつき始めた。
青志に対して色々質問が投げかけられるかと思ったのに、それどころではないらしい。
飢えた野良猫にウインナーをあげた時のことを思い出す。
超絶的な戦闘力を持つとは言え、まだ10代半ばの少女たちなのだ。こんな世界に落とされてきて、日本が恋しくない訳がないのだ。
カレーを食べながら、3人が泣いているように見えたのは、気のせいではないだろう。
食後は、コーヒーだ。
コーヒーや砂糖が、それぞれスティックに詰められたインスタントだが、3人は幸せそうに飲み干した。
「ごちそうさまでした」
そろって、両手を合わせる3人。行儀がいい。
「どういたしまして。喜んでもらえて、良かったよ」
「ホントに!まさか、カレーが食べられるなんて思わなかったから!」
ハーフツインの1人が、目をキラキラとさせて答えてくれた。
笑顔が可愛い子だ。
これぐらいの子供が自分にいても不思議じゃないんだと思うと、その笑顔を守ってやりたいなという気分が湧いてくる。
「オレの名前は、千種青志。
3人の名前を聞いていいかい?」
チグサ・アオシ――――。
目の前のオジサンにそう名乗られて、カレーに夢中になるあまり、自分たちが名乗ってもいなかったことに気が付いた。
大失態だ。
「白百合由香です。15才です」
慌てて、自己紹介をする。
「桔梗院永遠。15才です」
「神代流花です。17才」
トワは、ユカと同じぐらいの身長で、同じように髪をハーフツインにしている。
リュウカは1人だけ年齢も上で大人びた雰囲気だが、中身はかなりポンコツだ。しかし、ケモノと戦う時だけ、カッコいい戦女神へと変貌する。
「貴重なカレーを食べさせてもらって、ありがとうございました。何かお礼をさせて下さい」
この中で一番の常識家を自負するユカが、自然とアオシの相手をすることになる。
アオシと名乗ったオジサンは、優しそうな顔をしているし、感じられる魔力もずいぶん弱い。
しかし、簡単に信用する訳にはいかない。
女子高生を相手に、オジサンがロクなことを考える筈がないのだ。
「じゃあ、お礼代わりに・・・」
すかさず乗ってきたアオシに、「やっぱり、そうか」と思う。下心あり、か。
しかし、この世界では、ユカたち3人は、ほぼ無敵なのである。
その強さを、見せつけてやらねばならない。
同じ日本人だとしても関係ない。場合によっては、殺してしまっても仕方ないと思う。
それが、この世界で生き抜いてきた自分たちが身につけた覚悟だ。
「この世界の先輩として、なんでもいいから、アドバイスをくれないか?」
「――――え?」
「いや、オレって、こっちに迷い込んでから、まだ1ヶ月も経ってないからさ、まだまだ戸惑うことだらけでね。
だから、知っておいた方が良さそうな事とか、教えてもらえたら嬉しいんだ」
「あ、ああ、なるほど・・・」
ユカは、きょとんとした表情でアオシを見つめてしまった。
「じゃあ、アオシさんは水魔法を?」
「うん。おかげで苦労してるとこさ」
そこから、ユカとトワによるアオシへのアドバイスは、深夜にまで及んだ。
アオシの穏やかな人柄のせいもあって、知らず知らずユカたちも楽しんでしまったのである。
ちなみに、リュウカは焚き火を前に、うつらうつらしていた。
「あ。悪い。ずいぶん遅くなっちゃったね。もう、寝ようか」
そんなリュウカの様子に気づき、アオシが会話を切り上げた。
「2人用だけど、君たちなら3人でも大丈夫だろう」
そう言って、テントでユカたちを寝かせてくれる。
アオシは、1人で見張りをしてくれるという。
ユカは、アオシには悪いが、彼の申し出に甘えて、眠らせてもらうことにした。
3人は、トワの持つユニーク魔法で呼び出せる霊獣が見張りをしてくれるせいで、夜通しの見張り番などしたことがないのだ。
今も、霊獣は姿を消したまま、周囲とアオシを監視し続けている。
霊獣は索敵を得意とするが、噛みつくなどをして、戦闘も行える。
トワの魔法の属性は、風だ。
ユカのユニーク魔法は、重さを操るというもので、自分より大きなハルバートを振り回したり、アンモナイトの甲殻を軽々と持ち運べるのは、そのお陰である。
魔法の属性は、土。
リュウカのユニーク魔法は、最高で3人までの魔法を共有するというもの。
その能力により、3人は同時に霊獣を呼び出し、重さを操り、3つの属性魔法を使うことが出来る。
彼女の魔法の属性は、火。
アオシには、まだ自分たちの能力を知らせる気はない。
彼のことは信じてもいいと思いかけているが、まだ判断を下すには早過ぎる。
逆に、彼の能力のことも尋ねてはいない。
この世界に来て1ヶ月に満たないのに、たった1人でこんな場所まで来れるというからには、かなり強力なユニーク魔法を持っている筈なのだ。
出来れば、仲間になって欲しいと思う。
状況が分かっているのか、早々に寝息を立て始めたリュウカを見ていると、色々と考えを巡らすのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
トワも、同感らしい。
くすっと笑い合うと、2人も眠りに着く。
明日は、もっとアオシの話が聞けるかな。