鋼のお嬢ちゃんたち
やがて、少女たち3人が、同時に同じ方向に目を向けた。
上空の鷹ゴーレムがそちらを見やると、少女たちより丈の高い岩が1つ。
いや、岩ではない。
岩に擬態した陸棲アンモナイトだ。
青志が出くわしたものより、更にデカい。
ポニーテールの少女は腕を組んで立っているままだが、ハーフツインの2人が、そろってハルバートを構える。
まさか、やる気なのだろうか?
青志が呆然と見ていると、少女たちの足元から3つの影が飛び出した。
「――――!?」
赤、白、黒の影が滑るように疾走し、たちまちアンモナイトの許にたどり着く。
それは、3匹のキツネだった。
ゴーレムではない。ふさふさした体毛を見れば、それは分かる。
が、かと言って、普通のキツネでもない。
その姿は、どこかアニメっぽくデフォルメされており、淡く発光しているようだ。
ゴーレム魔法と同じく、ユニーク魔法なのだろうか。
ますます、興味を惹かれる3人だ。
キツネを目がけ、太い触手が矢のように飛ばされる。
ウサギゴーレムを粉砕した一撃だ。
ヒラリとそれをかわすキツネたち。
その動きは、まるで幻影のよう。
擬態を解除したアンモナイトが、なりふり構わず触手を振り回し始める。
そこに急襲するハーフツイン少女。
長大なハルバートを軽々とスイングするや、アンモナイトの甲殻に横様に叩きつける。
ドゴン――――!!
鈍い音が、数百メートル離れた青志にもはっきりと聞こえた。
力任せだが、恐ろしく重い攻撃。
鉄の塊であるアンモナイトが、あっさりと転倒する。
信じられない光景だ。
そこに飛び込んだ2人目のハーフツインが、ハルバートを振り下ろす。
まとめて何本もの触手が両断される。
飛び散る青黒い血。
防御反応で触手が甲殻の中に引っ込むのに合わせて、ポニーテールが魔法を放った。
土魔法だ。
触手の付け根の中心を、石の矢が貫く。
それだけ。
たったそれだけの仕掛けで、アンモナイトが動きを止めていた。
甲殻の中に飛び込んだ石の矢が、脳髄まで貫いたのだろう。
見事なまでの連携、そして腕前だ。
アイアン・ゴブリンゴーレムを手に入れて悦に入っていた青志だったが、一気に肝が冷えた。
次元が違いすぎる。
「あれが、“鋼のお嬢ちゃんたちか・・・」
ウィンダが話してくれた最近の冒険者事情の中に、彼女たちのウワサがあったと、青志は思い出す。
三位一体の戦闘力は、ウィンダをも凌駕するという評価だった筈だ。
それを聞いた青志は、そんな化け物じみた女の子が何人もいてたまるかと思ったものだが、どうやら事実であったらしい。
アイアン・メイデンの3人は、アンモナイトの本体を甲殻から引き出すと、魔ヶ珠だけを回収し、その死体は放置するようだ。やはり、食べられるものではないらしい。
問題は、甲殻をどうするかだ。
捨てていくなら、青志が利用したいところだが、売り物になるのは間違いないのだ。それを、女の子たちだけで、どうするのか。
ハーフツインの女の子が甲殻に近づくと、本体が入っていた穴に左手をかけ、ひょいと肩に担ぎ上げた。
そのまま、重そうな様子も見せず、当たり前に歩き始める。
他の2人も、彼女を特に気遣う様子もない。
青志は、開いた口がふさがらなかった。
アイアン・メイデンは、脱衣場の建物が残っている辺りを、拠点にするようだった。
穴だらけでも、目隠しの柵がある方がいいのだろう。
実際、歩いてなら、かなり接近するまで、温泉に入っている姿を見られない筈だ。
謎の光るキツネたちも見張りをしてるようだし、普通に考えれば、何の心配もなく入浴を楽しめる環境である。
が、鳥の視線なら――――
「うん。バレたら、確実に殺されるな・・・」
3人の少女がはしゃぎながら服を脱いでいくのを、青志は、木の梢にとまった鷹ゴーレムの目を通して、見つめていた。
言い訳をするならば、彼女たちの裸を盗み見るのが目的ではない。
彼女たちが着ている物を確かめたいのだ。
ウィンダと同衾したとき、青志が気づいたのは、彼女の着けている下着が、21世紀の日本の物とは遠く隔たっているということだった。
ウィンダが着ていたのは、上半身はキャミソールを胸の下あたりで切ったような物。
下半身にいたっては、膝上ぐらいの丈のズボン下としか言いようのない物だったのである。
素材は、両方とも木綿ぽく、色は白らしかった。らしいと言うのは、日本製品のような綺麗な白色ではなかった為だ。
対して、アイアン・メイデンの下着は・・・。
「ブラジャーとパンティーか。フリルなんか付いてるし、どう見ても、この世界の物じゃないよな」
ついでに、裸になった3人の肌が、遠目にも真っ白なことに気付く。
もともとの肌の色なら、ウィンダの方が白い筈なのに、“黄色人種”の3人の肌の方が、より白く見える。
そう。
ウィンダという女性は、青志が知る限り、群を抜いて美しい。
しかし、肌も髪も、ろくに手入れされておらず、肌は土臭く荒れ放題。髪もパサパサで、まるで指が通らなかった。
が、アイアン・メイデンは、肌も髪も、きちんと手入れされているのだ。
21世界の日本のレベルで。
「地球人、それも高い確率で日本人確定だな」
コスプレっぽい姿を見た時から、恐らくはそうだろうと感じていた。
その衣装のセンス。
天使の輪が光る黒髪。
それだけで、日本人だと直感した。
その直感を裏付けるために、彼女たちの下着を見ておきたかった訳だ。
青志は、鷹ゴーレムとの視覚的リンクを解いた。
これ以上、無防備な入浴シーンを見続けるのは、気がひける。
が、何か動きがあれば、すぐに青志に伝わるので、彼女たちを見失う心配はない。。
ちなみに、プロポーションに関しては、3人ともまだまだ発展途上で、ウィンダの圧勝だった。
「さて、後は友好的な接触方法だな」
つぶやくと、青志は焚き火を起こし始める。
日も暮れかけており、そろそろ夕食の準備にかからないといけない。
ライターは温存し、ネコゴーレムの火魔法で着火。
考えたら、ゴーレムのお陰で、間接的ながら全属性の魔法が使えてることに気付く。
1人が1種類の属性魔法しか使えない大原則がある中で、これはひどく便利な話であった。
他属性の身体強化まで使えれば、なお良かったのだが。
夕食は、カレーライスに決めた。
市販のカレーのルーを持ってきていたのだ。
お湯で温めるだけで食べられるライスも、持ってきている。
肉は、二足トカゲの物。
野菜はない。
ソースもない。
もちろん、福神漬けもラッキョウもない。
少々風変わりなカレーになったが、カレーはカレー。
これにライスが付いているのだから、間違いなくカレーライス。
煮込んでいるうちに、いい匂いが漂い始める。
食欲が刺激される魔法の匂いだ。
なんで、カレーの匂いは、こんなに魅力的なんだろう。
カレーをかき混ぜながら、口許が自然に緩んでくる。
取っ手が折り畳める携帯式の鍋。それいっぱいのカレー。
かき混ぜる。
ひたすら、かき混ぜる。
・・・・・・。
久しぶりのカレーの匂いに、しばらくトリップしていた様だ。
気づいた時、目の前に3人の少女が立っていた。
まだ髪は濡れたままで、ひどく息を切らしている。
やけに光る目が見つめるのは、鍋いっぱいのカレー。
カレーの匂いに惑わされたのは、青志だけではないようだ。
トリップしていて接近に気づかなかったのは誤算だが、彼女たちが釣れたのだから、結果OKと思うことにしよう。
「やあ、いらっしゃい」
青志は、精いっぱい友好的に微笑んでみせた。