温泉の涌く丘
陸棲アンモナイトはかなりの強敵だったが、青志の胸の中の魔ヶ珠は、これっぽっちも成長した気配がなかった。
甲殻を手槍でつついただけで、まるでダメージを与えられなかったせいだ。
触手を傷つけていたゴブリン2体は、多少は魔力量が増えたようであるが。
ゴブリンたちに手伝わせて、アンモナイトを土中から引き上げる。
そこで、はたと困った。
死んでる状態でも、その甲殻を壊せなかったのだ。
当然と言えば当然の話なのだが、これではアンモナイトの魔ヶ珠さえ取り出せない。
それ以上に、この甲殻は売り物になると思うのに、丸のままでは重すぎて、運搬することも出来ない。
他の人なら、どうするんだろう?
青志は、悩む。
200キロぐらいあったイノシシを、担いで歩くウィンダの姿を思い出す。
それでも、このアンモナイトは無理だろう。なんせ、鉄っぽい塊なのだ。
倒木で橇でも作って、引っ張っていくしかないだろうか。
しばらく悩んだところで、名案を思いついた。
アンモナイトを解体、運搬、戦闘力の強化を同時に満たす名案だ。
思わず、口許がニヤリと笑みを形作る。
「よしよし、まだ頭は固くなってないようだ」
ゴブリンの1体を呼び寄せると、一度魔ヶ珠に戻す。
そして、アンモナイトの甲殻の上に魔ヶ珠を乗せるや、再びゴーレム化する。
バキン――――!!
あっさりと、アンモナイトの甲殻が裂けた。
バキバキ。
ベキベキ。
異様な音を立てて、甲殻が変形していく。
そう。見慣れたゴブリンの姿に。
「うほっ、なんか格好良くなったんじゃない?」
その変化は、2~3秒で完成した。
後に残ったのは、使い切れなかった甲殻の余りと、イカのような形のアンモナイトの本体。そして、鉄錆色のゴブリンゴーレムだ。
これまでのゴーレムが、土でできたクレイ・ゴーレムだったとすれば、これはアイアン・ゴーレム。
重量はかなり増えたと思うが、その頑強さは、とてつもない武器になる筈だ。
いや、重さ自体も、大きな武器と言える。
こいつなら、ミゴーの短剣のような爪にも耐えられる。
「これは、常時召喚しときたいな。上から外套を着せてれば、小柄な人間が鎧を着てるように見えないかな?」
一度ゴーレム化を解除してしまえば、そこには甲殻の残骸が残ることになる。
次にまたアイアン・ゴーレムを呼び出そうと思えば、その残骸を持ち運んでおく必要があるのだ。
そんな労力に比べたら、アイアン・ゴブリンゴーレムに人間の振りをさせる方が、実際的だろう。
甲殻の残りは、ウサギゴーレムの材料に使った。
アイアン・ウサギゴーレムである。
重くなった筈なのに、その機動性は変わらないようだ。
後で気が付いたが、アンモナイトが作り上げた甲殻は、ただの鉄の塊ではなく、魔胞体を含んだ生体組織である。
おかげで、使える魔力量が大きくなっているのだ。
ゴブリン・ウィザードが炎の杖を使って魔法を強化していたのと、理屈は似ている。
そんな訳で、アイアン・ゴブリンゴーレムも、重さと頑丈さを手に入れた上に、そのスピードも失われてはいない訳だ。
試しにヤシガニと1対1でやらしてみたら、ハサミにはさまれてもビクともせず、簡単に仕留めてしまった。
これで、ミゴーやミミズほど、魔力コストが大きくないのだから、素晴らしいお得感。
新エース誕生である。
温泉地帯に到着したのは、翌日のことだった。
鷹ゴーレムに偵察させると、緩やかな丘陵地の数ヶ所から湯煙が上がっているのが見える。
中には、明らかにヒトの手で加工された形跡のある場所もあった。
過去に落ちてきた日本人の手によるものだろうか。
しかし、それもずいぶん昔のことのようで、目隠しの柵や脱衣場らしき建物は、ボロボロに朽ち果てているようだ。
冒険者の姿は見えないが、温泉目当てで来る者もいるだろう。
周囲を大きな岩に囲まれて、人目につきにくそうな温泉を発見したので、そこに足を向ける。
上空からでないと見つけられないような場所なので、他の温泉愛好家と鉢合わせすることもないだろう。
岩の隙間から入り込むと、そこは正に隠し湯という風情を漂わせていた。
底は浅く、4~5人が同時に入れるような広さだ。
お湯が貯まっているのが、一枚岩の窪みというのも良い。
土や砂利の所にお湯が貯まっていると、使っているうちにお湯が濁ってしまうのが目に見えている。
アイアン・ゴブリンゴーレムを使って、沈んでいる落ち葉なんかを取り除く。
土でできたゴーレムをお湯に入れると、同じ理由でお湯が濁ってしまいそうだからだ。
青志の持つ戦力の中でもエースであるアイアン・ゴブリンゴーレムに、温泉掃除をさせるのは心苦しいが、他に選択肢はないのである。
その間に、青志はテントの設営を行う。
日本から持ってきたテントは、2人用ながら、総重量1キロにも満たない最新式だ。
岩の張り出しを利用し、タープを張って、広い屋根を確保。
その下にテントを固定した。
タープもテントも地味なアースカラーなので、遠目からなら発見されにくいだろう。
「予想以上に居心地の良さそうな拠点が作れたぞ。こりゃ、椅子とかも欲しいなぁ」
岩の段差とかに腰を下ろしてみるが、イマイチしっくりしない。
試しに、蟻ゴーレムを呼び出して、加工させてみる。
さすがに無理かなと思ったが、蟻ゴーレムは苦戦しながらも、着実に岩を削っていく。
「おお、すごいぞ、蟻ゴーレム」
やがて、岩の段差の1ヶ所が、座るのにちょうどいい椅子へと変身を遂げた。
やってみるものである。
拠点が完成したところで、軽く狩りに出る。
今日は、鳥系狙いだ。
空からの偵察要員を、もう少し増やす気である。
出来れば、フクロウのように夜目が効くのが欲しい。
そういう訳で、鷹ゴーレムに頑張ってもらう。
青志たちは、ただ待つだけだ。
狩ること、2時間余り。
戦果は、鷹が2羽。
2羽とも、鷹ゴーレムが単独で仕留めた。
鷹が3羽になったところで、もっと大物の鳥を狙おうかと思ったのだが、獲物を探していた鷹ゴーレムが見つけたのは、3人の冒険者の姿だった。
「あらら、やっぱり他の冒険者も来るんだな。・・・って、なんかすごいぞ」
鷹ゴーレムを接近させてみると、その3人が恐ろしく異様なのに気が付いた。
まず、3人ともが10代半ばぐらいの少女である。
1人は160センチを越えてそうだ。残る2人は、150センチちょいに見える。
少女ばかり3人ていうだけでも異様なのだが、もっと異様なのは、その姿だ。まるで、コスプレ衣装なのだ。
上半身こそ、黒色に鈍く輝く金属の胴当てを着けているが、ノースリーブだ。
細く白い腕が剥き出しになっている。
そして、下半身は、もっとひどい。
なんと、スカートをはいているのだ。
パニエと呼ばれる、骨を入れて膨らませたミニスカート。
色は、真っ赤だ。
太ももは、腕同様に剥き出し。
そして、黒いロングブーツ。
「ゴスロリかぁ?」
背の高い少女は、長い黒髪を高い位置でポニーテールにまとめている。
凛々しい表情をした、かなりの美少女だ。
それに対して、背の低い2人は、黒髪のハーフツイン。
双子のように似ているが、これまた愛くるしい美少女である。
そんな美少女たちなのに、ポニーテールは腰の両側に2本の剣を吊し、ハーフツイン2人に至っては、自分たちの身長よりも長大なハルバートを持っているのだ。
ファンタジー小説やゲームでなら、それでいいだろう。
しかし、現実に、そんな格好で戦える筈がない。
ちょっと転べば、手足の皮がずる剥けだ。
凄腕のウィンダでさえ、肌の露出は極力避けていたというのに。
鷹ゴーレムの目で少女たちを見つめたまま、青志はただフリーズするばかりだ。