成功の予感
周りで食事をしたり酒を飲んだりしていた連中が、不意に低くざわめいた。
それだけ注目を集める人間が、現れたらしい。
マハが店の入り口に目を向けると、そこにあったのは、いつになく堅い表情のウィンダの姿。
「ウィンダさん、どうして――――?」
美しく、腕が立ち、仲間を持たないウィンダは、冒険者が集まるような場所には、めったに姿を見せない。
がさつな男たちが、彼女を放っておかないからだ。
ある者は遠回しに、ある者は強引に、彼女を自分の仲間に、または自分の女にしようと声をかける。
頑として孤高を貫く彼女は、男たちの誘いを異常に嫌っていた。
そんなウィンダが、自ら冒険者ギルドの食事スペースにやって来たのだ。
事情を知る者たちがざわめいたのも、無理はない。
そしてその者たちは、彼女が、40才を越えて冒険者になったばかりの男と一夜を共にしたという噂を思い出すだろう。
「どうしたよ、ウィンダちゃん?
1回やってみたら、病みつきになっちまったのかい?男漁りに来たんなら、俺が相手してやるぜ~?」
酔っ払いの戯言を完全に無視し、彼女は店内全てに視線を走らせた。
その視線が、強い色をたたえている。
アオシがらみの事なのだろう。
マハは、暗鬱な気分になる。
店内にお目当ての人物がいないことを確認するや、ウィンダはマハたちのテーブルに近づいて来た。
「ウィンダさん――――」
「マハ、今はポーターに出てる予定じゃなかったの?」
「それが、アクシデントがあって、2日目には帰って来ちゃったんです」
「アクシデント?みんな、怪我とかしていないのね?だったら、いいけど・・・」
ウィンダが誰かの情報を知りたがっていることが、マハには痛いほど伝わってくる。
が、ウィンダの気持ちが掴めない為、自分から切り出すのは、はばかられた。
ウィンダのことは敬愛しているが、アオシにも好意を感じてるし、何より恩があるのだ。
彼女がアオシを敵視したままであるなら、彼の話題は出したくなかった。
「もしかして、アオシ・・・さんも、一緒だった?」
先に彼の名前を出したのは、ウィンダの方だった。
ただでさえ白いウィンダの顔が、ますます白さを増している。
まるで、血が通っていないようだ。
「アオシさんも、一緒だったよ。俺たちは、アオシさんに救われたんだ」
マハが反応に困っていると、グレコがずばりと切り込んできた。ウィンダの不興を買う覚悟らしい。
「どういうこと?」
当惑するウィンダに、マハとグレコは、先を競うように、オークを撃退したときの話を説明した。
ゴッホから口止めされていた、爆発した道具のことも含めて、全てをだ。
ウィンダの中で、少しでもアオシの印象が良くなるように。
「そう。そういう男なのね」
話を聞き終わると、どこか満足げにウィンダは微笑んだ。
「ありがとう。いいお話が聞けたわ」
そう言うと、銀貨を1枚、テーブルの上に置いた。4人が飲み食いするのに丁度見合うぐらいの金額だ。
「これからも、彼のこと、教えてくれたら嬉しいわ」
「は、はい・・・」
悠然と去って行くウィンダを見送ると、4人はぐったりと脱力した。
「アオシさんはウィンダさんと何もなかったって言ったけど、間違いなく何かあったよな」
「そうね。でも問題は、ウィンダさんがアオシさんのことを、どう思ってるかよね」
「2人が仲良くしてくれたら、俺たちも嬉しいのになぁ」
グレコがぼそりと言った一言は、正しくマハの気持ちを代弁していた。
街を出て3日目になると、他の冒険者と出会うこともなくなった。
青志はゴブリンゴーレムを1体呼び出すと、予備のフード付きの外套を着せ、手槍を持たせる。
「護衛、頼むぞ」
やっと、本格的な狩りの始まりだ。
さすがに、こんな場所には、ウィンダも現れないだろう。
目的地の東の火山の麓に向かいながらも、鷹ゴーレムに獲物を探させていると、二足歩行するトカゲを発見。
街にいた騎乗用のトカゲを、そのまま小型化したような個体だ。それでも、体高1メートル弱はある。
狙い目だ。
ミミズゴーレムを召喚すると、落とし穴を掘らせる。
もともと土を掘る能力がある上に、土魔法を持っているのだ。すごい勢いで穴を掘っていく。
その上に木の枝と大きな葉でフタを作ると、とりあえず完成だ。
ミミズゴーレムを引っ込めると、ウサギゴーレムとチェンジし、トカゲの許に向かわせる。
ウサギにも大きめの魔ヶ珠を融合させちゃったせいで、ミミズと同時に呼び出すのは、キツいのだ。
二足トカゲは、草食らしい。
ウサギゴーレムが視界内に入っても、構わず草を食んでいる。
草食なら、食べることも出来そうだ。基本的に、肉食のケモノは臭くて食べられたものではない。
魚だって、夏場に他の小魚を食べている時期より、冬場に動きが鈍くなって海藻を食べている時期の方が、臭みがなくて美味しいのだ。
前足の骨刃を展開すると、風魔法で速度を上げたウサギゴーレムが、背後から二足トカゲのアキレス腱のあたりを薙いで通る。
突然我が身を襲った痛みに、一瞬硬直するトカゲ。
逃げていくウサギゴーレムに気づき、遅れて追いかけ始める。
しかし、アキレス腱を傷めているので、本来のスピードはない。
トカゲを挑発しながら、ウサギゴーレムが戻って来た。
青志の足元で急停止し、トカゲの接近に備える。落とし穴に落ちてくれなかったら、体当たりを仕掛ける手筈だ。
もちろん、その時は、ゴブリンゴーレムにも本気で攻撃させる。
この程度の相手なら、ゴブリンの方が強いだろう。
が、理想は――――
怒り狂いながら疾走して来た二足トカゲは、実にあっさりと落とし穴に落ちた。
ちょうど、その頭が穴の縁からのぞく深さだ。
まず、ゴブリンゴーレムが近づいて、穴の中で暴れるトカゲを牽制する。
青志はトカゲの背中側から接近すると、延髄目がけて手槍を突き出した。
鱗に覆われた肌を貫き、槍の穂先がブツリと食い込む。
イヤな手応えだ。
が、構わず、手槍を押し込んでいく。
狂ったように暴れるトカゲ。
手槍が持っていかれそうになる。
トカゲが落とし穴にいるのでなければ、手槍は青志の手からもぎ取られていたかも知れない。
「ふんっ!」
青志が更に体重を乗せると、槍の穂先がトカゲの喉元から飛び出す。
二足トカゲの身体が、ビクンと仰け反る。
途端、青志の胸の中で、ゴリッと魔ヶ珠が育つ。
オークの時より小さな感触だったが、間違いなく青志が稼いだ魔力だ。
「おお、なんとかなりそうじゃん」
青志は、にやにやしながらトカゲを穴から引き上げると、その胸から魔ヶ珠を取り出した。
そのまま皮を剥ぎ、解体。
なかなか大きな肉が取れた。数日は、食料に困らないだろう。
いらない部位は、穴に落として埋めておいた。
ゴブリンゴーレムをもう1体呼び出し、予備の外套を着させ、予備の背嚢を背負わせる。
二足トカゲの皮と肉は、ゴブリンの背嚢に収容しておく。
荷物係だが予備戦力でもあるので、もちろん手槍も持たせておく。
鷹、ウサギ、ゴブリン2体。これが、基本的な布陣になりそうだ。
現在の青志の魔力量だと、あとは低コストのゴーレムを1体呼び出すのがギリギリである。
しかし、この調子で狩りが出来るのなら、そう遠からず、同時にミミズも召喚出来るようになるだろう。
ゴブリンウィザードは、まだ単体でも呼び出せないが、すぐに再会できる筈だ。
「よっしゃ、出発~!」
上空には鷹。前方にウサギ。ゴブリン2体を従え、青志はまた歩き出した。




