ゴーレム
「ぐるるるっ!」
低い位置で剣を構えたまま、小鬼たちがうなり声を上げる。
明らかに、先ほど自爆して果てた謎生物と同種の連中だ。
ただ、目の前の小鬼たちは杖の代わりに剣を持ち、ローブの代わりに汚いフンドシを着けてる。
きっと、下っ端なのだろう。
だからと言って、5本の剣を向けられている青志には、なんの慰めにもならない。
奴らが襲いかかってきた時が、彼の寿命の尽きる時だ。
使えるとしたらポケットの中の熊除けスプレーだが、同時に5体もの相手を無力化できる自信がない。それに、中身がどれだけ残っているかも怪しいものだ。
魔法で一気に殲滅できたら苦労はしないが、テッポウウオ並みの水噴きじゃ、目くらましにもなりやしない。
ゲットした炎の杖にいたっては、実験のために足許に置いたままだ。
あとは、左手に持ったままの赤い宝石のみ。
スプレーを噴射した上で宝石を投げつけて、あとは一目散に逃げるしかないだろう。
逃げられるのなら、だが。
「くそっ、どこからか救い主が登場してくれよ・・・・・・」
青志がそう願うと、それに応えるように左手の宝石がドクンと脈動した。
「なっ!?」
驚く青志。
その手からこぼれた宝石が、地面に転がる――――
いや、転がらずに、すぽっと土中に潜り込んだ。
とくん――――
また、脈動を感じた。
赤い宝石の?
それとも、自分の心臓の?
その途端、宝石が落ちた辺りの地面が、ごぼりと盛り上がる。
ただの土の塊と見えたそれは、急速に姿を変え、目の前の5体と同じ小鬼の姿を形作った。
同じではあるが、その肌は緑色じゃなく土の色だし、フンドシさえ着けていない。
5体の小鬼たちは、戸惑ったように動きを止めていた。
そして、それは青志も同様だ。
5体の小鬼と青志が呆然としてる中を、土塊で出来た小鬼だけが淡々と動いていく。
その身体を完全に地面から引き抜き、置かれたままだった炎の杖を拾い――――
小鬼たちに突き付けた。
「ぎっ!?」
杖の先端の宝石がギラリと光を放つや、小鬼たちの足許から爆発的な炎が噴き上がる。
一瞬のうちに炎は獲物たちを呑み込み、無慈悲に焼き尽くした。
劫火の中で踊り狂う影が、あっと言う間に形を失っていく。
頬を熱波に叩かれながら、小鬼たちの末路から目が離せない青志。
1分もたたないうちに、死の饗宴は終わりを告げた。
後には、骨すらも残っていない。いや、小さな宝石だけを残して。
連続して起こる異常な出来事に、青志は腰を抜かしてしまっていた。
口をパクパクさせているだけの彼の前で、土から生まれた小鬼も静かに土に返っていく。
残ったのは、炎の杖と赤い宝石だけだ。
どうやら、赤い宝石を核として生まれた擬似的な生物だったらしい。
言わば、ゴーレムというところか。
そして、それを生み出したのは――――
「オレか?」
なんとか立ち上がると、赤い宝石を拾い上げる。
大きさは2センチぐらい。偏平な円に尻尾のような突起が付いた形だ。
勾玉のような形と言えば、分かり易いだろうか。
「なんか、ちょっと大きくなったか?」
手にした宝石は、微妙にだが重さを増しているように思えた。
精神的な混乱が収まるに連れ、今起こったことが自然と理解できてくる。
つまり、青志には謎生物たちから得た宝石を使って、謎生物のゴーレムを作り出す能力があるという訳だ。
そしてゲーム風に言うと、小鬼たちを倒したゴーレムは経験値をゲットし、その分、核となる宝石が成長したという事だろう。
謎生物の自滅後に青志の身体を襲った痛みは、体内で宝石が大きくなった為に違いない。
どこで、そんな物が体内に入ったかは分からないが、これを大きくすることにより、謎生物たちは強さを得るのだ。
「でも、小鬼5体分の経験値は、オレに入ってないよな?
強くなったのは、ゴーレムだけか」
もう一度ゴーレムを呼び出そうと宝石を地面に落とすも、今度は何の反応もなかった。
自分の身体から宝石に何かが流れていくのは感じられたものの、ゴーレムが生まれる気配は無い。
小鬼たちの残した宝石で試してみると、ちゃんとゴーレムが誕生した。
ちなみに、最初の謎生物の宝石が綺麗な赤色なのに対し、小鬼たちの宝石はくすんだ茶色や灰色をしている。
「これは、ゴーレムがレベルアップしたせいで、オレの魔力じゃ扱い切れなくなったってイメージだな」
ゲーム的な理解の仕方だが、それで間違いなさそうだ。
つまり、最初の謎生物のゴーレムを召喚するには、青志自身が強くなる必要があるらしい。
「ゴーレムを使えば謎生物たちに勝てるけど、それではオレが強くなれない。
オレが強くなるには、ゴーレム抜きで謎生物たちを倒さねばならないって、なんてジレンマ!」
ゴーレムを使って謎生物たちを倒し、それで手に入った宝石で次の謎生物を倒していくって方法もあるけど、どんな強い謎生物が現れるか分からないことを考えれば、強化されたゴーレムが使えることが望ましい。
だとしたら、やっぱり青志自身が強くならねばならない。
「でも、どうやってだよ?」
頭を抱える青志である。
小鬼5体のいた痕には、小鬼以外の宝石も何個か残っていた。
一カ所に固まっていたところを見ると、小鬼たちも他の生き物の宝石を集めていたようだ。
やはり、ゴーレムとして使役する為だろうか?
でも、期せずして新たな宝石が手に入ったのは、ありがたい。
一通りゴーレム化させてみると、ヘビ、鷹のような鳥、尻尾が2本のネコ、30センチ大のアリというラインナップだった。
小鬼以外の生き物も、やはり彼の知る世界のものではないようだ。
改めて、ファンタジー世界に迷い込んでしまったことを痛感する青志である。
ヘビたちを使役するのに必要なコストは低いみたいで、鷹とネコを召喚したままにし、周囲の警戒に当てることにした。
鷹は頭上を旋回させ、近づく存在が無いかを見させ、ネコは足許を歩かせ、不意の危険に備えさせる。
土塊でできた鷹が当たり前のように空を飛ぶのは、違和感のある光景だったが。
「さて、異世界を探検するとしますかね」
元の世界に戻れるかとか、この世界に人間はいるのかとか、心配すべき案件はいっぱいあるが、全てを棚上げして、青志は歩き始めた。
正直、死に対する恐怖心が薄くなっているのだ。鬱病のせいである。
1人で山に入ると決めた時には、そのまま野垂れ死んでも構わないという気分だった。
だとしたら、最後に面白そうな死に場所を用意してもらえたことを喜ぶべきだろう。
自分の口元に数ヶ月ぶりの笑みが浮かんでいることに、彼はまだ気づいていなかった。