オークとの戦い
ヒトは、脆弱な生物だ。
そして、野生動物は強い。
ネコとだって本気でやり合えば、ヒトは勝てないと言われている。
チンパンジーなんてヒトの子供ほどの大きさだが、ヒトの手足を引き千切るパワーを持っているという。
オークというケモノは、イノシシとヒトを掛け合わせたような獣人だ。
2メートル近い巨体を鎧う筋肉は、チンパンジーどころではないパワーを発揮するだろう。
グレコたちが地球人以上のパワーを持っていたとしても、まだまだ敵う相手ではない。
ゴッホやクリムトのクラスになれば、また別なのだろうが。
青志は、自分のリュックを手に取った。
同時にマリーダを呼ぼうとするが、彼女がウルフと渡り合っているのを見て、声をかけるのをあきらめる。
自分たちでなんとかせねばならないらしい。
「グレコ、オークだ!」
「――――!」
グレコが慌てて抜剣する。
安物だが、使い込まれた小剣。
いざとなれば、彼は1人でもオークに立ち向かっていくだろう。そんな気迫がみなぎっている。
他のメンバーたちの間にも、緊張が走った。
青志は、リュックの中から、ホワイトガソリンを入れたボトルを取り出す。
ホワイトガソリンとは、野外で調理や暖房に使う火を発する器具用の燃料だ。ガソリンを精製して、煤とかが出にくくなっている。
その運搬用のボトルのキャップを外すと、タオルをねじ込んだ。
そうするうちに、森の奥からオークが姿を現す。
デカい。
身長だけでなく、その肉の量がケタ外れだ。
そして、獣臭い。
ひよっこたちを前にした余裕からか、その動きはやけにのんびりしている。
「グレコ、こいつをオークに投げつけるから、ぶつかる直前ぐらいに火を点けられるか?」
「今、魔力のパスをつないでていいなら、問題ないけど――――」
「それでいい。行くぞ!」
いくらオークが余裕を見せているとは言え、モタモタしているヒマはない。
距離は、約15メートル。
青志はボトルを投げた。
フワリと飛んだボトルが、オークのイノシシ面に命中するかと見えた瞬間。
グレコの火魔法が発動。
ドン――――!!
腹に響く重低音とともに、闇夜を紅蓮の炎が照らし出す。
「ぎぇえええ――――っ!!」
引火したホワイトガソリンを浴びたオークの上半身が、瞬く間に炎に包まれた。
暴れるオーク。
オークの体毛と肉が焼ける匂いが、辺りに漂う。
しかし、その巨体が倒れる気配はない。
「グレコ、もっと炎の勢いを強くして!
マハは、新鮮な空気――――風を炎に送り続けて!」
「わ、分かった・・・!」
即席の火炎瓶の威力に茫然自失気味だったグレコとマハが、ガクガクと頷きながら、青志の指示に従う。
ゴウッ――――!!
更なる熱と酸素を取り込んで、オークを包む炎が激しさを増した。
熱さと呼吸困難のために、オークが踊り狂う。
すでに青志たちを襲う意志は消えているだろうが、棍棒を持ったまま激しく暴れられている以上、危険度はまるで変わっていない。
今こそ、ゴブリンゴーレムをけしかけたいところだ。
仕方なく、青志は小剣を鞘から抜き放った。
自分の手で倒せるとは、毛頭思っていない。
狙いは、オークの膝だ。
膝をかち割って、動きを止める!
青志は、姿勢を低くしたまま走り出した。
オークの左膝に向け、真っ直ぐ。
右手に棍棒を持っているせいで、右側は危険だ。
左側は――――気分的に、少しマシなだけに過ぎないが。
素手だろうと、オークにはたかれたら、ヒトの首なんぞ簡単に折れてしまうだろう。
頭の片隅で無謀と分かっていながらも、青志は飛び出さずにいられなかった。
すでに、アドレナリンが分泌しまくっていたのだ。
勢いは、もう止まらない。
小剣を寝かせ、駆け抜け様にオークの膝の上あたりに叩き込む。
岩に刃を打ち込んだかの様な堅い手応え。
次の瞬間、交通事故に遭ったみたいに、青志の身体が吹き飛んだ。
オークにしてみれば、膝に痛みを感じて、反射的に足を振っただけだったのだろう。
しかし、そのわずかな動きだけで、70キロの青志の身体は軽々と宙に舞うことになった。
天地が逆になり、肩口から激しく地面に叩きつけられる。
「がっ――――!!」
そのままゴロゴロと転がり、背中から樹木に激突。
数秒、気絶していたのかも知れない。
気づいたときには、上半身を炎に包まれたままのオークが、逆しまに青志を凝視していた。
右手の棍棒が持ち上がる。
妙に達観した境地で、青志はそれを見ていた。
絶体絶命なのは分かるが、身体がピクリとも動かないのだ。
恐怖心はあるが、それ以上に、見苦しくうろたえたくなかった。
青志に向けて、オークの右手が振り下ろされようとした瞬間。
風をまとったマハが、その背後を駆け抜けた。
その手には、大振りのナイフ。
オークの右手の手首から先が、宙に舞う。
続いて、グレコが飛び込んできた。
小剣を真っ直ぐに突き出したまま。
オークの喉元へ。
「おりゃあああっ!!」
裂帛の気合いとともに、小剣がオークの喉を貫いた。
オークの動きがピタリと止まる。
その巨体を焼く炎を浴びながら、グレコも動かない。
ただ、オークを睨みつけている。
恐ろしいほどの負けん気の強さだ。
「がふっ――――」
やがて、大きく息を吐くと、オークの身体が崩れ落ちた。
小剣を引き抜き、グレコも2歩ほど後ろに下がる。
と、突然、身体を二つに折り、苦しみ始めるグレコとマハ。
青志も、己の胸の中でゴリゴリと音を立てて、魔ヶ珠が育つのを感じていた。
ゴブリンの炎使いを倒したときほどの痛みは、さすがにない。
が、ウサギを倒したときには感じられなかった痛みだ。
オークの膝に一太刀入れただけの青志で、これなのだ。オークを焼き、手首を斬り飛ばし、トドメを刺したグレコとマハは、強烈な痛みを感じているのだろう。
気づくと、グレコの仲間の残り2人が、周囲を警戒してくれていた。
「大丈夫か、グレコ?」
「・・・お、おう、・・・ちょっとキツいけどな」
仲間にかばわれながら、グレコとマハが焚き火の所に帰っていく。
「アオシさんも、大丈夫ですか?」
「なんとか・・・」
青志も、足を引きずるように、グレコたちの後に続く。
正直、魔ヶ珠が育った痛みより、オークに吹っ飛ばされたダメージが大きい。
しかし、無事に危機は脱したようだ。
ウルフの群れを片付けたゴッホたちが、血相を変えて駆けて来るのが見えた。
なんとか、ゴーレム魔法は使わずに済んだ。
が、ホワイトガソリンを使ってしまったのは、もったいなかった。
うまくやれば、1人でも大物を倒せただろうに。
まあ、生き残るのが最優先事項と思えば、これで合格なのだろう。
結局、探索行は中止になった。
新人たちを危険にさらしてしまったせいだ。
翌日、明るくなるのを待って、撤収とあいなった。
青志としては、もっと野営の経験を積みたいところだったが、やむを得ないだろう。
街に戻ったら、ソロで長期の狩りに出ようと、青志は決めていた。
グレコたちと接してみて、意外なほど自分が敵視されてるのを知ってしまったからだ。
ほとぼりが冷めるまでは、出来るだけ街を離れていようと思う。
ついでに、人目のない場所でゴーレムを使って狩りを行う。
とにかく、強くなろう。
そう思う青志であった。