一夜の代償
翌朝、ギルド前で待ち合わせた一行と、青志は北門を出た。
『不屈の探索者』というクランのメンバー5人と、初心者ポーター5人の構成である。
クランのリーダー、ゴッホが30才ぐらい。残りのメンバーは、皆20代。初心者ポーターたちは10代前半の者ばかりだから、青志が文句なく最年長だ。
集合場所に着いてから現在に至るまで、皆の無言の視線が痛い。
「なんだ、この場違いなオッサンは?」という思いが、ひしひしと伝わってくる。
結局、昨日の青志の戦果はウサギ1匹だった。
晩メシ代にはなったが、魔力的な成長には、ほとんどならなかった。
今日は荷物持ちが仕事なので、手槍も持っていない。
クリムトにもらった小剣だけを、腰に吊っている。
他の初心者ポーターたちも、大きな武器は持っていない様だ。
初心者ポーター制度の約束事として、ポーターたちを戦闘に参加させないというものがある。
過去には、初心者ポーターを囮に使い、大物を仕留めていたクランがあったらしい。
おかげで今は、初心者ポーターに怪我を負わせただけでも、そのクランには賠償責任が発生し、次にポーターを雇う際に、ロクなメンツを回してもらえなくなるという。
逆に、初心者ポーターたちに評判の良いクランには、前途有望な者が回されて来る訳だ。
果たして、青志のようなポーターをあてがわれた『不屈の探索者』は、どういう評判のクランなのだろう?
水魔法使いで、身体も鍛えていないオッサンという条件は、ダントツで最低辺だと思うが、クリムトという後ろ盾があって青鑑札を持っていることを思えば、案外マシなクランを斡旋してもらえたかも知れない。
残りの4人の初心者ポーターを見ても、いきなり青志に突っかかって来ないあたり、程度の高い連中のような気がするのだ。
今回の目的地は、森の中にある遺跡らしい。
クラン名に「探索者」という文字があるように、『不屈の探索者』は遺跡等の探索を得意としているという。
そのせいでか、リーダーのゴッホを始めとして、5人ともがクリムトのような熊さん体型ではない。
更に、5人中2人が小柄な女性だった。
異世界に着いて早々、女性冒険者に縁のある青志だが、本当に冒険者をやっているのは男ばかりな筈なのだ。
きっと、『不屈の探索者』というクランが女性に評判が良くて、自然と女性冒険者が集まっているのだろう。
全員で何人のクランか知らないが、女性比率も高いのかも知れない。
しかし、その2人の女性陣の自分に向ける目が、やけに敵意を帯びているように感じる青志であった。
そして、初心者側にも、2人の少女がいた。
このあたり、ギルドが少女たちを『不屈の探索者』に顔合わせさせようとしている意図が見てとれる。
12~3才にしか見えない少女たちだが、腰には大振りのナイフを吊り、大きな荷物を背負ったまま、澱みない足取りで歩いていく。
少女たちとは知り合いらしい2人の少年も、小柄ながら鍛えられた身体つきをしており、その動きは山猫のようだ。
そんな中にあって、青志1人が息を荒くしながら、荷を運んでいる。
自分を含めて2人分の食料と野営道具を運んでいるのだが、運動不足の42才には、なかなかの苦行だ。
治癒魔法を体内に循環させ続けるイメージで、疲労を蓄積させないようにして、なんとか付いていけてる有り様である。
ちなみに、青志が運んでいる荷の半分は、クランリーダーのゴッホの分だ。
少女たちも、それぞれ女性冒険者の担当になっている。
覚束ない足取りで歩く青志を、最後尾からゴッホが複雑な表情で眺めていた。
そんなゴッホの様子を、上空の鷹ゴーレムの目を通して、また青志が見ている。なんとか、同行者から心配されずに済む程度の体力は身につけたいと、切に願ってしまう。
そんな青志に最初に接触して来たのは、新人たち4人のリーダー格であるグレコだった。
茶色の巻き毛に、茶色の瞳。身体は小さいが、跳ねるような動きをする。
腰には小剣を吊り、身につけたチョッキ状の革鎧は、使い込まれて傷だらけだ。
いかにもガキ大将といった雰囲気で、移動中も仲間たちを元気良く励ましていた。
そして昼の休憩中に、青志が堅いパンを食べるのに苦戦している所に、イタズラっ子そうな表情で寄って来たのである。
「オッサン、大丈夫なのかよ?」
オッサンという呼ばれ様にムッとするが、相手は12才ぐらいなのだ。42才じゃオッサンと呼ばれても仕方ないのだろう。
「ああ、なんとか大丈夫そうだよ。ありがとう」
青志に礼を言われて、キョトンとするグレコ。
オッサンの新人冒険者を揶揄するつもりだったのに、礼を言われて驚いたのだろう。
青志にしてみれば、完全アウェーな状況だけに、味方にできる者なら、誰でも味方に引き込みたいのである。
12才の悪ガキを手懐けるなんて、そう難しい話ではない。
「食うか?」
銀紙に包まれたチョコレートを1個、グレコに手渡す。
「え、これは?」
「お菓子だ。ゴッホさんたちに見られないように、こっそり食え」
不意に手に入った物におののくように、周囲を見渡すグレコ。
「こんなの、1人だけもらえないよっ」
切なそうに言う彼の手に、同じ物を3個乗せる。
「う・・・、あ・・・」
「それ以上ないから、味わって食えよ」
「あ、ありがとう・・・」
チョコレートを腰の小物入れに仕舞うと、グレコが身体を寄せて来る。
「なあ、オッサン」
「ん?」
声を秘めて話しかけてくるグレコの態度には、先ほどまでの面白がる様子はない。
食べてもいないチョコレートが、効いているようだ。
「風姫をやっちゃったって、本当か?」
「ぶっ!!」
あまりにストレートな物言いに、青志は飲みかけの水を吹いた。
風姫ってのは、ウィンダのことだろう。
「バカなことを言うなよ。あんないい女が、オレみたいなオッサンを相手にする訳ないだろ」
「でも、俺の友だちが、風姫がオッサンの部屋に入って・・・その、一晩中色っぽい声が聞こえたって――――」
「ちょっと用事があって部屋に来たけどな、すぐに帰ったよ。そりゃ、オレも期待はしたけど、まるで取り付く島もなかったさ」
青志にしても、いい女と上手いこといったんだから、自慢したい気持ちはある。
でも、とある俳優がテレビで言っていた「抱いた女の話は、墓場まで持っていく」という言葉を格好よく思い、ずっと実践していたのだ。
青志みたいな男に抱かれたって話は、ウィンダには汚名にしかならない筈だ。どれだけ目撃者がいようと、青志は否定し続けるつもりでいる。
「なら、いいけどさ。マハたちも、かなり殺気立ってるから」
マハっていうのは、グレコの仲間の少女の名前だ。
「殺気立ってる?」
「風姫は、北門ギルドの女冒険者に人気あるんだよ。
それが、変な男に引っかかったって噂が流れたもんだから、みんな、敵を討つ気で満々みたいでさ」
「敵を討つって、何なんだよ?オレって、生命を狙われてるのか?」
「そうだよ」
冗談ぽく返したつもりが、グレコが真剣に頷かれて、青志は暗澹たる気持ちになった。
「マジかー」
「マハたちには、間違いだって、俺から言っとく」
「本当か?すまんな」
『不屈の探索者』の女性2人が青志を睨んでいたのも、これで理由が分かった。
ウィンダとのことは、予想以上に尾を引きそうだ。
そもそも、無事にこの探索を終えることが出来るのだろうか?