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初心者ポーター制度

 お腹の上にドシッという衝撃を受けて、目が覚めた。

 見ると、ウィンダが素っ裸のまま、寝ている青志のぽっこりお腹にまたがっている。

 昨日の夜は獣脂の灯りだけだったせいで、ロクに見えなかった裸体だ。今は、鎧戸から差し込む朝日を受けて、はっきりと見えた。

 ウィンダは、顔だけでなく、身体もとても美しい。

 怒りにブルブル震えながら、青志の喉元にナイフを突きつけているんでなければ、2回戦目をねだってるのかと勘違いするところだ。


「えーと・・・」

「貴方は、私に何をしたのですか!?」

 つい最近、よく似た体験をしたなぁと思いつつ、青志は小さく嘆息した。

 そりゃ、酔っ払ったウィンダを見て、良からぬことを考えたのは確かだ。

 でも、ウィンダには失礼だが、この世界の住人がどんな病原菌を保有してるのか分からないのに、ホイホイ性交渉を持つのは、さすがに怖かった。


 例えば、コロンブス一行がヨーロッパに持ち帰った梅毒。

 わずか数十年で世界中に広まったその病気は、ヨーロッパではもちろん、日本でも多くの死者を出している。

 実際、歴史上の有名人にも、梅毒が原因で亡くなったと記録されている人は少なくないし、罹患していたと言われる人物は膨大な数にのぼる。

 大河ドラマの主人公にもなった幕末の超有名人の髪がボサボサだったのは、梅毒のせいだという話もある。


 いや、それ以前に、当時のヨーロッパの貴族や有力者がカツラをかぶっていたのも、梅毒のせいで髪が抜けてしまったのを隠すのが、元々の目的だった。

 そう思いながら、音楽室に飾られた肖像画を見やれば、彼らがとても人間くさく感じられて来るというものだ。


 地球で、性病がそこまで日常化した時代が数百年間もあったことを思えば、そう簡単にこの世界の女性に手を出す気にならないのも当然と言えるだろう。

 少なくとも、治癒魔法の腕が上がるまでは、娼館にも行くまいと決めていた青志であった。


 で、それが結局やる事をやっちゃったのは、酔っ払ったウィンダに押し切られたせいである。

 相手は、体重100キロだか200キロだかの巨大イノシシを担いで歩ける人間なのだ。青志が抵抗できる筈もない。

 そう。かなりシュールな話だが、20台半ばの美女に42才のオッサンが力ずくで犯されたというのが、昨夜の出来事の真相だ。


 青志が淡々と語る昨夜のことを聞きながら、頭を抱えるウィンダ。どうやら、記憶が蘇って来たらしい。

「もう、いいです。疑って、ごめんなさい」

 悄然と肩を落としながら、ウィンダが青志の上から降りる。

 やっちまった感が、その背中に色濃く漂っている。


 形のいいお尻に手を伸ばしたら、思いの外強い力で振り払われた。

「勘違いしないで下さい。昨夜のことは、昨夜だけのことです。これで、私が貴方の女になったとは思わないで下さい」

 怖い表情で睨んでくる。

「む・・・。りょ、了解」


「それと、このことは他言無用です」

「あー、それなんだけど・・・」

「何でしょう?」

「オレ自身は喋る気はないけど、多分もう手遅れだと思う」

 青志の言葉に、服を着ながらウィンダがまた睨みつけてくる。


「ここって、冒険者ギルドのアパートなんだよ」

「え?」

 冒険者ギルドではアパートも保有していて、鑑札持ちの人間には安く部屋を貸してもらえるのだ。

 クリムトに連れられてギルドで鑑札をもらった後、入居手続きも済ませていたのである。

 で、ウィンダに引きずられて帰ってきた青志の姿は、アパートに住む何人もの冒険者の目に止まっていた。


「・・・・・・」

 ウィンダの表情が、どんどん冷たく凍っていく。

 青志が悪い訳ではない筈なのに、冷や汗が止まらなくなる。

 美女の怒っている表情は、怖い。とても、怖い。

 

 小さく溜め息をつくと、ウィンダが右手の人差し指を立て、クルクルと回し始めた。その指の周りに魔力が集まり出す。

 人差し指を扉に向けて振ると、魔力をまとった風が、扉の外へ流れていくのが分かった。

 風魔法を使った索敵だ。


「4人います」

「え?」

「扉の向こうで聞き耳を立ててる人が、4人います」

「うぇっ!?」

「右の部屋には、5人。左は3人。・・・最悪です」


 もとより、防音なんて考慮されていない建物だ。ウィンダの色っぽい声は、よく聞こえたことだろう。

 しかし、夜が明けてなお、まだ聞き耳を立て続けてるとは、どこまで暇な連中なんだか。


 服を着終わったウィンダが、窓の鎧戸を開け放つ。

「もう、貴方とは他人ですから――――」

 そのセリフをかき消す様に、一陣の風が吹き抜け、ウィンダの身体が窓の外に躍り出た。

「おいっ、ここ3階!!」

 慌てて青志が窓の外を覗くと、街路をはさんだ向かいの建物の上を走り去るウィンダの後ろ姿が見えただけだった。

 




 

 青志が身支度を整えてドアを開けると、なるほど4人のガキが慌てて逃げて行った。

 そう、10代前半のガキばかり、4人だ。

 晴れて青い鑑札をもらって、ギルドの安アパートに住むような新人冒険者は、皆そんな年齢なのだ。

 このアパートの住人は8割方が10代で、残り2割も20代前半らしい。

 青志1人が、突出してオッサンなのである。


 体力は有り余っているのにカネはない連中にとって、昨夜のウィンダの嬌声は、拷問にも等しかったのではなかろうか。

 全てのドアの向こうから視線を感じながら、青志はアパートを出た。

 気まずかった。かなり、気まずかった。

 しばらく、部屋に帰りたくない気分だ。


 トボトボと冒険者ギルドに向かう。

 足取りが重い。

 異世界に来てまで、なんて下世話な目に合っているんだろう。

 劇的過ぎる環境の変化に躁状態気味だった精神が、一気に急降下だ。


 ギルドに着くと、事務員らしいお姉さんに、初心者向けのポーターの斡旋を申し込む。

 これは、昨夜のウィンダから聞けた数少ない実のある話のうちの一つだ。

 食料や獲物を運ぶポーターとして、冒険者を目指す初心者をギルドが紹介するというシステムである。わずかながらだが、お金ももらえる。

 これを雇う熟練の冒険者は、安い金額でポーターを雇える代償として、冒険者としての心得や技術を初心者に伝える義務を負う。

 

 これにより、何も知らずに冒険者業を始める者たちに、収入を得る機会が与えられると同時に、技術的な底上げが行われる訳である。

 同時に、熟練冒険者との縦の繋がりができる上に、同期とも言える初心者同士の横の繋がりも生まれる訳だ。

 これをきっかけとして、初心者同士でパーティーが組まれたり、熟練冒険者が所属するクランに誘われることもあるらしい。


 青志は、試しにそのシステムを活用してみようと思ったのだ。

 本来は、冒険者として独り立ちしている筈の鑑札持ちがポーターをやることはない。ましてや、40過ぎのオッサンがポーターをやることもない。

 自分が悪目立ちしてしまう事は分かっているが、やはり最低限の知識は必要だ。

 そう思い、恥を忍んで、ギルドにやって来た訳である。


 うまい具合に、翌朝から5日間の予定で狩りに出るパーティーが、ポーターの募集をしているということで、そこに青志が参加させてもらえることになった。

 そうと決まれば、昨日から放置したままになっているゴブリンゴーレムたちの回収をやっておこう。

 ついでに、1匹でもケモノを屠って、少しでも強くなっておきたいところだ。

 青志は、ちょっとだけ上向いてきた気分で、北門を目指すのであった。

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