ウィンダの失敗
変な男を拾ってしまった・・・
冒険者ウィンダは、心の中でため息をついた。
大体、見ず知らずの冒険者が生きようが死のうが、彼女が気にする必要はなかったのだ。
素人丸出しの痩せ男がイノシシに蹂躙されようとする瞬間を目撃したとしても、無視すれば良かったのである。
だのに、彼女は救いの矢を放ってしまった。
そして、痩せ男が掘っていた落とし穴に落ちる羽目になったのだ。
そう。確かに、罠を使って狩りをする者もいる。だがそれは、大きな魔力を持たない子供のうちの話だ。
大人になって強い魔法が使えるようになれば、誰も罠など必要としなくなる。
また、強い魔法を使えるようにならないのならば、狩りから遠ざかるだけだ。
だから、痩せ男が罠を用意してるなんてことは、これっぽっちも予想していなかった。
おかげで見事に落下して、気絶までしてしまったのである。
不覚だった。
致命的な不覚だった。
冒険者の中では数少ない「女」であるウィンダは、常に他の冒険者から狙われている。
自覚はあまりないのだが、彼女の容貌は男たちの気を惹くらしい。
おかげで、普段から口説かれることが多い。が、問題は、暴力で彼女を手に入れようとする連中も少なくないということである。
そんな連中にとっての誤算は、彼女が強いということだった。
これまで、幾度襲われたか数えてもいないが、その全てを彼女は返り討ちにしている。
むろん、手加減などしていない。
死んだ男もいようし、その時の怪我が原因で、冒険者から引退を余儀なくされた者もいよう。
おかげで、彼女の身体だけじゃなく、生命を狙う者まで現れてしまった。
そんな彼女が、名前も知らない男に膝枕をされている状況で目を覚ましたのだ。
狼狽するなという方が無理だろう。
男に何かされたと考えるのが当然だろう。
しかし、男は掛け値なしのお人好しであった。彼女に何もしていないのはもちろん、ウィンダにナイフを突きつけられながら、困ったように笑っているだけだった。
事情は分からないが、魔力を強化できないまま大人になった男が、強くなる為に掘った落とし穴だったのだ。それを自分が邪魔してしまった。
申し訳なく思わずにはいられなかった。
それで、協力を申し出たのだ。
いらない借りを作る訳にはいかなかった。
結局、痩せ男にはイノシシの解体の仕方や、それで手に入った素材の売却方法を教えることになる。
冒険者なら誰でも知ってる筈のことだ。
そんなことも知らない男にも驚きだが、そんな程度のことを教えただけで、借りを返したとは言えないだろうって気持ちになってしまう。
夕食でも奢るしかないだろう。
ついでに、冒険者として必要な知識をレクチャーできれば、なおいい。
素材は、それぞれ種類に応じた店に持ち込むのが一番だが、需要によって買い値は変動するし、営業時間もまちまちだから、冒険者ギルドに持ち込むのが手っ取り早い。
ギルドなら、買い値は少し安くなるが、安定した値段で買い取ってくれるし、夜中だろうと相手をしてくれる。
それに、そうやってギルドの信用を得れば、鑑札がもらえて、買い取り額が上がったり、何がしかの融通が効くようになる。
鑑札は、掌に乗るぐらいの大きさの金属の板で、青、赤、銀の3つの色がある。
青は、安定したペースで素材を持ち込めるようになり、人格的にも問題ないと判断された者がもらえる色だ。
これがもらえるということは、冒険者稼業で生きていけるというお墨付きをもらったという意味合いがある。
ウィンダが持っている鑑札は、赤だ。
赤となると、それなりの大物を何度か仕留めて来ないと、もらうことが出来ない。
おそらく、青100人に対して、赤1人ぐらいの割合でしか持ち主はいないだろう。
更に銀ともなると、成竜クラスを狩って来ないと、もらえない色だ。
サムバニル市全体でも、10人もいない筈である。
そしてなぜか、素人丸出しの痩せ男は青の鑑札を持っているらしい。
実力はともなわないが、保証人がついている為だ。
保証人の名前を聞いて、驚いた。
クリムト=ダン=マルバート。現在、売り出し中の王立騎士ではないか。
前回のゴブリン相手の捕虜奪還作戦において、たった1人で殿を務め、作戦を成功に導いた人物だ。
しかも、クリムト自身は討ち死にしたと思われていたが、3日前に無事に帰還を果たしたということで、ギルド内でも大きな噂になっている。
そのクリムトの縁者?
鍛えに鍛えられてクマと見紛う体型のクリムトと、目の前の痩せ男がどうにも繋がらず、ウィンダは内心で頭を抱えた。
サムバニル市の北門近くのギルドで素材を引き取ってもらうと、ウィンダは痩せ男を近くの居酒屋に誘った。
ケモノの肉が安く手に入るギルド内にも、食事のとれる酒場はある。
が、ただでさえ他の冒険者たちの誘いがしつこい中に、弱々しい男と連れ立って行く訳にはいかない。下手をすると、彼が潰されてしまうだろう。
仕方なく痩せ男を連れて行ったのは、若い頃に冒険者をやっていたという夫人が1人で切り盛りしている店だった。
普通の民家をそのまま店として使い、身内のような客しかやって来ない所だ。
下品な冒険者の男たちが出入りしないので、ウィンダが落ち着いて食事のとれる数少ない店である。
男連れで現れたウィンダを見て、夫人は一瞬驚いた表情になったが、何も詮索せずに給仕をしてくれた。
狭い店内にいる他の客たちも、ウィンダたちに注意を引かれながらも、素知らぬ顔をしてくれている。
変に勘違いされてるのが容易に想像できるのがイヤだが、後日笑い話にするしかないだろう。
本日のおすすめのホロー鳥の蒸し焼きをメインに、いくつかの料理とワインを注文した。
痩せ男――――アオシとの会話は、意外と楽しいものになった。
ウィンダが冒険者稼業についてアドバイスする形で始まった会話は、アオシの豊富な知識と更なる知識欲、それに品のいい冗談、何より彼女への優しげな気遣いにより、彼女をかなりいい気分にさせてくれたのだ。
アオシという男は、ウィンダの知る「男」とは、まるで違う生き物だったのである。
女と見れば、股を開かせるか召使いのように扱うことしか知らない男たちと違い、アオシはウィンダの話を穏やかに聞いてくれ、酒がすすみ過ぎるのを諌めてくれさえした。
こういうのを貴族的と言うのかも知れない。
祖父の代で没落するまでは貴族だったせいで、ウィンダは中途半端に貴族的な教育を受けていた。
そのせいで、もしかしたら、貴族というものに屈折した憧れがあったのかも知れない。
彼女は、いつになく楽しく酔った。
翌日、素っ裸でアオシと眠っていた自分を発見し、頭を抱える羽目になったのは、自業自得というべきか・・・。