初狩りの顛末
仕方がないので、ゴブリンのゴーレムも呼び出した。
獲物を追い立てさせる為だ。
一応、予備のナイフを持たせておく。
そして青志は、幅が1メートル、深さ30センチほどの溝のような地形を見つけ、その脇に陣取った。
ゴブリンのゴーレムが、この溝に獲物を追い込むのを待つ作戦である。
鷹ゴーレムは、変わらず空からの索敵。
ネコゴーレムは、青志の周囲の警戒を任せてある。
日本の山野と違って、この世界は常に危険に満ちているからだ。
都市のすぐ近くだからと言って、危険性の低いものばかりが棲息している訳ではない。
危険なケモノが出たら、速攻で逃げなければならない。
2匹目のウサギを発見。
ゴブリンゴーレムが追い立てに回る。
鷹とゴブリンからの視覚情報が同時に伝わってくるが、不思議と混乱はない。
ウサギが順調に溝の中に追い込まれ、青志の方に逃げて来るのが分かる。
改めて考えると、恐ろしく便利な能力だ。
後は、狙いを定めて――――
溝の中をジグザグに疾走して来るウサギ。
突き下ろした手槍は、しかし、あっさりと空を切った。
「――――!?
予想以上に速い!」
溝の中に降り立って後ろを振り向けば、なぜかウサギが立ち止まっていた。
青志の方に向き直っている。
その両の脇腹から、刃物のようなものが展開。
「え!?」
猛スピードでウサギが青志の横を駆け抜けた途端、彼の太ももが血しぶいた。
草食のくせに、この世界のウサギは、攻撃手段を持っているのだ。
地球の常識なら、動物は他者との争いを好まない。
争いに勝ってもメリットは少ないし、怪我でもすれば、自分の生存が危ぶまれることになる。
だから戦うのは、エサや雌を獲得する為だったり縄張り争いの時ぐらいだ。
が、他者を殺せば強くなれるこの世界では、動物たちは争いを厭わない。
それが、自分よりデカい図体をしながらロクに戦い方も知らないようなカモが相手なら、尚更だ。
「つまり、オレはカモって訳ね――――」
駆け抜けたウサギが方向転換し、再び青志に襲いかかる。
その尻を、背後からゴブリンゴーレムが蹴り上げた。
ピギャッ――――!
間抜けな鳴き声とともに、ウサギが1回転。
仰向けに地面に落ちたところを、手槍で貫く。
ブツッという手応えとともに、穂先がウサギのお腹に潜り込んだ。
完全に息の根が止まったのを確認し、ウサギの身体から手槍を抜く。
初めての戦果だが、嬉しさは湧いてこない。はっきり言って、情けなさしかなかった。
魔法や身体能力がどうのと言う前に、まともに武器が扱えてないのだ。
過去に習ってた空手では棒術も稽古してたのに、まるで役に立ってない。
「まあ、茶帯取ったところで、放り出しちゃったからなぁ」
愚痴りながら、まず自分の太ももをチェック。
ズボンの布地が5センチぐらい切れて、血がにじんでいた。
布地が丈夫なのとダブついていたせいで、ひどい怪我にならずに済んだようだ。
治癒魔法をかけてみると、すぐに痛みも和らいだ。
この程度なら、青志の魔法レベルでも効果がきちんと出るらしい。
青志が自分の治療をしている間に、ゴブリンゴーレムがウサギの解体をしてくれていた。
気の効くゴーレムなのである。
しかし、青志が手槍をお腹に突き込んだせいで、ウサギの腸が破れ、糞便が飛び出して、肉は駄目になっていた。
毛皮にも価値はないらしいので、魔ヶ珠だけ回収して終わりだ。
ウサギのゴーレムなら、索敵にもいいし、囮にも使えるだろう。
「でも、槍をお腹に刺してもいけないんなら、ますます難易度上がるなぁ」
なんせ、ウサギの速さについていけないのだ。そんな中で、お腹を外して攻撃を当てるなんて、どう考えたって無理である。
もっと大物で、動きの遅い相手が欲しいところだ。
そして、鷹ゴーレムが見つけたのは、小さなダチョウのような鳥。
小さいと言っても、小学生ぐらいの身長があるが。
ダチョウやエミュー的な鳥なら、食べられる筈だ。
先ほどと同じように、ゴブリンゴーレムが追い立てにかかる。
「クゥオー!」
狙い通り、ダチョウもどきが溝の中を駆けて来る。
速い。そして、地響きがスゴい。
しかし、ウサギのようにジグザグに動かないだけ、狙いがつけやすい。
すれ違い様に手槍を突き出す。
その瞬間、青志の手から手槍が吹っ飛び、青志自身もクルマに跳ねられた様に激しく地面を転がっていた。
手槍は投げるべきだったと思いながら、ぐったりと地面に横たわる。
全身が痛い。
痛みに耐えながら、治癒魔法を全身に巡らせた。
大した怪我はなかったのか、魔法をかけ続けているうちに、だいぶ楽になってくる。
なんとか起き上がると、ゴブリンゴーレムが手槍を持って、そばに立っていた。
「申し訳ないねぇ。ちゃんと追い込んでくれたのに、オレがヘボで」
ゴーレムは返事をしない。
リアクションもない。
青志にとっては、それがありがたい。
これが人間同士で組んだチームなら、責任を感じて、よけいにヘコんでいただろう。
「これは、作戦変更だな」
自由に動いているケモノを狙うのは、あきらめよう。
ケモノの動きを封じてからなら、青志にだって何とか出来るだろう。
その為には、罠だ。
落とし穴だ。
青志がそう思うと、ゴブリンゴーレムが溝の底を掘り始めた。
予備で買ったナイフがボロボロになりそうだけど、仕方ない。次は、スコップを仕入れて来よう。
それか、穴掘りの得意なゴーレムを・・・って、アリがいることを思い出し、慌てて呼び出した。
ちょっと魔力的にキツくなった気がしたので、ネコゴーレムを魔ヶ珠に戻す。
ゴブリンゴーレムと持ち場を交代させると、アリゴーレムは猛然と土を掘り始めた。
アリとは言え、全長30センチもあるのだ。すごい勢いで掘っていく。
これは、あと2~3匹欲しいところだ。
何かと使えることも多いだろう。
結局、深さ1メートルの穴を掘るのに30分かからなかった。
木の枝や草をかぶせてフタにすると、思った以上にしっかりした落とし穴が完成する。
「これなら、ちょっとした大物でも大丈夫なんじゃない?」
そう思いながら鷹ゴーレムに獲物を探させると、巨大なイノシシを発見。
子牛ぐらいの大きさだ。
やばいかなーって気もしながら、アリと入れ替わりに呼び出したウサギゴーレムを囮に走らせる。
ゴブリンゴーレムにはクリムトからもらった小剣を持たせて、そばで待機させた。
落とし穴を破られたら、即座に参戦させるのだ。
イノシシは肉食じゃない筈なのに、ウサギゴーレムを見つけた途端に、いきなり攻撃体勢に入った。
本当に、この世界のケモノたちは血の気が多い。
口の端から飛び出した20センチはあろうかという牙を振り立てながら、小さな獲物を追い回す。
「よっしゃ、来~い!」
吐きそうなぐらいの緊張感に耐えながら、青志は手槍を構える。
疾走して来るウサギゴーレムの向こうから、巨大イノシシが迫る。
まっすぐ、落とし穴に向かって。
「もう少し、もう少し・・・」
ウサギゴーレムが落とし穴を飛び越える。
続いて巨大イノシシが――――
ビュオッ!!
鋭い風切り音とともに飛来した何かが、イノシシの巨体を貫いて、右から左に抜けて行った。
その一撃で、ドゥッと横倒しになる巨大イノシシ。
弓矢による攻撃だ。
ビュオッ!!
再び飛来した矢が、ゴブリンゴーレムの上半身をバラバラに吹っ飛ばした。
青志は身を伏せることも思いつかず、硬直したままだ。
バババッ――――!!
三度風を切る音がしたかと思うと、今度は人間が飛んで来た。
身体を丸めたまま、まるで砲弾のように。
激しく地面に打ちつけられるかと見えた次の瞬間、その人はまるで体重を失ったかのように、ふわりと着地してのけた。
「大丈夫、貴方?」
その人は、女だった。
美しく、若い女だ。
緑の髪に緑の瞳。
すらりと伸びた肢体を、白く美しい革鎧で包んでいる。
「答えられますか?」
そう言いながら、青志に近づいて来る。
どうやら、青志が分不相応な大物に手を出そうとしているのを見て、助けてくれたらしい。
どう答えようか迷っているうちに、女がどんどん近づいて・・・
『あー、ストップ、ストップ!!』
慌てた青志の口から出た言葉は、地球の言葉だった。
「何を仰って・・・」
そして、女の姿は落とし穴に消えた。