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冒険者デビューに向けて

 翌日、青志は早朝からルネに付き合わされる羽目になった。

 

 ルネは、生粋の研究者らしく傍若無人な性格だったが、同時に悪気がこれっぽっちも感じられないような人物であった。

 己が頭脳に刻み込まれた異世界についての知識を、根掘り葉掘り尋ねてくる姿は、とても無邪気である。

 ルネが得た異世界の(日本の)知識なんて、この世界の言葉に対応する日本語だけの筈だ。

 なのに、細かなニュアンスの違いなんかを掘り下げて、この世界には無い概念や技術を見出そうとする頭脳は、大したものだと言えた。

 ついつい、必要以上の知識を教えたくなった程だ。


 が、ルネには悪いが、発達した科学技術に関しては、出来るだけ漏らさないようにした。

 青志がまだこの世界の実状を把握していないまま、迂闊に情報を漏らすのは危険な結果をもたらしそうな気がしたのだ。


 それでも、ルネは大量に得られた新しい知識に満足したらしく、夕食の席ではカシルが驚くほどに上機嫌であった。

 青志としても、味方が増えるのは嬉しい限りである。


 クリムトが戻ってきたのは、夕食が終わってすぐのことだった。

 疲れた様子ではあるが、その表情は満足げだ。

「アオシ、まずは報奨金を渡しておく」

 テーブルの上に置かれた革袋を開くと、金色に輝くコインが5枚入っていた。


 青志の頭の中に入っている知識によると、金貨1枚が10万円ぐらいの価値だ。

 50万円あれば、細々な物を買った上で1ヶ月ぐらいは過ごせるだろう。しかし、冒険者になる為の武器や防具を買えば、あっさりなくなる金額だ。

「アリガトウ、助カルヨ」

「いや、当然の報酬だ。売れば、もっともらえたかも知れないぐらいだ」

 申し訳なさそうにクリムトは言うが、その差額で彼からの好意を買えたと思えば、損をしたとは思わない。

 

「それで、これからのアオシの身の振り方なんだけど、俺の従者にならないか?

 住むのはウチでいいし、給料も払う」

 そう考えた途端の従者発言だ。

 生命の恩人を従者にする気かよと、ムッとしかけた。

 が、異世界から流れて来たひょろひょろの42才には、好待遇なのかも知れない。

 今のままだと、何の食い扶持も持たない怪しい異邦人でしかないが、騎士の従者ともなれば身許も保証されるし、生活にも困らないだろう。


「コンナ役立タズヲ従者ニナンテ、大変アリガタイガ――――」

 そう。ろくに戦闘力を持ってないと知りつつ青志を従者にと誘ってくれるのは、彼を養うと言ってるのと同然なのだ。

 だが。

「オレハ、冒険者ニナリタイ」

「「「えっ――――!?」」」

 クリムト、ルネ、カシルの3人が、見事にハモった。


 



 冒険者になるという選択を3人に受け容れさせるのは、本当に大変だった。

 クリムトはおろか、ルネとカシルまでが躍起になって反対してくれたのだ。

 よほど青志が頼りなく見えたのだろう。

 無理もないが。


 42才になるまで魔法と無縁の世界にいたものだから、魔力の強さは子供なみ。

 身体も鍛えておらず、武器の扱いも知らない。

 ましてや、狩りの経験もない。

 極めつけは、使える魔法が、戦闘には向かない水魔法。

 そんな男が冒険者になると言ったら、それは誰だって反対するに決まっている。


 青志としては、ゴーレム魔法があるから何とかなるだろうと考えているのだが、ゴーレム魔法のことを知らない3人からすれば、彼のやろうとしていることは狂気の沙汰だ。

 ゴーレム魔法のような地水火風の属性から外れた魔法は、かなり珍しく、場合によっては権力者に目をつけられる恐れもあるので、3人にも話していなかった。

 おかげで、根拠のない熱意だけで3人を説得する羽目になったのだ。

 大変だった。


 それでも説得に応じてくれてからは、最大限の協力を約束してくれた。

 その夜はルネ邸に泊まったクリムトが、翌日は自分の家に連れて行ってくれたのだ。

 自分が以前に使っていた装備を譲ってくれるという。 

 武器にしろ防具にしろ、けっこうな値段がするのは目に見えてるので、これはありがたい話だった。


 サムバニル市の北辺にあるルネ邸から、市の中央付近にあるクリムト邸に向かう。

 むろん、徒歩である。半日かかる。

 ディノスと呼ばれる二足歩行するトカゲなど、騎乗できる生き物もいるらしいが、騎士以上の階級の者しか利用できない。

 クリムトは騎士なのだが、公務以外では使用できないという。


 サムバニル市の正確な面積は分からないが、山手線に囲まれた広さに匹敵するようだ。

 それだけのスケールを徒歩のみで移動するのだから、21世紀の日本とはまるで勝手が違う。

 時間に縛られていたサラリーマン生活が、夢のように思える。

 なんとなく、小学生時代の夏休みの気分を思い出す。

 肩が軽くなるようだ。


 道中の景色は、ほとんどが農地だった。

 住宅は、2~3階建てのアパートのようなものが、あちこちに密集しているのが定番のようだ。

 広大な土地を擁しているとは言え、限られた面積の中で大人数を養うには、やはり無計画ではいけないのだろう。


 やがて貴族街が近づくと、また堅牢な城壁が見えてきた。

 貴族街の中心には王城がある。その最終防衛線な訳だ。

 クリムトのような騎士のほとんどは一代限りの名誉職で、貴族としては最低辺である。

 彼らの住居は、貴族街に入ってすぐの場所に密集していた。


 クリムトの住居も例外ではない。

 窓が小さく頑丈そうな石造りの3階建ての家が、そうだった。

 左右に並ぶ家も、全く同じものだ。

 1人で訪ねたときに、間違えずにたどり着けるか自信が持てない。


 室内に招き入れられると、真っすぐに倉庫に案内された。

 武器や防具、それに色々な状況に対応した道具がそろえられているようだ。

「ブーツは、自分に合った物を買った方がいいだろう。

 持って行った方がいいのは・・・」


 クリムトから渡されたのは、片手の小剣、大ぶりのナイフ、剣帯に革の胸当てと革の籠手だった。

 全て、もう使ってないものらしい。

「服とブーツ、メインの武器は、今から買いに行こう」

 いそいそと出て行こうとするクリムト。

 武器屋に行くのが嬉しいのだろう。彼も男の子だ。

 

「お兄さま?」

 玄関を出ようとする2人の背中に声がかけられる。

 振り向くと、金髪の可愛らしい女性が立っていた。

「リーサ・・・」

 20才前後だろうか。小柄で柔らかな印象だが、その整った顔立ちは、間違いなくクリムトの妹だ。


「お客様と聞いて、お昼の準備をしていましたのよ?」

「すまない。急ぐんだ」

 そう言いながら、慌ただしく青志とリーサを引き合わせる。

「アオシには、また別の日に来てもらうよ」

「分かりました。また、その時に歓待させていただきますわ」

 にこりと微笑む彼女を見て、従者も悪くなかったかもなと軽く後悔する青志であった。


 

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