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表舞台(Ⅱ)

 トライオン最南部の地アルバラ。


 領地のほぼ中央に建てられたアルバラを治める貴族、アルバラ伯の屋敷の廊下を一人の少女が歩いていた。


 赤いドレスを身にまとい絹糸のような金髪を腰まで垂らした少女。顔の造形は形のいい目や鼻といったパーツが理想的な位置に置かれており、体は小柄で手足も触れれば折れてしまいそうなほどに細い。


 その姿は人形のように愛らしいものだったが、同時に貴族らしい気品も漂わせていた。


 彼女の名前はアンナ。


 アルバラ伯の孫娘の一人、アンナ・アルバラ・エンプレスズ。


 後にこの辺境の地に国を興し、歴史に名を刻む少女である。


 目的の部屋に辿り着いたアンナは、扉を軽く数回叩いた後、中にいる人物に呼びかける。


「お祖父様。アンナです」


「入れ」


「はい。失礼します」


 部屋の中に入ると、部屋の奥にある寝台に寝ている老人が上半身を起こしてアンナを出迎えた。


 老人は五十から六十くらいで髪は完全に白髪になっているが、体つきががっしりとしているため老いは感じられず、目元はどこかアンナに似ていた。


「よくきたな、アンナ」


 部屋に入ってきた孫娘の姿を見て、アルバラ伯エドワード・アルバラ・エンプレスズは笑みを浮かべた。


「すまなかったな、急に呼び出したりして」


「いえ、そんなことは。それより一体どの様な用件ですか?」


「ああ、そのことだがまずはソレを見てくれないか?」


 アルバラ伯は寝台の隣にあるテーブルの上に置かれた書類を指さす。


「…………タトス砦がルシャトリアに!? お祖父様、これは本当ですか!」


 手に取った書類に目を通したアンナが思わず祖父に向かって叫ぶ。


 タトス砦とはこのアルバラから北にあるトライオンが保有する砦の一つで、アンナが呼んだ書類にはそのタトス砦が五日前にルシャトリアによって落とされたという報告が書かれていた。


「残念ながら本当だ」


 厳しい顔となってアンナに答えるアルバラ伯。その表情は孫娘を溺愛する祖父ではなく軍人のものに変わっていた。


 アルバラ伯は今のアンナと同じ十五歳に初陣を経験し、六十二歳の今日になるまでに二十五の戦いに参加した歴戦の騎士である。現在は過去の戦いで負った傷が原因で下半身が不自由となっているが、それでもまだ現役と言っても差し支えがなかった。


「これであの周辺の土地はルシャトリアの支配下となり、またトライオンの国土を奪われてしまった……」


 アルバラ伯はため息をつくような声で言った。


 トライオンとルシャトリアは今から百年以上昔から戦いを繰り広げている。


 戦いを始めた百年前は両国の戦力は互角だったが、「ある事情」によりトライオンはルシャトリアに戦力で大きな差を付けられてしまい、百年経った今ではトライオンは国土のほぼ半分をルシャトリアに占領されていた。


「だが問題はそれだけではない。タトス砦周辺の地がルシャトリアに奪われたことにより、ルシャトリアの国土がこのアルバラと隣接するようになった。恐らく次に奴らが狙うのはここであろうな」


「はい。きっとそうだと思います」


 ある程度の予想がついていたアンナは特に驚かずにアルバラ伯に頷いてみせる。


「儂らはこのアルバラの地とここに住まう民達を守るため、急ぎルシャトリアを迎え撃つ準備を整えなければならぬ。しかし儂のような足腰が立たぬ老骨では到底奴らとは戦えぬじゃろう。……儂が何を言いたいか分かるな? アンナよ」


「……ええ」


 つまりアルバラ伯は、ルシャトリアが攻めてくる前にこのアルバラを一つにまとめるため領主の地位を他の者に譲ると言っているのだ。


 そしてこの場にアンナのみを呼んだということは、アルバラ伯が彼女に自分の跡を継いでほしいと思っていることを意味していた。


「お祖父様、何故私なのですか? お父様やお義兄様達では駄目なのですか?」


 アンナは思った疑問を口に出す。


 アンナの父親、つまりはアルバラ伯の息子は未だに健在で、更に言えば彼女の上には三人の腹違いの兄と二人の姉がいる。普通に考えれば彼女より彼女の父親か義兄達のいずれかがアルバラ伯の跡を継ぐのが自然であった。


 しかしアルバラ伯はゆっくりと首を横に振る。


「アンナよ。お前はあやつらが儂の跡を継げる器であると本当に思っておるのか?」


「…………」


 質問を質問で返されたアンナは思わず視線を逸らした。


 ここにいるアルバラ伯は騎士としても領主としても非常に有能で周囲からの人気も高い人物であるが、その息子であるアンナの父親はアルバラ伯とは全く正反対の人物だった。騎士としても領主としても驚くほど無能で、しかも視野が極端に狭く、とてもではないが人の上に立てる器とは思えない。


 義兄達も父親ほど酷くはないが、それでも彼らもアルバラ伯の跡を継げる器はないというのが、アンナとアルバラ伯の共通の見解である。


「分かるだろう? アンナ。このことはお前にしか頼めんのだ」


 アンナは幼い頃から「神童」と呼ばれている才能に恵まれた少女だった。


 兵法や帝王学を初めとする様々な学問の知識。固定観念に囚われない柔軟な思考。大局を見渡せる広い視野。


 まだ若く経験が足らないという不安材料はあるものの、アンナの才能に気づいていたアルバラ伯は以前より彼女が自分の跡を継ぐことを期待していたのだ。


「…………分かりました。しかし、いくらお祖父様の言葉とはいえ、私が跡を継ぐことをお父様が認めるとはとても思えません」


 父親の性格を思い出しながら意見するアンナの言葉に、同じ考えだったアルバラ伯は「確かに」と呟いて頷く。


「その言い分はもっともだ。お前が跡を継げばあの不肖の息子のことだ、何かつまらぬことを企むのは容易に想像できる。もちろん儂もあやつを抑えてお前の補佐をするつもりだが、この体ではいつ何らかの不具合が起こるかもしれん。そこでアンナよ。お前はこれに書かれている場所まで行き、そこにいる男に助力を求めよ」


 そこまで言うとアルバラ伯は懐から一枚の紙を取り出し、アンナに手渡す。それはここから東にある土地の地図だった。


「お祖父様。そこにいる人とは一体どんな方なのですか?」


「儂のかつて同僚であったトライオンの『元』騎士だ。ある事情により騎士を辞めて今は猟師となっているが、実力は間違いなく本物だ。あやつならきっとお前の力となってくれるだろう」


 自信を持って断言するところから見て、アルバラ伯がかつての同僚の実力を認めて信頼していることは確かだった。興味を覚えたアンナはその「元」騎士の名前を聞いてみることにした。


「お祖父様。その方の名前を聞いてもいいですか?」


「ああ、いいぞ。そいつの名はハンニバル・グッドマン。しかし今では確か『ハングドマン』と名乗っていたはずだ」

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