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魔法使いの矜持  作者: あ
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シュツルムという街は、城下に次いだ大きさを有する第二の大都市である、


街の中にはどこにいても見えるほど巨大な塔がある。


街はその塔を中心として楕円形に石塀で囲まれており、北側と南側にはここで暮らす人たちの民家が、東西にはこの大陸でも五本の指に入る大きな門が存在感を漂わせている。


装飾が立派にされたその門をくぐって街に入ると、その先には大広場と偉人の銅像があり、そこに常に建てられている市場から人々の喧騒が聞こえてくる。


大広場の周りには様々な用途の店が所狭しに並び、流石大都市と言うべきかどの店にも客足が途絶えるということは中々ない。


更にここには国お抱えの傭兵団のアジトが複数あり、諸所にそれらしきごつい男たちが闊歩している。



レーヴェが入ったのは街の東に位置する入り口で、まだ入ってもいないのに街の賑やかさが届いていた。


それにあてられたのか、検問で順番待ちの商人や旅人たちは浮足立っているが、レーヴェはそれに同調するでも避けるでもなくまるでこの騒ぎが聞こえていないかのように静かに列に並んでいた。


門が二つしかない割には出入りする人物が多いので当然シュツルムには簡単には入ることは出来ない。


特殊な技術を駆使して門以外から街に入ろうとするのならば傭兵が常時ついている見張り塔から捉えられてしまうので不正行為をすることはできず、一部の例外を除いたほとんどはここで公平に足止めをくらうことになる。


レーヴェのいる東門は半刻ほどの列ができあがっているがそれはまだましな方で、西門には他の栄えている町から行商人がこれでもかとばかり行来を繰り返しているのでこの三倍近くは長蛇の列となる。



「次、そこの白い男!」



長い間瞑目して待っていると順番がようやくまわってきたらしく、レーヴェは目を開けて門番に近寄った。



「身分証と通行料」



これほどの人間が出入りを繰り返しているのだから仕方ないのだが、門番はその一言だけを発する。


レーヴェは左手を懐に入れて一枚の小さなカードを取り出し、門番に差し出した。



「これだ」


「ああ、ギルド絡みか。なら料金はいい。ランクは?」


「どうでもいいだろう。後ろがつかえている」



ギルドとは傭兵と似た仕事で、傭兵が人を相手にとって戦っているのに対し、ギルドは辺りで出没する魔物を相手にする組織である。


この街にそびえたっている塔の内部には傭兵団の本拠地ほどではないが大きなギルドが存在しており、故にここを通るギルド員は少なくない。



邪険に返された返答に門番は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、レーヴェの言い分も正しいので口から不満が出ることはなかった。



「まぁいいだろう。分かっているとは思うが、くれぐれも街の中では問題を起こすなよ」


「……ああ」



しかしギルド内でのランク付けを答えなかった所で別段悪いわけではないし、何か問題を起こしているわけでもない。


やましいことなど何一つ無いと判断したので、門番は通行の許可を出す。


手続きが終了したレーヴェは門番を尻目に厳かな門をゆっくりと歩いてくぐって行った。









■■■■■









街に入ったレーヴェは露店で軽食を買って、水を片手に広場にある木椅子にすわって食べていた。


辺りにはおびただしい数の人々が忙しなく動き回っている。


少し見渡すだけでも詩を詠う吟遊詩人や見世物をしている集団、買い物袋をもって走っている少年など、多様な事を好き放題やっていた。


市場は酷い密集地帯で、買出しに来ている者たちが押し合い押されあってぎゅうぎゅうに固まっている。


常人なら満足に買い物など出来なさそうではあるが、やはりここで生活をしている者たちは流石で、レーヴェが見ている限りでは目的の物を流れるような行動で売買を行っていた。



そんな光景を眺めているうちに食事を取り終わり、締めに水を飲み干すと、レーヴェは椅子を引いて立ちあがり、ギルドへと向かうことにした。


面倒なことにギルドへ行く最短の道は市場の中をつっきらないといけない。腕力に任せて強引に進んでいけば通るのは不可能ではなかったが、自然と足は迂回するために路地へと向かっている。


幸い前回この街に来た時もギルドへ向かうために路地を使って迂回していたので、大体の道のりは覚えていた。



「兄ちゃん、安いよ。一本どうだい」


「そこのお兄さん、アクセサリーはいりませんか。恋人へのプレゼントにでも」


「酒はどうだい。他の店とは一味違って――――」



路地に向かう途中にも目すらあってすらいないのに売り物を勧めてくる言葉の数々。


最も盛況なところからは大分離れているというのに売り子の声は途切れることを知らない。


レーヴェはそのすべてに短い否定の言葉を告げ、足早になってこの喧騒を抜け出した。



路地に入るとまだ煩くはあったが耳鳴りを起こすような大音量に比べれば大分楽になった。


顔には出ないが、僅かばかりの不快さを感じていたのでレーヴェの足取りは少しだけ軽くなる。


このまま住宅が立ち並ぶところまでいけば静寂が手に入るかもしれないが、そうすればギルドに着くころには日が変わってしまう。


ギルドからは〝今日〟という日程を指定されていたので、レーヴェはこれ以上遠回りせずにギルドを目指した。


予想していたよりも人気が少なかったのが幸いして足を止めることなく進め、この調子で行くと後三刻――日が落ちるまでには到着することができそうだった。



自分の記憶だけを頼りに一人黙々と歩き続けていると、意外なことに一人の男がレーヴェに話し掛けてきた。


男は山賊や盗賊に近いものを連想させた。体格のいい体と気性の荒そうな顔に無精髭、更にどこか原始的な雰囲気が要因となっているのだろう。



自分に話し掛けてきているのが分ったので一言二言返答をしようとしたのだが、男が着ている服の胸元にある鷲をイメージしたマーク――この街最大の傭兵団のシンボルを見て、レーヴェは無視を決め込んだ。


ギルドと傭兵は基本的に不干渉。


表面的なことしかレーヴェは知らなかったが、それは数十年前に定められた全世界共通の掟である。



「なぁ、そこの兄ちゃん。腰に刀差してる白いあんただよ。聞こえてないのか?」



そ知らぬ顔で歩き続けていると男はレーヴェの横から正面に移動した。肩を掴んで無理やりにでも止めないことから、少しは常識が備わっていることが分かる。


我関せずとすれ違う程度なら問題は無いのだが、それを許さないとばかりにそれほど広くも無い通路の中央にでかい男が仁王立ちしているため、仕方が無しにレーヴェは足を止めた。男を不機嫌な顔で睨み付ける。



「傭兵が俺に何か用か。シンボルも無しに帯刀している俺がギルドに所属しているということぐらい気づいているだろ」


「勿論だ。それを承知であんたに頼みたいことがあるんだ」


「依頼ならギルドを通せ。例え傭兵であろうとも、誰かを通せば可能なことぐらい知っているはずだ」


「だけど、それじゃあ誰が引き受けるかは運次第だろ? そんなんじゃ駄目なんだ。確実に成功させたい」


「依頼に見合った実力を持つ奴らの中から、が抜けている。ギルドが請け負った依頼はそうそう失敗しない」


「成功率100%じゃないんだろ。確実に達成して貰いたい依頼なんだ。ちょっとでも失敗する可能性があるのは困るんだ」


「…………」


「俺はあんたに受けてもらいたいんだ」



男が真剣に頼んでいるのが分るからこそ、レーヴェは一つため息をついた。


まさかこんなにも早く厄介ごとが舞い込んでくるとは思わなかったのである。



「依頼内容は大体の想像がつく。ただ、そのことをどこで聞いた」


「…………」


「ギルドでもそうそう流れていない情報を、どうやって傭兵が手に入れたんだ。吐け」


「…………」


「依頼相手に、だんまりか……?」


「…………」



情報の出所は絶対に言えないと主張するかのように、男は顔をうつむけ口をつぐむ。その反応でレーヴェは情報源を特定することができた。


重要な情報を握っているのは、情報を売って生業とする情報屋、もしくは――


レーヴェは質問を変える。



「依頼主である奴の名前は」


「受けて、くれるのか?」


「優先的に受けるようにするだけだ。他の奴が受ける可能性もある」


「助かる。名前と依頼は――っと」



男はポケットに手を突っ込んで封筒を取り出した。恐らく中に詳らかなことが書かれている紙があるのだろう。


レーヴェはそれを受け取ると、表情が明るくなった男に忠告した。



「二日後の昼。その時に依頼が受理されるようにしろ。それ以前は別の用件がある」


「二日後の昼だな。わかった」


「お前に情報を与えた奴から聞いていると思うが――」


「ああ、報酬は金とは別にあれを用意している。この情報も誰かに漏らしてないし漏らすつもりもない。」


「なら、いい」



話は終わったとばかりにレーヴェは男の脇を通り過ぎる。男も満足したのかすぐにそこから退いて、一度頭を下げてからここへ来た方向へと踵を返していった。



男が完全に走り去ったのを気配で感じ取って、再び自分の世界に入ったレーヴェは計画を練り直す。


本来ならギルドへの報告と任務を手早く処理し、すぐにこの街を去ろうとしていたのだが、無視できない依頼が入った為に狂ったのだ。


街から出た後には予定が入っていないので問題は無いが、依頼を受けるとなると七日は追加で滞在しなければならなくなる。


宿はギルド員という立場を利用することで何とかなるのだが、この街の五月蝿さは好めそうに無い。



全く――余計なことをしてくれた。


レーヴェはさっきの男に情報を与えたであろう人物を恨みながら、これ以上の面倒が起きないように歩くスピードを一段階上げた。









■■■■■









建物の隙間から差し込む陽光が赤みを帯びてきた頃、レーヴェはやっとギルドにたどり着くことができた。


コンコン、と二回ほどノックをすると音を立てずに扉が開いた。酒が出ているのか匂いが鼻につく。



「シュツルムギルドへようこそ。ゆっくりとおくつろぎください」


「ああ」


「武器はどうなされます? お預かりしましょうか?」


「結構だ」



街中の飲食店の店員と同じような格好をした給仕が営業サービスの笑顔を浮かべながら丁寧に接客してくるが、その懐には何かしらの武器が入っていることにレーヴェは気付いた。


短く告げて室内を見渡すと、見慣れた風景が飛び込んでくる。


カウンターを境界として、手前は居酒屋、奥は執務室。そう表現するのが手っ取り早いだろうか。


長椅子の上には手に酒をもった人が、長テーブルの上にはつまみがそれぞれ乗っている。程よい具合に出来上がっているのか、手前側の人間は大抵顔を真っ赤にしていた。


中にはそんな流れに乗らずに武器の手入れをしている姿もちらほらと見える。大方これから仕事にいくのだろう。


その奥にはそんな空気をものともせずにギルドの事務処理担当の職員が多量の書類に手をつけていた。書類と格闘する様は、どこか鬼気迫るものを感じさせた。



レーヴェは挨拶をしてくる見知った顔に手で答えて受付に向かった。以前は優男がここで応対していたのだがレーヴェがここを離れている間に変わってしまったらしく、可愛らしいという言葉が似合いそうな女性が座っていた。



「こんばんは。今日はどのような用件でしょうか?」


「悪いがマスターに取り次いでくれ」


「わかりました。失礼ですが、お名前をお教えください」


「レーヴェだ。レーヴェ・ホルスタイン。マスターにはレーヴェが来たといってこれを渡してくれ」



そういってレーヴェは門番にも見せたカードを取り出して受付に手渡す。受付は、確かにという返答をしてカードを受け取ると一旦下がっていった。



マスターがここまで来るのには時間が多少なりともかかってしまうので、レーヴェは壁際に空いている椅子を見つけ、腰をおろす。


テーブルに置いてあるメニューに目を通さないまま壁にもたれかかると間をおかない内に給仕が近寄ってきた。



「お飲み物をお持ちいたしました」



レーヴェの前に水が入ったコップが置かれる。やはり大都市にギルドを構えているだけあって飲料水は無料らしい。



「何かご注文がありましたら、遠慮せずにお申し付けください」


「わかった」



給仕は丁寧に頭を下げると、後から酒の注文が入った。失礼します、とレーヴェに再び頭を下げて注文した客のもとに忙しそうに向かっていった。


利用する客はギルド員しかいないというのに、どうやらここは想像以上に繁盛しているらしい。



水に手をつけると思っていたよりも冷たい。酒に合わせるためとはいえ、冷水を対価無しに出す店は滅多に無いというのに。



「…………」



一息付いていると、二対の視線が、眺め見るような視線がレーヴェを捉えていた。敵対心を向けるでもない、好奇の視線だ。それを隠す事もなく――あるいは隠せないのか――レーヴェにぶつけてくる。


元を一瞥して確認してみるとちらりと二人の男の姿が映る。



「…………」



おかしなところはないし変わっているところがあるわけでもない。確かに肌の色が通常とは異なっているが、そんなことに拘っていてはギルドでは働いていけない。


それなのに視線はレーヴェを捉え続ける。



「…………」



絡みつく視線を無視し、周囲の騒ぎに身をゆだねていると、侍女が小走りでレーヴェの元へと向かってきた。受付は元の仕事に戻ったようだ。



「レーヴェ様。ギルドマスターがお会いになるそうです。準備はよろしいですか」


「問題ない」



レーヴェは侍女に案内を頼み、マスター――ギルドマスターのもとに足を運んだ。






二階と一階を繋ぐ階段を上り、右手に折れて歩いていったところにその部屋はあった。


見た目だけでは誰もギルドのトップに立つ者の部屋とは思えそうに無いほど質素で、一階のつくりとは大分違っている。


しかし一階での音が聞こえてこないので、防音の為にいくらか資金をつぎ込んでいることがわかる。執務をする上で雑音は邪魔にしかならないので当然の処置といえた。



侍女がやわらかくノックをすると中から声が返ってくる。声音からいって中にいるのは女性であることがうかがえる。



「レーヴェ様をお連れしました」


「いいよ。入りな」



侍女がノブを回して後ろに引いたので、レーヴェは躊躇い無く入室した。



部屋の左右には本棚があり、その中にはびっしりと本が整然と並べられている。


隅のたまったほこりや、乱雑に書類が積み重ねられていることから掃除をする暇がないほど忙しいのだと、暗に部屋が語っていた。


その部屋の片隅にはカリカリと一心不乱に書類を書きあげている妙齢の女性の姿があった。現ギルドマスター、フィルである。



侍女の気配が完全に消えるのを確認して、閉ざしていた口を開く。



「店は繁盛しているみたいじゃないか。良かったな」


「心配してくれたのかい?」


「いや、してない」


「そうかい、わかってたけどね」



それで、と前置きを終わらせてレーヴェは本題に入った。



「呼び出しの件。何かあったのか?」


「あったなんてもんじゃないさ。こりゃあもう大事件だね。こんなことが起きるなんて世の中が狂っちまったか誰かに化かされてるとしか思えない」


「フィルの口から大事件とでるとは、確かに珍しいな」


ギルドマスターという重職に身を置いているだけあってフィルは並大抵のことでは動じない。レーヴェもフィルの肝っ玉の太さには一目置いているので、その大事件とやらに興味があった。



「念のために色々なところをまわって確かめたんだが間違いない。信頼してるとこ全部あたってみたが、どれもがこの超自然の怪異を認めたよ」


「で、内容は? 送られてきた手紙にも大事があるということしか記されてなかったぞ」


「そう簡単にこんな情報を記してたまるかね。手の内を読まれないことに重きをおいてなきゃギルドマスターなんてやってないよ」


「で、内容は?」


「あんたもつまんない男だね。話につきあうぐらい、いいじゃないか。ま、焦らしても仕方ない」



フィルは自慢げに鼻をならし、随分といい笑顔で噛みしめるように言葉を投下する。



「――魔法使いを保護したよ。それも、二人」


「っ!?」



あまりの異常さに、理性で抑えきれなかった動揺が顔に現れる。



魔法使い。奇跡を起こせる人間。


太古の魔法使いはその奇跡によって腕の一振りで数千もの数の人間を一瞬にして殺す事が出来たというほど、馬鹿げた伝説がある。


今の魔法使いは――と言われると力が落ちたのか、ほんのちょっと他人に出来ないことが出来るくらいだ。主に自分の身体能力を底上げしたり、不思議な力で身を守ったりと、その能力は確かに便利であり、応用性がきく。



しかし魔法使いは一世紀に一人いれば御の字と言われるぐらい数が少なく、力の強大さや利便さよりも、むしろ希少性に価値を見出している。


歴史からみても確認されている魔法使いは20人程度である。


それが、一度に二人。



「突然言われても信じられないな。一人ならわかるが、二人となると……」


「だから言ったろ、大事件だって。あたしはあんたの倍以上は驚いたさ」


「これで……五人目か。天変地異の前触れじゃないのか」


「それを言われたらこっちまで不安になってくるからなるべく口に出さないでもらえるとうれしいね。周辺の異常をまた調査させなくちゃならない。それで、今回」



フィルはそこで言葉をきった。人の良さそうな笑いをやめて仕事の表情へと変わる。


レーヴェもそれを感じ取ると姿勢をただした。刀がかすれた金属音を立てる。



「――あんたにその魔法使い二人、預けたい。受けてくれるね」



魔法使いであるがゆえに、魔法使いにふさわしいように――育てろ。


問いかけではなく、もはやそれは決定事項に近かった。とれる選択肢で言えば【はい】か【yes】しかない、強制命令。



「二人に覚悟はできているのか?」


「ああ、そこまでしてようやくあんたを呼んだんだ」



魔法使いの卵、それは最高級の原石に近い。正しい手順で正しい環境で正しい道具で磨けば出てくるのは最高級の宝石だが、何が欠けたとしてもその原石は光を放たなくなる。



それにレーヴェは――



「了解。ただし勝手に潰れた、壊れるのは俺の仕事外だ。それでもいいか?」



受諾する。しかしその答えが気に入らなかったのか、フィルは首を横に振った。



「あんただったらそんなヘマしないだろうに。だから言わせてもらうよ、駄目だ。許さない。責任を持って潰れることなく壊れることなく二人を育て上げること。これは命令だ」


「いいだろう――了解した」


「境遇はあんたと似たようなもんだ。受けてくれると思ってたよ」



この依頼には契約書はない。前金の相談も無ければ報酬の確認すらない。


だがそれでいい、とレーヴェは思っていた。魔法使いの育成、その過程こそがレーヴェにとっての報酬だからだ。



「それで、その二人はどこにいる? できるなら今すぐ会って話がしたい」


「ここからはあんたの管轄だから好きにしてくれていいよ、さて……」



フィルが手元にあった鈴を一度二度鳴らすと、間をおいて扉越しで、はい、という声がした。その姿を確認することなくフィルは、例の二人を、とだけ告げる。予め知らされていたのかその言葉だけで、わかりました、と返答がし、足音と共に気配が遠ざかって行った。



魔法使いはギルド内にいるようだった。こんな警備の薄い場所にと思ったが、ここ以上に安全な場所など他にないことに気づく。


ギルド内にもゴロツキやチンピラのような虫はいるが、外に出すともっと危ない獣がいる。自衛の手段を魔法使い二人がもっているかはレーヴェに知るよしはなかったが、それでも数に任せて襲われればひとたまりもない。


どこにも属していない――ギルドは保護しているだけ――フリーな魔法使いは、どの勢力からしても手が出るほどほしい人材なのだ。



コンコン、とノックが小気味よく響いた。



「連れてきました」


「いいよ、入りな」



許可がとられ、扉が開かれる。


そこから現れたのは――




「あたしは二―ナっていいます。これからお世話になります」


「私はレン。未熟ですがご指導よろしくお願いします」




まだ成人すらしていない、二人の少女だった。


二―ナという少女は赤い髪を肩の高さできりそろえており、顔からは活発そうな性格がにじみ出ている。


レンという少女は黒い髪を腰までまっすぐ伸ばしており、どこか優しげな雰囲気を身にまとっている。



「……なぁ、フィル」



緊張している二―ナとレンに聞こえないように小声で話しかける



「なんだい?」


「聞いてないぞ、こんな年端もいかない少女が魔法使いなんて。予想外にもほどがある」


「うれしいだろう?」


「…………」



にやりと笑うフィルに対する衝撃と呆れで言葉も出ない。



「一応あんたの話はしてある。無闇に怖がられることはないから安心しな」


「……ああ」



その言葉に安堵を抱いたレーヴェは、二人の少女の方に一歩近づいた。



「ギルドに所属しているレーヴェ・ホルスタインだ。期間は定まってないが君たちが一人前になるまで面倒を見ることになった。フィルから何を吹き込まれているかは分からないが、戦闘に関しては一切手を抜かないので、覚悟してほしい」



「ぁ……は、はい」


「……わかりました」



威圧感を漂わせた自己紹介に二人は気圧され委縮する。後ろからはフィルがため息をついていた。



「…………」



レーヴェは二人をただ無言で目を背けられないように圧力をかけて見つめる。


一秒……二秒……三秒……。


今頃二人にはとてつもない重圧が圧し掛かっているだろう、とレーヴェは思う。だからこそ、睨むように見つめ続ける。


若干可哀想ではあるがしょうがない。適性を見る方法がレーヴェにはこれしか思いつかなかったのだ。



「…………」


「…………」



無理やりにでも目をそむけるだろう、フィルに助けを請おうとするだろう。


レーヴェはそう考えていたが、それを裏切るように二人はじっとこの圧力に耐えていた。


二―ナは口をかむようにして耐え、レンは両手を固く握って必死に耐えている。



「――悪い。舐めていた」



どうやら自分は二人を侮っていたらしい。


こちらから目をそらすと同時に圧力を霧散させる。


目の前にいる二人は嫌な空間が終わったことに一抹の不安を感じながらも、どこかほっとした表情になった。



「フィル、この二人、この歳にしてはやるじゃないか」


「だから言っただろう、覚悟は出来ているって」


「そうだったな」



事情が呑み込めずにおどおどしている二人に向かって、レーヴェは手を差し出した。



「試すようなことをしてすまなかった。これからよろしく頼む」



更に二人は混乱する。


当たり前だろう。怒られていると思ったら、展開が急に変化しているのだから。



「うぇっ!? あの、何が何だかわかりませんがこちらこそお願いします」


「は、はい。私も事情がわからないんですが、お願いします」



それでも二人は二人なりにその行為に反応しておずおずとレーヴェの手を握った。



「ったく。不器用だねぇ」



そんな光景にフィルは呆れたようにそうつぶやいたのだった。








■■■■■








その後、まだ二人とも――レーヴェも入れたら三人――夕飯を食べていないということで、一階でお世話になることにした。


もう食べていていもおかしくない時間帯だが、食べようにも緊張して喉を通らなかったのだろうと察する。


二人をなるべく入り口から遠い端の席に座らせて、レーヴェは自らもその向かい側の席へと座った。


と、なにか不安げな顔で二人が話しかけてきた。



「あ、あの~。レーヴェさん」


「ん、どうした?」


「あたし、お金、持ってないんです。今まではフィルさんになんとかしてもらってたんですけど……」


「私も、です。どこかで働かせてもらえれば稼げますが……」



ああ、そういうことか、と納得する。


保護されたばかりで無一文。今は頼りにしていたフィルもいない。不安になるのは当たり前だった。



「心配するな。面倒をみるといっただろう。代金は俺が持つ」


「え……いいんですか?」


「二人分の金を払ったところで困るほど貧乏じゃない。そのかわりといったらあれだが、明日からやる気を出して臨んでくれればいい。それでいいか?」


「はいっ!」


「ありがとうございます」



そういうことで二人はテーブルに二つ置かれているメニューのうちの一つをとった。


注文までに時間がかかると思っていたがそんなことはなく、事前に決めていた自分の分を合わせた三人分の注文を手短に済ませる。


にぎわっているだけあって料理が届くまでに間が出来たので、交流を深める一環としてレーヴェは話を振った。



「今のうちに聞いておきたいことがある。二人はどの強さまで自分を高めたい? 最低限の自衛レベル、一人前と呼ばれるレベル、一流と呼ばれるレベル。分かっていると思うが後者になるにつれて期間が長く、内容は濃くなる」



突然振られた話題に二人は顔を見合わせて、躊躇うことなく言った。



「あたしは、一流に、なりたいです」


「私も同じです。私に秘められた力はフィルさんが説明してくれました。長所や短所、メリットや、デメリット。そんなものが元から備わっているなんてわかって、だったらできるだけ実力も伴わせたいんです」



ちゃんと悩んだ末の結果だろう。その言葉にはきちんとした芯が定まっていた。


だから確信する。この二人の意志に関しては問題ない、と。



「上出来だ。実力がなければいくらでもつけてやれるが、意志がなければどうにもならないからな」



だから、ここからはもう人のせいにはできなかった。


こんなにしっかりと自分を持っていて、明確な目標を持っていて、そんな原石が輝かなかったら、確実に自分の責任だ。


面白くなってきた。レーヴェは心の中で笑った。



「で、二人は最終的にどこに身を置きたいんだ? 筆頭はギルドか傭兵。他にも貴族の護衛やら宮殿の衛士やら働き口は腐るほどあるぞ」


「あたしはギルドがいいです。ここに来る前も真似ごとみたいなことやってましたから」


「私は――正直よくわかりません。まだ決められない、というのが本音かもしれません」


「了解。適性と実力については明日見極める」



その言葉に二人とも頷いた。一応戦いを嗜むぐらいのことはしているのだろう。不安はあっても恐怖はない、といったところだ。



その後は他愛もない会話をつづけていると、トレイに乗せられて料理が運ばれてきた。


レーヴェは肉中心、二人は野菜中心といった料理だった。異性の食事には興味がなかったので遠慮しているのかは分からないが、皿に乗っている料理も値段に比較して少ない。


他人の食べるものに口をはさむつもりはなかったが、これでは力が出ないだろうと思い、己の皿の上の肉を切り分け、等分に等分したものを一切れずつ二人の皿の上へと移した。


え? という表情を浮かべた二人に、明日に支障をきたしたら困るといって納得させると、腹が減っていたのか何の問題も無く食べ始めた。



食事も半ばに差しかかってきたころ、多少空気が重くなってきたところでレンがレーヴェに問いかけた。



「レーヴェさん」


「なんだ?」


「レーヴェさんは、なんでギルドで働いているんですか?」



どういう意味だ、と口を開きかけたが、レンの意図が分かって出かけた言葉を抑え込む。だが、話したところでレンが望む答えは返せなかった。


出来る解答といえばつまらないことだったのだが、隣では二―ナも聞きたがっていたので答えることにした。



「偶然だ」


「偶然?」


「全く出来過ぎた偶然だ。何かの力が働いているんじゃないかと疑うぐらいにな。ただその偶然で俺は戦いに身をささげることになった。で、気がついたらギルドの一員だ。参考になれなくて悪いな」


「いえ、そういうこともあるんだなって参考になりました」



深くは語らないと分かったのか、レンも二―ナもそこでくいさがるような真似はしなかった。



「さて、これを食べ終えたら今日は解散だ。明日は早いうちに出るから早めに寝ておけよ」


「え、野宿じゃないんですか?」



二―ナが驚いた声を上げる。



「野営は明日からだ。おそらく快適に眠れるのは今日が最後だから、じっくり堪能し手置いた方がいい」


「私たちなら大丈夫ですよ? 心構えもきっちりと教わりました」



レンが二―ナのフォローをする。


そんなに野営がしたいのだろうか。いや――



「俺に遠慮しているつもりならそんなことはしなくてもいい。逆にやりづらいんだ、そういうのは」


「…………なら、甘えさせてもらいます」



どう反応していいかわからない子供のようにレンは上目遣いで礼を言った。



「ありがとうございます。明日、がんばりますから!」



二―ナはわりきったようで笑みを見せていた。その笑みはとても自然で、僅かに素が出ていた。


まだまだ完全に信じてもらうことはできないとレーヴェは思っている。人間関係はそんなに単純なものではないからだ。


それでもできるだけ早期に信頼してもらえるように努めるのがこの依頼の要点の一つだ。


運のいいことに育てる対象は二人もいる。最初に上手く自分とコミュニケーションが取れなくても重大な問題には発展しない。




夕飯を終えたレーヴェは、二人に明日の集合時間を告げて、昨日まで泊っていた場所に泊ってもらい、自分はフィルから貸してもらった部屋の中で明日の準備を済ませると、早々に眠りに就いた。



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