いい年した大人のヒーローごっこ
異能者、俺の言うところのシンポテを持つ人間を集めている組織は、全国各地に点在するが、運営方針で大きく分けると、2種類になるらしい。
片方は研究者達を主導とするもの。俺を付け回していたミラーグラス達もこっちの部類で、関東で最大の組織、CBTと言う。彼らはシンポテを持つ人間の、突然変異した細胞や遺伝子を研究し、新薬の開発を行っている。だが裏では、集めた人間をモルモットのように扱い、開発した新薬を販売し得た資金で、更に何かを研究していると言う噂がある。
そしてもう片方は、シンポテを持つ者のみで作られた組織。富利異盟損はこちら側の会社だ。表の活動は何でも屋。だが本来は、CBT等の研究者が作った組織に狙われた同族達を保護する、有志の団体らしい。
「……前にお前が"正義の味方"っつってたが……あの時は俺を保護するつもりだったって言うのか?」
「うーん、保護せんでも大丈夫そうやから、即戦力として誘いたかってん。関西にもこっちのCBTみたいな組織があるからなぁ。対抗するためのヘッドハンティングって感じや。あんた、自分が科学者達にどんな評価されてるか知ってる?」
「……知らね」
投げやりに否定すると、七佳は勿体振るように、コホンッと咳ばらいをした。
「"特殊な匂いで人を惑わすだけでなく、同族も引き寄せる体質"らしいわ」
「はぁ?」
一瞬ピンんと来なかったが、七佳の視線を辿ると何となく理解できた。
「怪しい香水屋なんてお客選びそうな狭い店に、2人も異能者の客が寄って来たなぁ。この分やと他のお客も期待できそうや」
ウッシッシッ、と悪そうに笑う七佳を、俺は生温い目で見た。
「……俺はゴキブリほいほいかよ」
「巧さぁん、ワタクシ達はゴキなんですか……」
雹子に即文句を言われ、彼女とヨシオさんを無意識にゴキブリ扱いしていたと気付く。隣で「ほぅ、ユニークな例えだ」と頷いているヨシオさんは心が広い。
「ンハハハッ、あんたおもろいな。とりあえず、ミラーグラスとあたしらは、全く主旨の違う団体やねん。あんなキッショイのんと一緒にしたあかん。ある時は迷い猫を捜索する探偵、またある時は激安引っ越し業者。だがその正体は……、人権戦隊! 富利異盟損!」
「おいっ!戦隊って何だよ!秘密結社はどこ行ったんだ!?」
腰に手を当て、声高々に言った七佳は、俺に突っ込まれて気分を害したのか、ムッと下唇を出した。
「若いのにノリ悪いなぁ。秘密結社を本部とする戦隊ってことや。因みにあたしはピンクがええわ」
「んなこと聞いてねーし」
何だろう、真面目に聞いてやって損した気分になるこの感じ。富利異盟損の奴らは皆こんなふざけた性格なのか?
「今ならブルーかグリーン、どっちか選ばしたるわ」
うんざりしている横で、七佳は勝手に話を進めていく。
「……一応聞くが、ブルーとグリーンしかないってことは、レッドは決まってるのか?」
「まだや。今あたしが思いついた戦隊やからな。リーダーはよく考えて決めんとあかんから、先に脇から固めよう思てん」
こいつ、思いつきを本気で推し進めようとしてるな。シンポテの事情を知っている会社に就職、というのは魅力的ではあるが、社員がぶっ飛びすぎている。これが営業成績No.2だと?No.1は一体どんな奴なんだ……
「……なんや、レッドやりたいんか?」
「いや、それ以前に人権戦隊・富利異盟損なんぞ、入りたくない」
「またネーミングセンスが気に入らんの?」
「そういう問題じゃねぇ!」
喚く俺を無視し、七佳は雹子をイエロー、ヨシオさんをグリーンに任命した。
「何でワタクシはイエローなんですかあぁ?ヒロイン=ピンクですよぉ。ワタクシはここのヒロインなのに……」
「何言ーてんねん。あんたのダーリンは志牙巧やろ。あいつは残りもんでブルーになってもーてんで?ブルーの相手はたいがいイエローやん」
「あ、そっか」
「ちょっと待て! ダーリンって何だよ!? ってか勝手に俺を戦隊に入れてんじゃねぇ! ヨシオさんも何か言ってくださいよ。いい年してヒーローごっこやらされるんですよ?」
俺は最後の砦とばかりに最年長のヨシオさんの肩を揺する。すると彼は泣きそうな俺を見てフッと笑った。
「巧君、俺は43年間、宴会芸では済まされない自分の能力を、持て余すだけだった。オヤジ狩りのクソ餓鬼どもを蹴散らす時くらいしか使うことのない俺の能力。ずっと、持って生まれたことに意味が欲しかったのだ。富利異盟損なら、俺の能力を理解し、使いこなしてくれると思う。」
「……富利異盟損もCBTと同じかもしれませんよ。七佳の話を信じるんですか?」
「簡単に周りを信用できない君の気持ちは分かる。妙な奴らに付きまとわれていたら、人間不信にもなるだろう。だが、人は独りでは生きていけない。今まで独りぼっちだった俺や雹子ちゃんは、偶然なのか必然なのか、こうやって君の存在に引き寄せられ、集まった。何かの縁だとは思わんか?もう一人レッドも探して、CBTのような不埒な組織に怯える異能者達を救うことで、俺達の存在意義が見えるような気がするんだ。」
存在意義……ちぇっ、余計な時だけまともになるんだな。ヨシオさんはポカポカ温かい目で、一緒においでよ♪と言わんばかりに微笑んでいる。やめろ! そんな目で見るんじゃないっ!
「巧さぁん、仲間が増えるんですよぉ?」
イエローに不満だった雹子まで、いつの間にかやる気のようだ。
「……、やりたいなら……勝手に行けよ。俺は知らない奴のために影で戦うような自己満足はいらねぇ」
いたたまれなくなって、俺は皆に背を向けた。少し……ほんの少しだけ心が揺れるが、どっちにする? と聞かれれば、気が進まないのだ。
今まで俺は、誰に助けを求めることもなく、独りで何とかしてきた。一瞬の気の迷いで雹子は置いてやっているが、他人を助けるのを職業にするなんてガラじゃない。
「むむ……富利異盟損って名前がそんな嫌なんやったらしゃーない。変えたるわ」
「だからそういう問題じゃねぇ!」
七佳め、シリアスな雰囲気を邪魔しやがって……
「あ、それならぁ、シンポテを使ったら良いですよ」
雹子はひらめいたように、拳をポンッと打った。
「シンポテ?何や新じゃがか?ププッ……」
七佳は可笑しそうに口を押さえた。絶対馬鹿にしている。略すとふざけたイメージになることは、俺自身百も承知だ。あえて緊張感のない言葉を使うのがこだわりなのだ。
「芋じゃないですよぉ。シン何とか・ポテほにゃららの略らしいです。特異な潜在能力? だったかな。巧さんは特殊能力とか異能者とか、ありきたりなのが嫌なんですってぇ。こだわりの言葉を使ってあげたら、やらずにはいられなくなるんじゃないですかぁ?」
「特異な潜在能力……singularity potentialか。異能者と言われるよりは気分が良いな。略すと斬新かつキュートだ」
「芋やけどな……フフフフ……」
「本人を前にする話じゃねーだろうが。特に七佳、お前馬鹿にしてるだろ」
チラリと睨み付ければ、温かい目で見つめ返す3人。クラスメイト達に「学校おいでよ、楽しいよ」と家まで迎えに来られた登校拒否児童の気分だ。ああ痒い……背中がムズムズするっ!
「よっしゃ決めた! 今から人権戦隊・シンポテレンジャーに変更や。自分のこだわってる言葉が入ってんねんやったら、文句ないやろ?」
「いやだから、ネーミングの問題じゃ…」
まだ抵抗する俺の肩を、ヨシオさんがポンポン、と叩いて止めた。
「君は背中を無理矢理にでも押されなければ動かない性格だ。そうだろう? 石橋を叩いて信号と左右を確認して、皆が安全に渡るのを見てからでないと、一歩を踏み出さない。だがそれでは君が渡る頃には信号が変わってしまって、一人だけ車にはねられてしまうぞ。」
「例えが長すぎて、よく分かりません……」
「要は、見返りや損得を考えず、何かを始めてみるべきだということだ。嫌だと言っても、本当は迷っているのだろう? やるかやらないか迷った時はやった方が、反省はしても後悔はしない。俺の経験上、52%の確率でそうなる」
「……せっかく良いこというなぁと思ったのに、最後の意味不明な確率で台なしです」
一瞬男惚れするかと思ったが、またどこから計算したのか分からない数字を出してきた。しかも五分五分という、どっちにも転べる確率を、自信満々に言うから余計にムカつく。
「ハッハッハッ、天邪鬼君は無理に素直にならなくていいぞ。今の返事で、君がシンポテレンジャーに入る気になったということは分かったからな」
俺は何も言い返さなかった。
年の功なのか、ヨシオさんには見抜かれてしまったようだ。何も隠す必要のない仲間がいても良いかな、なんて少し思ってしまったこと。そして、それを口に出すのが小っ恥ずかしくてできないことを……