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鼻で豆鉄砲

 あれから俺は、雹子ひょうこに対する態度を、少しだけ軟化させた。まぁ同情のたぐいなのだが、すぐに追い出される気配がないと悟った雹子は、心情的に余裕ができたらしい。そこから調子に乗るようなことも、やたら滅多ら興奮してシンポテが暴走することもなくなった。青白い幽霊顔はそのままだが、下手に刺激さえしなければ、いたって普通のルームメイトだ。

 「……か?……聞いてますかぁ?たくみさん」

「え?……ああ、悪ぃ。何の話だったっけ?」

飯を食いながらバイトの愚痴ぐちを垂れていた本人に、うわの空を見咎みとがめられ、俺は我に返った。

「あのですね、店長が昨日、普通のメイド喫茶をオープンさせたんです。しかも隣に。これはヤンデレメイド喫茶、存亡の危機ですよぉ。マニアックなヤンデレメイドが、ぶりぶりメイドにかなうわけないです。同僚も皆そう言って、戦々恐々せんせんきょうきょうなんですぅ……。ヤンデレを卒業する前に職を失うわけにはいきません。こうなったら先手必勝、ワタクシのシンポテで脅すべきでしょうか」

雹子はそう言って、カフェオレをすすった。組み合わせた飯は和風おろしハンバーグ弁当。彼女にとってカフェオレとは、どんな味のものでもマルチで合わせられる飲み物らしい。他のルールは俺に合わせても、これだけは譲れないと言う。世の中には色んな味覚の人間がいるものだ。

 「……別にほっときゃ良いじゃねーか。お前んとこに来る常連客は、特殊な趣味の奴らだろ?すぐに普通のメイド喫茶へ乗り換えるような興味本位の客なんぞ、引き止めるだけ馬鹿らしい。デブ専やブス専の店だって成り立ってんだ。ヤンデレはヤンデレらしくしてりゃぁ良い」

「まぁ……巧さんからヤンデレを肯定する言葉が聞けるなんて……。最近"店が潰れるぅ!"って、本当にんできちゃった同僚達に今の話を聞かせ…」

「頼むから俺の話はするな。ヤンデレ女と関わるのはお前一人でいっぱいいっぱいだ」

俺は雹子の話を遮って止めた。シンポテもないただのヤンデレにまで構うほどお人よしじゃねぇ。

 とまぁ、俺達の共同生活はこんな感じで1週間が過ぎた。







 今日は売れないベテランホストのヨシオさんが来る。ここを紹介して欲しいという友達を、一緒に連れてくるらしい。

 雹子の一件以来、俺はドアに"一見いちげんさんお断り!"と書いたかまぼこ板を付け加えた。口コミを聞いたとしても、紹介した常連客が一緒に付いて来ないと門前払いをする、ということだ。

 自分で言うのも何だが、こんな怪しい香水屋を利用する客で、まともな性格の人間を期待するわけにはいかない。今後妙な客は、紹介した奴にきっちり持って帰ってもらうつもりだ。

 「巧くーん、来たぞぉ」

時間ぴったりにヨシオさんがドアの前で呼びかけた。一緒に来る新客は、富恵ちゃんではない。ある意味雹子のライバルだろう。ヨシオさんは最近、ヤンデレメイド喫茶の隣に出来た、普通のメイド喫茶にお気に入りの子を見つけたらしく、その子に頼まれたと聞いている。

 「はい、どうぞ」

俺が返事をし、ヨシオさんの後に続いて入って来たのは……

「お前っ……田ノ中七佳たのなかなのか!」

「あ、どもー。覚えてたんや。おっ久ぁ」

悪びれもせず片手を上げてヘラヘラ笑うその女は、4年前に俺をスカウトしようとした七佳だった。サングラスはせず、フリフリのメイド服にツインテールだ。だがぷよぷよした体と大きな丸い目、それに関西弁は全く変わっていない。

 「な、何だ巧君、七佳ちゃんと知り合いだったのか?」

俺の険悪な雰囲気に、ヨシオさんが少々驚きながら尋ねたが、相手にしてる場合じゃないからとりあえず無視。

 「1週間前、新聞屋に成り済まして来ただろ。下手くそな標準語使いやがって……」

「あ! やっぱり居留守やってんな? 標準語使つこたら拒否反応出て、さぶいぼ立ちまくりやってんでぇ。頑張ったのに、いけずせんとってぇや」

んなこと知るか! くっそーやられた。偶然なのか仕組んだのかは分からないが、メイド喫茶に潜入して、ここの常連のヨシオさんに取り入ったのか……。連れて来た本人は、さっきから「メイド言葉でない七佳ちゃんも良いな……」とか、「方言萌え〜」とかぶつぶつ言ってやがる。

 「あのぉ、この年甲斐としがいないロリータメイドが、たくみさんの身体を調べるって言った、破廉恥はれんちサングラスなんですかあぁぁ?」

「何やとコラ……」

様子をうかがっていた雹子の気配がそばだったその時、七佳のポケットがキイィィィ−−−! っと耳障みみざわりな音を立てた。

「お?」

雹子を睨みつけるのをやめ、ヒラヒラの黒いミニスカートから七佳が取り出したのは、手の平サイズの丸い機械だった。

「はぇ〜、こないだと同じ反応やん。この死人みたいな姉ちゃんも異能者なんか。ラッキー」

機械を確認しながらも、しっかりさっきのことを言い返すのは忘れていない。

 泣き付いて来る雹子の顔を手で押し返しながら、俺は考えた。前にこいつが訪ねて来た時、丁度雹子が興奮して気配がでかくなっていた。それをあの機械でキャッチしたのか。

「何年追い回しゃぁ気が済むんだ? しつけぇぞ」

「え?ちゃうって、ひつこいなんて誤解やで。4年前あんたに逃げられてから、営業成績No.2のプライドがえらい傷付けられてやな、すぐ会社に泣き帰ってん。またこっち来たんは2週間前や。 ちゃんとウロついてる奴らのサングラス見ぃーたやろ」

「そんなこたぁどーだって良い。お前がここに来た目的は、どうせ香水じゃねーんだろ?」

 まずいぞ。雹子のシンポテまでバレてしまった。最悪七佳の隙をついて、ヨシオさん共々睡魔の匂いで眠らせてから逃げるか、雹子を怨霊化させて追い払うか……。あまり派手なことをすれば、他の組織の奴らまで引き寄せかねない。どうする? どうするんだ、俺!

 「まあまあ落ち着きぃや。確かにあたしはまたスカウトに来たんやけど、無理矢理どうこうする気はないねん。あんた前は、話最後まで聞かずに逃げたやろ? うちの会社が何やってるんか、ちゃんと聞いてから来るぇへんを決めてぇな。そのためにまた出張してんから」

「……本当に判断はこっちがして良いんだろうな」

「ほんまやって」

 まだ半信半疑だが、話を聞くだけなら……と思った時、蚊帳かやの外だったヨシオさんと目が合った。……忘れてた。

「あ、ヨッシー、ゴメンなぁ騙したみたいで」

俺の視線で七佳もヨシオさんの存在を思い出したようだ。

「こっから先は、人間技超えた特技のある人しか聞かせられへんねん。ちょっと外出とってくれる?」

「特技……?」

ああ、何でそういう言い方をするかな。普通に関係者以外聞かせないって言やぁ良いのに。ヨシオさん首捻ってるぞ。

「せや、ヨッシーも凄い特技があるなら聞いてもええけど」

七佳め……雹子みたいにヨシオさんもシンポテがあったらラッキーとか思ってそうだな。

 「あるぞ。俺も特技が」

ヨシオさんは腕組みをして、自信満々に答えた。

「え? どんな?」

ヨシオさんが自信満々の時はロクなことがないのだが、それを知らないのか、七佳は目を輝かせた。

「うむ。鼻で豆鉄砲を撃てる」

……やっぱりそんなもんか。いや分かっていたが……

「え゛……いやぁそれ、人間技超えた特技やなくて、宴会芸ちゃうの?」

顔を引きらせた七佳を見て、ざまぁみろと心の中でほくそ笑む。

「豆でなくパチンコ玉を使えば、ベニヤ板くらいなら楽に貫通するが、人間技を超えてないのか?」

「ええっ!?」

「うそやっ!?」

「凄ぉい!」

想像以上にぶっ飛んだ言葉を聞き、3人同時にヨシオさんを凝視した。

「ほ、ほなちょっとやってみてぇや! 測定するから」

「今パチンコ玉を持っていないんだ」

「別に板を撃ち抜かんでもええねん。要は力を使った時に特殊な磁気が出るかどうかやから。そこにあるカキピーのピーナッツでええわ。」

そう言って興奮気味に七佳が指差したのは、机に置きっぱなしだった雹子のおやつ。

「えぇぇ……ワタクシのカキピーを鼻に……?」

「1個くらいええやん。ほら、出しぃ」

渋々な雹子からピーナッツを1粒受け取ったヨシオさんは、それを片方の鼻に詰め、もう片方の鼻の穴を人差し指で押し潰した。

 「はい、どうぞ!」

「すぅぅぅ……」

七佳の合図の後、ヨシオさんが口から慎重に、深く深く息を吸う。彼の胸、というか鎖骨下からへその上辺りまでが異常に膨らんだ。同時に七佳の持つ機械が小さく鳴りだす。

「ふんっ!!」

胸の膨らみが一気に戻り、壁に向かって目で追えない程のスピードで放たれるピーナッツ! パヂッという音と、キイィィィ――という音が重なった! 壁の下にピーナッツの姿はない。あのスピードなら砕け散ったのだろう。

「……いかがかな?」

ニヤリと笑ったヨシオさんの鼻からは、ちょっぴり血が垂れていた。……鼻の粘膜は人並みらしい。

 「凄いやんヨッシー! ホストなんか辞めて、富利異盟損ふりいめいそんぃや!」

「ほう?あの三角形に目玉のマークの……」

「いや、それとは全く違いますから」

俺は激しく誤解したヨシオさんに訂正を入れた。

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