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関西弁の女

 俺が高校3年の時のことだ。自分のシンポテに気付いてしばらくすると、実家の周りを怪しい奴らがウロウロするようになった。奴らは一様にサングラスをかけていたため近所でも怪しまれ、警察が配信する、街の事件や不審者情報のメールに載せられたこともあった。

 しばらく無視していると、そいつらは俺に接触して来た。たいてい「君には面白い特技があるんだろう?」と言ってくる。俺は自分の中に目覚めた力のことを、家族にさえ話したことはない。なのに奴らは知っていた。怪しいったらありゃしない。当然しらばっくれた。

 他にも道端でいきなり「無料で人間ドッグを受けてみないか?」と言われたり、「献血しませんか?」と献血車なしでいきなり注射持って来たり……、それも人は違えど皆サングラス野郎なのだ。酷い時は堂々と「君の細胞を研究したい! 人類の発展に貢献したまえ!」と迫ってくる奴もいた。馬鹿としか言いようがない。せめてもっと怪しくない身なりで来いよ。

 そんな馬鹿サングラス達を、シンポテで追い払いながら暮らしていた、ある日の学校帰りのこと。

 部活ですっかり遅くなり、日の落ちた薄暗い道を歩いていると、後ろから足音が重なって聞こえた。パッと振り向くと、小柄で帽子を深くかぶったサングラスの奴がサッと電柱に隠れ……ようとしたらしいのだが、少し太っているために隠れきれていなかった。

 マヌケな姿に呆れつつも、家路を急ぐ。するとまた足音が重なって聞こえ、振り向くとまた電柱に隠れ……ようとする。また馬鹿なサングラスが現れた、とうんざりしながらも、痴漢に狙われた女ってこんな気分なのかなぁと思った。

 それが4度続いた時、俺は急に走り出した。あんなマヌケに、ちんたら付いて来させてやる義理なんてない。相手は小太りだ。全力で走ればけると思ったのだ。

 だが予想に反して小太りの足は速かった。足音がどんどん近づいて来る。こうなったら迎え撃って、強烈に眠くなる匂いでも嗅がせてやろう。そう思い、公園に差し掛かった時、俺は意を決して再度振り返った。

 すると小太りサングラスは急ブレーキで足を止め、あろうことか電柱より細い街灯に身を寄せたのだ。

「んなもんに隠れきれるわきゃねーだろっ! てめぇのサイズ考えろっ! ナメてんのかコラッ!!」

俺は叫んだ。突っ込まずにはいられなかった。

 ツカツカと小太りサングラスに近づき、その襟首えりくびをむんずと掴む。

「や、やっぱそーなるやんなぁ……」

そいつの声は、若い女のものだった。しかもこの辺では滅多に聞かない関西弁。俺はTVでしか聞いたことがない。

 「ドタバタ下手くそに付け回しやがって。俺に何の用だ?」

「話す、話すから手ぇ離して! あ、シャレのつもりちゃうで? ……あぐっ……苦しいっ!ごめんて、ごめんやて!」

つまらんことを言うから襟首をねじってやると、女は即行でギブアップした。

 「は〜死ぬかとおもたわ……」

サングラスを取った女は、俺より少し年上に見えた。目が大きくて、不覚にも、小太りなりにちょっと可愛い、なんて思ってしまい、それを頭の中から振り払う。

「それで、何の用なんだ?」

「あ、その前に、あたしこういうもんです」

出された名刺には、こう書かれていた。

 【秘密結社 富利異盟損 営業課 田ノ中七佳】

 「秘密結社……何だ?」

「"富利異盟損ふりいめいそん"って読みます」

「おい……実在の団体パクッて当て字かましただけじゃねーか」

勿体振って秘密結社とか付けてあるから、余計に腹が立つ。それに営業課って何だよ。秘密結社が営業なんてするもんか。

「かましただけちゃうわっ! ちゃんと意味があんねんで。富を利したい異能者は、盟……仲間にならんと損すんでぇって。どやっ!」

「威張るな! いつか本物に消されるぞ。……まあそれは置いておこう。お前の名前が、田ノ中……ななか?」

田ノ中七佳たのなかなのか。……ま、待ちぃや、本名やで! 文句ならシャレで付けた親にうてぇや!」

ふざけた名前に、俺が再び襟へ手を伸ばすと、女は慌てて首をガードした。

 田ノ中七佳たのなかなのかって……なのかって何なんだよ。自分の名前を確認してんじゃねぇ! と言いたくなる。どんなネーミングセンスしてんだ。微妙に語呂が良いところにまた腹が立つ。

 苛々し過ぎてこめかみが熱くなってきたが、とりあえず手を下ろして用件を聞くことにした。







 「普通よりちょっとばかし飛び抜けた能力持ってる人って、才能レベルなら賞賛されるけど、それ以上になると異能や言われてキモがられる。うちの会社はあたしも含めて、そういうもんの集まりやねん。」

 公園のベンチに座った七佳は、自称秘密結社、富利異盟損について説明した。

「……ってぇことは、お前も何か持ってるのか?」

「せや。あたしの足、速かったやろ?あんなん序の口やで。本気出したらもっと速い。筋肉組織を一時的に強化した上で脳のリミッターを外し、火事場の馬鹿力以上の力を出す。そういう能力やって、会社で調べてもろた時に言われたわ」

「へぇ、道理で小太りのくせにけなかったわけだ」

七佳は俺の呟きに即反応し、頬をぷぅっと膨らませた。満月みたいな顔だ。

「小太りうな、ぽっちゃり言えアホ」

「どっちでも示す所の意味は一緒だろーが。で?その富利異盟損とやらは、俺に何の用だと?」

 よくぞ聞いてくれたとばかりにニヤニヤした七佳は、馴れ馴れしく隣に座る俺の肩を、ポンポンと叩いた。

「あたしの仕事はスカウトやねん。異能者求むって求人出しても、鼻から牛乳飲めるとか、180度開脚できるとか、そんなんしかぇへん。中国の雑技団レベルならまだ検討の余地はあんねんけどなぁ……。」

「鼻から牛乳程度で異能者ぶる奴がいることに驚くな……」

「関西ナメたらあかんで。そのテのアホはわんさかおる。というわけで営業課ができて、今まで関西圏を中心に、埋もれた異能者達を掘り出してスカウトしてきてん。でもうちみたいに異能者を集めてる所は他にもある。関西だけにとどまらずに全国規模で探さんと、他社に潰されてまう。だから営業成績No.2! のあたしが、手始めに関東へ出張スカウトに来たってわけや」

七佳は"No.2"のところだけやたらと強調し、自信満々に胸を張った。二の腕が肉厚な分、それなりに胸はあるようだ。

 「どこ見とんねんハゲ」

「……ハゲてねぇ。そんなことより、何やってる会社か知らねーが、スカウトなら何でコソコソ後を付け回す?」

視線の先を見破られたのが恥ずかしくて、俺は慌てて話を変えた。

「そらこっちが聞きたいわ。何であんた、あんな大勢に付け回されてんの?そんなヤバイ能力なん?ーとくけど、うちの会社からはあたししか派遣されてないし、あたしが付けたんはこれが初めてや。」

「どういうことだよ。俺の家の周りをウロついてた奴らは、皆お前みたいにサングラスかけてたぞ。同僚じゃねーのか」

「ちゃんとサングラス見ぃや。うちの会社は経費削減で、配給されんのは普通のサングラスやけど、あんたを付け回してた奴らはミラーグラスや。えっらい洒落しゃれとんのぉ、関東の組織は」

サングラスの話題で七佳は一気に不機嫌になった。別に張り合わなくてもいいだろうが。

 「付け回してる奴らのことはこっちが聞きてぇくらいだ。俺は誰にも能力のこと話してねぇのに、何でお前も、ミラーグラスの奴らも知ってるんだよ」

「ああ、それは調べる機械があんねん。異能者は能力を使うと、変わった波長の磁気が出るねん。すかしたミラーグラスがその機械で異能者を探してた時、たまたまあんたが近くで能力使つこたんちゃう?それかあたしみたいに、そのテのリストを売買してる所で仕入れたか。考えられるんはその2つや」

七佳はさりげなくミラーグラス達をけなそうとする。全くもって理解できない対抗心だ。たかだかサングラスごときで……

 「……なんや、どんな危険人物かおもて様子探ってたけど、普通っぽいな。わざわざ付けて損したわ。ほな本題に入るけど、あんた、卒業したらうちの会社に就職せぇへん?」

 七佳が言ったのは、今までとは少し違った交渉だった。

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