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弱小主人公は最後の最後で活躍する

 走って程なく、柴犬相手に寝技をかけている七佳を発見した。

「おいっ! そんなのは放っておいて、逃げるぞ!」

「何や? さっきえらいピコピコ音がしとったけど……」

「とりあえず才田はどついた! 火災報知器の放水で機械も多分壊れた! だがこの後才田の小さなお友達が大挙して来る!」

「はぁ?」

起き上がって首をかしげる七佳の腕を引っ張り再び走ると、背後からバダバダバダ……というあの音がした。つい今しがたのことがよみがり、背筋に悪寒が走る。才田が我に返ったか!?

「うわぁっ! 小さなお友達って、鼠かいな!」

ギョッとした声を上げた七佳は、シンポテを使って逆に俺を引っ張って走った。

 次に見えたのはヨシオさんとまりさん。こっちも何とか二人で敵を倒せたようだ。まりさんがティッシュでヨシオさんの鼻をぬぐっている。

「二人とも走れ!!」

自称サラブレッドのスピードに半ば足が浮いた状態で走っている俺は、前方にいる彼らに何とかそれだけ叫んだ。二人も俺と七佳の後ろから迫り来る群れに顔を引きらせ、急いで走った。

 月明かりに視界が開けた時、みかんと雹子がいた。みかんが首根っこに乗って押さえているマッチョ変態はぐったりだ。もしかして酸欠常態なんじゃ……と思ったが、そんなことを気にしている余裕はない。

「みかんちゃん!シンポテをくんだ! 逃げるぞ!」

一番前にいたヨシオさんがみかんを担ぎ上げ、扉の方へ向かった。

 そしてまだ少しふらつく雹子の手をまりさんが引っ張る。

「あぅ……」

「あ、雹子ちゃん!」

急に立ち上がって走った雹子の足が絡まり、焦って引っ張っていたまりさんと手が離れた。

「まりりん先に行って!」

まりさんの後ろから来た七佳はそう言って、俺を引っ張るのとは逆の手で、雹子の手を取った。だが足が思うように動かない雹子を馬鹿力で引っ張ったところで、それは引きずっているだけだ。それでも何とか部屋の外まで出て扉を閉めれば、鼠の軍勢を遮断できる。

 あともう少しというところで、七佳の手と引きずられながら倒れ込んだ雹子の手が離れた。

「わぁっ!」

勢いに乗っていた七佳と俺は、廊下で待っていたまりさん達に激突し、転がった。雹子は一人だけまだ部屋の中!

「ひょぉぉ!」

押し寄せる鼠達に、雹子は必死で抵抗しようとりきんだ。

 ……ッポフン、……ッポフン

黒髪が膨れてはしぼみ、膨れては萎み、エンストを繰り返す。

「雹子!!」

俺は咄嗟とっさに部屋へ駆け込んだ。もう雹子を引きずり出している時間はない。鼠達が倒れたままの雹子に飛びかかった!

 その時俺は何も考えていなかった。体が勝手に動いたのだ。もう自分が戦闘では足を引っ張るだけだとか、デリケートだとか、そんなことはどうでも良かった。

 ただ勝手に手が雹子の上に這い上がった数匹の鼠を振り払い、勝手に腕が床に縮こまった雹子の体を抱え込んで覆いかぶさった。

 そこで初めて思考が回復した。鼠達はもう俺の背中に乗ってきている。こいつらを退けるにはどうしたらいいのか。俺には臭いのシンポテしかない。鼠の嫌いな臭い……鼠の嫌いな臭い……鼠の嫌いな臭い!

 目をつむって集中した俺の身体の奥で何かが収束し、全身の毛穴が開く感覚がした。







 目を開けると、そこに鼠はいなかった。

「むぐるわぁ! げーっほげほ!」

屈みこんだ胸元で、雹子のもだえ苦しむ声がした。

「おい、大丈……うぐっ、ごほっ!」

物凄い臭いだ。これが鼠の嫌いな臭いなのか?

「巧! 雹子! ……うわ、何やこの強烈な薄荷臭はっかしゅう! うわ臭っ!」

「いやぁん、チョー目にみるぅ」

「むむむ……これはさっき負傷した鼻の粘膜にもクるな……」

「お、お兄ちゃんやり過ぎやって!……ゴホゴホッ」

廊下から駆けつけた他の奴らも、部屋に入るなりいきなり顔をしかめた。俺が全力で放った臭いは、鼠だけでなく、人間にも刺激臭となるほど濃いものだったようだ。

 「ワ、ワタクシは平気ですぅぅ……ゲホッ。巧さんの臭いならどんな臭いだって……グェホッ! う、受け入れるのがヤンデレですからぁぁああッゲホゲホォ!!」

「いや、そこまでして受け入れなくても……」

涙目で咳き込みながらもしがみ付いてくる雹子を、無理矢理引き剥がす余力はなかった。

 「とにかく、今のうちにさっさと扉を閉めて、ここを出るぞ。火災報知器が作動したんだ。騒ぎになると厄介だ」

そう言って部屋を出る。雹子も走らなければ歩くくらいできるようだ。

 途中火災報知器の音を聞きつけて階段を上ってくる研究者達を、物陰に隠れてやり過ごし、消防車の音が近づいて来る頃には、CBTの敷地の外に出る事が出来た。

 そしてぞろぞろと鳥槻荘まで歩いているのだが、どうも皆俺から距離を置く。雹子以外。

「……そんなに臭ぇか、俺は」

横目で軽く睨みながら言ってやった。

「え、いやだって、あの臭いは巧から出たからか知らんけど、まだ近寄ると……ね」

「べ、別にタクミンが臭いって言うんじゃなくてぇ、鼠を追っ払う時に出した臭いが……」

「俺は鼻の中を負傷してさえいなければ平気なのだが……」

「ほら、自分から出る臭いは気にならんでも、他人からしたら気になるってーやん」

「つまり、俺は臭ぇんだな」

皆があたふたと釈明するのを、俺はピシャリと切った。

「巧さんは臭くありませんよぉ。ちょっと刺激的で危険な香りなだけですぅ」

「雹子、それは端的に言うと、臭ぇってことだ」

歩きにくいくらい腰にへばり付いてくる雹子を小突く。

 月がだいぶ傾いてきた、夜明けが近い。才田の話は後にして、今はとにかく眠りたい。

 そう思いながら歩き続けた。








 結局CBTで俺達が起こした騒ぎは、単なる小火ぼやとして、新聞に小さく載った程度だった。駆けつけた消防が標本体を見たかどうかは分からないが、いずれにせよまた権力が働いたのだろう。夜中の侵入者については何もなかったことにされていた。

 才田が人造人間だったことを聞いた七佳の驚きようは凄かった。才田ほど完成された人造人間が造られるということは、偽者の友人を目の当たりにした七佳にとって、一番嫌な事だろう。だがその機械の一部も水浸しで壊れた。それが原因かは知らないが、ここしばらく人造人間どころか、ミラーグラスをかけた研究者達も見かけない。当面はCBTもおとなしくなるだろう。

 あれから才田は俺達の前に現れていない。あいつはちゃんと、自分の居場所を見つけられたのだろうか。CBTでは難しいかもしれないが。気に掛けてやる義理はなくとも、気にはなる話だ。

 みかんは2日ほどまりさんの部屋に寝泊りしていたが、学校が始まると言って大阪に帰っていった。卒業したら富利異盟損ふりいめいそんに就職するらしい。物好きな、とは思ったが、これから先、またCBTが出てくるとも限らないし、TNHはまだ健在だ。みかんにとっては、普通の会社に就職するより安全かもしれない。

 そして俺達人権戦隊は、副業で生活費を稼ぎつつ、今日も秋葉原のどこかでシンポテを持つ者を探している。

 

 戦いはまだ終わっていない。


 がんばれシンポテレンジャー


 負けるなシンポテレンジャー


あとがきあります

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