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人造人間の居場所

 「……自分が人造人間だから、でんでんタウンに住む同族が本物の人間でなくても構わないってことか」

危うく同情しかけたが、才田が人の心に付け入るのが上手いということを思い出し、俺は未だ寂しそうに揺れる瞳を睨みつけて言った。

「ま、そうだね。人工的に造られた存在という同じ境遇だから、人造人間との方が合うかもしれない。CBTに送った標本体は、田ノ中や泉堂君達みたいな癖のある性格じゃない人を選んだし。まだ僕ほど人間に近いものは作れてないけどね。焦り過ぎなんだよ、父さん達は」

「焦り過ぎ?」

聞き返すと、才田はそれまで瞳に出していた感情を引っ込め、思わせぶりに頷いた。

 「僕は細胞分裂から始まって、人間の赤ん坊が形成されるために本来掛かる時間を、省略することなく使って造られた。水槽から出た後も、人間の子供と同じスピードで成長してきたんだ。卵子を使わず、標本体の細胞だけで僕が出来たのは本当に偶然で、その技術を再現しようと父さんは、幼かった僕を連れて、先進国各地の資料を調べに回った。独自でコソコソ開発したクローン技術を再現するために世界を回るなんて、皮肉なものさ。その時に僕は自分の能力に目覚めたわけなんだけど」

「言葉が通じない外国だからか?」

「そう。それに短期間で引っ越すから、友達もできやしない。仕方なく野良の動物に話しかけてたら、いつの間にか意思疎通が出来るようになってたのさ」

友達がいなくて動物に喋りかけるなんて、今の社交的な才田からは想像できない。雹子のようにトイレの花子さんになるよりはずっとマシだが。

 「そうやって各地で集めた資料をもとに、細胞の一部から人間を形成するという技術はCBT内で確立された。でも支援してきた富豪達は、僕という偶然の成功例だけでは満足せず、結果をかせた。その結果というのが、さっきまで君達が戦っていた人造人間さ。細胞分裂を早め、成長促進剤を打ちまくって……そりゃあんなになるわけだよ」

「成長を早めて省略したから、不完全な人間もどきが出来たのか……。だが何で特殊能力にこだわるんだ? クローンなら、普通の人間だって良かったわけだろ?」

「細胞分裂の失敗が続いていた時、父さん達は僕の能力に目を付けたんだ。もしかしたら、特殊能力を持つ者の方が成功しやすいかもしれないって。実際どうなのかは分からないけど、それ以来標本体は特殊能力者に限定されてる。支援者達も、普通のクローンを造るより興味を持ったみたいだよ」

 支援者もロクな奴じゃないな。才田は"興味を持った"なんて言い方をしたが、悪く言えば面白がってるだけだろう。人の人生を何だと思ってるんだ。オリジナルだけじゃない。才田のように人格をしっかり持ってしまったクローンがこの先出来たら……

 顔をゆがませた俺とは対象的に、才田は飄々ひょうひょうとしたものだ。

「そこまで知ってて、お前は平気でCBTに加担するんだな。お前はオリジナルの父親が息子と同じように育ててくれたからいいさ。だが、もし他の成功例が出来たら、そいつらは居場所も存在意義も見出みいだせないじゃねぇか……っ!」

反吐へどが出そうになって、それを何とかこらえながら言った。それでも才田は眉一つ動かさない。

「居場所と存在意義を与えるためのでんでんタウンだよ。周りは皆特殊能力を持っている、皆同じように人工的に作られた存在。それは僕の居場所を作るためでもあるんだ。父さんは所詮オリジナルに劣る僕を、本当の息子とは思っていない。造られてからずっと近くにいたから、態度や言葉で微妙に感じ取れるんだ。子供は敏感だからね。まぁ、失敗例達よりは大事に扱われてきたとは思うけど」

「自分のような存在を増やしたくない、とは思わないんだな」

「……君って、そんな偽善的な性格だったっけ? 僕の見当違いかな。田ノ中に影響されちゃった?」

才田は馬鹿にしたように乾いた笑い声を上げた。

 ガッ……

 綺麗な顔に、俺はこぶしを叩き付けた。一瞬才田は体を傾けたが、堪えて椅子から落ちることはなかった。

「その田ノ中に、お前をどつき回せと言われてるんだ」

「……野蛮だね。僕と本物の人間である君達とは、理解し合えないようだ。志牙しが君の同族を引き付ける体質は、外を出歩くことで意味を成すのであって、水槽の中の標本体じゃ駄目だからね。手荒なことはしないよう言われてるんだ。でも仕方ない。スカウトが無理なら、実力行使だね」

 才田が右手を部屋の隅に向かって上げた時、何か小さいものが動くのが見えた。

 パタ…パタタ……カタカタッ……

薄暗くてよく見えないが、小動物が床を駆け回っているような……

 音はどんどん増えていく。部屋の隅には何かの塊のような影が出来ていた。

「ね……ずみ?」

「正解。野良も研究用のマウスもモルモットも、皆僕の友達さ」

き、気持ちわりぃ! 目を凝らすと、溝鼠どぶねずみみたいなのから清潔そうな白いマウスまで、色んな色と大きさの鼠達が今か今かワキワキと、主人の合図を待つかのようにたむろしている。

 「お前がそんな真面目に協力しなくったって、いずれ技術は進化して成功例は出てくるだろ! 俺には研究者や支援者達より、お前の方が焦ってるように見えるぞ!」

強気に言いながらもジリジリと才田から距離を取るために後ずさる。

「アハハッ、そうかなぁ。でも実際時間はあんまり残されてないし、僕も少々焦ってるかも」

「さっきも自分には時間がないとか言ってたな……」

「ああ、そうだよ。人工的に細胞分裂を繰り返したら、やっぱり遺伝子に無理が出るんだよ。だから僕は普通の人間ほど生きられない。寿命が1年後なのか10年後なのかは分からないけど、あまり長くはないと、自分で感じるんだ。それまでに一人でも多くの成功例に会いたい。話をしたい。君の言うとおり、僕も焦ってるかもね」

 そこで才田は顔から笑みを消すと、上げた右手を振り下ろした。鼠達へのGOサインということは一目瞭然いちもくりょうぜん。鼠が駆け出すのを見る前に、俺は後ずさっている時に目を付けた物の方へ走った。

「クソッ! 外れろ!」

使う機会などそうそうない消火器は、まず壁から取り外すところから苦戦した。その間にバダバダバダ……という静かな突進音はどんどん近づいてくる。

 ようやく振り返って構えた頃には、鼠の軍勢がすぐ目の前まで迫っていた。

「うわぁああ!」

顔を背けたくなったがそうも言ってられず、必死で消火器を放った。

 プシャァァーーーーー

白煙に混じって鼠達の悲鳴が飛び交う。

「あーあ、煙が火災報知器に感知されなきゃいいけど……」

のた打ち回る鼠の向こうから才田の声を聞いた時、ピーポンピーポンとサイレンが鳴り出した。

「ほら、ね?」

「や、やべぇ!」

音を聞きつけて会社に残った研究者達が駆けつけたら、せっかくこっそり侵入した意味がなくなる。それに自動的に消防へ通報が行ったら大騒ぎだ。

 サァーーーーー

「え?」

「あ……」

急に部屋の中に雨が降り出した。見上げると、天井にある複数の報知器から出ている。大粒の雨は容赦なく精密そうな機械に降り注いだ。

「な、何か結果的には機械が壊れてラッキー……なのか?」

データのバックアップは取っているだろうが、こんな特殊な機械をすぐに揃えられるわけがない。しばらく人造人間の製造は中止せざるを得ないだろう。

 才田は報知器が放水タイプとは思っていなかったのか、降り注ぐ雨を呆然と眺めていたが、我に返るのを待ってやる義理はない。まだ消火器の餌食になっていない鼠達がいるのだ。俺はすぐにきびすを返して、七佳達のいる方向へと走った。


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